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短期集中連載 
WEB小説「スーパー編集者 鈴木聡一郎君」第七話

文=丹律章

本原稿はフィクションです。実在のものと同一の、企業名、ブランド名、地名、人名などが登場しますが、実在のものとは直接何の関係もありません。


 佐々木が安田に告げたとおり、釣りは低調だった。
 それが川や魚のせいなのか、佐々木の問題なのかは、安田には分からなかった。時折、佐々木が操るルアーをチェイスするヤマメの姿が確認できた。25センチくらいのヤマメが忘れたころにヒットした。が、佐々木の表情を見ると、思い通りの釣りは展開されていないようだった。
「ちょっと休みましょうか」
 そう言って佐々木は河原の石に座り込んだ。安田は釣り場でこんな風に休む佐々木を見るのは初めてだった。やはり、何か調子が違っているようだ。
「聡一郎君はさ、どうして釣り雑誌の編集者になったの?」
 佐々木はそう話しかけた。朝イチで転倒した聡一郎も、何とかその後は転ばずに歩いていた。そう口にしたものの、興味があって聞いたというより、何となく時間つぶしに聞いたといった感じだった。
「そうですねえ。何となくですねえ。釣りっていいなと思ったし、他にやりたいこともなかったし」
 安田はその表現を、悪い意味でとても聡一郎らしいと思った。金持ちのボンボンで、仕事をしなくても食べてはいけるし、釣り雑誌の編集部に入りたいと口にすれば、すぐに実現する。もちろん文芸誌でも、女性誌でも、彼が望めばすぐに配属になるだろう。聡一郎が選んでそんな家系に生まれたわけではないが、良くも悪くも、それが聡一郎だ。
「そうなの。それで、どういう雑誌とか記事をこれから作りたいわけ?」
「そういうのもないですね。その時々で、やりたいことをやっていけばいいんじゃないですか。グフフ。たとえばですねえ……水着のおねえちゃんに渓流釣りをさせてみたいとその時に思ったら、そういう記事を作ればいいと思うし。グフフフ」
 アホか。何が水着で渓流だ。そんなのがウケるわけないだろう。そういう中途半端な気持ちで仕事をされては困るのだ。俺は、この雑誌を任されてから、必死に部数を伸ばす努力をしてきた。その甲斐あって最初の半年は目に見えて伸びたが、その後は伸び悩んでいる。もっと努力が必要なのは自分でも分かっている。責任は自分にあるのは分かっているが、しかし、それを実現するには、聡一郎を含めた部下の努力も必要なのだ。
「水着で渓流ねえ。それは難しいだろうねえ」
「そうですかぁ? 水温の問題ですかね」
「そういうことじゃなくてね……そろそろ行きましょうか」
 佐々木は、アホらしい聡一郎との会話を打ち切って、釣りを再開した。
 夕方までかけて、魚止めの滝直下まで攻めたが、釣果はいまいちだった。
 川沿いの道路を下って町まで下り、その日は民宿に泊まった。風呂に入り、当たり障りのない、豪華でも貧相でもない食事をとった。
 できれば佐々木には別部屋を取りたかったのだが、近くで行われている工事の関係者が宿泊していて、平日だというのに空き部屋がなかった。3人は1つの部屋で寝ることになり、早めに布団を敷いた。
 初めての川歩きで疲れたのだろう、聡一郎はLとVが刺繍されたパジャマを着て、早々にいびきをかき始めた。
「昼間の話だけど」
 安田は布団の上で大の字になり、天井を見上げながら佐々木に話しかけた。
「えっ、なんだっけ?」
「だから、何となく調子が悪いってやつ」
「ああ。あれね……よく分からないんだよね」
 しばらく宙を見つめた後で、佐々木は続けた。
「自分の腕が鈍っているとは思えないし、川の様子も特別変わりはない。でも、魚の出だけが何となく違う。今日もいくつか釣れたけど、この川の状況なら、1.5倍くらい釣れてもおかしくないと思うわけ。でもさ、これは俺にしかわからない感覚だと思うんだ。だから、調子が悪いっていうのも、人に気のせいだって言われたら、それを否定する強い理由はない。でも俺には分かるんだ。やっぱりどこか違う。波長が合わないっていうのかな。俺が狙っている魚のリズムと俺の何かが合っていないって感じ」
「そうか……でもまあ、明日になったら前みたいに釣れるかもしれないしな」
「それはそうだけど、状況がもやもやしているから、気分が悪いんだよな」
「まあ、あまり気にしないで、がんばってよ。明日は尺ヤマメとかさ」
「ああ。そうだな。がんばらないとな」
 その日の会話はそれで終わった。
「グゴゴゴ」
 聡一郎のいびきが響いた。

 

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