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短期集中連載 
WEB小説「スーパー編集者 鈴木聡一郎君」第六話

文=丹律章

本原稿はフィクションです。実在のものと同一の、企業名、ブランド名、地名、人名などが登場しますが、実在のものとは直接何の関係もありません。


 道路から川までは10mほどの落差があった。やぶの中を降りなければならないのかと思ったら、やっとわかる程度の踏み分けあとが、林の急斜面の中に続いていた。その細い道を伝って、佐々木を先頭に川へ降りていく。
 川に下りたところは、水深50センチほどの緩いたまりになっていた。滑りますから気を付けてくださいねと佐々木は言って、水にざぶりと入った。見ると、水辺の岩がつるつると光っていて、確かに滑りそうだ。
 安田も慎重に水に入って、対岸へ向かっている佐々木の後を追う。振り返ると、聡一郎はまだ斜面の中腹でもたもたしていた。初めての渓流だし、あの体型だし、しかたないかもしれない。対岸で佐々木と世間話をしながら下りてくるのを待ち、そろそろかなと思ったとき、後ろから悲鳴が聞こえた。
 聡一郎は肩から、水の中に落下しようとしているところだった。「うわっ」という声が一瞬聞こえて、聡一郎の巨体とともに、声も水の中に消えた。
 盛大な水しぶきが飛び散った。
 安田はそれをスローモーションのように見ていた。
 左肩から水面に侵入した聡一郎は、いったん頭の先まで水没し、次に何かをつかむように、右手が宙をさまよった。緩い流れに押されて、聡一郎の体はゆっくりと右回転をして、次に水面から現れた左手が何かをつかもうとし、また半回転すると右手が空中を泳いだ。頭が水面から出て、必死の形相の聡一郎と目があった。聡一郎は、その浅い、ヒザ上までしかない水深の流れの中で、かざぐるまのように3回転半して、やっと止まった。おしりが、浅くなった川底につかえて、川の中に座り込むような姿勢になった。
「……」
 渓流に沈黙が訪れた。3秒ほど。
「死ぬかと思いましたよ!」
 聡一郎は立ち上がると、大声で叫んだ。
「なんで助けてくれないんですか!」
「いやあ、とっさのことでな。それに水深はこんなだし、心配ないだろうと……」
「水深の問題じゃありません。川でおぼれた部下を放っておくかどうかという、倫理の問題です!」
 そういって、聡一郎は安田に詰め寄ろうとしたのだが、川底の岩に足を滑らせ、また転倒した。
「た……助……け……」
 さらに浅くなった川で、聡一郎はなんとか溺れようと努力しているかのようだった。
 当然のことながら、聡一郎は全身ずぶ濡れだった。聡一郎といえども、川の水に全身濡れたら相当寒いはずだ。
「聡一郎、どうする?」
「どうするって、着替えますよ、当たり前じゃないですか!」
「やっぱりな。もしかしたら、暑いからいいというかと思ってさ」
 5分前に下りてきた道を上って車に戻り、トランクのスーツケースから、着替えを出して、聡一郎は車の陰で着替えをした。
 醜悪な裸体を見たいわけではないので、安田と佐々木はちょっと離れたところで川を見下ろしていた。
「最近ね、あまり調子が出ないんだよ」
 佐々木が突然言い始めた。
「一昨日の電話でも、そう言ってたよね」
 安田と佐々木は同じ年で、付き合いは5年以上になる。秋田県内でもトップの数人に入るだろうといわれていた、ルアーフィッシングの名人である佐々木を知った安田が、渋る彼を口説き落とし、雑誌に出てもらった。それ以来、年に1~2回は取材をお願いするし、安田が東北にプライベートで釣りに来るときには一緒に川を歩く。回を重ねるごと付き合いは砕けた感じになり、口調も仕事というより友人同士のそれに近い。
「解禁当初は普通に釣れたんだけど、なんか調子悪いんだ」
「それは、魚がスレているとかそういうことかな」
「いや、スレているのは前からだし、魚の数も、そりゃあ10年前に比べると減ったけど、ここ2、3年はあまり変わらないよ。川が変わったとか、気候とかそういう問題じゃないと思うんだ……」
 佐々木はそういって黙った。
 安田は遠くの山を見上げながら、佐々木が話し出すのを待った。
「何かな。魚が追ってきても、食い切らないっていうかさ……安田さんの雑誌に取り上げてもらうようになって、5年になるでしょ。……去年まではね」
「ジャーン!」
 そこに聡一郎が着替えを終えて登場した。
「お待たせしました。準備完了でーす」
「ああ……」
 佐々木との会話はそこで中断された。

 

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※連載開始について