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FROM FIELD TOP>菊池久仁彦 Kunihiko Kikuchi
PROFILE
きくちくにひこ。大抵の釣り人がひと目でゲンナリするような強烈なボサ川も、速いテンポで嬉々として釣り上っていく渓流のエキスパート。最近でこそ懐のある川で、「渓流のヤマメ」の美しさを備えたサイズのいいヤマメを釣ることに情熱を燃やしているけれど、それまでは時間があれば山に入り、純粋に技量を積み上げることに多くの週末を費やしてきた。サクラマスは6月の阿仁川が昔から通うフィールド。

「秋田の桜鱒、初夏の思い出」 菊池久仁彦 
2014年6月1日、秋田県
文=佐藤英喜
写真=小田秀明

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Stella C3000HG/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
leader:Shock Leader 20Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・14g[GS]/ITO.CRAFT



 菊池久仁彦にとってサクラマスと言えば、やはりそれは秋田での釣りだ。もちろん岩手県内の河川や、以前は宮城や山形まで足を伸ばしていたこともあったけれど、マス釣りにおいて最も濃密な時間を過ごしてきたのが、昨年まで6月1日解禁だった初夏の秋田である。
 菊池が初めてサクラマスに挑んだのは、玉川でのこと。
「伊藤さんに連れて行ってもらったのが最初で、今から22年前かな。ずいぶん経つけど、よく覚えてるよ」
 それまで地元の渓流しか知らなかった菊池は、川を一目見て、その大きさや流れの押しの強さに衝撃を受けたと言う。
「あの頃は、秋田に釣りに行くこと自体が海外にでも出掛けるような感覚だったし、しかも着いた先が見たこともない大河で、とにかくスケールのでかさに圧倒されっぱなし。そしたら伊藤さんに、『米代はもっとでっけえんだぞ』って言われてね」
 この玉川釣行の2年前、菊池が兄の功さんと地元釜石の甲子川で、たまたま渓流釣りに来ていた伊藤と知り合ったのがそもそもの始まりだった。その時、伊藤の車に積んであったサクラマスタックルに目が釘付けになった。
「ロッドがフェンウィックの、USA時代のヒューチョ。フェンウィックのマークは知ってたけど、実物のロッドを初めて見て、これかぁ…って無性に憧れたね。トラウト用のロングロッドを見るのも初めてだったし、ルアーも見たことないでっかいスプーン。18gとか30g位のトビーやサラマンダーがごっそり出てきて、当時はせいぜい5g位までのスプーンしか売ってなかったから、もうショッキングさ。これで何釣るんスか?って聞いたら『ん? マスよ』って言われて、えっ?あの海で獲れる美味しい魚っスか?ていう感じ。サクラマスが川に上ってくることも知らなかったんだから。ルアーでアメマスとかヤマメは釣ってたけど、中・下流の深場がほとんどで、プールとか堰堤周りを攻める程度。ルアーはそういうものっていう時代だから、伊藤さんの持ってる釣り道具を見たり釣りの話を聞いたりして、兄貴も俺も自分達の知らない世界にどんどん引き込まれていった」

 サクラ初挑戦の玉川で、勝手の分からない菊池は、いきなり押しの強い流れにスプーンをアップストリームで放り込んだ。
「そして流れに負けないよう、超高速巻き(笑)。何もイメージすらできないんだから、しょうがないよね。そこで伊藤さんが、いやいやいや、そうじゃなくてさ、って。表層のヨレと底石の位置関係から、マスの着き場をひとつひとつ教えてくれて、『じゃあ、まずはドリフトから教えるからよ』って言って、キャストの仕方、着水点の重要性、ドリフトさせる時のラインの張り方とか糸フケの使い方、それと、テトラの攻め方もその時に細かく教わったのを今でも覚えてる。玉川でサクラマスを狙ってる釣り人なんてほとんど見かけない時代だったけど、当時から伊藤さんは、ただスプーンを流してターンさせるんじゃなく、流れの中のピンスポットを完璧に釣るためのドリフトを普通にやってたからね。無駄がなくて、すべての動作に意図があった。真似してやってみても最初は全然上手くできなかったけど、そこでつかんだイメージは間違いなく自分のマス釣りの基礎になったよ」
 初挑戦で初サクラを釣り上げる、といったドラマチックな展開にはならなかったけれど、それまで伊藤の話から漠然と憧れを感じていたサクラマスという魚が、じっさいにマス釣りを体験することで俄かに現実味を帯び、何か手ごたえのようなものを感じてますますのめり込んでいくことになった。
「昼に河原でホットサンドを作ってくれて、釣りをしながらそういうことをするのも初めてだったから、アウトドアの楽しさにハマるきっかけでもあったよね」

 その後は功さんと兄弟二人で、米代川水系、主に阿仁川に通い詰めた。
 菊池が念願の初サクラを手にしたのは、米代川本流でのことだった。
「比内のテトラに立って、ルアーはディープダイバー。ちょうどミノーの走りの頃。テトラのキワでヒットしたんだけど、それまでのスプーンの釣りが生きてる実感があったね。ファイト中はもう緊張で呼吸できなかった(笑)。体中ガクガクするし、魚は跳ねるし、ネットを使うのも初めてだし、とにかく、逃げるなよ!逃げるなよ!って祈ってた。ランディングした時は、俺にもやっと来てくれた!っていう喜びだよね。10年も釣れない人がいるって聞いてたから。あの頃はまだサクラマスのポイントも何も確立されてなくて、毎回毎回が手探りの釣り。いろんな場所を釣り歩いて、ダメだ、釣れねえって言いながら木陰で昼寝したり。自信もなかったし、釣れればラッキーだと思ってた。でもまあ、釣れなくても楽しかったよね」
 言うまでもなく、その開拓時代の思い出が、菊池のマス釣りへの思いを大きく占めている。だからきっとこの先も、菊池の中でサクラマスと言えば、やはり思い浮かぶのは初夏の秋田なのだ。

 そして、最後の6月1日解禁となった2014年の解禁日、菊池はいつもの年と同じく阿仁川に立った。
 朝一、狙っていたポイントでキャストを始める。
「ポイントに立って、流れをぱっと見た感じ、今日はもらったと思ってたら、投げても投げても全く反応がない。魚がいないのか何なのか、2時間近く粘ってみてもダメ。周りでも釣れてる様子がない。これはヤバイぞと」
 もちろん引き出しは残っている。川の状況を見て、2つ目のポイントを割り出す。底にブロックが入っている深み。流れの押しもまずまず効いている。
「この時間にここで食わなきゃ厳しい」というギリギリの緊張感を抱きつつ、決して乱暴な釣りにならないように、丁寧に核心部を攻める。
「いつも意識するのは、ほんと玉川で一番最初に教わったドリフトのように、狙い澄ましたピンスポットでしっかりルアーをコントロールすること。そこでWOOD85の長所をきちんと引き出してヒラを打たせる」
 ほどなくして菊池のネットに、体高のある60cmのサクラマスが収まった。
「この時期のマス釣りは、やっぱり気分がいいよね。気候的にも薄手のシャツでちょうど心地よくてさ、残雪の山並みに新緑が映えて、季節が移ろうダイナミックな自然の中でロングロッドを振る爽快感は、他の釣りでは得られない素晴らしさだと思う」
 初夏の秋田でマス釣りを学んできた釣り人が、充実の笑顔を浮かべながら、手にしたサクラマスを阿仁川の流れに帰した。









「止まらない夏ヤマメ」 菊池久仁彦 
2013年8月、岩手県
文=佐藤英喜
写真=菊池久仁彦

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S[PYG]/ITO.CRAFT



 昨年8月、夏真っ盛りの渓で、菊池のネットに収まった36cmのヤマメ。この一匹に、彼が感じる夏のヤマメ釣りの面白さが詰まっていた。
 その日、まったく反応がない本流に見切りを付けた菊池は、とある支流へ向かった。局地的なゲリラ豪雨が相次いで被害をもたらした昨夏、この地域も数日前に雨量がかさみ、大水の出た本流はまだ回復していなかった。
 いっぽう、夏の支流は水が抜けるのが早い。実際目当ての支流に着いてみると、すでにイワナの水からヤマメの水へと切り替わっている。
 菊池の印象では普段はあまりぱっとしない支流なのだが、本流とつながっている以上、少なからず本流から入ってくる魚が期待できる。その本流差しのヤマメがこの時の狙いだった。

 ポイントは絞りからの開き。一見変化に乏しい平面的な流れではあるものの、菊池が「ヤマメ的にちょうどいい」と言う流速が30mほど続いている。
「個人的にそれほど実績のあるポイントではないんだけどね、でも、いつかのタイミングで、絶対にいい魚が着くと思ってた」
 本流から差し込んでくる魚は、その足取りをつかむ作業がひとつの難しさであり、またそれが釣りの面白さでもあるわけだが、菊池によればとりわけこの水系の本流差しは、その動きを読み切るのが簡単じゃないらしい。
「ひとつの場所に魚が居着かないんだよ。忍者みたいに、居場所をつかんだと思ってもすぐにいなくなってしまう。ここの魚は特にその動きが速い。どんどん上流に上っていくとも限らなくて、水位や透明度の変化で、水が合わなくなったら下流に、つまり本流にまた戻る個体も多いんだよね。大淵でもあれば止まるんだろうけど、そんな場所もない。秋の遡上期になればまた話は変わってくるけど、夏場は水の条件に合わせて常に魚が動いてる感じ」
 水面下の魚の動きと、一時的に定位するスポットや流速を読む力がシビアに求められる釣りなのだ。

 核心のスポットまではちょっと距離があるが、慎重に釣り進んでいく。本流も支流も釣り人が多く、魚は日常的にスレている。
「静かに、ミスなく釣る、っていうのは、もう大前提だよね」
 サイドクロスで対岸のキワへぴたりとルアーを落とし、誘いを掛ける。と、ほどなく9寸サイズのヤマメがヒットした。
 釣り上げてみると、この支流の居着きヤマメとは明らかに異なる、やはり本流から差し込んできたと思われるヤマメだった。狙うサイズではないけれど、このタイプの個体が今ここにいるということは何よりもの好材料だ。
 いよいよ核心部へ。ルアーはボウイ50Sを結んでいる。
「アップストリームで細かく誘えるルアーでありながら、例えば流速のある瀬で、ドリフトだけじゃなく、アクションさせながらクロスでしっかりと引ける。引き重りもない。これはもう間違いなく、ルアーが持つ基本性能の高さだよね。瀬の中で止めて誘うことも、引いて誘うことも、ひとつのルアーで思いのままに出来てしまう」
 狙いは、対岸の柳のシェード。出たとしても、きっとワンチェイスで終わる魚だ。菊池はそう考えていた。
「どんなに水が動いたとしても、それまでのスレは確実に残ってる」
 着水したボウイがヒラを打ち始めると、水中に大きな影が現れ、チェイスを始めた。
「ルアーを食いたがってるんだけど、でも、怖い、逃げたいっていう気持ちも見える。ルアーに近づいては離れ、また近づいては離れて、あと10cmが詰まらないまま追ってくる。そういう追い方だから、できるだけ自分の見える所で勝負できる立ち位置を取りたかった。もちろんこっちの気配は魚に気づかれずにね。魚の様子が見える見えないでは、使える技の幅が違うでしょ。チャンスは一回きりだし、完璧に口を使わせたい」
 そしてその一投で菊池は、本流差しの、36cmのヤマメを釣り上げたのだった。
 頭にイメージした道筋をひとつひとつ辿っていった先に、そのヤマメは待っていた。まさに釣るべくして釣った魚だ。
「やっぱり夏には夏の楽しさがあるよね。汗をかきまくって川を歩いて、魚の動きをバチッと読み切った時の爽快感はたまらないものがあるし、ヒットしたヤマメもがんがんファイトしてくれる。一匹のヤマメで、ほんと暑さも疲れも全部吹き飛んでしまう。この楽しさを知ってるから、どんなに暑くても川に向かってしまうんだよね」
 









「6月の秋田、川と鱒を読む」 菊池久仁彦 
2013年6月、秋田県
文=佐藤英喜
写真=菊池久仁彦、前川淳

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Certate 2500/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
leader:Shock Leader 20Lb/VARIVAS
lure:Wood 85 MD proto model & Wood 85・14g[AU]/ITO.CRAFT



 どんなに予測を立てても、本当のところはフタを開けてみなければ分からない。
 2013年6月1日、秋田サクラマス解禁日。
 限られた時間の中で目の前の状況を的確に判断し、最善の一手を打てるかどうか。解禁日に賭けた多くの釣り人達の読みが交錯する朝。菊池久仁彦はいつもの年と同じく阿仁川にいた。

 菊池が阿仁川に着いたのは午前2時頃。前日は仕事で動けなかったので、釣り場の下見はしていない。水量が多ければ多いなりの、少なければ少ないなりの釣りの組み立て方が、菊池の引き出しには収まっているわけだが、夜が明け、川を見て、驚いた。
「過去の解禁日では経験したことがないくらい水が高かった。思ってたよりも20cmは高い。プラス、何とか勝負になるかな、という感じの濁り具合」
 はやる気持ちを抑えながら、菊池は周囲がしっかりと明るくなるのを待った。
 立ち位置を決めてから30分。この時間がことのほか重要だった。
「流れの筋がハッキリと見えるまで待って、狙い澄ましてキャストしたかった、というのもあるし、濁ってる中でもきちんとルアーを魚にアピールしたかった。それと、ヒットしてからのやり取りを考えて、岸の柳の沈み具合とか水中のテトラの様子も把握しておきたかった。なにせ、いつもはやらないポイントに立ってたからね」
 実際に川を見るまで菊池は、ブッツケの絞りから徐々に流れが開いていく、その開きっぱなを攻めるつもりでいた。が、予想外の高水でそこにサクラマスが着くようには到底思えなかった。ヤブを漕ぎながら少しずつ下流へ移動し、所々でヤブの隙間から川に顔を出して流れを確認していくと、当初狙っていた場所より30mほど下流がいい流れになっていた。
「いつもの年だとマスは着かない場所なんだけど、この時に限ってはバッチリの流れ」
 十分な光量が得られる時間になり、菊池がその流れにキャストを始める。
 ルアーはWOOD85ミディアムディープのプロト。イトウクラフトには開発途上のアイテムがいくつも存在しているが、このMDもそのひとつだ。
 やや対岸寄りにある流芯をまたぐようにミノーを着水させ、トゥイッチでヒラを打たせながらターンさせる。押しの強い流れの中層で、WOOD85の代名詞でもある強烈なフラッシングを放つ。自分の狙いが間違っていないことは最初の1投で確信した。
「流れの筋、ミノーの泳ぐ深度とアクション、立ち位置、アングル、やっぱりここだな、ハマってるな、っていうのがはっきり感じ取れた。これは来るぞと」
 数分後、ゴクンッとルアーが押さえ込まれた。
 すかさずアワセを入れ、そのままテンションを掛けながらリフティングを試みるも、魚はなかなか底から浮いてこない。完全に60オーバーだと察知した菊池は、両脇を締めてしっかりとロッドをホールドし、魚が流芯から抜け出るまで、じっと耐えた。
「ここはもう、カスタムのロッドパワーだよね。こんな時こそ本当に頼もしい」
 流芯を抜けたら隙を見て、ジワジワと巻いてくる。無理はしないが、あまり下流に行かせると水没した柳が危ない。そこに突っ込まれたらアウトだ。
「勝負を急ぎ過ぎても魚は暴れるし、じっくり構え過ぎても流れに乗って下流に行かれる。底にはテトラも沈んでる。魚がデカいだけに難しい状況ではあったけど、イメージどおりにランディングできたよ」
 この時に限ったことではなく、キャストを始める前からすでに菊池の頭にはヒットからネットインまでの流れが明確に思い描かれている。だからこそ冷静に対処できる。
 解禁日、菊池の手に収まったのはゴロンと太い体形をした65cmのサクラマス。釣り上げるまでのプロセス、魚体の見事さ、どちらも十分に心を満たす1本だった。

「例年であれば、ここで終わりなんだけどね(笑)」
 秋田のサクラマスと言えば解禁日以外は出掛けることが少なく、すぱっと渓流釣りへシフトチェンジする菊池だが、「去年は時間が取れれば、とにかくマス釣りがしたかった」と言い、次の週末も、その次の週末も、そしてさらに次の週末も阿仁川へ車を走らせた。
 2回目の釣行は泥濁りでまったく釣りにならず、3回目は条件的には悪くないものの反応ナシ。解禁からのプレッシャーで魚は確実にスレており、なおかつ去年は遡上数自体も明らかに少なかった。
「水位も調べずにとりあえず川に向かって、ほとんど現場で戦略を組み立てる感じ。昔みたいにね。阿仁でマス釣りを始めた頃は、釣れなくても川に行けば納得してたもんね。がむしゃらに攻めて、あー、やっぱりダメかあって。それだけでほんと楽しかった」
 解禁から4回目の週末。あれほど高かった水位もすっかり落ちて、川は渇水していた。この状況だからこそ狙えるスポットがあることを、もちろん菊池は知っている。
「まったく手付かずのポイントではないけど、水が高いうちは攻め切れないピンスポット」
 どんな場所かは皆さんの想像にお任せするとして、経験を積んできた釣り人であればそうしたポイントが具体的に思い浮かぶはずである。
 この川に長く通ってきたからこそ働く直感に従って、立ち位置、トレースコース、誘い、一切迷いのない釣りを菊池は続けた。WOOD85の14gが軽やかにヒラを打つ、そのすぐそばで、突然サクラマスの魚体がギラッ!と光った。食ってはいない。
「次のキャストも、100%同じ着水点、同じコース。ここで筋を間違えるともう二度と出てこないっていうのは、渓流魚でもよくあることだよね。スレてる魚だから、ミスした所には飛んでこない」
 解禁日と同じく狙い澄ました釣り、経験が凝縮したヒット。してやったりの一尾が菊池のネットに収まったのだった。
 川とサクラマスを読む。手がかりは経験に基づく知識と直感。
 思い出多き大好きな川で、釣り人の顔がほころんだ。












「阿仁川の点を打つ」 菊池久仁彦 
2012年6月1日、秋田県
文=佐藤英喜
写真=小田秀明

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Certate Hyper Custom 3000/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
leader:Shock Leader 20Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・14g[CT]/ITO.CRAFT



 日付が5月31日から6月1日へと変わった夜半過ぎ、菊池久仁彦は阿仁川沿いの土手に車を止めていた。秋田県のサクラマスが解禁となるその日、菊池は朝一に釣るべきポイントを考えていた。明るい時間帯に川を見ていないので状況については何とも言えなかったが、日中から下見をしていた小田秀明に連絡を取ると、水量は多くもなく少なくもなく、ほぼ平水らしい。
 菊池は、とある瀬が頭から離れなかった。
「でも、日中の方が釣れるんだよね、そこは。もし川が渇水してれば朝から瀬をやるけど、平水なら、その瀬は日が昇ってからの時間に残しておこうかなと」
 阿仁川ならではの各ポイントの傾向を踏まえつつ、考えを巡らせた。

 夜が明けて解禁日の朝。菊池が選んだのは、やや水深のあるトロ瀬だった。薮をかき分け川に出ると、手前に流芯があり、対岸側はシャローになっている。
 ちょっと流速が足りないな、と感じた菊池は、さらに薮を漕いで200mほど上流へ移動した。
「そこで気付いたわけ。あれ? 昔、この対岸から攻めたことあるよなあって。いいポイントなんだけど釣れなくて、なんで釣れないのか不思議に感じたのを思い出した。でも、WOOD85を使って、なおかつ流芯側から攻めれば、マスの着く核心部で『止める釣り』ができるなと」
 有望ポイントは他にもあるが、夜の時点ですでに先客の車が止まっていた。まずはここを探って、太陽がしっかりと顔を出してからあの瀬に行こう、そう菊池は決めたのだった。

 流れに立ち込み、1キャスト3ステップくらいの速いテンポでどんどん釣り下っていく。50mは下っただろうか、その時、ロッドグリップを保持する菊池の右手にいい感触が伝わった。
「メリハリのない流れが続いてたんだけど、そこだけミノーのリップから伝わってくる抵抗が、明らかに違った。ここで食ってくるぞっていう感じ。水面のヨレにも表れてない何かが底に確かにあって、その流れの変化にルアーが入った。思わずフッキングの構えに入るくらい、ピンと来たね。ただその時は突発的に感じた変化だったから、完璧に食わせられる角度じゃなかったんだ」
 菊池はそこで粘らず、そのまま釣り下ることにした。そして、ひと通り探り終えたところでいったん岸に上がり、先ほどピンときたスポットへ静かに入り直した。
 さっきより立ち位置を10mほど上流に取った。
 ここからは文字通り、点の釣りだ。
「ヤマメ釣りと同じだよ。ラインが5Lbでも12Lbでもイメージは一緒。着水点を見極めて、ラインスラックを上手く操って、いかに魚の鼻先近くまでルアーを送り込めるか。その捕食範囲の中でいかに効果的に誘えるか。WOOD85の性能を最大限に発揮させられるところだよね」
 狙い澄ましたスポットで、ジャーク気味にロッドをあおった。
「ジャークでもトゥイッチでも、ラインを張る、緩めるの繰り返しだけど、WOOD85はレスポンスのいいヒラ打ちだけじゃなくて、ラインを緩めて落とした瞬間もヒラヒラと泳いでくれる。だからこそいろんな誘いが可能になるし、マスの興味を強く惹きつけられる」
 1回、2回、3回と派手にヒラを打たせ、次のジャークでドンッと魚の重さが乗った。点を見つけ、点で誘って釣り上げた、まさに会心のサクラマスが菊池のネットに収まった。

「久しぶりに阿仁でマス釣りをして、やっぱり来て良かったなあって思ったよ。解禁日の朝は、ラインもまともに結べないような、あの独特の緊張感がいいよね」
 菊池にとって3年振りのサクラマスだ。この前年、2011年は震災の年だった。釜石に暮らす菊池は阿仁川に立つことができなかった。
 そして実はこの年も、釣りに行こうと決めたのは解禁日前夜のことである。
「兄貴との思い出がたくさん詰まってる釣り場だからこそ、心の中にためらいがあった。でも、ふと思い立った。何でだろうね。仲間も頑張ってるし、マスに賭ける自分の気持ちを大事にしたいっていうのもあったし。迷いつつ、どうしても気になってた」
 サクラマスを釣り上げた瞬間は、この川で一緒にマス釣りを始め、多くの時間を共に過ごした兄の功さんのことを、やはり思い出したと言う。
「1本釣ったら、真っ先に電話してた相手がもういないっていう淋しさはあったよ。けど同じくらい、この時は嬉しかったな」
 サクラマスをリリースし、菊池は日中に残しておいた例の瀬に向かった。
 この瀬は、阿仁川のエキスパートである功さんが特に好きだったポイントのひとつで、快晴の真っ昼間に何度もサクラマスを釣り上げていた場所だ。
「ここに入ったのは初めて。兄貴のポイントだからね。ここで一生懸命ルアーを投げてたんだろうなあ、とか考えながら釣りしてたら、もうそれで十分だった」
 瀬を流し終え、菊池は竿をたたんだ。この日、阿仁川に立った意味を彼は全うした。
「昔とはだいぶ川は変わってしまったけど、すごく安心感があった。自分のいるべき場所っていうかね。川に受け入れてもらえた気がした。そんな最高の一日だったよ」









「渓流のスタンダード」 菊池久仁彦 
2011年8月下旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance Sight Edition 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S/ITO.CRAFT



 去年の晩夏、菊池久仁彦と岩手の山間でヤマメ釣りをしていた。
 広葉樹が生い茂り、虫が飛び交う豊かな森の中を川が流れている。人によってはゲンナリするような、しかし出来る人にとっては心躍るオーバーハングがずっと上流まで、えんえんと続いている。
 そんな渓流のややこしいオーバーハング群を、正確に、なおかつ手返しよく攻略していく釣り人のキャストは、決まって弾道が低く、水面とほぼ平行にラインが伸びていく。菊池のキャストももちろんそうだ。頭上にオープンスペースのあるポイントであっても、オーバーヘッドでキャストすることは少なく、サイドハンドやバックハンド、もしくはそれより低い位置からティップを振り抜いてルアーを飛ばしている。そうでなければ物理的に、ハングした枝の奥深くへルアーを投げ入れることはできないし、ラインの弾道が低いほどルアーが着水した直後の糸フケも少ないわけだから、着水と同時に誘いをかけることもできる。また何より、ボサのない開けた場所であってもサイドやバックで投げるのは、単純にオーバーヘッドキャストよりも一回のキャストで消費するカロリーが少なくて済むからだ。ピックアックから次のキャストへ、よりスムーズに移行することもできる。つまり、全てがラクなのだ。
「渓流のルアーフィッシングは一日のキャスト数が極端に多い釣りだから、突き詰めていくと必然的に、そうした無駄のないキャストが自然と身に付いていく。それとね、サイドやバックで低い弾道で投げる理由としては、キャストした時にラインの軌道がしっかりと見えるから、というのも大きい。ショートキャストでは特にこのことが重要で、目標物を目で捉えながら、その視界の中にラインの軌道が収まりやすい。それによってリリースから着水までのわずかな時間をより有効に使うことができる。つまり、ラインコントロールやサミングといった瞬時の操作を余裕をもってこなすことができるんだよ。そして個人的には、ラインの軌道が見やすいというのは、キャスティングの楽しみでもあると思う。オーバーハングの奥にラインがすーっと入っていく様子は、見てるだけでほんと楽しくなるからね。渓流釣りは魚を釣ることももちろん面白いけど、それ以外の部分にもワクワクすることがいっぱいある。だから好き」

 その言葉どおり、見るから楽しそうにキャストを決めていく菊池のこの日の相棒は、EXC510UL。渓流のスタンダードロッドだ。ティップからベリーにかけて張りを持たせ強化した「ULX」とのフィーリングの違いを、菊池にあらためて聞いてみた。
「キャストフィールに関しては、ULの方がティップの返りが遅い分、ルアーのウエイトを乗せやすいから、やっぱりコントロールしやすいよね。リリースポイントを探す余裕がある。ULXはその余裕が少ない分、振り切るのが怖いっていう人もいるんじゃないかな。そういう意味でULは、ブランクの性能を引き出して投げるキャストの基本を、体で覚えるのにも最高のロッドだと思う」
 ルアーの操作性に関してはどうだろう。
「ULはティップの適度なしなやかさが、ルアーの泳ぎに上手く追従してくれるから、ミノーの浮き上がりをオートマチックに抑えてくれる。連続的にトゥイッチしながらミノーのタナをキープするっていうのは、すごく大事なことで、ULはロッド自体がその役割をある程度担ってくれるんだ。必要以上に引っ張り過ぎないから、ルアー本来の泳ぎを引き出しやすい。もちろん、じゃあロッドは軟らかい方がいいのかと言うと、単純にそうじゃないよね。そこがエキスパートカスタムのテーパーの妙でさ、ULであってもベリーは絶妙にシャキッとしてるから、トゥイッチで思い通りにミノーをアクションさせることができる。それに、感度もいい。魚のシビアなアタリ、ミノーの泳ぎをきちんとロッドが伝えてくれる」

 この日は、少し風があった。
 菊池が蝦夷50Sを、細長い淵の先端、絞りの落ち込みを目がけてキャストした。蝦夷50Sは飛距離に関して風の影響が少なく、菊池の言葉を借りれば「何回投げても同じ飛距離が出る」ミノーだ。泳ぎについても、アップ、サイド、ダウンを問わないスタンダードな性能を有している。
「蝦夷50Sはシンキングでありながら、フロート質の強いミノーだから、ルアー任せでもきっちり泳いでくれるし、トゥイッチでのヒラ打ちもレスポンス良くこなしてくれる。瀬も淵も、ラクに探れるよね。自分の場合は、リーリングで泳がせて、おまけ的にトゥイッチを付け足す感じの使い方が多いかな」
 勝負はその1投で決まった。糸フケもなく正確に落ち込みへと届けられたミノーが、着水と同時に泳ぎ始めると、白泡から現れたヤマメが蝦夷50Sのテールフックを一気にくわえこんだ。咄嗟に菊池はスイープ気味に、身体をひねるようにしてアワセを決めた。
「ロッドがULXの時はスパンッ!と瞬間的にアワせるけど、今回はULだから、ティップのしなやかさがフッキングパワーを吸収する分、アワセのストローク幅を長く取って、バットまでしっかりテンションを乗せてフックポイントを深く突き刺す。そしてラインスラックを素早く巻き取ってから、魚とやり取りする。ULとULXとでは、アワセ方が微妙に変わるね」
 菊池のネットには、綺麗な尺ヤマメが収まった。
「珍しく、あっさり釣れちゃった(笑)。まあ、ルアーの操作とか食わせ方にはいろんなパターンがあって、難しいこともいっぱいあるけど、まずは道具の選択、そしてキャストからの流れをソツなく手順どおりにこなすことが大切なんだよね。それをあらためて感じた一匹だったし、一発できれいに決まって、それまでの疲れが吹き飛ぶ瞬間だったよ」














「ピンスポットキャストを極めるロッド」 菊池久仁彦 
2011年7月下旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st /ITO.CRAFT



「最近のシビアなフィールドではひとつのミスキャストが本当に致命傷になるし、キャストが決まらないと手返しだって悪くなる。渓流でコンスタントに魚を釣るためには越えるべき壁がたくさんあるけれど、まずはポイントにルアーが入らないと釣りが始まらないよね」
 そう菊池久仁彦はいう。たしかに速い手返しで正確にスポットへルアーを送ることができれば、限られた時間のうちにより多くのポイントを打つことができるのは間違いない。言うまでもなくその効果は、釣果の差となって跳ね返ってくるものだ。
「そこで重要になるのが、やっぱりロッドの性能」
 菊池久仁彦の正確なキャストコントロールを支えているのは、手元の細やかな技術を狂いなく表現してくれるロッド、つまりエキスパートカスタムの性能である。

 ふわっと置きにいくようなキャストではなく、オーバーハングの本当の奥へ、魚に気付かれない離れた位置からライナーでミノーを投げ入れるには、じつに繊細なタッチが求められる。
 たとえば菊池がエキスパートカスタムを使い始める以前、彼は当時使っていたロッドに、こんなストレスを感じていた。
「ルアーをリリースしたら、サミングで徐々にブレーキをかけて着水点を操作するよね。その時に、引っ張られるようにティップが曲がって、そのぶんルアーがショートするんだ。それまで使ってたロッドはどれもそうだったし、ひどいものだとバットまで持っていかれた。そのせいで20cmも30cmも着水点がズレてしまう。だからあの頃は、サミングしてルアーが着水する寸前に、少しだけラインを送ったりしていちいち微調整してた。わずか数秒のことだけどね。そんなロッドでは集中力を維持するのも大変なんだよ」
 その後エキスパートカスタムを手にした菊池は、釣りが突然上手くなった気がしたと振り返る。それまで感じていたストレスから完全に開放され、指先の微妙なニュアンスを思いのままに表現できるようになった。格段にキャストが楽しくなったのだ。
「カスタムを使って、そういう感覚を得た人はきっと少なくないと思う。ティップに芯がカチッと入ってて、なお且つ硬すぎない。適度なしなやかさがありつつ、振り抜いた後の戻りが早くピタッとトップが止まってくれるから、サミングを自在に決められるし、素早くトゥイッチの体勢に移行できる。現モデルのカスタムはULとULXがあるけど、どっちもそう。ルアーが着水してすぐに、するっとリールを巻けるのは間違いなくロッドの性能だよ。それとまた、ブランクのブレがないということは、それだけガイドとラインの干渉が少ないからスパッと綺麗に抜けていくわけでしょ。当然飛距離も伸びるし、目いっぱい溜めを利かせたロングキャストでも、狙い通りの弾道で繊細に着水点をコントロールできるんだ。カスタムにはいろんな性能が盛り込まれていて簡単には説明できないんだけど、自分がまず最初にスゴイと感じたのは、そういうキャストフィールの部分」
 菊池がエキスパートカスタムを手に、そんな衝撃と喜びを感じたのは今から10年以上も前のことだ。当時からカスタムはルアーの操作性やフッキング性能と共に、そうしたキャスティング性能を突き詰めた開発がなされていたわけだが、それからモデルチェンジを経て、40t高弾性カーボンやボロンといったさらにハイポテンシャルなマテリアルを取り入れることであらゆる面での性能を高め、現在に至っている。

 もちろん、キャストに必要なのは単純に「コントロール」だけではない。どんな立ち位置からでもルアーを投げられなければコンスタントには釣れない。自分のやりやすい投げ方を優先して理想的な立ち位置を外してしまったら、それで釣り逃す魚がきっといるはずである。
「ロングキャスト、ショートキャスト、サイド、バック、フリップ…、カスタムは状況に応じてどんなキャストもイメージ通りにできるんだ。例えば、硬いロッドでも一本調子に全体がしなるブランクだとショートキャストが難しいんだけど、カスタムは、セクションごとに自在に反発力を生み出せる。溜めを利かせるパワーゾーンを意識的に変えながらキャストできるんだよね。だからこそ、いろんなキャストができる。キャストがどんどん楽しくなるロッドだよ」

 深緑がきらめく7月のある日、菊池は深い森の中を流れる小さな渓流を釣り上っていた。
 ポイントを隠すようにかぶさるボサを前に、嬉々としてロッドを振る。ややこしく手を伸ばす枝をかわしながら、どの角度からもブレずに、躊躇なくロッドを振り抜いている。シャープな弾道でティップから飛び出したミノーを、サミングによって狙いどおりに着水させ、すかさずトゥイッチで細かくヒラを打たせる。次から次へと出現する魅力的なポイントをテンポよく釣っていく菊池は、とても楽しそうだ。キャストが決まるからこそ自ずと釣りのリズムが良くなり、集中力も高く保てる。
「この川のヤマメはパーマークの形が面白くて、本当に綺麗な魚ばかりだよ」
 そう彼が予告していたように、ヤマメらしいヤマメというべきか、釣れてくるのはどれも素晴らしい雰囲気を纏ったヤマメ達で、行程の終盤には30cmの太い雄ヤマメが透き通った流れから飛び出した。これまたオーバーハングの奥に見え隠れする核心のピンスポットへ、水面すれすれの低い弾道で一発でミノーを送って釣り上げた魚だった。
 自分のイメージとロッドがまさしく一体となり、その結果として躍り出た魚達に菊池は心からの笑みを浮かべた。
「このロッドがあるからこそ、心底釣りを楽しめてるんだよね」


【付記】
キャストは釣果を左右する大事な要素のひとつであり、またキャストそのものが渓流釣りにおける楽しみのひとつでもありますよね。まさに久仁彦さんの釣りがそう物語っています。
今回は高精度なキャストをストレスなく、思いのままに決めるためのカスタムの性能についてまとめましたが、キャストにまつわる興味深い話をほかにも聞くことができましたので、また機会を改めて紹介したいと思います。キャストひとつをとっても、渓流釣りは本当に奥が深いですね。















「大好きな川へ」 菊池久仁彦  
2011年7月17日、岩手県
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC560ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Yamai 50S & Emishi 50S 1st Type-Ⅱ & Emishi 50S/ITO.CRAFT



 夏の朝。久仁彦さんにとって特別な一日の始まり。
 大好きな川へ、今年初めてのヤマメ釣りにやって来ていた。
 朝からさんさんと太陽光線が降り注ぎ、立っているだけですぐに全身が汗ばんでくる。川の水温も一気に高まることは想像できたが、この日の釣りに川の条件や魚の活性はあまり関係ない。釣果よりも、まずはこの場所に帰ってこれたことにじわじわと喜びが込み上げてきた。兄の功さんが残したメッシュベストに袖を通し、ロッドホルダーから愛竿を引き抜く。
「よし。では楽しみますか」
 そう自分に言い聞かせて川に向かった。

 今年3月11日に起きたあの未曾有の大震災で、久仁彦さんの地元、岩手県釜石も甚大な被害を受けた。あまりに多くの人が、あまりに大切なものを失った。久仁彦さんもその一人だ。
 この数ヶ月間、久仁彦さんはロッドを握ることができなかった。どうしても自分の時間を捻出できなかった。もちろん現在も日々の生活の様々なことが1年前とは違うけれど、しかし仲間たちの支えもあり、ようやく釣りへ行こうと思えるところまで来た。
「本当に少しずつだけど余裕ができてきて、Tシャツを買いに行ったりとか、車を洗ったりとか、まずはそういう当たり前のことをやるのが楽しいと思うようになってきた。そしてもちろん釣りも自分にとっては大事なライフスタイルの一部だし、ずっとやってきてることだから、それは絶対に取り戻さないと。残された家族を守ること、亡くなってしまった大切な人を心から敬うこと、その上で、自分の大好きな釣りの時間を取り戻そうと思った。掛け替えのない唯一の楽しみだからね」

 河原を占拠する葦をかき分けていくと、ぱっと視界がひらけ、そこにはいつもの風景が広がっていた。忘れかけていた光景が目の前にあった。
「川に立ったら、いつもと何も変わらないなあって、しみじみ思ったね。ほんの一年前は当たり前だった川の風景が、不思議なほど懐かしかった。春から夏へ季節がめぐっていることも、ジリジリと肌を焼く太陽も、気づいたら虫に刺されて腕がカユくなっていることも、全部、本当にいつも通りだなぁって。戻ってきたぞっていう喜びがすごく大きかった」
 夏の暑さも逆に心地よかった。山の匂いも、腰まで浸かった流れの勢いも、狙ったスポットへルアーが飛んでいくことも、そして思い通りにルアーが泳ぐことも、そんなどうってことない普通のことに安堵し、感動した。目に見えるもの、肌に感じるもの、すべてが懐かしく思えて楽しかった。
 最初のポイント、早瀬から続くトロ瀬で1匹目がヒットした。フッキングを決めてやり取りすると、ヤマメが元気よく瀬でジャンプした。
「ここで来る、きっとここでしょう、っていうスポットで、やっぱり来た。自分の勘と魚の反応がぴったり合って、何だか安心したね。渓相とか着き場は変わっても本質的な部分は何も変わんない。魚もきれいだし、やっぱりこれだよねえって」
 久仁彦さんは釣りの楽しさをひとつひとつ確かめるように川を歩き、ロッドを振った。

 釣果は二の次とはいえ、釣り人たるもの、魚をネットにすくってこその喜びも当然あるわけで、この日はそうした「獲る楽しさ」もとことん味わった。
 1年前はポイントになっていなかった流れに、いい感じの筋が見て取れた。瀬からのちょっとした絞りで底が深く掘れていた。
「これ以上水が落ちたら筋が消えてしまう、今だけのポイントだよね」
 1投目。手前側に寄ってきている筋の向こう側へミノーを着水させ、強めのアクションを加えながらダウン気味にその筋に入れた。するといきなり、ズンっと竿先が押さえ込まれた。何かにルアーを飲み込まれるような得体の知れないアタリに、久仁彦さんも「あれ? 魚だよな?」と一瞬困惑したのだが、すかさずがっちりフックセットすると、とんでもない重みは捉えたものの相手は首を振ることもなく悠然と構えている様子だった。
「で、追いアワセを入れたら、ガガガっと首を振って猛然と下流にダッシュ。10分位やり取りして、最後に寄せてくるまで魚は見えなかったけど、想像はついたよね。正体はバカでっかいレインボーで、あれは参ったなぁ(笑)。でもまあ、狙ってた魚ではないけど、これもほんと楽しかった。今年はマス釣りに行けなかったぶん、兄貴からの贈り物かなぁってね」
 サクラマス釣りのエキスパートだった功さんがサクラの代わりにワイルドなニジマスをプレゼントしてくれたのかは分からないけれど、その60cmもある太い魚体に、久仁彦さんは満面の笑みを浮かべた。

 そして最後に、もうひとつクライマックスが待っていた。久仁彦さんが普段「いい魚は入ってるけど口を使わない場所」と評価している、とあるポイントでその魚は出たのだった。なんで食ったのかな? と久仁彦さん自身も首を傾げる。
 ジャークと、フォール中の細かい誘いを織り交ぜた釣りで口を使わせたのは、久仁彦さんが惚れ込んでいるこの川の美しい尺ヤマメだった。艶やかなボディにパーマークが映える、幅広の見事なヤマメがネットに収まった。
 その魚体を目に焼き付けるように眺めながら、ふうっと大きく息をついた。夏空の下を川がいつもと変わらずに優しく流れている。川と魚に癒され、心が満たされた。
「改めて釣りの面白さを思い出したね。やっぱり最高だなあって。すべてを忘れて心底楽しめた。釣りに没頭できて、魚にも恵まれて、たくさん元気をもらったよ。また来たいなあって思った」
 久仁彦さんの大好きなヤマメ釣りが、今年も始まった。












「一粒の宝石を拾う」 菊池久仁彦  
2009年8月23日、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st Type-Ⅱ[ITS]/ITO.CRAFT



 菊池は、強さのあるヤマメ、が釣りたいと言う。精悍な顔付きをして、背中が力強く盛り上がって、なお且つ山の魚が見せる美しい色合いと模様を浮かべたヤマメが釣りたい。
 四方をボサに囲まれた小さな沢で、テクニカルな面白さと小さくとも宝石のようなヤマメに長年没頭してきた菊池だけれど、彼はいま、言うなれば「大きな宝石」を狙っているのだ。
「言葉で言うのは簡単なんだけど(笑)」
 そう、釣るのは簡単じゃない。
 まずそんなヤマメは、どこにでもいるわけではない。この日僕らが向かった川にも、菊池の言うような魚とそうじゃない魚がいる。そして言うまでもなく、素晴らしいヤマメの棲む川にはそれを追う釣り人も多い。この川も例外ではないらしい。
 8月下旬のとある朝。太陽がしっかりと顔を出すのを待って菊池は川に下りた。
「魚が常に居着いてる、というよりは、一時的に休む場所だよね」
 そう言って菊池が目を輝かせたポイントは、流れが速く、平坦で、魚が身を寄せるようなこれといったストラクチャーも沈んでいない。
 ただひとつ、底が掘れている。最深部で成人男子の背丈ほど。幅にして約3mの深みが川を横断する形で帯状に形成されているのが見て取れる。
 以前からこのポイントの存在は知っていたのだが、ほとんど河原がなく、流れの押しも強いために川通しにはアプローチできない位置にあり、この日は勘を頼りに密生した葦をかき分けながらズンズン進んで、菊池は初めてその場所に立っていた。

 シャツは朝露でビショビショ、しかも蜘蛛の巣まみれでタイヘンなことになっている。そんなことに気を取られているとさっそく菊池がキャストを始める。
 ルアーは蝦夷50S 1stタイプⅡ。
「この速い流れのなかで、ミノーを綺麗に泳がせるという観点ではもちろん山夷50Sもいい。けど、川の深さに対応するために、ここはタイプⅡだね」
 1stタイプⅡの、アップストリームでの使いやすさやヒラ打ち時の強いアピール、狙うタナへの落とし込みやすさは誰もが口を揃えるところだが、ポイントの状況によりその使い方は異なる。例えば菊池はこのとき、狙うべき深みの少し上流に立ち位置を取り、1stタイプⅡを対岸のキワに向けてほぼ純粋なクロスストリームでキャストした。
 着水したらミノーを沈める。時間にして2~3秒。
「ミノーの沈下中はラインが先行するように操作するんだけど、そのドラッグ(川の流れにラインが引っ張られる状態)と、ミノーのリップが水を噛む力を利用して、綺麗に素早く落とし込む。ラインスラックの出し過ぎに注意しながらの、一瞬の微妙な操作だけどね。そうやって狙うタナまでミノーを沈めたら、そのタナをキープしたまま、U字の軌跡じゃなく、イメージとしては対岸からほぼ直線的に引いてくる。幅3mの深みのレーンからミノーが外れないようにね。それとこの釣りはロッドワークもシビアで、アクションが強過ぎるとミノーが上ずったりコケたりするし、弱過ぎると下流に落ちる。警戒心の強い大物は、深みから外れた浅い場所にはまず出てこないもんね。もちろん、こういう釣りをこなせるルアーそのものの性能も重要だよ。レンジをコントロールしやすくて、沈めたり、ギラッと一瞬でアピールさせたり、止めて見せたり、そういうメリハリをしっかりつけられる自由度の高さが絶対的に必要だよね。単にテール重心のミノーではこうはいかない」
 ミノーをアクションさせるのには、狭いゾーンで魚に食い上げさせるためのアピールと、U字の釣りよりきっと速くなるはずのリトリーブスピードを抑える目的がある。できるだけ長くそこにルアーを置いておくためのアクションを加えるのだ。
 言葉にするとかなりギリギリの釣りに思われるかもしれないけれど、実際には、キャストもルアー操作も、身体がもう何をすべきか知っている滑らかさで進んでいく。

 基本的に長い距離を追わせる釣りではなく、チェイスはほんの一瞬。打てども打てども答えの返ってこない渋い川で高い集中力を維持し続けるのは難しいことだが、菊池はその一瞬に向けて常に意識を集中させている。何よりこのときは、1投目から予感があった。
「ミノーのリップが捉えてる水圧から感じ取れるんだよ。いいヤマメが着くだろう流れの押し具合、ミノーの泳ぎ、タナ。このときは本当にいい感じだった」
 その3投目、ギラッギラッとヒラを打つミノーが川の中ほどに差し掛かったとき、ドンっと重さが乗った。バイトの瞬間は全く見えなかったが神経を張り巡らせていた菊池がすかさずアワせると、水中で幅広の魚体が派手に翻った。
 ヒットした魚が流れに乗って、ぐんぐんと駆け下っていく。立ち位置を制限されている菊池は追いかけられず、ロッド全体のトルクで流れと魚の重さを受け止めた。完全に力比べの恰好だが、しかし釣り人にもロッドにも、まだ余裕があった。焦らず、耐えるところは耐えて、だましだまし寄せる。
 菊池の手に収まったのは、35cmの素晴らしいヤマメだった。
 経験を積んでいくうちに必要な技術や道具が分かってくるように、自分の追うべき魚もまた、はっきりと見えてくる。一匹の魚に自分だけの価値が見えてくる。そして菊池は、それと出会う圧倒的な確率の低さと難しさを身を持って知っている。
「自分のなかでは、ほぼ理想形。ガチッとして、綺麗で。色がくすんでくる前の、発色が一番綺麗なタイミングじゃないかな。顔もすごくカッコいい」
 菊池は会心の笑みを浮かべながらヤマメを眺めた。












「難しい川の悦楽」 菊池久仁彦  
2009年9月15日、岩手県
写真=菊池久仁彦
文=丹律章

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 2009年、9月のある日の深夜。岩手に強い雨が降った。
 9月に入って雨が少なく、川の水は低めのまま落ち着いていた。その水が増える。魚が動く。そう思った菊池久仁彦は、夜明けとともに起きだすと、通っているいくつかの本流のうちのひとつに向かった。

 渓流好きの菊池が本流に通い出して2シーズン目を迎えていた。
「ずっと俺は、渓流ばっかりやってたんです。川幅5mとかそれ以下とかの川を、アップストリームで釣り上って手返し良く探っていく。そんな釣りが好きだった。もちろん今も渓流をやるけれど、本流にも行くようになった。対岸に渡ることができないような大きいな流れでの釣りは、やっぱり渓流とは違いますね。本流は、やっぱりダイナミックな釣りができることが魅力です。小さな渓流は数は見込めるけれど、大きなヤマメがあまり出ない。それに比べると本流はアベレージサイズがでかい。もちろん沢山釣れるわけじゃないけれどね」

 その日に向かった川も、そんな「沢山釣れるわけじゃない」本流のひとつだった。

「ここはまた特別で、難しいんですよ……読みって言うのかなあ、これっていうセオリーが通用しない。本流のヤマメはサクラマスに似たところがあって、流芯近くの隠れ岩とか、ここぞという分かりやすい場所に着くことが多いんだけど、この川は違うんです。どっちかって言うと、渓流のような小さなポイントに着く。岸際のボサとか、流れの際のちょっとしたポイントにね。しかもそれが一定しなくて、なかなか読めない部分が多いんです。セオリーが通用する本流なら、分かりやすい1級ポイントに通っていれば、いつかはいいタイミングにはまって、どかんといいヤマメが釣れるんだけど、ここはそうはいかない」

 前夜の雨の影響で川は思ったとおり増水していた。濁りもまだきつい。少し時間を置くことにして、菊池は別の川へ回った。

 本流でのウェーディングも、気に入っていることのひとつだと菊池は言う。
「渓流は腰まで水に入って釣ることはないけど、本流だとそうやって釣ることが多いでしょ。立ちこんだ状態で掛けて、取り込むっていうのは、渓流とは違った面白さがあるんです。それに俺は、できる限り短いロッドでルアーの操作性を高くして釣りたいので、飛距離をカバーするために限界までウェーディングすることになるから、なおさらです。もちろん、ゴーイチで無理ならゴーロク、それでも飛距離が足りなければ6フィートって、ロッドを長くしていくんだけどね」

 午後になって菊池はまたその川に戻ってきた。流れは朝より落ち着いていて、なんとか釣りになりそうだった。しかし平水状態に比べると、水にはまだずいぶんと勢いがあった。
 川が蛇行して流れが岸にぶつかる、その流芯側に菊池は入った。その場所は、普段の水量ならまったく釣りにならないトロだが、その日は増水の影響でいい流れになっていた。
 足元に捨石が入っていて、流れにヨレができていた。
 ルアーを通す。魚が反応した。
「細いんですけどね」と菊池がいうそのヤマメは、しかし35センチあった。

「釣れる条件がある程度読めるようになって、釣れるようになったらその川に対する興味は薄れちゃうんです。でも、この川はそれがまだまだつかめない」
 だから、菊池は今シーズンもこの川と自宅を往復するだろう。
「答えが出ないから難しい。でかいのが釣れたとしても、釣れた理由が分からないことが多いから、また通うことになってしまうんですよ」
 菊池はそう言って笑ったが、その言葉は「分からないからこそ、釣りは面白いんじゃないですかねえ」と言っているようにも聞こえた。











「山夷50を持て」 菊池久仁彦 
2009年8月21日、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Yamai 50S[YTS]/ITO.CRAFT



1. 『釣りの前に山夷問答』
 この川、普段から押しが強くて歩くのが大変だけど、今日は余計足にきそうですね。
「ちょっと水が高いからね。でも大丈夫。濁ってないし、釣りにはなるよ」
 表層の流れがすごくて、釣りづらそうだなあ。
「まあ山夷50を使って、釣り下りながら探ってみるよ。魚は入ってるはずだから」
 狙うタナが深そうなんで何となく蝦夷のタイプⅡかと。
「山夷はとにかく流れに強いからね。どんな流れでも平気で泳いでくる。今日みたいに水かさが上がってるときって、単純にいつもより流れが強いわけだし、それにもともとあった筋が壊れて、何て言うか、流れが雑になるでしょ。そういう川でもバランスを崩さずに、しっかり泳いでくれる。なお且つ、レンジを上手くキープしてくれるから、浮き上がりを抑えながら足下まできっちり誘えるのも大きなメリットだよね。特に増水気味の川では、絶対的な信頼感があるよ」
 確かに、そう聞くと山夷の性能を放っておくのはすごくもったいない。
「そう。もちろん蝦夷のタイプⅡも使うけどね」
 増水時以外も山夷は使います?
「使う使う。流れに対する強さ、泳ぎの安定性はもうバルサにかなり接近してるものだし、ほとんどシチュエーションを選ばない。例えば濁りが入ってたり、マズメ時で暗かったり、あとは狙うスポットまで距離があったり、そういうルアーが見えにくい状況でも安心して使えるよね。この安心感が、釣りをしていてすごく大きい。それと、釣り人がさほどコントロールしなくてもルアーが自動操縦で泳いでくれるから、ひと言で言って疲れない。本流の釣り場を広く探るときなんかは持って来いだよね」
 渓流のアップストリームではどうスか?
「使うよ。夕方とか、ちょっと楽したいなあってときとか(笑)」
 えっ、じゃあアクションに関しては、ホントに自動操縦なの?
「基本的にはそう。蝦夷とはまったく分けて考えてるよ」
 意外だなぁ。久仁彦さんって、どうしてもトゥイッチのイメージが強いんで。
「使い方は人それぞれだけどね、自分が山夷を使うときは、まずはルアー任せと言うか、ルアーそのものの泳ぎを生かしてやって、その泳ぎが緩慢になりかけたところをロッドアクションで補ってあげる感じ。状況によっては、ヘタなアクションが魚に嫌われることってあるでしょ? 山夷の泳ぎはそれが少ないんだよね。チェイスを引き出す能力って言うのかな、魚がナチュラルについてくる。で、さっきも言ったけどレンジを外さずに泳いでくれるから、そのまま違和感なく追わせやすい」
 でも、すーっとヤマメがミノーについてきたとして、そのあとが難しくないですか?
「難しい(笑)。腕の見せ所。自動操縦のまま食うこともあるし、トゥイッチで食わせることもあるよ。レスポンスのいいミノーだから、もちろん糸フケを叩いて、ギラギラッとヒラを打たせることもできる。そのへんは魚の動きを見ながら臨機応変に、だね。」
 なんかこれ1本で、すごく釣りの幅が広がりそうですね。
「うん。それとね、ルアー本来の泳ぎとか、魚の動きとか、流れに合わせたリーリングとか、基本っていうか、集中すべきところに集中できるでしょ。だから、釣りを覚えるのにもいいミノーだと思う。ロッドワークに夢中になり過ぎると、どうしても周りを見る余裕がなくなっちゃうしね」

2. 『尺ヤマメを読む』
 実際に流れに立ちこんでみると、予想以上の水圧にびっくりした。
 高低差の少ないフラットなエリアを釣り下っていた僕らは、そこだけガクンと、川幅全体が一段掘れている場所に来ていた。水深は胸の高さほど。3g後半のシンキングミノーをフルキャストしてギリギリ届く対岸付近は、さらに深く掘れている。
 対岸のキワにタイトに着いたヤマメを川の真ん中辺りまで引っ張り出し、そこで口を使わせる。菊池はそんなイメージを描いていた。
「距離もあるし、押しも強いし、対岸で無理やり食わせるよりは、ある程度ミノーを追わせて、魚を確認してから掛けた方がここはいいと思う」
 山夷50シンキングを、対岸のキワにぽとりと落とした。
 やはりロッドアクションは控えめで、主にリーリングでミノーを泳がせていく。派手に、連続してヒラを打たせるのではなく、ルアー本来の泳ぎを引き出すためのテンションをコントロールする。
 対岸のキワの深みから、すーっと白っぽい影が山夷の後ろについてきたのは2投目のこと。
「いいサイズだよ」
 ミノーとヤマメとの距離は約50cm。そのまま食う感じでもありつつ、深みに戻りたいようでもある。好奇心と警戒心の間で揺れながらも、ヤマメは川の中央まで追ってきた。
 菊池はとっさに、リーリングスピードを落とし、竿先のトゥイッチでミノーを泳がせた。明らかにアクションを切り替えると、次の瞬間、ヒュンっと加速したヤマメがそのままの勢いで山夷50を食うのが見えた。すかさずフッキングを決めると、幅広の魚体がギラッと反転した。
「チェイスしてる魚の泳ぎって、やっぱり単調ではないし、見てると加速する瞬間っていうのが分かるんだよね。そこで、違和感なく食い込ませるためのアクションを入れる。言葉で説明するのは難しいんだけど、魚をさらに興奮させるアクションとは違うんだよ」
 ネットに収まったのはこの日一番の素晴らしいヤマメ。迫力と美しさを兼ね備えた33cm。今日はこの魚が見たかったのだ。
「山夷の力で持ってきた感じだね」
 このミノーを手放せない理由がハッキリと分かった。













「鋭敏であること」 菊池久仁彦 
2009年6月1日、秋田県
写真=山村佳人
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Certate Hyper Custom 3000/DAIWA
main line:Super Trout Advance Max Power PE 1.5/VARIVAS
leader:Shock Leader 20Lb/VARIVAS
lure:Yamai 95 MD[YTS]/ITO.CRAFT


1.
 6月1日、秋田サクラマス解禁。菊池久仁彦は早朝の阿仁川に立っていた。
 菊池が右手に握っていたのは、エキスパートカスタムEXC820MX。どうしてハチニイなのか、まずはその理由を聞いた。
「タックルを選んだり使い分けたりする楽しさはひとまず置いといて、バンバン移動したいとき、少しの時間も惜しいときには、いろんなシチュエーションをフルカバーしてくれるロッドが1本あると、本当に助かる。解禁日は何かと慌しいからね。カスタムのハチニイなら下流から中上流まで幅広く探れるし、ショートリップのミノーを軽快に動かすことも、重い流れでディープを躍らせることも、何でもできる。無理のきくロッドっていうのかな。トルクがあるから、でかい魚を掛けてもこっちがひるむことはない。それでいて、極端な話、6cm台のミノーだって投げられる。じっさいには投げないけどね(笑)」
 ハチロク譲りの強靭なバットと、ナナハチ譲りの繊細なティップを、精巧に融合させた結果がエキスパートカスタムのハチニイなのだ。ブランクには他のモデル同様、40t超高弾性カーボンを使用し、アクションはファーストテーパーが特徴のカスタムにあって、ダブルハンドモデルの中ではもっとも調子が先に設定されている。本流のパワフルな釣りにも、中規模河川の機敏な釣りにも、釣り人の意思のままに対応してくれるギリギリのバランスがデザインされている。つまり、エキスパートカスタムのサクラマスロッドを知るなら、まずはこのハチニイなのである。
 ロッドについてもう少し触れると、エキスパートカスタムの特徴に関して菊池は、「シャープ」という表現を繰り返し使う。硬いロッドとシャープなロッドは必ずしもイコールじゃない、と言う。具体的にシャープなロッドとは、どんなロッドなのだろう。
「小さなキャストでルアーを遠くに飛ばせるし、ブレもネジレもないから、シビアにコントロールできる。抜けが良くて、戻りが異常に早い。これがカスタムの特長だよね。どんなに曲げても、止まってほしい瞬間にピタッと止まるから、ミノーも自在に操れる。それとカスタムを使ってる人なら分かると思うんだけど、8ft台のモデルでもティップまでの長さがワンランク短く感じる。逆にダルいロッドって、なんか長く感じるでしょ?」
 シャープなブランクには、ロングロッドの長さを感じさせない軽快な操作性がある。数少ないアタリを待ちながらミノーをアクションさせ続けるサクラマス釣りでは、このメリットがとても大きいのだ。

2.
 前日の下見の結果、菊池は中流域の岩盤地帯を釣り場に選んでいた。
 上流から一通り見て回ると、数年前の水害により河川改修が進み、つぶれてしまったポイントも目に付いた。良さげな有名ポイントはすでに釣り人で一杯。それでも長年この阿仁川に通って、川全体を釣り歩いてきた菊池には引き出しが残っている。ここは毎年魚の着く、菊池の好きなポイントのひとつだ。
 夜明けと共に釣りを開始したが、朝イチは全くの無反応。釣るべき範囲をひと流しし終えると、空は完全に明るくなっていた。
 しかし、こうした岩盤のポイントでは特に、明るくなってからヒットするパターンがよくあるらしい。あらかじめそれが頭に入っているから、ひと流し目は足を止めずに、魚を余計にスレさせないよう意識しつつ菊池は釣りをしていた。
「それに釣り慣れたポイントとはいえ、1年振りだからね。まだ薄暗い時間帯はちょっとした水量の違いでも、ぴったりとは合わせられない。シビアに言うとね。完全に状況が分かる明るさになって、流れの押しや波を見て、釣りを微妙に修正してのふた流し目」
 いったん手を休め、近くで釣りをしていた知人と会話をかわし、再びポイントに入ってすぐのこと。菊池のミノーにサクラマスがヒットした。いいサイズだった。菊池はロッドのパワーをフルに活かして力比べをしたが、20Lbのリーダーも岩盤のエッジに触れてはひとたまりもなかった。ラインブレイク。
 手早くリーダーを組み直し、釣りを再開。すると間もなく、また別の魚がミノーに反応した。ミノーの向こうに、ギランッギランッと派手なフラッシングが見えた。
「もうヤマメみたいな感じ。あれを見て、こっちもテンション上がった。上がり過ぎた。だって、ほら、1年振りだから(笑)。喰えっ、喰えって、がんがんトゥイッチ掛けたら、手前5m位のところでフッといなくなった。真下に潜ったのか、とにかく戻った位置は見えなかった。これはマズイなと」
 もちろん、ここからは冷静だった。その魚に狙いを定め、菊池は誘いを変えた。
 やや上流にキャストした山夷95MDを、それまでのU字の軌道ではなく、ほぼ直線的に引いてくるイメージ。U字の釣りよりはリトリーブスピードは速くなるが、ロッド操作で絶妙にルアーを止めながら、喰わせのタイミングを作る。直線的なトレースラインのなかで、岩盤帯の複雑な流れに合わせ、アクションで見せるところは見せて、止めるべきところで止める。
「山夷のMDならそれができる。すでに強いアピールの泳ぎを見せてしまっているから、チェイスする魚の仕草をよく見て、ここ!っていうタイミングでミノーの動きを微妙に抑えた。見えるがゆえの駆け引きだよね。こういう釣りがやっぱり楽しい」
 ロッドもシャープだが、釣り人も鋭敏だ。
 追わせて、見て、掛ける。その瞬間に最高の興奮が詰まっている。1年振りのサクラマスは58cm。岩盤で切られた魚に比べればサイズは落ちるが、釣り人は心からの満足と共に竿を畳んだ。初夏の日差しのなかゴーイチを手に、気分良く渓流へと向かったのだった。









「6月の秋田、山イワナ釣行記」 菊池久仁彦  
2009年6月6日、秋田県
写真=菊池久仁彦
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance Sight Edition 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S[HYM]/ITO.CRAFT


1.
 東北の釣り人にとって、サクラシーズンの締めくくりとなる6月の秋田解禁。
 菊池久仁彦も、ほぼ毎年車を走らせているひとりだが、その几帳面に整理された車のラゲッジスペースにはダブルハンドのロッドのほかに、渓流用の5ft1inが積んである。
「気分転換に渓流に入ったりとか、岩手に帰ってくる途中でヤマメを釣ったりとか。使わないこともあるけど、ゴーイチは必ず持ってくね」
 6月3日のこと。カーディナル3をセットしたゴーイチのカスタムを手に菊池は、山の奥深く、米代川水系の小さな沢にいた。すでにサクラマスを手にしていた余裕もあり渓流釣りに切り替えていた。この川は、前日に釣り場で偶然知り合った、とある人物が教えてくれた。
「60歳位の人かなぁ。釣り人じゃなくて、なんか見回りしてる感じ? 仙人みたいな人でさ、あとで聞いたら兄貴はヌシって呼んでたんだけど、その人から聞いたんだよね。所々言葉が聞き取れなくて、でも川の名前は分かった。いいイワナがいるはずだから、行ってみろってね」

2.
 たまたま出会った謎の仙人?のコトバに半ば興味本位で乗ってみることにした菊池は、深い森を縫って清冽な水がさらさらと流れる川を、一緒にいた友人と代わる代わるルアーを投げながら、話半分、釣り半分といった感じで釣り上っていく。
「印象としてはヤマメの川だよ。斜度も緩やかで。実際、ぽつぽつと釣れてくるのもヤマメだし。で、2時間位釣り上ったところで例のポイントに着いたわけ」
 上流を見て左岸。露出した木の根が張り出し、岸が水中で深くエグれているのが分かる。薄い流れが続く川にあって、そのエグれたキワの部分は腰の高さほどの水深を持っている。エグレの奥から魚を引っ張り出す難しさを考えても、明らかに雰囲気のあるポイントだった。
 静かに近付いて菊池がゴーイチを振り上げる。
 すぐ後方にはブッシュがあり、前方には、左側から腰の高さに、ほぼ水平に木の枝が張り出している。垂直にロッドを振り下してミノーを直線的に飛ばし、枝の上へ通したら、間髪入れず体の右側にあるスペースへロッドをさばき、ラインを素早く枝の下にくぐらせる。
 岸際へぴたりと着水したミノーがロッドワークによって細かくヒラを打ち始める。「エグレのなかに吸い込ませる感じで」と菊池がイメージを語るように、上手くラインをコントロールしながらミノーのきらめきをエグレの奥に入っているだろう魚にしっかりと見せて、誘う。
 3投目。エグレの奥から大きな影が現れ、猛スピードでミノーに接近してきた。聞いていた通りの、でかいイワナだ。
「でも、喰わないんだよね、これが。ぱっと見の追い方は派手というか、波を立てて、すごい勢いでエグレから出てくるんだけど、どこか臆病でもあるんだよ。普段のテリトリーが狭いということもあるんだろうけど、素早くUターンしたり、どんなにタイミングを作ってやっても、目見えてる?っていうくらい、ぜんぜん違うとこを噛んだりするからね」
 チェイスはある。けれど最後の最後でどうしても噛み合わない。そんな状況で菊池はイワナの動きと様子を冷静に観察していた。
 そうこうしているうちにミノーが水中の流木に引っ掛かってしまった。再戦を心に誓って菊池は、エグレになるべく近付かないよう静かにミノーを回収し、その場を離れた。

3.
 そして3日後の6月6日、土曜日。菊池は再び秋田を訪れたのである。
 もうあのイワナを釣ることだけが目的の菊池は、前回の入渓点からポイントまでの2時間を少しでも省略するために、大体の見当を付けながら薮を漕いだ。
「そしたらびっくり。ボサを掻き分けて川に出たら、いきなり目の前にあのポイントがあるんだもの。ちょっとは肩慣らしをしたかったんだけど(笑)」
 とは言いつつ、菊池はいつものコンパクトなフォームで、すぱっとキャストを決めた。エグレのキワへ正確にミノーを落とす。問題はそのあと。
 前回同様、キワをなぞるようにミノーをきらめかせる。しつこく通すが、イワナは出てこない。もちろん粘る。魚がこの一等地を離れ、別の場所へ移動したとは考えにくい。キャストもルアーのトレースコースもぎりぎりの釣りを傍目にはいとも簡単に、速い手返しで繰り返す。
 イワナが姿を現したのはおよそ20投目。
 イワナは微妙に着き場を変えていて、前回は2mほど続くエグレの頭の部分に着いていたのが、今度は尻の方から出てきた。50cmほど追ってすぐに引き返していく。
 やっぱりまだここにいた、そしてルアーに反応する活性が残っていた、という安堵はあるものの、その反面、前回のスレが確実に残っていることも見て取れた。さらに今の1投が魚をよりナーバスにした、きっとチャンスはあと1回。菊池はそう感じていた。次が勝負だなと。
 最後は一瞬のできごと。
 キャストを続けると、ほどなくしてイワナが再びチェイスを始めた。距離が詰まる。かつっ!とフックの先端に何かがアタったのを感じるより先に、目で見て、屈み込むようにフッキングを決めた菊池は、そのままの勢いでヒットしたイワナを一気に浅瀬へ引っ張り出し、ネットに掬った。喰った、というより、菊池が魚の動きを読んで上手く乗せた。魚のクセを完全に掴んでいた。
 菊池のネットに黄金色を纏った見事な山イワナが収まった。見ると、テールフックのハリ先ひとつが、かろうじてイワナの口元を捉えている。
「これは最高に燃えたね」
 魚は1匹1匹が違う。こんな釣りを重ねることで釣り人は少しずつ魚の本質へ近付いていくのだ。
 釣り上げたイワナを元いた流れに帰す。何とも言えない達成感に満たされる。ゴーイチと、ひょんな出会いがもたらしたひと幕。










「2年目のヤマメ」 菊池久仁彦
2007年9月中旬、岩手県
写真=菊池久仁彦
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510ULX
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスサイトエディション 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/蝦夷50SタイプⅡ(ホンヤマメ)



 菊池久仁彦が住む釜石市は、岩手県沿岸南部に位置する。
 地元には、釜石市内に河口がある甲子川や隣の鵜住居川、大槌川や気仙川など、沿岸の独立河川が多く存在し、それらは全てヤマメやイワナの有力河川でもある。菊池は、これまでこれらの地元の川に足しげく通い、それらの川を攻め倒し、支流の枝沢の隅まで細かく探ってきた。
 しかしここ3年、菊池は地元の川よりも内陸の河川に興味を持つようになっていったという。
 きっかけは、内陸と釜石を結ぶ仙人トンネルの完成であった。
「トンネルができるまでは峠道を越えなければならなかったんだけれど、トンネルができて、30分以上時間が短縮できるようになったんですよ。それで、内陸の北上川水系の川が、グンと近くなったわけ。雫石の伊藤さんのとこにも、トンネル開通以来ずいぶん行きやすくなったからね」
 そして、2006年の7月、様子見に入った川で35センチのヤマメを釣り上げた。そしてもう1匹、でかいのをばらしている。本人によるとこれは偶然だというが、しかしこの魚がきっかけとなり、菊池は地元河川より内陸河川への興味をさらに加速させることになった。
「これでスイッチが入っちゃったんですよ。釣ったのは本流で、それから秋にかけて、こんなヤマメが上流へ遡上していくだろうと予想できた。で、そいつらのことを追いかけ始めたんです。アホみたいに。毎週ね」
 8月9月と、休みのほぼ全てを使って本流を探り、ある程度のあたりをつけたところでそのシーズンは終了した。
 翌年は、サクラマスの釣りが終わる6月から、また本流通いが始まった。前年に作った頭の中の川の地図を新しく作り直しながら、本流のヤマメをまた探し始める。毎週毎週。早朝から日暮れまで。何かに憑かれたように。
 しかし、これまでも散々ヤマメ釣りをしてきた菊池が、この内陸の本流にはまった理由は何なのだろう。
「これまで地元の川で釣ってきたヤマメっていうのは、銀毛した、戻り系のヤマメが多かったのね。でかくなればなるほど、ほとんどがそうだったわけ。沿岸の独立河川っていうのは、海と直結しているからどうしてもそういうヤマメが多くなるでしょ。でも、内陸の海から遡上がないエリアでのヤマメはそんなことはない。パーマークがはっきりした、ヤマメらしいヤマメが釣れる。そんなヤマメのでかいのを釣りたかったんですよ。やっぱり、パーマークのあるでかいヤマメが王様だと思うから」
 釣りの素人には、銀毛のヤマメもパーマークのあるヤマメも、同じサイズなら価値は同じであろう。だが、渓流釣り師はそこに違いを見る。戻り系よりも山のヤマメを。それが、地元の川に背を向け内陸の山に菊池を向かわせる、その衝動の源なのだ。
 そして2007年9月。菊池はひとつの回答にたどり着く。通いつめた本流で、38センチのオスヤマメを手にしたのだ(トラウティスト21号に掲載済み)。
「本流の大きなヤマメを狙うようになって、釣りが変わりましたね。大物だけを狙って釣るようになった。狙ってっていうのは、小物が出そうな小場所はやらずに、本命ポイントだけを狙い撃ちにするってことです。しかも下手に場所を荒らさないように、ポイントを見極めて、ミスキャストなどしないように丁寧に釣りをする。これは伊藤さんに言われたことなんだけどね」
 伊藤のアドバイスとは、ポイントを必要以上に荒らすなということだという。
 例えば、ある場所でヤマメが追ってきた。食いつきそうな追い方ならば、その日に勝負がつくかもしれない。しかし、「渇水」や「晴れた真昼間」、「先行者あり」など条件の悪いときに、やる気のない追い方をしたのなら話は違う。その日はそれ以上魚にプレッシャーを与えず、その場所での釣りをやめ、数日後の朝まずめに勝負をするとか、雨を待って釣りに来た方が、そのヤマメがルアーに食いつく確率は高くなる。
 相手は、ずるがしこい大ヤマメ。条件が悪すぎる中で、勝負をする必要はない。悪条件の中でしつこく釣りを続けたために、次回釣れるはずのヤマメに余計な警戒心を植えつけてしまう。そういうこともあるのだと、自分自身がライバルになることだってあるのだと伊藤は言ったのである。
 トラウティストの取材の翌々週。菊池はさらにトロフィーを追加した。
 40センチ。オス。
「1投目で、尺くらいのヤマメが追ってきたんだけど、それを食わしてしまうと場所が潰れちゃうからそれには食わせずに、スルーさせて、その尺ものが下流に泳ぎ去ったのでラッキーと思って、同じ場所にまた投げたんです。3投目くらいだったかな、これが食ったのは」
 2年で、菊池は40センチのヤマメにたどり着いた。パーマークがある40センチは生涯初めてだという。
「こういう魚を釣るために、釣りが変わってきましたね。小場所を飛ばすっていうのもそうだけど、ここぞというポイントでは粘ったり。何か感じるポイント、いいヤマメがいそうだと思わせる場所では、多少は腰をすえて粘ります。粘らないと出ないヤマメはいますから」
 40センチのヤマメを釣った菊池だが、まだまだ分からないことだらけだという。
「だから、もう一回釣ってみたいですね。バイトが凄いし、王様だからね、川の……」
 菊池の本流通いは続く。山のヤマメを探す旅は続く。今年も、仕事が休みの日の夜明けに前には、トンネルを急ぐ菊池の姿があることだろう。
「でも、本当に分からないですね。まだまだ……」  FIN


『何年も前から語っていた夢の40オーバー。嬉しいね。
 昨年の久仁からの興奮した電話が今でも思い出します。
 解らないから解ろうと前に進めれる。
 まだまだ若さがある。』談 伊藤









「イトウガイドサービス その②」 菊池久仁彦
2006年8月14日、岩手県
写真=伊藤秀輝
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510ULX(渓流域)&EXC600ULX(本流域)
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/蝦夷50S(ワカサギ)、山夷68S(ワカサギ)



 2006年の夏。イトウクラフトのアドバイザーである岩手の菊池久仁彦、イトウクラフトタックルのユーザーで菊池とも親交のある埼玉の前田章一さんの2人を、伊藤秀輝と大和博(イトウクラフトアドバイザーであり雫石の山と川のエキスパート)が雫石の渓流へ案内した。前田章一さん編に続く、菊池久仁彦編。岩手沿岸の名手は内陸の川をどう見たのか。

「伊藤さんと会ったのは13~14年前の秋です。その時21歳で、まだ渓流のルアーを始めて間もなかったんですよ。その日オレは、兄貴と一緒に地元の甲子川で釣りをしていたんだけど、上手なルアーマンを見かけたんです。ルアーを正確にキャストできるとか、そういうことは当たり前として、何て言うかなあ、キャストして、サミングして、トゥイッチングして、ルアーをピックアップしてキャスト。その一連の動きのスムーズさが凄かったの。凄いっていうより、衝撃でしたね。初めての体験でした。それで話しかけたんです」
 そして、菊池兄弟と伊藤は半日ほど一緒に釣りをした。でも、その時はそれで別れてしまって、連絡先はおろか、名前すら聞き忘れたのだという。
「その翌年だったと思うんですけど、地元の釣具店で再び伊藤さんに会ったんですよ。甲子川に釣りに来ていて立ち寄ったとこでした」
 そこで連絡先などを交換し、伊藤との付き合いが始まった。
 渓流しか経験のなかった菊池に、伊藤はサクラマスの釣りを教え、何度か一緒に釣りもした。盛岡の伊藤の自宅にも年に何度も訪れ、また伊藤も釜石に釣りに行くと必ず菊池に会った。一緒に釣りをする機会はさほど多くなかったが、疑問が湧いた時には、伊藤に電話をして教えてもらったりした。そんな師弟とも違う、ただの友人とも違う関係が10年以上続いた。
 そして2006年の夏、久しぶりに伊藤秀輝と釣りをする機会がやってきた。
「前田君が、毎年5月と盆に、釜石に来て一緒に釣りをするのが、ここ5年くらい恒例になっているんですよ。それで、今年のお盆も岩手に来ることになったんだけど、オレとしては、いつもやっている沿岸の川じゃなく、内陸の川に行きたかった。で、そんなことを前田君と電話で話しているうちに、伊藤さんが雫石川を案内してくれるらしいってことになって、喜び勇んで雫石に行ったんです」
 まず向かったのは、竜川の本流である。しかし渇水の影響か、魚の出は渋かった。
「でもね、竜川はいい川だなあって思いましたよ。オレの地元の川っていうのは、大体、流程が短くて流れが薄いのね。全体的に平坦っていうか。でも、竜川は渇水しているにしても、メリハリがちゃんとあるんですよ、深いところ浅い所、流れの速い所緩い所、渡れそうもない所。で、大場所を探って行ったんだけど、何箇所目かで、いかにもいそうっていう場所の手前に、ここも悪くないなあってポイントがあって、そこにルアーを通したら、いいサイズが出てきたんですよ。そしたら伊藤さんと目があって、いたいたって言ってるわけ。で、2投目でルアーに絡んできたのを食わせたんです。尺ありました」
 その後、支流へと移動する。
「車を止めて川まで10分以上歩くんですけど、丁度オレが腹が痛くなっちゃって、用を足していたら、その間にみんな先に行っちゃったんですよ。オレは初めての川で、ヤブをこぎながら迷ったりして、薄情な人たちだなあなんて思っていたら、前田君を見つけたんです。で、そのポイントで、前田君がヤマメを掛けたんですよ」
 そのあと釣り上るが、25センチクラスがポツポツ釣れる程度で、大きなヤマメの姿は見ないまま堰堤に到着する。そこで伊藤が40センチ近いイワナをキャッチした。
「それまで伊藤さんは、小さいヤマメを掛けては、ロッドをわざと曲げてデカイデカイってふざけてたんですよ。で、この時もでかいって叫んでいるから、またほら吹きオヤジが何か言ってるよって本気にしなかったら、この時はホントだったね」
 その伊藤も、菊池のことは認めている。
「久仁はセンスがあるっていう感じですね。前からそうでした。ピンを打つようなキャストもできていたしね。それと、彼も私と同じように小さな渓流での釣りが好きだから、釣りが似てくるというのはあるでしょうね。本流ならともかく、ああいった狭い場所では、無駄を省いて、ギリギリの釣りをしなければならない。スタイルが似てくるのは当然でしょうね」
 夕方になって、彼らは本流に戻った。そして菊池が尺ヤマメを1匹追加して納竿となる。
「尺上を2本捕りましたけど、雫石の山は深いですね。あの深さが川を作り、渓流魚を育てている。機会があったら、また雫石にも行ってみたいですね」
 最後に伊藤に対する願望を聞いた。
「追ってきたけど食わなかったとか、反応しなかったとか、悔しい思いをすると、伊藤さんに電話して教えを請うことがあるんです。でも、教え方が酷いんですよ。『シャって投げてよ、ピヤってアクション掛ければビガビガビガって光るべ、そしたらピッて止めればいいのよ』って(笑)。それじゃ何も分からないんだよね(笑)。その、ピヤが分からないし、ピも分からないんだから。伊藤さんとオレとでは知識も技術も経験も違うんだから、もうちょっと分かりやすく説明して欲しいですね(笑)」 FIN





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