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短期集中連載 
WEB小説「スーパー編集者 鈴木聡一郎君」第四話

文=丹律章

本原稿はフィクションです。実在のものと同一の、企業名、ブランド名、地名、人名などが登場しますが、実在のものとは直接何の関係もありません。


 出発まで3分ほど時間があった。
「聡一郎、オレは売店で朝めしにおにぎりでも買ってくる。お前はどうする?」
「朝食ですか? 持ってきました」
「そうか。じゃ、オレは行ってくるぞ」
「編集長の分もありますよ」
「何?」
「おばあちゃんと、おときさんが4時に起きて作ってくれました」
 孫のために早起きして弁当を作るおばあさんの様子が目に浮かぶ。しかもそれは、グループ会社の会長の奥さんときている。どうなっているんだ? おときさんっていうのは、家政婦か何かなんだろう。なんだか別世界のようだ。
 新幹線が東京駅を出発したところで、聡一郎が言った。
「じゃあ、食べましょうか」
「いや、ちょっと待て。これから上野まではすぐだし、大宮までは乗ってくる客もいるから、食べるのはそれからでいいと思うぞ」
「はあ、そうなんですか。東北とか北海道に行く時は、いつも自家用ジェットだから、新幹線のことってよく分からないんですよ。それがJRの決まりなんですか?」
「いや、決まりというわけではないが、食べている間に通路を人が行ったりきたりしたのでは、気分が悪かろう」
「なるほど。勉強になります。新幹線は那須の別荘に行く時に使いますけど、いつも朝ご飯は食べてから乗りますからね」
「そうかよ。新幹線で飯を食うような庶民の暮らしは分からんってか?」
「いやあ、そういう意味じゃないですよー」
 全く付き合ってらんねえやと、安田は窓の外を眺めた。聡一郎に悪気がないのは分かっている。でも、このどうしようもないギャップをどうすればいいのだろう。
 あいつはどう思っているのかと、ちらと聡一郎を盗み見てみる。聡一郎は隣の席にはおらず、通路を挟んだ反対側の窓側に行って、窓ガラスにほっぺたをくっつけるようにして、窓の外を眺めていた。
 こいつにとっちゃ、自家用ジェットより、新幹線からの景色の方が珍しいんだろうな。
 30分ちょっとで、大宮に着いた。グリーン車にも数名が乗車してきて、また新幹線は走り出した。
 聡一郎を見ると、ヒザの上の風呂敷包みを心持ち持ち上げ、捨て犬のような目で「そろそろどうでしょう」と訴えている。目が期待にうるうるしている。このままお預けを続けたら、耐え切れなくなって「ワン」とほえるかもしれない。
「いいんじゃねえか」
 捨て犬は、じゃない、聡一郎はニコニコしながら風呂敷包みをテーブルの上に乗せた。風呂敷の中からは、小さめの3段重が出てきた。一番下がおにぎり、二段目がおかず、三段目がデザートだった。
「編集長、どれ食べますか?」
「朝から、こんなに食うのか?」
「おにぎりは、真ん中のこれが、キャビアのおにぎりで、僕のオススメです。おかずは、ステーキと、鮭の塩焼きと、玉子焼き、鶏のから揚げ、煮物、いろいろありますよ。牛肉は松阪、鮭は鮭児、卵はウコッケイです」
 安田の普段の朝食は、ご飯とアジやサバの干物。それに漬物や、前日の残りの煮物が少々、それに味噌汁といったところだ。それを妻の怠慢とか、数が少ないとか思ったことはない。豪華ではないが、朝から豪勢に食わなくてもいいし、それで十分だと思っている。
 それに比べると、聡一郎の持ってきた弁当は豪華に過ぎた。
 これは、鈴木家からの無言の圧力だろうか。聡一郎を手荒く扱ったら承知しませんよという、祖母からの、つまりは会長婦人からの忠告だろうか。
 せっかくの豪華なお弁当だが、そう考え始めると、あまり食欲は沸かなかった。しかし、遠慮しないでどうぞと、聡一郎からキャビアのおにぎりを渡されると、これが意外のほか美味いのだ。塩味の効き方が絶妙だ。筋子よりもねっとりしていて濃厚なくせに、くどくはない。さすが会長婦人。安田は感心した。松阪牛も、鮭児も、やはり普通の牛肉や鮭とはひと味違った。
 安田は、弁当の美味さに驚き、いつの間にか、いつもの朝食の倍以上の量を食べていた。
「いやあ、ごちそうさま。美味かったよ」
「そうでふか。それは何よりでふ」
 聡一郎は、まだ口をもごもごさせている。次から次へと、おにぎりを口に運ぶ。ステーキをほお張る。玉子焼きに噛み付き、煮物を飲み下す。これが聡一郎にとっては普通なのだろう。120キロの体格を維持するには、これくらい食べなければならないのかもしれない。
 1時間後、新幹線は福島県内を順調に北上していた。
 聡一郎は、お重の中身を全て平らげた後、時速250キロで遠ざかる景色を眺めながら、食後のコーヒーを飲んでいた。車内販売の女性に「コーヒーはブルーマウンテンですか?」と尋ね、否定された後で、仕方なく注文し、熱すぎるコーヒーで火傷しそうになりながら、紙のカップを握り締めている。
 一方、安田はトイレにいた。朝っぱらから慣れない食事を、しかもいつもより大量に胃袋に送り込んだため、胃腸関係から苦情が出たのだ。せっかくの高級キャビアと、松阪牛は、時速250キロで銀色の便器内に排出されていた。

 

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※連載開始について