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FROM FIELD TOP>伊藤大祐 Daisuke Ito
PROFILE
いとうだいすけ。1982年生まれ。ルアーやランディングネットなどの製作を手掛けるかたわら、広告やカタログ、WEBのデザイン等も行なっている。「ミノーに限らずいろんな新アイテムの開発、試作、テスト等でまた忙しいシーズンが始まりました。その中でも有意義な釣行を今年もたくさんしたいと思います」


「間 -MA-」 伊藤大祐 
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL /ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX /ITO.CRAFT
main line:832 Advanced Super Line/SUFIX
leader:Grand Max FX 5Lb/SEAGUAR
lure:New Balsa Minnow[Protomodel]/ITO.CRAFT



【構想】

 ここ数年、伊藤大祐の釣りは、絶えず計画の進行している様々なニューアイテムのテストがその大きな目的となっている。
 写真のヤマメもそのひとつ、新型バルサミノーのプロトで釣り上げられた魚だ。いい魚を釣るために優れた道具を作る。そして、いいモノを作るために魚を釣る。釣りとモノ作り、理由と結果が、相変わらずここでは正しく循環している。
 この新型の構想はだいぶ以前からあって、少なくともボウイ50Sの開発が大詰めを迎えていた2010年のシーズンにはすでに大祐の頭の中にあったのだが、時間的な制限などにより本格的なテストはボウイ50Sの発売後となった。
 世の中にない新しいモノを作る。あくまで自分の釣りと経験と知恵から生み出す、という揺るぎない流儀に従って今回のバルサミノーも実直に開発が進められてきた。
 渓流用のバルサミノーと言えば、ボウイ50Sがあるし、また現在は製作していないがバルサ蝦夷もとてつもない釣果を上げてきたミノーだ。それら既存モデルと比較して、性能バランスをどう調整するか? 新たなバルサミノーの開発に際しては言うまでもなくその点が大きなテーマとなった。
 それは、使い手となる多くの釣り人達にとって、安心感のある、分かりやすい違いでなければいけないと大祐は考えていた。


【既存モデルとの違い】

「いろんな性能のバリエーションが候補にあったけれど、自分自身が使いたいものに固執するのではなく、みんなが安心して使いやすいもの、渓流釣りをより楽しくするものを作りたかった。ボウイ50Sを作った時も、ウエイトのひとつを1mm前進させるかバックさせるかで最後まで悩んで、当然どちらにもメリットはあったわけだけど、最終的には、泳ぎの性能を保ったまま飛距離とコントロール性能、そして様々な川での使いやすさを優先して、そのウエイトはバックさせたんだよね」

 では、新型バルサミノーは既存モデルと具体的にどんな違いがあるのだろう。
「簡単に言っちゃうと、ボウイ50Sは渓流釣りを体で感覚的に覚えやすいミノー。インジェクションミノーと比べれば、ラクに左右交互にヒラを打たせることができる。その経験がインジェクションの釣りにも生きる。ヒラ打ちの操作を理解しやすいのがボウイ50S。一方でバルサ蝦夷は、『間』を作るのが上手いミノー。動きのキレやトゥイッチのしやすさではボウイ50Sに劣るものの、どうぞっていう感じで魚に食わせやすい。ただ、渋い魚にスイッチを入れるまでに、多少技術が必要になる面もある。新型は、それらのいい所を併せ持ったバランス」
 ヒラ打ちの連打、そのスピードに特化したボウイ50S。
 食わせる『間』に特長があるバルサ蝦夷。
 今回のニューモデルは言わばその中間。つまり渓魚を誘う楽しさと、食わせる瞬間の『間』の楽しさを共存させているのだ。


【『間』にこだわる】

 例を示そう。
 写真のヤマメと出会った川は小渓流。水害の影響が心配で数年振りに様子を見に行ってみたのだが、ゴルジュそのものを除いてはやはり渓相は変わったし、釣り始めてみると魚の数も明らかに少なくなった。しかし、幸いヤマメの系統は変わっていなかった。もともと綺麗すぎる川でエサが少ないため、太い魚はめったにいない川だが、ヤマメの魚体はすこぶる美しく、野性味に溢れた個体が目を引く。
 ポイントは水深15~20cm程度の浅い瀬。オールマイティなボウイ50Sと言えども、ここでショートインパクトのヒラ打ちを連続させながらレンジをキープし、なおかつ魚に食わせる『間』を作るには、ラインスラックの調整など釣りがやや忙しくなる。操作がシビアになり、神経を使わざるを得ない。
「こういう状況で、その集中力を魚に向けたい。もっとも重要な魚との駆け引きにより余裕を持たせて、『間』を大切にしたい。ひと口に『間』と言っても、単にルアーを止めた『死に体』ではなく、例えばヒラ打ちからの立ち上がり、ウォブからヒラ打ちに移行する瞬間、そこの繋ぎに、不自然じゃない生命感のある連動した『間』が欲しい」
 そのために作った新型バルサミノーのプロトをラインの先に結ぶ。
 瀬には岩がゴロゴロと散在し、ポイントだけを見ればそこかしこにヤマメが着いていそうだが、より大型の個体が居着きそうな筋を先に狙っていく。まあサイズ的には川の規模が小渓流なので、8寸メインで9寸が出れば上出来。と、この日も思っていたのだが、このときはなんと、優に尺を超えた魚影が中途半端なスピード感でチェイスしてきた。パーマークをくっきりと浮かべたヤマメだ。けれど、食わない。すっと踵をかえして戻って行った。
「警戒せずにまったく同じ位置に戻ってくれれば、釣れる可能性の高い魚だけど、このヤマメは元いた流れの芯より少し奥に、対岸寄りに戻った」
 戻って行く挙動にも、何かにやや警戒したような雰囲気があった。
 再度アップクロスの角度でヤマメがいるだろう位置にミノーを送り込むと、さっきのヤマメがわずかに反応した。
 それを見て、一拍だけヒラ打ちを止めた。
 さらにヤマメは、残り15cmまでスッと間合いを詰める。その『間』でそのまま食う魚もいるが、スレ具合を見てこのときは見切られると釣り人が察知した。
 そこから左右に1回ずつヒラを打たせ、また一瞬止めると、ヤマメは一気に興奮を高めた動きでプロトミノーのテールフックをかじったのだった。
 こうすれば釣れる、というパターンはない。あくまでケースバイケース。警戒心と好奇心、見切るか食うか、その一瞬の駆け引きに渓流釣りの楽しさが凝縮している。これが何度体験しても面白くて仕方ないのだ。
 ふーーっと大きく息をつく釣り人のネットには、野生の美しさを身にまとった35cmもある素晴らしい雄ヤマメが収まっていた。
「このヤマメを釣って、新しいミノーの道筋がハッキリと見えてきた。『間』の大事さと楽しさを改めてヤマメに教えられたね」

 新型バルサミノーの詳細はまた追って紹介したい。乞うご期待。










「その一尾を釣るための性能」 伊藤大祐 
2014年9月
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL /ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX /ITO.CRAFT
main line:Armored F+ 0.6/DUEL
leader:Grand Max FX 5Lb/SEAGUAR
lure:Emishi 50SD[HYM]/ITO.CRAFT



 ポイントに着いての一投目。アップストリームでキャストしたボウイにヤマメがすーっと追尾してきた。バイトには至らない。大祐はそのヤマメの挙動を見て、立ち位置を変えた。
 ヤマメは明らかに尺を超えている。
 そしてまた明らかに、ルアーにスレている。きっと過去にも何度かルアーを見切って逃れてきた経験が、食いたい衝動にブレーキをかけている。ルアーと一定の距離を保ち、その距離を詰める勢いが全く感じられない。
「もう、こういう追い方は見慣れたよね」
 ポイントは流れの速い瀬が岸にぶつかって川が角度を変えたところ。水深は優に2mを超えており、押しも強い。
「魚の活性が高ければ一気に底から食い上げてくることも考えられるけど、あのヤマメの様子ではそれは期待できないなと。スレてる魚だから、ルアーにちょっと興味は示しても自分のテリトリーから離れたがらない。魚が居着いているスポット的にも、アップでしつこくヒラを打たせて誘える距離がなかった」
 このまま同じ攻めを続けてもヒットさせられる確率は薄まるばかりだ。最初の一投でそう判断し、アップストリームの立ち位置から静かに河原を迂回してダウンクロスの位置に立った。この魚は大事にしたい。だからこそ冷静に、けっして強引にならず、その魚を釣るための最も確率の高いベストな手を考える。

 ミノーケースを取り出し、ルアーも変えた。
 ボウイから蝦夷50シンキングディープへ。
「ダウンクロスで、狙い通りにレンジをコントロールできること。なお且つそのレンジをキープしながら、トゥイッチやジャークでレスポンス良くヒラを打ってくれること。それに特化してるのがこのシンキングディープだよね。めちゃくちゃ飛距離も出て、水噛みが良くて、でもバタつかないできちんと止められる、長く魚に見せることができる。だから釣り人に優位に操作できる」
 ルアーを潜らせたらほとんどリーリングはせず、狙ったスポットで止めてヒラを打たせる。蝦夷50SDはそれができる。
 さっきのヤマメが深みのどの位置に戻ったか、正確には見えなかった。ジリジリと釣り下りながら、通すラインを細かく刻んでいく。
「もともとスレてる魚が一度ルアーを追ってるわけだから、次はできるだけ魚の目の前で誘いをかけたい。追わせて食わせるポイントでもないしね」
 この日は地元からかなり遠出しての大好きな遠征釣行で、またすぐに来れる川ではない。持てる引き出しを出し切って、とことん攻め切るつもりだった。
「もちろんシンキングディープの後にはスプーンっていう選択肢もあったよ。でも、この状況でスプーンは最後の切り札に取っておきたい。ミノーとは全く異なるアピールだからね。まずは、最初の一投でミノーに反応してることを踏まえてのシンキングディープ」
 あのヤマメの居場所を探りながら、表層の流れを見て気になるラインは何度も通した。そして、そろそろスプーンを出すか…と最後の選択肢が脳裏にちらついた矢先のこと。
 手元にゴゴンッという衝撃が伝わるやいなや素早くアワセを入れると、ズシリとした魚のトルクをロッドがとらえた。深いポイントだから魚体は見えないが、その重さから最初にチェイスしたヤマメの姿がすぐに思い浮かんだ。押しの強い流れをダウンクロスで釣っているから余計に重く、ファイトがパワフルで、なかなか寄ってこない。焦らずそのやり取りを楽しんで、大祐がネットにすくい取ったのは34cmの雄のヤマメだった。

 イトウクラフトがリリースする他のルアーもそうであるように、この蝦夷50SDの性能も、ルアーにスレてしまったシビアなヤマメに照準を合わせている。
「レンジの面だけでなく、しっかりと操作できる、ヒラを打たせられる、というところだよね。特にこういうヤマメは、ルアーの泳ぎの『間』に神経質になってることが多いから、釣り人のロッドワークに瞬時に反応してくれるルアーじゃないとぜんぜん勝負にならない」
 何でも大祐は、これまで渓流で、あまり好んではディープダイバーを使ってこなかったらしい。理由は、操作性の鈍さ。一般的にディープダイバーはリップの抵抗で深く潜らせる分、どうしてもその引き抵抗の重さが操作の足かせとなる。
「ショートリップと比べると、ディープはやっぱり1つ1つのアクションに釣り人の干渉できない『間』が生まれる。それがスレまくった魚に対して欠点になる。でも、蝦夷50SDはフローティングをただ重くしただけでなく、引き抵抗を弱めることで軽快に操作できるところに重点を置いた。6gもあるディープとは思えないほど機敏にヒラを打たせられるから、シビアな魚に対してもストレスなく思い通りの攻めに集中できるよ。ロッドについては、今回は510ULで問題なく使えたけど、ULXのほうがより爽快だね」
 このディープらしからぬディープが、これからも素晴らしいヤマメを連れてくるはずだ。


【付記】
ぶっ飛び仕様でレンジコントロールも思いのまま、加えてディープダイバー特有の重々しい操作感を払拭したハイレスポンスなアクション。ディープダイバーに抵抗のあった人にこそ、ぜひこのセッティングを堪能して欲しいです。











「スプーンのドリフトで尺ヤマメを釣る」 伊藤大祐 
2014年9月
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX /ITO.CRAFT
main line:Armored F+ 0.4 & 0.8/DUEL
leader:Grand Max FX 5Lb/SEAGUAR
lure:Emishi Spoon 5.0g & 7.0g/ITO.CRAFT



■ドリフトの楽しさ

 初めて入る川にワクワクしながら釣り上がっていくと、深さも長さも幅もある、大きなトロ瀬が現れた。森の隙間から朝陽が川面に射し込んで、対岸近くを走る押しの強い流芯が、白く発光するようにほとばしっている。
 ポイント全体をさっと見渡すと、大祐は迷うことなくルアーをボウイから7グラムの蝦夷スプーンにチェンジした。シングルフックの針先をチェックして、すぐさまアップクロスで流れに放つ。
 ロッドティップを立て気味に構え、流芯に落とし込んだスプーンをドリフトさせる。ミノーでは踏み込めない領域を攻略するために、常に各サイズ、各ウエイトの蝦夷スプーンをケースに入れているわけだが、その使い方は主にドリフトだ。
「スプーンをドリフトさせてると、深いポイントでも魚の着き場が立体的にハッキリとした映像として、脳裏に浮かび上がってくる。ここで食ってくるな、っていう本当のピンスポットが手に取るようにわかる。それが何と言っても楽しい。特に、感度に優れるPEラインを使うようになってからはドリフトの面白さが何倍にも増したね」
 何でもその楽しさとは、子供の頃の川遊びに通じるものがあるらしい。自然の中で少年時代を過ごした人なら誰もが体験したことだと思うけれど、深い淵で素潜りをして遊んでいた時、水底で目にした光景に興奮を覚えた。
「水面の様子からは想像もできない、まったく別の世界があったよね。もちろん魚もたくさん見えたし、あの時の深い水中をのぞき見る感覚。自分の中ではそれが、スプーンのドリフトと重なるんだよね」


■なぜスプーンなのか?

 話を戻すと、その日のヤマメはルアーを追う距離が短かった。それは魚のサイズが大きくなるほど顕著で、ルアーに興味は示してもなかなか着き場から離れようとしない。このポイントの深さと押しの強さを見て、そんな追わないヤマメの鼻先で勝負するために選んだのが7グラムの蝦夷スプーンだった。
 シチュエーション的に、もしかしたら最近の人たちの中には、メタルジグやバイブレーションも選択肢として思い浮かぶ人がいるかもしれない。
 しかし、そこにはルアーの作り手として、また釣り人として、けっして譲れない自分なりの基準が存在しているのだった。
「モノ作りにおいて性能を突き詰めるのは当たり前のことだけど、そのさらに前提として、トラウトを釣る道具の格好良さとか、トラウトの世界はこうあるべきっていうカタチが、自分の中に常にあるんだよね。意識するまでもなく、そこは外せない。ただ釣れればどんな道具でもいいかって言ったら、そうじゃないでしょ。スプーンにもミノーにも、まだまだ進化する余地はあるわけで、その可能性をいつも追いかけてる。自分が使いたいもの、自分の釣りに必要なものを具現化するというのが、やっぱりモノ作りの原点だからね」
 言葉で説明するのは難しいけれど、本来は言葉で言わなくても、トラウトのルアーフィッシングを愛好する釣り人達が共通して持っていたはずの基準や価値観。そのスタイルの中で工夫を重ね、道具を進化させていきたい。
 だからメタルジグでもバイブレーションでもなく、スプーンなのである。


■ヒットの瞬間、その寸前の感触

 流芯に投げ入れたスプーンを、神経を研ぎ澄ましてドリフトさせる。PEラインの感度も手伝って、細かい地形の変化やストラクチャーの存在がひとつひとつ浮かび上がってくる。
 すぐに結果が出るほど簡単な話ではなく、しつこく狙った筋を通し続けた。スプーンをドリフトさせることで、食ってきそうなスポットはすでに把握できていた。
 この時は押しの強い流芯がぶつかっている沈み岩の、斜め上流側のキワをゆっくりとかすめたスプーンにヒットした。読み通りのバイトだから当然アワセのタイミングも完璧で、危なげなく尺ヤマメがネットに収まった。そしてさらにこの日は、また別のポイントで5グラムの蝦夷スプーンをドリフトさせて尺ヤマメをもう1本追加した。
「ドリフト中に、スプーンがフッと吸い込まれるようなスポットがあるんだけど、そこで反射的にアワセの構えに入って、次の瞬間、ぐわっとスプーンが押さえ込まれた時の興奮が、この釣りの醍醐味だよね。あれはほんと、スプーンでしか味わえない」
 もっといいヤマメを釣るために。もっと渓流釣りを楽しむために。スプーンのドリフトはやはり欠くことのできない武器なのである。


【付記】
 さて、ちょうどタイムリーな話題ですが、2015年シーズンの渓流用蝦夷スプーンはカラーチャートを一新して間もなく受注を開始します。伊藤大祐いわく「趣味の道具なので、作り手も楽しく作らないとダメだと思うし、面白いことをやりたい。自分がデザインした蝦夷スプーンの彫刻を生かしつつ、遊び心をもって新しいカラーを作りました」。
 詳しくは後ほどNEWSでご案内いたします。










「偶然が生んだ居着きヤマメの姿」 伊藤大祐 
2013年9月初旬
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX /ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX /ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
leader:Grand Max FX 5Lb/SEAGUAR
lure:Bowie 50S[CT]/ITO.CRAFT



【川について】
 その川の特徴は、深い淵が多いこと。両岸が切り立って完全な「通らず」になっている箇所もあり、点在するひとつひとつの淵がヤマメ達にとって立派なフトコロになっている。上流にも下流にもダムはなく、河川規模的にはまさに渓流だが、ヤマメが育ち、身を潜められる場所に事欠かないのだ。ただ、印象として魚の数はそれほど多くないので当然空っぽの淵も少なくはないし、ご多分に漏れず人的なプレッシャーもきつい。
 シーズン中、何度か足を運んでいた伊藤大祐がその川で現実的な目標として思い浮かべていたのは、くっきりとパーマークを浮かべた30~35cm位のヤマメだった。しかし、自然の中では人間の想像を超えることが往々にして起こりうるわけで、それこそがドラマであり、生息する環境に応じて様々に姿や習性を変えていくヤマメ達の面白さでもある。
 9月初旬の週末、ゴーイチのULXにPEラインとボウイ50Sの組み合わせで探っていくと、何個目かの淵でそれは起きた。

【潜水艦との遭遇】
 約3m四方のドン深の淵。そう簡単にルアーを追うような魚達ではないから、口を使う点をはっきりと思い描き、アップストリームでしつこく攻める。すると突然、フックが何か硬い岩でも噛んだように、ガチッとリールのハンドルが止まった。しかし根掛かったわけではない。ロッドもラインもまったく静止した状態からバットに負荷を掛けるようにテンションを強めてやると、ラインの先にいる何者かが、グオンっ、グオンっと頭を振り始めたのだ。
 逆光と水面のヨレで魚体は見えない。力強く重々しいファイトだけがPEを伝って手元に響く。必死に抵抗を試みる魚を何とかなだめながらロッドワークで溜めると、ぶわりとその太い胴体を見せつけるように浮いてきてまた底へと突っ込んだ。そしてまた頭を振り始める。アップストリームでヒットしているにも関わらず、寄ってくる気配がない。このままではマズイと直感した大祐は魚を無理に動かさず、できるだけ無駄な時間を掛けないよう自ら歩み寄っていき、次に魚が浮いたタイミングでちゅうちょなくネットを入れた。
「流れに乗って走る、というファイトじゃなくて、中層でひたすら頭を振りながら真下にぐんぐん沈んでいく感じ。まるで潜水艦だよ。冷や汗をかいて興奮したし、最高の時間だった。あのやり取りは今思い出してもゾクゾクするね」

【ヤマメの魅力】
 ネットに収まった魚体を眺める。
 サイズもさることながら、その太い魚体がまとう強烈な個性に思わず目を見開いた。
 メジャーを当てると41cm、しかし、素晴らしいヤマメほど数字では表せない部分にその価値は溢れている。
「今まで釣ってきた魚にはない、独特の雰囲気をまとったヤマメだからね、見た瞬間、この川にこんな魚がいるの?っていう驚きが大きくて、ちょっと頭が混乱した(笑)」
 確かに写真でも分かるけれど、これまで紹介したことのないタイプの個体である。
 背中が丸く盛り上がり、いかつく曲がり落ちた鼻先から尾ビレまでをぎゅっと寸詰まりにしたド迫力のフォルム。尾ビレの付け根も太いが、遡上タイプとは異なり尾ビレそのものは決して大きくなく、鋭角的に切れ込んでもいない。パーマークは胸ビレの辺りから腹部にかけて、小さなブルーのスポットが点々と残っていた。
 そして全体の色合いは、居着きの個体に特徴的な透明感のあるコパーオレンジ。婚姻色を浮かべながらも黒ずんだところはなく、ベースはシルキーなアイボリーである。魚を浅瀬に横たえ撮影していると、この幅広のボディがしっとりと滑らかなウロコに覆われている様が何とも美しく、なまめかしく、ファインダーを覗きながらついうっとりしてしまう。
 長くヤマメやサクラマスを釣ってきた人なら写真を見てすぐに分かると思うが、海上がりのサクラマスとは色合いも質感も魚体のシルエットも明らかに違う。またこの川には、ダムで育った個体も存在しないのだ。
 では、この41cmのヤマメは、どんな生活史を経てこの個性を持つに至ったのだろう?

【居着きとマス化】
「ウロコの質感、きめの細かさには天然種のヤマメの要素が感じられるよね。釣り場の状況や魚体の特徴から考えると、居着きタイプでありながら小さな淵でマス化したヤマメだと思う。この環境と偶然が生んだ魚。釣り人が攻め切れない、なおかつエサも豊富な最高のフトコロを見つけたヤマメはそこから動かないものだから、そこで大型化したんだろうね。50cmクラスは不可能にしても、この淵の深さ、エサの量から見て、エサ食いのいい個体がここで急成長すれば41cmはありうるサイズ。確率的にはとてつもなく低いけどね」
 急成長した分だけパーマークは薄くなり、もし36、37cm辺りであればもっとハッキリとパーマークも確認できたに違いない。
 淵の底で、じっと息を潜めながらマスの風格をまとった。その一方で、ボディの滑らかな質感は天然種のヤマメが持つもの。また、いわゆる戻りヤマメと似た部分もある。
「見れば見るほど、いろいろなタイプのヤマメの要素が混じってる。ずっと以前からこういう個体がここにいたのか、それとも、釣り人のプレッシャーとか環境の変化によって生態が変わったのか。これもヤマメの奥深さだよね。ただ、狙って釣れた魚ではないし、この先も狙って釣れる魚ではないっていうことは確か」
 実際、今シーズンも何度かこの川へ釣行したものの、写真のような個体は見られなかった。めったに起こらないことだからこそ劇的で価値があるのだ。
 ヤマメはサイズだけじゃない。メジャーが示す数字に無条件に価値があるわけではないだろう。それがどんな魚だったのか? 体高や太さやウロコの質感や色合い、パーマーク、顔付き、ヒレ、今回のヤマメのように希少な個体であればなおさら、その一匹だけが持つ価値を考え、河川の特徴などから魚の生きた過程を思い描くことが、ヤマメ釣りをより面白く、深みのあるものにする。ヤマメほど釣り人の探究心を広げてくれる魚はいないのだ。
「またこんなドラマに出会えることを楽しみに、釣りを続けていきたいな」
 より多くの出会いと発見を求め、これからも川へ繰り出すのである。













「忘れられない居着きヤマメ」 伊藤大祐 
2013年8月
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510PUL /ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX /ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
leader:Grand Max FX 1.2/SEAGUAR
lure:Emishi 50S Type-Ⅱ[YAE]/ITO.CRAFT



 どうしても釣りたくて頭から離れない一匹のヤマメがいた。昨年夏、伊藤大祐の渓流釣りは3週間ものあいだ、その魚を中心に回っていると言っても過言ではなかった。もちろん他の川で別のヤマメを狙うこともあったけれど、あの淵の、あの居着きヤマメのことはずっと気になっていた。

 出会いは、とある遠征先でのこと。
「初めて入る川だったから、まずはどんな系統のヤマメが釣れるのかなと」
 手始めに川を見て回るとすぐにいいポイントが見つかった。とは言え、川沿いの道路から誰の目にも留まる丸見えポイントで、すぐそばには車で横付けできる釣り人専用とも言うべき駐車スペースがしっかりと出来ている。
 入れ替わり立ち代わり次々と釣り人が出入りしていることは明らかだったが、それも当然と思えるほどポイントは良く見えた。
 瀬の急流が続いたあとの長い淵だ。対岸寄りに流芯が走っており、川幅は目測で17、8m。淵の頭から尻までは30m位あるだろうか。
「8寸位のヤマメはポツポツ釣れるんだけど、チェイスの仕方、口の使い方を見ると、さすがにスレてるなっていう印象だった。誘って誘って、見せて見せて、最後にツンッとテールフックに触れる程度。でも、大物がいる雰囲気はある。最初にこのポイントを見た時に『うわっ』と衝撃が走るほど、そそられるものがあった。ここにいないわけがないよなって」
 釣れるヤマメの系統も魅力的だった。個性的なパーマークがくっきりと浮かび、色彩も豊かで、いかにも居着きらしいコントラストの鮮やかなヤマメ達を見て、コイツのでかいやつをぜひとも釣りたいと思った。
 そして、長い淵を釣り下っていくとヒラを打つミノーの2m後方、水面のヨレの隙間に何かが見えた。目線の角度をずらしつつ目を凝らすと、それは明らかに尺を超えた魚影で、ひどくスローな動きでミノーを追っている。
「ミノーとは距離が開いていて、ぜんぜん詰めようとしない。ただ何となく様子を見に来ただけっていう追い方。食い気がある時だったら、もっと体を揺らして、勢いがあって、ヒレの動きにも力がみなぎってるのが目で見て分かるよね。この時はほんと、棒のような状態(笑)」
 その魚は足下付近まで追ってくることはせず、かなり早い段階でUターンした。
「動きはすごく緩慢なのに、ここから先は追いかけませんっていうハッキリとした境界があるような戻り方だった」
 再訪を決意したのは言うまでもない。遠征であるため、そう頻繁に通うことはできないけれど、居着きの系統ゆえに魚はしばらくこのポイントから動かないだろうという予測と、また釣り人が入りやすく攻めやすいポイントではあるものの、流れに立ち込むことは一切できず、対岸側に立つこともできないため、人間の気配そのものによるプレッシャーは掛かりにくいことも小さな救いのひとつだった。

 その後は何度か足を運んでみるも、チビすら反応しなかったり、先行者がいたりとさしたる手ごたえもないまま時間だけが過ぎていった。遠征には時間が掛かるし、シーズン中に探りたい川は他にもあるし、そろそろこの川は見切りを付けた方がいいんじゃないかと、時に気持ちは揺れ動きながらも、やはりあのチェイスした一尾がどうしても忘れられなかった。どんなヤマメなのか、何とか釣り上げてその魚体をじっくりと見てみたい。あの反応の鈍さなら、まだこの淵に絶対に釣られずに潜んでいるに違いないという確信もあった。
 そして、ついにそのヤマメが大祐のルアーに口を使ったのは、最初の釣行から3週間が経った日曜日のできごと。
 誤解のないように言っておくと、魚を見つけ、通いさえすればいつかは釣れる、という単純な話ではない。居着きの大物は、限られた着き場の中で攻められ続けているためスレがリセットしにくく、特異な警戒心を持っている。通えば通うほど自分の釣りにもスレていく。特にこの淵の場合は誰の目にも明らかなポイントだから、より集中的に叩かれおり、「いかに魚を探すか」よりも「いかに口を使わせるか」の方がとてつもなく大きな部分を占めている。
 その大きさに育つまで誰にも釣られず今の今までこの淵で生き残っていることが、この魚の難しさをそのまま物語っている。何度も何度も釣り人のまやかしを見切ってきた魚。だからこそ何としても釣り上げたい価値ある魚だったのだ。
「ヒットした瞬間、3週間前にチェイスを見た時の情景がブワッと浮かんだね。ようやくハマったなと。腹の底から、よしっ!ていう感じ(笑)」
 全く食い気のないチェイスが脳裏に焼き付いているから、ほんの小さなミスも許されないという気持ちは強くあった。しかし、最終的にどんな誘いに食ってきたか、ということに関しては、微妙なニュアンスのすべてを言葉で言い表せるものではない。
「例えば、ひとつの着水点があって、魚に口を使わせる点がある。その間に釣り人が操作できることって、じっさい無限にあるわけで、ルアーやラインの送り方、ヒラの打たせ方だって様々。水位が数センチ変わったり、立ち位置を一歩ずらしただけでもすべて微妙に違ってくる。仮に事細かくそれを表現したとしても、そのポイント、その流れ、その魚というのは、その時だけのものだから、そこから逆算した答えも、やっぱりその場限りのものなんだよね。そうした経験の積み重ねが現場での状況判断、とっさの対応に生きてくるんだと思う」
 確かに、そのヤマメは、この世に一匹しかいないのだ。それを手にするための試行錯誤なのである。答えは釣り人それぞれが探し、見つけるもの。そこに釣りの面白さがある。
 ネットに収まったヤマメは精悍な顔つきの雄で、思っていたよりも大きく、メジャーを当てると35cmもあった。最初の釣行でチェイスした魚かどうかは分からないが、あれからの成長や周囲の状況を考えるとその可能性は十分にあったし、何より釣り上げたヤマメの想像以上の美しさに、大祐は完全に心が満たされたのだった。パーマークの鮮やかさひとつを取っても、「これぞ日本の誇るヤマメ」と声を大にして言いたいくらいのインパクトがあり、このサイズでありながら山で釣れる23cm位の綺麗なヤマメの色艶をそのまま身にまとっている。素晴らしくあでやかな個体だった。
 また釣り人的には、そうした魚体そのものの魅力とは別に、このヤマメに辿り着くまでの過程が喜びを何倍にも大きくしていた。
「大げさかもしれないけど、今までやってきたことが無駄じゃなかったってことを、自分に対して証明できた満足感だよね」
 この感動を味わいたいがために、いいヤマメを求め、釣りを突き詰めるのだ。















「今しか釣れない魚」 伊藤大祐 
2013年8月初旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX /ITO.CRAFT
main line:Cast Away PE 0.8/SUNLINE
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S[WP]/ITO.CRAFT



 2013年7月初旬、ガチリと季節の歯車が回った。
 梅雨入りしても雨が少なく深刻な渇水状態に陥っていた川が、一転、ようやく降り始めた雨によって激しく増水を繰り返し、時に手がつけられないほど暴れ出した。

 スーパーヤマメ的にまだまだ序盤戦と言える時期だが、伊藤大祐は様々な釣り場へ足を伸ばし、ヤマメの反応を確かめていた。
「そう大きなヤマメが狙える時期ではないし、釣りとしては『探り』の意味も大きいよね。ポイントの状況とか魚の着き方とか、やっぱり前の年とは変わってることも多いから、そこで得た感覚的な情報をシーズン後半の釣りに生かしたい。そんなことを考えながら、もちろん、今しか釣れない魚を狙っていく」

 7月中旬、山はぱんぱんに雨水を含み、雨が降った分だけそのまま川に水が出る、という状態が続いていた。多くの川が強烈な増水と濁りに見舞われた週末、何とか釣りになりそうな場所を探しながら車を走らせていた大祐が、とある川に辿り着く。
 そこは押しの強い本流筋で、増水はしているものの濁りはなくクリアな水が走っている。
 初めての川ではないが、以前に来た時からはだいぶ渓相が変わっていた。
 テンポよくポイントを見て回ると、はっとする場所が現れた。
「周りの状況を見渡しても、ここには絶対にいるだろうって確信できるポイントだった」
 ところがその時、大祐は、一投もせずにそのポイントを離れたのである。
 言うなれば自分の読みに自信があったからこそルアーを投げなかった。なぜか?
「立ち位置の問題だよね。その流れに入ってるヤマメを釣り上げるには、どうしてもサイドの立ち位置を取りたかった。でもこの時はまだ水が高くて、そこには行けない。せいぜい立てるのはアップストリームの立ち位置だけ。無理矢理アップで追わせても、食わせ切れずに魚をスレさせるだけか、たとえバイトに持ち込めたとしてもバレるリスクが高かった」
 いいポイントなだけに、そこでギャンブル的なトライはしたくなかったのだ。

 ふたたび大祐がこの川に立ったのは2週間後のこと。時間の都合と川の様子との兼ね合いで、結果的に2週間の間隔が空いた。
 すぐさま例のポイントへ向かう。まだ平水時より水は高いが、前回立てなかった理想のサイドの立ち位置は何とか取ることができた。
「流れの押しは強いけど、このスポットを狙うにはちょうどいいくらい」
 ちょうど正面の対岸際にボウイ50Sを着水させた。流れに送り込み、ダウンクロスの角度で止め、ヒラを打たせる。まさにその場所にスーパーヤマメがいると大祐は直感したのだ。
 5、6投しても何ら反応はないが、攻める気持ちは揺るがない。
 突然、透き通った流れの中層でギラリと幅広の魚体がひるがえった。釣り人の素早いアワセ、絞り込まれるロッド。すべてが同時に目に映った。ラインが水面に一直線に突き刺さり、ヒットした位置で持ちこたえながら、流れの押しで倍加するスーパーヤマメの強烈な引きをベリーとバットのトルクで抑え込んでいる。見るからにいいサイズだが、余計な時間は掛けずタイミングを見計らって魚を下らせると、同時にスムーズに岸に寄せ、ネットの中に一発で滑り込ませた。
 本格的な夏が訪れる前、シーズン上半期のハイライト。大祐が釣り上げたのは、速い流れに鍛えられた筋肉質で太い35cmのヤマメ。固く引き締まったボディの見事な体高と厚みにほれぼれ見とれた。
 流れに帰すとヤマメは、まばたきする間もなく深みへと消えていった。
 日々変化する川と魚、季節の歯車、釣り人の読み、道具と技術。その時、その場所で、すべてのピースがぴたりとハマった。いい魚とは、こうして釣られるものなのだ。
「相手は自然だからね。何かが噛み合ってないのに釣りたい気持ちだけでがむしゃらに進めても、せっかくあった可能性を自ら失うことにも繋がりかねない。それと、釣りをしていてこれはヤバイなって感じるのは、その魚が自分の釣りにスレている時。シーズン終盤はまた話が違うけど、この時期は常に余裕を残した釣りをしてる。相手の出方をうかがいつつ、チャンスを後に残しながらの勝負。どんな時もマックスの誘い、ではないよね。そのために、ボウイには次から次へと誘いをギアチェンジできる性能があるし、それを操作する釣り人も、常に多彩なギアを隠し持っていなければいけないと思う」


【付記】
ボウイ50Sの性能について伊藤大祐は、「もともとピーキーなルアーじゃなく、アップでもサイドでもダウンでも高いパフォーマンスを引き出しやすい設計」と言っていますが、確かに年々シビアになっていく状況の中、多種多様なフィールドでこれほどオールマイティに活躍しているルアーも類を見ないと思います。理屈を抜きにしても実績がそれを証明しています。
しかし今回のような本流釣行を繰り返す内に、「さらに本流用として特化したボウイも欲しいな」という思いが作り手の中に生まれているようです。発売時期は未定ですが、今シーズン中にはプロトを作り上げてテストする予定だそう。乞うご期待。














「サクラマスとPEライン」 伊藤大祐 
2013年春、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC780MX/ITO.CRAFT
reel:LUVIAS 2500 /DAIWA
line:[Nylon]Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
    [PE]Avani Sea Bass PE 1.5
      & Trout Shock Leader 16Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・18g /ITO.CRAFT



 昨シーズンの閉伊川で、伊藤大祐は2本のサクラマスを釣り上げた。振り返ってみるとその2本の魚の間には、ひとつの転換点があった。
 どちらも同じロッド、同じリール、同じルアーで釣り上げた閉伊川のサクラマスだが、道具の面で唯一違ったのがリールに巻いていたラインだ。1本目のサクラマスはナイロンライン、2本目はPEラインでの釣果である。
 一昨年まで大祐は、サクラマス釣りにPEラインを使うことはなかった。ナイロンラインに特に大きな不満を感じることもなく、それで十分に釣りが成り立っていたからだ。
 その一方で渓流のヤマメ釣りでは2シーズン、PEラインを使い込んでいた。そこで感じたPEのメリットや独特の楽しさを、サクラマス釣りでも試してみたくなったのだ。
 ロッド、リール、ルアーが同じでも、ラインひとつで全体のフィーリングは大きく変化する。むしろライン以外の要素が一緒だから、ナイロンとPE、それぞれの特徴を体感でハッキリと比べることができた。

 まずは1本目のサクラマス。シーズンが開幕してすぐは、いつものナイロンラインを使った。使い慣れたナイロンで1本釣って、ナイロンのフィーリングをしっかりと思い出してからPEラインとの違いを確かめたかったのだ。
 ポイントは淵。閉伊川らしく表層から中層にかけての押しが強い。WOOD85の18グラムをドリフトさせ、ここ!というスポットでリップに強く水を噛ませてヒラを打たせた。線で探るのではなく魚の目の前にルアーを送り込み、点で誘う。流れが速いため、食わせのタイミングが取れるのは上手くいって2回。そこに意識を集中させ、思い描いたスポットで太いサクラマスをヒットさせた。シーズンの初物に安堵と嬉しさが込み上げる。思惑通りに、まずはナイロンラインで1本。
 そして、その翌週のこと。ラインをPEに巻き替え、大祐はふたたび閉伊川に立った。
 サクラマス釣りでPEを使うのは初めてだったが、渓流で使い込んでいた感覚からイメージはできており、違和感なくスムーズに体に馴染んだと言う。
 ナイロンとPEの違い。流れの中でWOOD85を操作し、率直に何を感じたか。
「想像はしてたけど、パッと霧が晴れて、視界が一気にクリアになった感じ。流れの様子、ルアーの泳ぎが鮮明に手元に伝わってくる。実際にPEを使ってみて、今までのナイロンの釣りにはモヤモヤした部分がすごく多かったことに改めて気付いた」
 それと同時に、閉伊川のような押しの強い川でも、あるいは遠く離れたポイントであっても、水中のルアーをダイレクトに動かすことができるのもPEラインの特長だ。もともとWOOD85は、様々なヒラ打ちを自在に演出できる操縦性が大きな武器。細く伸びのないPEによって、そのヒラ打ちをより繊細にコントロールすることが可能になった。
「ヒラ打ちの振り幅やタイミング、その瞬間瞬間の細やかなニュアンスを、タイムラグなく、イメージ通りに演出できる。その楽しさはやっぱり大きいよね。PEとWOOD85の組み合わせによって、より渓流釣りに近い感覚でサクラマスが狙える」
 誤解のないように付け加えると、単純にPEラインを使えばルアー操作が簡単になる、ということではない。PEの場合、あえて流れの抵抗を利用した誘いやライン自体の伸びを使った操作はできなくなるし、また遊びのないダイレクトな操作感を持つがゆえ、ミスの許容範囲が狭く、正確なイメージとそれを忠実に表現する神経の行き届いたロッドワークやリーリングが求められるのも事実。極端な言い方だが、操作した通りにルアーが動く、ということは、操作した通りにしか動かない、ということでもあるのだ。

 さて、2本目のサクラマスの話。PEラインを使っての初釣行の日、ふと見ると、対岸のキワにサクラマスの着きそうなスポットがあった。遠投が必要なシチュエーションで、18グラムのWOOD85をフルキャストしてぎりぎり届く距離だ。
「ナイロンだったらスプーンを使ってたかも」
 ここも流れの押しが強く、しかも畳一枚分もないくらいの小さなスポットだから、そこでルアーを止めて誘うことは難しい。対岸に渡ってダウンで釣れば話は別だが、川の状況的にそれは不可能だ。
 残された選択肢は、ドリフト。流れを縦に流し、ロッドを立てながらトゥイッチでルアーを操作する。リーリングは余分な糸フケを巻き取るだけ。ドリフトさせながらも、WOOD85がヒラを打っている様子が手元にはっきりと伝わってくる。
 ラインが一瞬、止まった。直後、サクラマスがルアーをくわえた感触が伝わった。ロッドを立てて操作していた分、アワセのストロークはショートになるが、それでも一回のアワセでフックのゲイブまで深く突き刺さったのが分かった。このフッキング性能もPEラインならでは。
「PEを使ってると、アワセを入れた時にフックがブツッと刺さる感じまで伝わってくる。ちゃんとフッキングしてるか心配になって追いアワセする必要もない。やり取りしてる時も、魚の動きや頭の向きが分かるから不安なく対処できるよね。あとは何と言っても、魚のファイトをじかに感じられるのがPEの面白いところ。この時は押しの強い瀬を下られたんだけど、ロッドのバット部分に感じるパワーが半端じゃなかった。あまりの衝撃にびっくりした(笑)」
 もちろん、全ては個人の解釈次第だ。
 たとえばナイロンには、ヒットした魚とやり取りする際、ライン自体の伸びがクッションの役割を果たしてくれるメリットが確かにある。一方でPEラインには、繊細な操作性や紙一重のショートバイトを取る感度とフッキング性能がある。それと背中合わせに、PEは竿さばきにミスができないシビアさも付きまとう。それぞれのラインに長所と短所が存在している。
 大祐はサクラマスに対して、「釣りたい」というより「勝負したい」という気持ちのほうが強いと言う。だから今年もPEラインを選択する。サクラマスと自分の釣り、それ以外の要素をできるだけ排除して、サクラマスとの一対一の勝負を純粋に楽しみたいのだ。












「連鎖」 伊藤大祐 
2013年、岩手県
TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC780MX, 820MX/ITO.CRAFT
lure:Wood85/ITO.CRAFT



■仲間を繋げるもの

 たとえば、この世でサクラマスの釣りをしているのが自分ひとりだったとしたら、どれだけつまらないことだろう。
 遡上するサクラマスを独り占めできるわけだから、釣果は現在の数倍、数十倍に上がる。数も型も。70アップの5キロオーバーを年に複数匹釣り上げるのだって可能かもしれない。
 フレッシュランのサクラマスを、好きなだけ食べられる。それもまた素敵だ。しまいには、食べきれなくなって、トバに加工してしまうかもしれない。何と贅沢な……。
 しかし。
 釣った感動を、誰とも分かち合えないとしたら。釣り上げるまでに味わった苦労や悔しさ、そして遂に手にした喜び、それらを共有できる友人がいないとしたら。
 やはりそれは、相当にむなしい。
 2013年、シーズン中盤の週末、岩手県閉伊川。
 夕暮れ時、釣りを終えた3人がひとつの駐車スペースにいた。ひとりは弊社スタッフの伊藤大祐。そして釜石に住む同世代の友人、前川淳さんと藤原翔太さんだ。すでに帰り支度は済んでいるものの、話題はあちらこちらへ飛び、しばらく会話が終わる気配はない。
 この日は、ハイシーズンの週末ということで朝から多くの釣り人が行き交う中、彼らはそれぞれ単独で閉伊川を釣り歩いていた。
 そこでまず大祐が、2013年シーズンの2本目となるサクラマスを釣り上げ、その知らせを受けた藤原さんも約1時間後、同じくシーズン2本目となる閉伊川のサクラマスを手にしていた。
 仲間の釣果が互いの喜びとなり、また励みとなる。
 人と人との繋がりが、彼らの釣りを何倍にも楽しくしている。
 もともと前川さんと藤原さんの2人を大祐と引き合わせたのは、フィールドスタッフの故・菊池功さんだった。実際に知り合う前から功さんを通じてお互いの話は聞いており、よく功さんは、「3人は絶対に気が合う。仲良くなれるよ」と話していた。そして、3人の繋がりを強くしたきっかけのひとつが閉伊川のサクラマスだ。


■閉伊川のこと

 彼らの大好きな閉伊川は、岩手を代表する古くからのメジャー河川だ。サクラマスが狙えるエリアとしては流程が短く、7フィート台のロッドでテンポよく探れる場所が多い中規模河川。渓流釣りの延長として軽快なマス釣りが楽しめ、且つ海が近いのでコンディションのよいフレッシュなサクラマスが、渓流の雰囲気を残したポイントで狙えるのも魅力だ。クリアな水色と自然豊かな山々に囲まれた景観も、釣りをしていて気分がいい。
 しかしその反面、実際の遡上量や釣り場の規模に対しそのキャパシティを超えた数の釣り人が訪れることで、盛期の、特に週末の閉伊川は、またたく間にハイプレッシャー河川と化してしまう難しさがある。
 前川さんと藤原さんは、同じ職場で働く仲間であり、閉伊川に通い始めて前川さんが8年、藤原さんが4年のルアーマンだ。それぞれ仕事と家庭を大事にしながら、ほぼ週一ペースで釜石から宮古の閉伊川へと車を走らせている。
 大祐いわく、3人とも性格は違うが、「話をすると面白いくらい噛み合う(笑)」という彼ら。「淳君はすごく男気があって硬派。釣りに対しても、いわゆる趣味の域を超えた本気度が、何気ない会話からヒシヒシ伝わってくる」。その決して挫けない一直線な気持ちの強さに大祐も刺激を受けている。
 一方、藤原さんについては、「好奇心旺盛で、いろんなものに興味を抱いて、気になったらとにかく何でも試してみないと気がすまない。翔太君と話してると、そういう貪欲さに触発される」と言う。また、山歩きや川歩きが非常に達者で、その足で稼ぐ釣りスタイルが閉伊川にはぴったりなのである。


■3人のファーストフィッシュ

 3人の中で、この年最初のサクラマスを釣り上げたのは前川さんだった。
「マスとの勝負に本当に没頭できて、ヒットした瞬間の手応えにただただ興奮しました」
 毎年、シーズン1本目には体が震えると言う前川さんだが、WOOD85に食い付いたサクラマスにこの時もやっぱり震えが止まらなかった。それほど彼にとって思い入れの強い、心から感動できる魚なのだ。毎年変わらない緊張感と興奮を味わいながら閉伊川のサクラマスを手にしたのだった。
 そしてその翌週。
「今年(2013年)からダイ君(注:伊藤大祐のこと)が本格的に閉伊川を攻めると聞いて、それが自分の中で刺激になった」
 そう話す藤原さんが、アップでキャストしヒラを打たせたWOOD85にサクラマスがチェイスした。最初のチェイスではUターンされたが、狙い澄ました次のキャストで仕留めることができた。渓流のヤマメ釣り感覚でバイトに持ち込んだ中規模河川ならではのヒットシーン。駆けつけた前川さんと大騒ぎで撮影しながら喜びを分かち合った。
 さらにその翌週、大祐も2013年の初サクラを釣り上げた。
「個人的に、閉伊川で一番こだわりのある区間で釣れたことにも満足」
 ちょうどその日は藤原さんも閉伊川に来ており、缶コーヒーを手に祝福に駆けつけてくれた。そこでガッチリと握手をかわす。釣りをしていて良かったと思える幸福な時間だ。


■連鎖が生みだすもの

 大祐と藤原さんがシーズン2本目を手にした日。それは、大祐が1本目を釣った翌週の週末だった。釣りを終え、ひとつの駐車スペースに集まった3人の会話は、すっかり日が暮れても続いていた。釣りのこと、釣りとは全く関係ないこと、いつもの電話のように様々な話題で盛り上がり、気が付けば3時間近くも話し込んでいた。
 釣りの疲れも充実感に変わり、心地よい時間が過ぎていった。
 この世でサクラマス釣りをしているのが自分ひとりだったとしたら、川を上がった後にこんな名残惜しい時間を過ごすこともなかっただろうし、そもそもサクラマスという魚に、これほど魅力を感じることもなかったかもしれない。感動を分かち合える仲間がいるから夢中になれるのだ。
 大祐は昨年の閉伊川釣行を思い返して、2人と出会えたことに改めて感謝している。
「みんな考え方や釣りスタイルは違うけど、軸にあるものは同じで、2人を通じて自分に欠けているものも発見できた。うまい具合にバランスが取れてるというか、この3人でいると何を話しても楽しいし、ついつい時間も忘れてしまうんだよね」
 この関係が化学反応を起こし、彼らひとりひとりの釣りの密度を高めた。そして、その関係性は2014年も続いていく。










「リカバリー」 伊藤大祐 
2013年8月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod: EXC510PUL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX /ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S /ITO.CRAFT



 そこは小さな淵だ。
 アップストリームでミノーをキャストし、できるだけスローに引きながらトゥイッチで細かくヒラを打たせていく。ルアーは、様々なシチュエーションに対応するオールマイティな蝦夷50Sを使っていた。
 すると、尺は優にありそうなゴツいヤマメがチェイスを始めた。
 問題はここから。
 そのヤマメはミノーに興味を示し、追いかける活性はあるものの、その一方でどこか警戒してもいるのだろう、衝動的に一気に食い付くまでの勢いはない。
 さて、どう食わせるか。
 小刻みにヒラを打つミノーの5センチ後方をじっと追尾しながら、尺ヤマメが慎重に何かを判断しようとしている。そういう危険を察知する注意深さや恐怖心が備わっているからこそ、彼ら野生の生き物は生き長らえることができるのだが、今はそのことに感心している場合ではない。
 その時、ポイントに立つ伊藤大祐はこんなことを考えていた。
「はじめのイメージでは、淵が終わるカケアガリで食わせるつもりだった。いまいちヤル気のない魚だったらカケアガリの手前でUターンしたり、あるいは早めにルアーをピックアップして意図的にUターンさせる選択肢もあるわけだけど、この時はとっさの判断でそのまま食わせようと思った。ここで追うのをやめるかなっていう所でも止まらずに追ってきたし、底が徐々にカケアガって、流速が増して、その流れに乗ってミノーもスピードアップしていく所でも、その速さにヤマメがしっかりと付いてきた。だから、食うと思ったんだけどなぁ」
 ぎりぎりまでピックアップをこらえつつ誘いを掛けるも、バイトには至らなかったのだ。ヤマメは速い流れに乗った勢いで、下の瀬に入った。
「自分の技術が足りなかったのかもしれないし、勝負所を見誤ったのかもしれない」
 しかし取り返しのつかない致命的なミスをしたわけでもない。おそらく釣り人の存在には気付かれていない。それに、ヤマメがその瀬に定位した場所も見えていた。まだチャンスは残している。

 最初のチェイスで食わせ切れなかったのは確かに惜しかったが、まだ想定の範囲内。つまり、リカバリー可能な状況である。ヤマメはゴロンっと沈んだ石の脇に着いた。こちらから見えやすい位置であり、また魚からも周囲の様子を確認しやすい場所だ。不安を感じたヤマメがそうした場所に着きやすいことも経験的に知っているから、落ち着いてスムーズに次の一手へ移行できる。
 警戒している魚に悟られないよう無駄な動きは一切せず、手首の返しのみで素早くキャストする。
 ルアーはそのまま蝦夷50S。瀬の流れに着いた魚をダウンクロスで狙うことを考えれば、山夷50SやそのタイプⅡなど、より攻めやすいルアーの選択も考えられたが、ここで余計な間は置きたくないし、蝦夷50Sの安定性なら操作次第で十分に対応できると判断した。
「元いた着き場から離れた魚はより警戒心が高まって、追わせて食わせる攻めは難しい。ヤマメのテリトリー自体も狭まった。その中で長くルアーを見せて、じらしてじらして口を使わせる誘いしかなかった。魚の目の前、数センチの範囲内で勝負する釣りを意識した」
 すぱっとアワセを入れたのは、ヤマメがミノーを噛んだ瞬間だった。ラインはPEだが、やはり目で見てアワせたほうが早い。
「ヤマメがフワッと口を使いにきた瞬間を見計らって、ロッドを立てる、と同時に、魚が食った瞬間のカツッ!という感触が伝わる感じ。フッキングとバイトがほぼ同時。アワセ方はその状況によって変わるものだけど、こういう勢いの弱いショートバイトに対しても電撃的にアワせられるのは、PEラインの大きなメリットのひとつだよね」
 こうして伊藤大祐のネットに、幅広のかっこいい尺ヤマメが収まったのだった。

 1から10まで、いつも思い通りに事が進むわけではない。むしろ思い通りにいかないことのほうが圧倒的に多いのが釣りだ。
 予想外の出来事やちょっとしたミスによって最初のイメージとは異なる展開になった時、いかにリカバリーできるか。あらかじめ次のキャストへチャンスを残すための釣りをしているかどうか。
「やっぱりそれは常に神経を使って考えてる。川の歩き方、立ち位置、ルアーのトレースライン、全ての面において丁寧な釣りを心掛けてる。この釣行で、その大切さを改めて思い知った。釣り場の状況がますますシビアになって、細部にまで神経の行き届いた釣りをしないと釣れない魚が年々増えてる。だから今は、川で出会うどの魚に対してもそういう気持ちで挑んでる。考えうるマックスの難易度を常に想定しておくことで、ほんの小さなチャンスを拾うことができるかもしれない。逆にスレていない魚だったら、より確実に釣ることができるよね。いい魚を釣りたいから、どんな状況にも柔軟に対応できる臨機応変さと繊細さをもっともっと磨いていきたい」

【付記】
建築デザインの世界に、「神は細部に宿る」という言葉がありますが、勝手に解釈すれば釣りにも当てはめることができると思います。ディテールの追求が釣りの完成度を決める。この日も、常日頃心掛けている小さなことの積み重ねが、尺ヤマメという答えを導き出したのです。













「ホームグラウンド」 伊藤大祐 
2012年9月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX, 510PUL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3, 33/ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie50S/ITO.CRAFT



 伊藤大祐にとって雫石川水系は、家からの近さという意味では間違いなく最も足を運びやすい釣り場だが、釣行数の割合を見てみると実は全体の10%にも及ばず、決してホームグラウンドとは言えない釣行頻度だ。
 毎年いろんな川でいいヤマメを釣りたいから、ホームグラウンドと呼べる釣り場はあえて持たず様々な河川におもむいてロッドを振っているのだ。
 今から7年位前、雫石に工場が設けられた当初は、仕事前の朝駆けを中心に雫石で釣りをすることも多かった。
 その頃、伊藤秀輝がこんなことを言っている。
「雫石川水系でコンスタントに釣れるようになれば、他の川でも通用する」
 雫石には山岳渓流から本流までいろいろなタイプの川やポイントが存在し、釣りをしていると様々なシチュエーションが次々と現れる。そして、そこに棲んでいる魚達は多くの釣り人に攻められ、大抵が強い警戒心を抱いている。バリエーション豊富な渓相とすこぶるシビアな魚達が釣り人を鍛え上げる。
 その後大祐が雫石川水系以外の釣り場に積極的に出向くようになったのは、「雫石での経験がヨソの川でどれだけ通用するのか?」という気持ちが強くなったからだ。
「それと、使うロッドにしてもルアーにしても、それらの性能やコンセプトをより深く理解しようとも考えた。より多くの川と魚を相手にすることで、それまで見えなかった道具の性能に不意に気付かされることもあるからね。あとはやっぱり、もっといろんなヤマメを見たいっていう思いが強かった」

 しかし、身近にホームグラウンドを持たないというスタイルは、単純に考えて手っ取り早く釣果を得るためにはマイナスの要素が大きくなる。
「簡単に言ってしまうと、タイミングを計るのが難しい、というか、タイミングに頼れない。ちょくちょく様子を見に行ける距離ではないから、例えば魚を見つけても反応が悪いからといってそう簡単には次回に勝負を持ち越せない」
 実際に遠征先でそういった状況に出会ったら、どう対処するのか。いいサイズのヤマメがルアーに反応したけれど、食いつくには至らない。そんな時にどうするか。
「できるだけその場で釣るというのが理想ではあるけど、もちろんそうはいかないこともある。この時の判断が本当に難しくて、次回のことを考えれば深追いしすぎないで我慢することも大事だし、でも、次に来る時までに誰かに攻められて余計に魚がスレてしまって、ハードルがさらに高くなるかもしれない。いろんなケースが考えられる。もうその判断は勘だね(笑)。あれこれ攻め方を変えながら魚のスレ具合を見て、なぜいま口を使わないのかを考える。で、この様子ならしばらくは口を使わないなって自分なりに確信が持てたらそこで見切る。魚の雰囲気から感じ取る部分を大事にするね」
 地元を離れた遠征釣行は言うなればアウェーゲームだ。例外なくそこにはその川をホームグラウンドとする釣り人達がいる。地の利を生かして通い詰める地元アングラーとの目に見えない戦いが水面下で繰り広げられているのだ。釣りを「自然との対話」という風にたとえる人がいるけれど、いまのフィールドでは望む望まないに関わらず他の釣り人とのせめぎ合いが常に起きている。
「それが遠征釣行の難しさだし、あー今日がドンピシャのタイミングだ!と思っても、ぱっと動けないのがもどかしい(笑)」

 もちろん、ホームグラウンドを持たないことの楽しさもある。
「初めての川とか、まだ勝手の知らない川っていうのは、やっぱり釣りをしててドキドキするしワクワクする。この先のカーブを曲がったらどんなポイントがあるのか、どんな魚が顔を出すのか、っていう緊張感がいいんだよね。魚のサイズだけにこだわらず、その川のポテンシャルを見たくなる。その川で育った、いいヤマメが見たい。そういう新鮮な気持ちで釣りができるというのが、ホームグラウンドを持たない一番の楽しさ」
 また今後の釣りを考えてもこうして様々な川を釣り歩くことは、「のちに自分を支える経験になると思う」と大祐が感じているように、きっと大きなメリットを生む。いろんな特徴を持った川とヤマメが釣りの引き出しを確実に増やしてくれる。

 今回ここに掲載している3本の尺ヤマメは、もちろんそれぞれ異なる川での釣果で、写真からもその系統の違いは十分に伝わるだろう。
「釣り場の幅を広げることは商品の開発とも密接にリンクしていて、ボウイに関してもあちこちの川で様々なアイディアを得たからこそ出来上がった。ひとつふたつの釣り場だけでは絶対に生まれなかったと思う。この川のこのポイントでもっと釣るためには…、という小さな追求の積み重ねだよね。魚を釣るという意味ではリスクが大きいかもしれないけど、川や魚をより深く知っていくこと、そしてその現場の感覚を新たなモノ作りに反映させていく作業が、いまはすごく楽しい」















「ボウイと4つの場面」 伊藤大祐 
2012年夏秋、岩手県および隣県
文=佐藤英喜
写真=伊藤大祐

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
leader:Trout Shock Leader 4Lb/VARIVAS
lure:Bowie50S/ITO.CRAFT



 美しい渓流を歩き、そこに棲むヤマメやイワナを釣ることはそれだけで心満たされる素晴らしい楽しみであると同時に、道具の作り手にとってはその性能や有効性が現場の魚達にいかに発揮されるのかを、改めて、徹底的に確認する場でもあるのだ。伊藤大祐とボウイ50S、昨シーズンの4つの場面を振り返ってみよう。

#01 「葦の川の尺ヤマメ」

 じっとしているだけで汗が噴き出す厳しい残暑が続いていた9月のある週末。背丈を越える葦が川の両岸を覆う渇水の渓を、アップストリームで釣り上がっていく。
 流れの当たる葦のキワなど、小さなポイントを手返しよく探りながら、ここはいいヤマメが入っているなと確信めいたものを感じたのは、この川にしてはやや広い瀬が一気に狭まって、その流れが一本にまとまる絞り。立ち位置から絞りまでは8mほどの微妙な距離があったが、飛行姿勢が安定し、綺麗な弾道でしっかりとピンスポットにコントロールできるのもボウイの強みだ。
「しばらく粘ったけど、うんともすんとも言わない。小型のヤマメすら姿を現さない。でも、ここにいないわけがないなって。納得がいかなくて、さらに粘った」
 流れの押しが強いので流芯にラインを乗せないよう操作しながら、キワのヨレの中で出来る限り長く、スローにミノーをキープさせつつヒラを打たせる。その絞りにはやはり尺上のヤマメが入っていて、何度も目の前に現れるミノーのきらめきに我慢できず、ついにチェイスを始めた。スレて警戒しているのか様子をうかがうようにゆっくり足下近くまで追ってきて、ようやく最後のターンで口を使った。
「正直、もっと大きかったら良かったけど(笑)。でも薄っすらと婚姻色を浮かべた雄のヤマメで、このサイズにしては顔付きが険しくてカッコ良かったね」


#02 「ドリフト」

 川幅にして10m位の、やや広めの渓流。石がゴロゴロと入った瀬で釣れた尺ヤマメだ。釣り方的には岩と岩のあいだの筋にアップクロスでボウイをキャストし、ドリフトさせながら縦に流して魚を誘う。ラインを流れに引っ張られないようロッドを立てながら、またロッドアクションが直に伝わりやすいぶんオーバーにならないよう、より繊細にトゥイッチをかける。そうしたドリフトの釣りでも自在にヒラを打たせられるセッティングがボウイに施されている。
「リップやボディ形状もあるけど、一番重要だったのはウェイトの設定。この時は10投くらいしてヒットしたね。バイトの瞬間は見えなくて、流れの中でドンッと来た。太陽の光が差し込んだ状態で撮影したかったな、というのがちょっと心残り」
 流れに乗せながらレンジをキープし、なお且つ小さなトゥイッチ幅で機敏に反応してアクションを起こす軽快なレスポンス性能が生きた場面。渇水の続く川にあって十分に太さを維持した尺ヤマメが、ミノーをくわえた。


#03 「ヤマメの目」

 この尺ヤマメが釣れた時は、ちょっと微笑ましい気分になった。ヤマメの顔、というか目が、とても個性的だったのだ。
「秋になって目が鋭さを増していく他のヤマメとは対照的な感じで、何て言うか、まつげを付けてるみたいに可愛らしかった(笑)」
 渇水によりだいぶ規模の小さくなった淵で、底のほうにポツンと一匹だけこのヤマメが見えた。透明度が高く、流れもほとんど効いていないぶん、不用意に警戒心をあおらないようミスなく一投で釣ることを考えた。正確にミノーを送り込み、まずはハードなトゥイッチでギランッ!ギランッ!と大きくヒラを打たせるとヤマメがミノーに反応し始め、そこから徐々にアクションを変化させていき小刻みなヒラ打ちに切り換えると、淵の終わりに差し掛かったところで回り込むようにしてバイトした。
「特にこういう流れのクリアな淵では、操作してるミノーの動きと、それに対する魚の反応がつぶさに見て取れる。ヒットまでの一部始終を観察できる。これがやっぱり面白い」
 そしてネットに収まったヤマメは、早くルアーを外してくれる?とでも言いたげに愛くるしい眼差しで釣り人を見上げるのだった。


#04「ダウンストリーム」

 そこは以前、いいサイズのヤマメを釣ったことのあるポイントで、もちろん今回もヤマメを狙っての釣行だった。
 岩盤を勢いよく洗う押しの強い流れの中に、魚の着き場を見極め、そのピンスポットを信じて攻め抜くことができるか。これが大事だった。下流へキャストしたミノーをそこで止めて、岩盤のエグレに着いている魚の鼻っ面で誘う。複雑で強い流れがどんどんぶつかってくるダウンの釣りでも安定してアクションを刻み、意図せずダートしない操縦性がこの場面で使うミノーには求められる。
「見た目に派手な動きのある釣りじゃないけど、魚がヒットした時は他の釣り方とはまた違った満足感があるんだよね。単純に『釣れた』というより、『そこに魚がいた』という喜びが大きいと思う。着き場を読んで、それを信じて、その通りに釣れるとその日の釣りのリズムも良くなる。この時はちょっと狙いと違ったけど(笑)」
 その日、その岩盤のエグレに入っていたのは軽く40センチを超える立派なイワナだった。ボウイの鋭いレスポンスと複雑な流れの中での安定性を両立させた性能、それをこのダウンの釣りで改めて実感することができた。


作り手のコメント=伊藤大祐
 昨シーズンからナイロンラインだけじゃなく、ボウイとPEラインの組み合わせもいろんな状況で試してきました。今回の4つの場面で特に印象に残っているのはドリフトの釣りで、それはもともとドリフトで釣るのが個人的にすごく好きだっていうのもあるんですけど、PEのほうがボウイのフォールスピードをより速められるし、ロッドを立てながらレンジをキープして、竿先の小さな操作でより繊細にヒラを打たせられる。それまではずっとナイロンラインでドリフトの釣りをやってきたわけですけど、PEは誘いの精度を高めてくれる。ドリフトの釣りで思い通りの誘い・アクションを演出できるというのはボウイの大きな特長ですけど、PEラインはその部分の性能をさらに引き出しやすいと思います。
 もちろん、PEが全ての面で良いというわけではなくて、状況によってメリット、デメリットがそれぞれのラインに存在しますし、少しでも優位に釣りが進められるようにその川の特徴やその日の条件に合わせて使い分けています。
 そしてボウイに関しては、昨年、あのシーズン終盤の厳しい状況でリリースしたにも関わらずユーザーの皆さんからたくさんの素晴らしい釣果をご投稿いただき、作り手として本当に嬉しかったです。苦労はしましたけどその全てが報われて、悩んだ甲斐があったなあとしみじみ思いました。これからも、イトウクラフトらしいオリジナリティに溢れたモノ作りを続けていきたいと思います。














「尺ヤマメを釣るために」 伊藤大祐 
2012年7月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
line:[Nylon]Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
    [PE]Super Trout Advance Double Cross 0.6
      & Trout Shock Leader 4Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S /ITO.CRAFT



 年々高まり続ける人為的プレッシャーの中で、警戒心を強めるスレた魚を釣り上げるには、その状況に応じた「繊細さ」が求められるのは言うまでもない。例えば立ち位置ひとつを取ってみても、普段その釣り人がどんな魚を相手にしているか、釣りをどこまでシビアに捉えているかがそこに表れる。
 すでにルアーや釣り人の存在を知っているヤマメ、イワナに対して、どうアプローチするか。今時の渓流における「立ち位置」の重要性について、伊藤大祐が考えていること。

――次々と異なるポイントが現れる渓流では毎回毎回立ち位置を頭で考えるわけじゃなく、実際にはこれまでの経験によって、水深や流速、魚の着き場、スレ具合などから体が自然と反応して立ち位置は決まるものだけれど、その中でも特に重視していることは何だろう。

「いろんな要素が複雑に絡み合って一概には言えないけど、まずスレている魚が相手というのが前提なので、たとえ最初のチェイスで食わなくても、2度目、3度目のチェイスに可能性を残せる立ち位置というのは必ず考える。はじめから警戒している魚に対して、少しでも自分が優位に立てる場所だよね。ルアーを追ってきた魚がUターンしても、そこで釣り人の存在には気付かない、且つ釣り人側からは魚の動きがしっかりと見える立ち位置。もちろん、1投目ではバイトに至らないことも、Uターンさせる場所も、最初から想定してキャストするよね」

――ということは、1投目は探りのキャスト?

「うん。もし魚がスレてなければ最初のチェイスで食わせるけど、最近のプレッシャーのきつい渓流ではなかなかそうはいかないことも多いでしょ。だから、あらかじめ最初のチェイスでは食わせ切れなかったことを考えての立ち位置が大切だと思う」

――基本的に、魚のスレ具合をじかに見て釣りを組み立てるということ?

「チェイスしてきた魚のスピード感とか、ルアーとの距離を見て、そのまま食わせるのか、それとも次のキャストに勝負を持ち越すのか、より確率の高い方を瞬間的に選択する。あらかじめ想定してた食わせのスポットを過ぎたら、もうそれ以上は追わせない。魚に余計な警戒心を与えないように、追うのをあきらめさせる。もしその時に、カケアガリのすぐ手前に立ってたら、魚に気付かれて次のチェイスは望めない。魚がスレてる状況であればあるほど最初の立ち位置が重要になるし、あとは周りの岩や木と同化して、いかに無駄な動きをせずに釣るかだよね。一平じいさんのように(笑)」

――なるほど。一平じいさんがお手本か。

「そうそう。それと、毛バリ山人の石化けの術とかね。やっぱり心得として、自然の中に溶け込むっていうことが一番大事だと思うから」

――では、最初のチェイスで、魚がヤル気のない感じだった場合の対処法は?

「まず必要以上に追わせすぎないこと。そして追うのをあきらめさせる時に、へんな違和感を与えたり、ルアーを見切られたりしないように操作することを心掛ける。もちろん毎回そうするんじゃなくて、追ってきた魚が尺を超えてるなって時ね。ミノーは、ヤマメやイワナにとってやっぱり小魚だと思うから、本物の小魚らしさ、生命感というものを、食わせる時もUターンさせる時もすごく意識して操作してる。人によってはそこまで神経質にならなくても、と思うかもしれないけど、例えば、魚をUターンさせる場所に石がゴロゴロあったら、その石に沿って隙間を探すように小魚が逃げる様子を竿先の動きとリーリングで演出したり。ほんの一瞬のわずかなことでも、できるだけ『これは小魚なんだ』っていう印象を残してUターンさせたい。捕食や威嚇の対象になってる小魚の様子を思い描きながら、どうしたらそれに近づけることができるのかを考えてる。結局のところ、そういう細かいことの積み重ねが、シーズンを終えての結果を左右すると思う。自分もまだまだ未熟ですけど、これからいろんな魚と出会って、経験を重ねて、一平じいさんや毛バリ山人の境地に少しでも近付けたらいいね」


【付記】
これまでいろんな人の釣りを見させていただいて、個人的につくづく思うのはキャストやルアーの操作以前に、立ち位置ひとつにその釣り人の思考や経験が垣間見えるということ。そして深い経験を持つ熟練者ほど、その姿が川や風景に馴染んで見えるということ。川で浮いて見えないというか、周りの自然と見事に調和して見える。例えば、森の中でその辺にいるはずの野生動物を見つけることがそう簡単じゃないように、熟達した釣り人ほど気配を感じさせません。そばにいるのに気付かないこともあります。つまりその神髄が、懐かしの「石化けの術」なんでしょうね。















「ボウイ50Sとスプーンの関係」 伊藤大祐 
2012年6月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S proto model/ITO.CRAFT



「アップストリーム『専用』ではなく、言ってみればオールラウンダーです」
 そう伊藤大祐が言うように、ボウイ50Sにはフィールドで出会う多種多様なシチュエーションを幅広くカバーするための性能が与えられている。これひとつでストレスなく快適に渓流を釣り上がっていくことができる、そこに開発コンセプトがあった。
 立ち上がりが早く、アップストリームで自在にヒラ打ちを決められ、そのいっぽうで押しの強い流れをクロス~ダウンの釣りで探る時もバランスを崩すことなく、効果的な誘いをいくつも演出できる「パターンの豊富さ」がボウイ50Sの絶対的な武器だ。
「いろんな使い方ができる分、アイディアと操作でどんどん引き出しの数が増えていく」
 流れやポイントの状況、魚の着き場、活性、スレ具合、それらによって有効なアプローチは細かく変化する。アップが良い時もあればダウンが効く時もある。プレッシャーの高いシビアなフィールドでこそ、その正解を臨機応変に導き出せるかどうかが魚と出会う鍵となる。

 例えば、昨年の6月。僕らは山間の渓谷を釣り上がっていた。
 全体に流れの押しが強く、川の中を遡行すると水の重さが両足を圧迫した。所々にあるちょっとしたタルミや小さな淵を丁寧に拾うように釣っていく。
 一際大きな岩が川底に沈んでいた。岩にぶつかった流れが白泡を立て、いったん底に潜りこんだ流れが複雑に巻き上がっている。大祐がまずはアップクロスでその白泡にボウイ50Sを通し、出来る限りのスローなトレースと細かいヒラ打ちで誘いを掛けると、ぐわっと大きな魚が反転した。明らかにいいサイズのイワナだが、バイトには至らなかった。思わず反応しただけ、といった感じだった。
 河原を静かに後ずさりしてきた大祐が、ぐるっと大きく回り込むようにして、今度はダウンクロスの位置に立った。
 この押しの強い流れでアップクロスの角度のまま例えミノーを追わせたとしても、あの大きなイワナでは食い損ねる危険性があった。俊敏なヤマメと違い、大きなイワナほど小回りが利かない。だから万全を期して、より長くルアーを留めておける立ち位置をとった。
 ダウンクロスから、イワナの視界の中で派手にヒラを打たせて挑発する。
 そして一瞬、イワナの目の前にスッとミノーを送り込んだ。目の前、というのはあくまでイメージに過ぎないけれど、魚の居場所は見当が付いている。
 ここで注目すべきは、ボウイ50Sのフォール姿勢だ。
 キャストの際、きれいな弾道を生み出し飛距離を稼ぐために、ボウイ50Sは後方寄りのウエイト配置がなされているが、言うまでもなくこの後方重心はフォール時の姿勢を考慮したものでもある。細かく言えばラインテンションの操作次第で微妙に変わってくるのだが、基本的には尻下がりに落ちることで、一瞬の送り込みを思い通りに演出することが可能だ。またライン操作によって、フォールさせながら背中を揺らすような誘いもボウイならできる。
 ドンッと魚の重みがロッドにのし掛かり、間髪入れずアワセを決めると白泡の中にラインが突き刺さった。ヒットしたイワナは流れに乗りながら、ごんごんと頭を振って抵抗したが、大祐は慌てることなく魚との間合いを徐々に詰め、危なげなく魚をネットに滑り込ませた。
 撮影のために流れの弱い浅瀬に移動してネットの中の魚を見てみると、獰猛な爬虫類を思わせる、いかつい雄のイワナが荒い呼吸を必死に整えていた。サイズは45cm。野性味溢れるイワナだ。

 今回はダウンクロスで、ハイアピールなヒラ打ちからの一瞬の送り込みでイワナをバイトに持ち込んだわけだが、さかのぼるとその背景には、渓流のルアーフィッシングに夢中になり始めた頃のまさに原点とも言える、スプーンの釣りがあった。
 小学6年生の頃、当時は渓流釣りと言えばスプーンだったし、伊藤秀輝に連れられて、岩手の稗貫川で生涯初の尺ヤマメを釣り上げたのも、5グラムのクルセイダーだった。
 キャストしたクルセイダーを、ほとんど糸フケを巻き取るだけのリーリングで流し込む。見よう見真似でスプーンをドリフトさせた。しかし、30分もすると、同じ作業の繰り返しにさすがに飽きてきた。そこで時折、ロッドをしゃくってアクションを加えてみた。スプーンを跳ね上げ、落とし込む。その時だ。それまで何も起きなかった淵で、ヒラッと目の前に落ちてきたスプーンを尺ヤマメが食ったのだ。
「あの時の光景とか感動は、今でも鮮明に覚えてるね。懐かしいな」
 そう振り返るスプーンの釣りの経験が、ボウイ50Sの性能にも生かされている。
「縦の動きを含んだ立体的な誘いの有効性は絶対に取り入れたかった。だからボウイのセッティングに際して、フォール時の姿勢やスピードにはすごくこだわったんです」
 その結果、ボウイ50Sの演じる誘いの幅はぐっと広がった。状況に応じたさまざまな使い方で、高いパフォーマンスを発揮するミノーに仕上がった。
 使い込むほどに楽しさの増すボウイ50Sが、2年目を迎える今シーズンもきっと渓流釣りをますます面白くしてくれる。


【付記】
「ルアーを始める前はエサ釣りと毛バリをやっていて、小6の時にルアーを始めたんですけど、その頃使ってたのはワゴンセールの薄っぺらい100円スプーンがほとんど。なので、たまに社長からもらうクルセイダーは、自分の中ではもう宝物に近い高級品。クルセイダーっていう名前の響きもカッコ良かったし、大事に使ってました。でも、社長のワレットをのぞいてみると、さらに高価な、確かクルセイダーの2倍くらいの値段がしたバイトやマスターが並んでて、それは本当に輝いて見えました。大人への憬れでしたね」 伊藤大祐












「ボウイ50S最終プロトと大ヤマメ」 伊藤大祐 
2011年9月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX /ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
line:Super Trout Advance Twitch Master 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S proto model/ITO.CRAFT



 これまで使い込んできたプラスチックミノーのメリットとデメリットを、伊藤大祐は自分が作っているものだからこそ深く知り抜いている。作り手として、そしてまた使い手として、さらに上の次元のミノーを思い描くようになったのは言わば必然のことだった。
「今まで製作してきたプラ製ミノーの有効性を、バルサ素材の特性を生かすことでさらに強調し、一方でその欠点を打ち消す、そんな夢のようなミノーを作りたくなった」
 それが、ボウイ50Sの製作に着手した理由であり、作り手と使い手、2つの視点が生み出した新たな性能がボウイ50Sには宿っている。
 まさしく夢の性能を可能にしたのはバルサ素材の優位性だけでなく、それを生かしきるボディ形状、リップ、ウエイト、アイの位置、それら全てを巡るセッティングの試行錯誤だった。そうしてひとつの理想形へと辿り着くことができた背景には、イトウクラフトのモノ作りを取り巻く環境の素晴らしさがあった。雫石という東北の中でも目立って豊かな水脈の走る土地に仕事場があり、ふとアイディアが浮かべば即座に川で試すことができる。
「川にテストに行って、現場でリップを削ったり、角度を変えたり、アイの位置を微調整したり。すぐ近くにフィールドがあるからこそ、のモノ作りですね」
 様々なシチュエーションを持ついくつもの川と、そこに棲むシビアな魚が道具の性能をどんどん磨き込んでいく。あえて多くの釣り人に攻められている川で、警戒心の強い魚を相手に答えを求める。この超の付く現場主義が、ボウイ50Sを完成へと導いていった。

 細かな設定の違いを含めればプロトは他にも沢山あったが、プロト「3号機」ができあがったのは、2011年の渓流シーズン終了間際のこと。ウエイトは3.9グラム。プロトとは言え、この段階でほぼ完成形に近いところまで来ていた。
 その日の川は見るからに増水しており、表層の流れがだいぶ強まっていた。
 流れの太さと押しを見れば、クロス気味にミノーを入れて少しでもルアーをアピールする時間を稼ぎたいところだが、あいにくそのポイントは両岸が切り立っているため、ほぼ完全なアップストリームで誘わなければならなかった。
 平水時でも長さのある淵なのだが増水している分、淵尻のカケアガリ部分が余計に長くなっている。つまり、魚を警戒させない立ち位置から淵頭までは距離があり、使うルアーには当然飛距離が求められる。ちなみにヤマメは淵頭付近にもいるかもしれないが、大祐が思い描いていた本命のスポットは淵尻の、川底がちょうどカケアガっていく所だった。
 後ろから見ていて厳しい距離に思えたけれど、ULXのブランクを綺麗にしならせ、びゅん!っとミノーを弾き飛ばすとボウイ50Sは初速のあるシャープな弾道を描いて淵頭の白泡にピタリと着水した。
 ボウイ50Sは一目瞭然のきれいな飛行姿勢と、空気抵抗を考慮したフォルムが、バルサ素材であることを忘れさせる鋭い弾道と驚異的な遠投性能を生み出しているのだ。加えて、その効果としてピンスポットへのコントロール性も高めている。とにかく飛ぶし狙った所に決めやすいから、キャスト自体が楽しくてしょうがないといった様子が強く伝わってくる。張りの強いカスタムのULXではバルサのキャストにストレスを感じていた人も、きっとボウイ50Sの場合はそれが全くなくなっていることに気づくはずである。開発に当たり、大祐が強くこだわった点のひとつがこの快適なキャストフィールだった。
「泳ぎを犠牲にせずに、理想としていた飛行姿勢を扁平ボディのバルサミノーでようやく実現できた」
 そして気になる泳ぎについては、まず、派手にアクションしながらも非常に浮きづらい設定がボウイ50Sには施されている。普通ミノーは、流れや操作の仕方にもよるけれど連続したトゥイッチによってアクションしながら水面方向へと浮いてきやすいものだが、ボウイ50Sは絶妙にそのレンジをキープする。もちろん、単にリップの抵抗を強くして「潜らせる」のではなく、ボディフォルムやウエイトバランスなど全体のセッティングによって、意図したレンジから抜けることなくアクションさせることが可能になっているのである。
 さらに、トゥイッチをかけた時のヒラ打ちに関して、ボウイ50Sの大きな性能として挙げられるのが、バルサミノーの中でも抜きん出て泳ぎのピッチが細かく、より多くのヒラを打たせることができる点だ。それだけ泳ぎの「間」を魚に見切られにくいと言えるし、何より釣り人の操作によって様々なヒラ打ちを演出することができ、誘いのバリエーションも間違いなく広がった。
「言ってみれば、オートマじゃなく、マニュアル。ロッドの角度や振り幅、トゥイッチの強さ、リズムによって、いろんなヒラを打たせられる。だから、スレたヤマメのその時の気持ちに合わせて、より緻密に誘いを組み立てることができます」

 ではこの日、大祐はこのボウイ50Sを使ってどんな誘いをかけ、ヤマメを釣ったのか。
 淵頭の白泡にミノーを着水させると、ロッドを立て気味にしてトゥイッチをかけ、ミノーが左右へよりワイドに激しくヒラを打つよう操作した。
 そしてミノーが淵の真ん中辺りに差し掛かった所で、トゥイッチのパターンを変えた。
「追ってきた魚に食わせるイメージもあって、動きの支点を保った細かいヒラ打ちに切り替えました。ちょうどカケアガリが始まる所でフワっと魚影が反転して、そのまま振り向きざまに食ったね」
 ボウイ50Sにアタックしたデカいヤマメが、一気に流れを下って足元に急接近し、通り過ぎたところをロッドのバットパワーで溜めると、水面でゴボゴボと重々しい水しぶきが上がった。その抵抗も難なくいなしネットに収めたのは、41㎝の見事な雄ヤマメだった。
 薄っすらと婚姻色をまとったつやつやの魚体に、青いパーマークが美しく光った。
「シーズン終了間際に、完成形に近づいたプロトでいいヤマメが釣れて嬉しかった。ただ、細かい話をすると課題も見つかって、浮力の高いバルサ特有の、川底の複雑な水流を舐めるような水馴染みを、もっとナチュラルにしたい。そのためには、リップの形状、位置、角度をもう少し煮詰めないといけないなと思いました。いずれにせよこのプロトで、ボウイ50Sの完成形がはっきりと見えました」
 2012年9月発売予定のボウイ50S、渓流ルアーマン待望の性能を詰め込んだ新たなバルサミノーで、より多くの釣り人にぜひミノーイングの奥深い楽しさにどっぷりと浸かってほしい。


【付記】
遂に完成したボウイ50Sをフィールドで思う存分使える日がとても待ち遠しい今日この頃ですが、実はさらに、より小渓流の釣りに特化したモデルと、より川幅のある本流を攻め抜くためのモデルもすでに構想としてあるらしく、そちらのテストも少しずつ進めているそう。ニューバルサミノー、ボウイの今後の展開に要注目です。













「心に描くイワナ」 伊藤大祐 
2011年7月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX /ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS
lure:Emishi 50S Type-Ⅱ[YAE] /ITO.CRAFT



 誰にでも心に思い描いている魚がいると思う。ヤマメなら、ああいうヤマメが釣りたいとか。イワナを釣るなら、こういうイワナを釣りたいとか。そのニュアンスは釣り人それぞれにある。
 伊藤大祐は、今から6、7年前、友人との釣行で手にした42cmのイワナが忘れられない。
 とある渓流で蝦夷50ディープにヒットしたそのイワナを見て、大祐はこれがイワナの本当の美しさ、恰好よさだと思った。イワナの素晴らしさにハマるきっかけになった。
 とにかく綺麗なイワナだった。いわゆるエゾイワナというよりは岩手では珍しいニッコウっぽい個性を浮かばせ、見れば見るほど繊細で複雑な色彩が目に映った。肌は究極にきめが細かく、背部のグリーンと体側のゴールドが溶け合うようになまめかしく光り、オレンジの斑点が薄っすらと浮かんでいた。分厚いヒレもオレンジに染まり、真っ白なラインが全体の印象を引き締めていた。
 また色彩だけでなく、そのプロポーションも見事なイワナだったと大祐は振り返る。つるんっと硬質な体表ははち切れんばかりで、胴回りがめちゃくちゃに太かった。えてして大きなイワナはヘビのようなくねくねとした印象を与えるけれど、そのイワナは異質な逞しさを備えており迫力に満ちたゴツい魚体が何とも威圧的だった。それまで見たどのイワナよりも魚体のインパクトが強かったし、そのファイトや魚を目の当たりにした友人たちの興奮した様子も、ハッキリと覚えている。
 今も目に焼きついているあの美しい色合いと太い魚体。ぜひともまたあんなイワナが釣りたい。いや、あのイワナはメスだったから、同じ系統のさらに恰好いいオスが釣りたいとその川に出向くたびに大祐は願っていた。
 2011年7月、遂にそのチャンスがやって来たのである。
 
 その朝は初めからイワナ狙いの釣行だった。仕事までのわずかな時間を効率よく使って、速いテンポで魚の反応を探っていくと、川がカーブするブッツケのポイントに差し掛かった。流れがぶつかった所にちょうど広葉樹の大木が立っていて、根の奥が水流によって深くエグられている。さらにそのポイントをそっと隠すように枝が葉を広げており、なかなかに複雑な懐を形成していた。
 水はクリアだが底は全く見えず、かなり深い。蝦夷50SタイプⅡをエグレの上流に着水させ、流れに乗せながら細かくヒラを打たせてエグレの奥にいるはずの魚を誘い出す。
 そのエグレから、砲弾型の太いイワナが姿を現したのは3投目のこと。ドキッとするほどの魚体がミノーに一瞬だけ反応したが、食う素振りは見せずにそのイワナは元の着き場へと戻っていった。
「明らかに警戒心が高まっていて、とてもルアーにバイトする様子じゃなかったよね。一瞬でも魚体の凄さは見て分かったし、この魚は絶対に釣り上げたいと心底思ったから、ここで深追いするのはやめようと。いま徹底的に叩いてしまうよりは、日をあらためて挑んだ方が口を使わせられる確率が高いと思った」

 再戦に訪れたのは3日後。
 その間の2日は朝駆けもできず、あのイワナのことを考えると気が気じゃなかったが、週末にようやく釣りに行ける時間ができた。
 朝陽が川面の所々に射し込み始め、水面上にわだかまっていたモヤが徐々に晴れていくなか、まだ魚がいてくれることを祈りながらポイントへと向かった。
 ルアーは前回と同じく蝦夷50SタイプⅡ。複雑な流れのなかでも安定した姿勢で小刻みにヒラを打たせられるミノーだ。ヤマメほどきれいにはルアーへバイトしてくれないイワナが相手だから、貴重なワンチャンスを逃さないためにミスなく誘える蝦夷50SタイプⅡを選んだ。
「でかいイワナって、それまで全く無反応でも何かの拍子に、いきなりドンッと派手に食ってくるよね」
 およそ10投目、ルアーのきらめきに対するイライラが募った結果か、イメージどおりにまさにドンッ!とそのイワナがミノーを食った。
 ヒットしたイワナはゴツイ体を目いっぱい使い、猛烈なファイトを繰り広げた。
「こんなに強いイワナのファイトは初めてかもしれない。正直、ビックリした。始めは元のエグレにグングンと強引に戻ろうとして、それをバットパワーで耐え凌いだら、今度は流れに乗りながら底に突っ込んで、ガッツン!ガッツン!と猛烈に頭を振り始めてさ、その後はまるでドリルみたいな凄まじいローリングをかまされたよ(笑)。ほんと、すごいアグレッシブなパワーに興奮した」
 それでも魚をなだめながら少しずつ体力を奪っていき、イワナの動きが鈍くなってきたのを見計らってタイミングよくネットにすくった。
 大祐が心に思い描いていた通りの、オスの極太のイワナが河原に横たわった。
 サイズは44cm。艶々とした美しい体色、いかつい顔つき、分厚くて盛り上がった背中。自然が作り出した完璧な造形に息をのんだ。
「サイズよりも、どんな容姿の魚だったのか。やっぱりその部分は大切にしていきたいなと改めて感じさせてくれるイワナだった。魚の質を求めれば求めるほど釣りは難しくなっちゃうけど、今回のイワナみたいに体高と太さがあって、華やかな体色をしたイワナが好きだし、これからも魅力的な力強いイワナを追い求めていきたいね」
 















「渇水の週末」 伊藤大祐 
2011年8月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS
lure:Bowie 50 proto model /ITO.CRAFT



「これは厳しいな」
 大変な暑さが続いていた昨年の夏、その真っ只中。伊藤大祐は週末の渓流を釣り歩いていた。しばらく雨らしい雨が降っていないので、川は激しく渇水している。釣るべきポイントのないチャラ瀬が続いた後のようやく現れたカーブのエグレでも、いいサイズのヤマメはなかなかヤル気を見せてくれない。あまりの暑さと渇水で、この川のヤマメ達もだいぶ参っている様子だ。
 しかし、魚はいる。末期的に水が枯れでもしないかぎり、きっと用心深く成長してきた尺超えのツワモノが、どこかの懐に身を隠して無言を貫き通している。そいつを誘い出し、口を使わせることができたらこの週末の釣りは満足だ。美しく精悍な尺ヤマメを思い浮かべながら、タオルで汗を拭いつつ渇水の川をさらに釣り上がっていった。

 川全体が減水しているぶん、ポイントの数が少なくそれぞれの規模も小さくなっている。狙うべき懐は一目瞭然だが、それだけ集中的に釣り人のプレッシャーにさらされているのも間違いない。
「こういう状況でこそ、バルサだよね」
 この日は大祐自身が開発を手掛けているボウイ50の、プロトの「2号機」を使った。背中のハンプバックした薄型のトゥイッチングミノーで、バルサならではの立ち上がりの速さ、軽快なレスポンスを突き詰めたヒラ打ちアクションが、より細やかな誘いを可能にしたモデル。飛距離も含めバルサミノーに問われるあらゆる性能を、タフな状況の中で確かめたいという意図もこの週末にはあった。
 ポイント自体のトレース距離が短いうえに、ヤマメのスレや活性的にもきっと長い距離は追わない状況だからこそ、同じ距離内でより多くの誘いを決められ、微妙なアクションのニュアンスも釣り人の意のままに表現できる性能が浮き彫りとなって現れてくる。また釣果の話だけでなく、そんな高いレスポンス性能を持つミノーを操って、自在に誘いを演出するテクニカルな面白さが、渇水時の小さなポイントには文字通り凝縮しているとも言えるだろう。

 後ろから眺めていても、ロッドワークに対して機敏にヒラを打つ反応の鋭さと、そのミノーが放つフラッシングを思い通りに操作する楽しさは手に取るように伝わってきた。目に付くポイントを手際よく打ちながらどんどんと上流を目指す。
 そうして汗まみれの半日が過ぎ、昼を回った頃。気配の薄い川を釣りながらも大祐がずっと頭に描いていた尺ヤマメとの攻防のイメージが、遂にガチッとはまった。
「これだけ渇水して、人に叩かれて魚もスレてるから、いいヤマメは何かの物陰にぴったり張り付くように身を潜めているだろうし、たとえルアーに反応しても、その1回のチェイスで食わせられないと厳しいと思う」
 この時、その尺ヤマメは、ボサのキワに着いていた。
 キャストも誘いも、一投で決めるべく集中する。もし最初のキャストでルアーをボサに引っ掛けたり、中途半端にショートして魚に警戒されたらそれでゲームオーバー。次のリカバリーキャストがどんなに上手く決まっても、釣れる可能性は限りなく低い。今日のヤマメはそれくらい神経質だ。
 ヤマメに気付かれない距離からバルサミノーをキャストし、糸フケを作らずボサのキワへピタリと落とした。間をおかずキラッと鋭くヒラを打たせながらレンジを落とす。シビアな状況だから余計、魚の目線に立った釣りを強く意識した。ヤマメの居場所を察知することはもちろんのこと、ルアーを追いやすいラインを始めから想定して釣りを組み立てている。
 ミノーの後ろに、フワッと尺はありそうなヤマメが現れ、チェイスを始めた。大きな胸ビレをぱっと広げミノーとの間合いを計っているヤマメを、トゥイッチでさらに興奮させる。決して見切らせないよう、バルサのレスポンス性能を十二分に引き出して誘いをかける。迫るヤマメの影を視界に見ながら細かく細かく竿先で誘い、ミノーのヒラ打ちひとつを操作してイメージ通りのきらめきを水中に描く。そして、「ここ!」という点でヤマメはミノーに口を使い、水中でギラリと翻った。距離にして約2mの勝負の中に、まばたきするのも惜しいようなヤマメとの熱い駆け引きが詰まっていた。
「夏の渓流は、暑いし、アブは多いし、水がなくて魚も神経質になってるし、ほんと大変なことが多いけど、でもそんな中で、夏のヤマメが見せてくれるルアーを追う一瞬のスピード感、それをぎりぎりのところで誘って食わせる緊張感がたまらない。夏のヤマメ釣りもやっぱり楽しいよね」












「WOOD85がもたらしたもの」 伊藤大祐  
2011年6月1日、秋田県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:LUVIAS 2500 /DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・14g[YMP]/ITO.CRAFT



 2011年は、ついに完成したWOOD85によってサクラマス釣りが大きく進化した年だ。
 伊藤大祐も、フィールドでそれを強く実感したシーズンだった。何より釣りの「楽しさ」が劇的に変わったと言う。
「本当に渓流釣りの感覚でマス釣りが楽しめるようになったよね。今までとは比べものにならないレベルで、ミノーをきめ細かく、点で操作してサクラマスを緻密に誘えるようになった。WOOD85を渓流ミノーに例えると、蝦夷50S 1stタイプⅡとバルサ蝦夷を融合させた感じだから、渓流釣りにハマってる人ならきっとこの楽しさが分かると思う。ひと口にヒラ打ちと言っても、泳ぎの振り幅やテンポによって、いろんな泳ぎを自在に演出できる。しっかり水を噛みながらも引き抵抗はそれほど強くなくて、水を切りつつスムーズにヒラを打ってる様子が手元に伝わってくる。ウォブとロールの絶妙なバランスだよね。ミノーの泳ぎが視界に入ると、その1m後ろにマスがいるんじゃないかっていう気になるし、これだけレスポンスがいいと泳がせてるだけで楽しい」
 では、泳ぎと同様に重要視される飛距離についてはどうだろう。
「キャストする時に、固定重心のミノーだからこそ余計に意識してることがあって、それはロッドのバットまできちんと乗せて、ブランクの反発力を十分に引き出してあげること。ベリーに乗せただけのキャストとはやっぱり飛距離が全然違うからね。バットにしっかりパワーを溜め込んで投げれば、とんでもなく飛ぶ。当然スプーンよりは飛ばないけど、9cmクラスのプラスチックより飛距離を稼げる。固定重心の、しかもウッド製ミノーで、重心移動のプラを凌ぐこの飛距離はスゴイと思う」
 
 6月1日、秋田サクラマス解禁日。
 朝一、WOOD85の14gをスナップにセットした。
 狙いを付けたのはとある深瀬。流芯は対岸のキワを走っている。解禁日のヒリヒリとした緊張感に包まれながら、その流芯目がけWOOD85をフルキャストした。
 着水後はあまりフォールさせずにリトリーブを始め、ヒラ打ちは小刻みに、ミノーの振り幅を抑え気味にしたナチュラルな泳ぎを演出。この時彼が意図したのは、いいポイントだけに一本で終わらせないこと。そのために最初はあえてアピール力を控え目にしたのだった。
 一本目はすぐに来た。1年振りに味わうサクラマスの引きを楽しみながらも、ポイントを荒らさないように手早く取り込む。ちょっと小振りだが、とりあえずサクラマスと出会えたことに安堵し、フッと心が軽くなった。サイズに関わらず、やはりこの魚との出会いはいつだって特別な瞬間なのだ。

 ポイントの選択は間違っていない。きっとまだいるはずだ。それに今日は解禁日である。さらに期待に胸を膨らませ、二本目を狙う。これぞ本流の王者といった風格ある一本が欲しい。
 ルアーは同じWOOD85の14gだが、今度はアップクロスにキャストし、対岸のキワに沿ってドリフトさせながらのヒラ打ちで誘った。さっきよりもミノーの背中を大きく倒す、アピール力の強いハードなヒラ打ちだ。低重心で、なお且つボディの背中に大きな浮力を持つミノーだからこそ、綺麗に姿勢を保ちながらドリフトでヒラを打たせることができる。
 ミノーをドリフトさせた先に、ぽつんとテトラが沈んでいた。平水時は水面のヨレにも表れていない沈みテトラだが、実はこれがこのポイントの核心のひとつで、前年の渇水時、偶然そのテトラの存在を知ってからずっと気になっていたのだ。
 ヒラ打ちの間隔を広めに取りながらWOOD85を沈みテトラまで送り込み、ちょうどテトラをかすめる辺りで突然、切り返しの速いヒラ打ちに移行した。ドリフトを止め、ミノーをその場に留めるようにして激しくぎらつかせる。
「ヒットしたのは、その10投目位だね。『ガッ!グォンッ!』と一本目とは全く違うアタリだった」
 一本目のやり取りで若干魚が警戒していたことも考えられるし、解禁日でも口を使いづらいサクラマスは確かにいる。そんな魚の本能にもスイッチを入れる確率の高いルアーがWOOD85だ。
 腰を軸にして、全身の瞬発的なバネでアワセを入れる。体が自然に反応し、一発でフッキングを決めた。
 ロッドにグンッ、グンッ、グンッと何度も魚の力強いトルクが伝わる。明らかに60オーバーの重みだ。やっぱりいたか!という喜びと、本当にいたのかという気持ち、いろいろな感情がぶわっと一気に湧き起こる、この瞬間がたまらないのだ。心臓は久しぶりのバクバク状態。「あははははっ。これこれ。やっばいねえ~!」と独り言が出る。やり取りに集中しながらも、ロッドのしなりを見てはつい顔がニヤけてしまう。無事ランディングしてこその魚だけれど、ネットにすくってしまうのも何だか悲しいくらい、そのサクラマスのファイトに魅了されていた。
 1秒でも長くこの引きを味わっていたい。けれど、早く魚を見たい。
「このマスをランディングした瞬間、小さくガッツポーズしちゃった(笑)。マスの表情、瞳を見てるとさ、逞しい野生の力を感じる。危険に溢れた自然環境の中で、数々の勝負に勝ってここまでやって来たっていうね。先を見つめてるような険しい表情に、すごく魅力を感じるんだよね。自分も野生に帰れそうな気持ちになってくる。やっぱりマスは最高だね」


【付記】
WOOD85がもたらしたマス釣りの楽しさは、まさに革命的なものだと思います。僕なんかは、ギラギラとヒラを打つWOOD85を見てると、何だか釣りが突然上手くなったような錯覚に陥るほどでこんなサクラマスミノーは初めてです。来る2012年もきっと各地で活躍することでしょうし、WOOD85に続くウッド製ミノーの新たな展開も密かに楽しみにしています。















「バルサの新しい波」 伊藤大祐  
2010年9月11日、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Balsa Emishi 50S[ITS]/ITO.CRAFT



 イトウクラフトのバルサミノーに新しい波が起きようとしている。
 そのひとつのきっかけに、記念品として作られたBowie63Sがある。
 Bowie63Sの開発経緯を開発者の伊藤大祐にたずねた。
「日々、釣りを模索していく中で、もっとこういう性能があれば面白いなと自分なりに考えてきました。その中のひとつの思いを形にしたのがBowie63Sでした」
 超薄型のフラットボディ形状で、泳ぎの性能については、アップストリームでのヒラの打たせやすさを重視しながら、サイド、ダウンの釣りではミディアムディープに近い層でバランスを崩さずにヒラを打たせられるセッティングを施している。
「いつも頭にあるのは、やっぱり移動距離の短いヒラ打ち展開。Bowie63Sの一番の特徴は流れの中でステイさせられる『間』を作れること。そして、複雑な流れの中でヒラを打たせた直後もバランスを崩さずに瞬時に次のヒラ打ちに移行しやすくしてあるにも関わらず、ウォブリングを強めていることでアップストリームでもスローに引くことができて、しっかりとブレーキを利かせながらヒラを打ちまくれる」
 こうしたボディ形状、泳ぎを実現するには、やはりバルサ素材の特性が大きかったという。バルサ特有の浮力が高速の立ち上がりと最良のレスポンスを生み、インジェクションミノーとは全く異なるバランスを作り出す。
「バルサは許容範囲が広いというか、泳ぎに関して失敗の少ない素材だとは思います。でも、詰めれば詰めるほど、より優れたものが生まれるという無限大の可能性を感じます。もちろんプラスチックもセッティング次第で性能の優劣は大きく生じますが、泳ぎの限界値がバルサはずっと高い所にある。そこがバルサ素材の魅力ですね。ただバルサミノーを製作するにあたっては難しさもあって、そのひとつに精度の問題がありました。様々なことを経験し見直してきた。苦労続きの毎日でした…(泣)」
 そして現在、記念品としてではなく一般の製品としてリリースされるBowie63Sの兄弟ミノーの開発が進んでいる。発売予定は2012年。デザイン、サイズ、カラーリング、性能といった詳細は後ほど改めて紹介する。


 昨年9月のこと。
 バルサ蝦夷に二本の素晴らしいヤマメがヒットした。一本目のヤマメ36cmはすでにウェブサイトに掲載しているが、その約一週間後、バルサの泳ぎにまたもや驚くべき魚が反応した。
 最近はどこの川も似たような状況だが、その日訪れた川もいいヤマメを狙って多くの釣り人がやって来る。しかし、早々に抜かれてしまった魚もいれば、学習能力が高く警戒心の強い個体はどこかにじっと息を潜めている。ハリの付いたエサやルアーに決して惑わされず、限られた流れの中でたくましく成長した居着きの物凄いヤマメがいる。それが釣りたい。
 何事もなく朝マズメが過ぎ、すでに日が高く上っていた。
 直線的に走ってきた瀬の流れが、対岸に当たりながら緩やかなカーブを描き、絞られている。絞りの幅は1.5mほどで太い流れが下流へ続いている。アップストリームで釣るのは無理がある流れだった。たとえ魚に追わせるができても、誘う距離が短い上にこの押しの中では中途半端に食わせてバラしてしまう可能性が明らかに高かった。だからこの時、彼は5cmのバルサ蝦夷をアップクロスで対岸に打ち込み、流れに乗せながらドリフト気味にミノーを送り込んで、きっとヤマメが着いているだろうスポットでブレーキを利かせた。筋を外さずにその場で溜めを作りながら、ダウンクロスの角度で起き上がりの速い派手なヒラ打ちを連続して繰り出す。するとおよそ10投目。トゥイッチするロッドがどんっと押さえ込まれた瞬間、ヒットした魚が流芯のど真ん中で2回3回と大きく頭を振った。その抵抗をブランクのトルクで耐えしのぐ。普段ほとんど鳴ることのないドラグが、ジッ、ジッと鳴り、水中でギラッとひるがえった魚体の幅に胸が高ぶった。慎重にリールを巻きながら魚に少しずつ近づいていくと、あと2mの所でまた下流の深瀬へ突っ込んでいく。しかしこのやり取りが2分ほど続いたあと、バルサ蝦夷をくわえたヤマメはついにネットに収まったのだった。
 この近辺の懐で、どれだけ長い時間を生き抜いてきたヤマメなのだろう。百戦錬磨の魚とはまさにこういうヤマメのことを言うのだと思う。
「体高もスゴイけど、背中から見た時の太さ、ゴツさが半端じゃなかった。触れてみた時にビックリしたよ。全身が筋肉質でね。押しの強い流れに鍛えられて、この肉体を手に入れたんだろうか…。筋トレの好きなヤマメだったのかな(笑)。こういうヤマメ、大好きだなぁ。久しぶりにアドレナリンが出て、最高の勝負ができた。やり取りしている時間も幸せだった」
 ぱっと見ると40cmもありそうに見えたが、メジャーを当てると37cm。サイズを勘違いするほど見事なプロポーションの持ち主だった。顔付きの鋭い雄で、尖った鼻先から背中へと続くライン、盛り上がりに目を奪われる。全部のヒレが分厚く、尾ビレの付け根の太さが力強い泳力とスタミナを物語っている。パーマークもはっきりと浮かんでいる。すべてを凝縮したような完璧な魚体だった。こんなヤマメを釣りたいと思い描いていた通りの魚が、目の前に横たわっていた。
「バルサだから釣れたのか、それを言い切るのは難しいですけど、大事なことはやっぱり、何が効果を発揮し、釣れる確率を高めたのか?ということだと思う。その意味ではバルサの可能性を改めて実感したし、またこの時の釣りで、新しいバルサミノーのヒントも見えましたね」
 このヤマメの先に、バルサの新たな可能性が広がっていた。


【付記】
仕事柄、40cmを超えるヤマメは数々見てきましたが、メジャーの数字だけではその一尾の本当の価値は語れません。だからヤマメが好きです。たとえば体形、顔つき、色、雰囲気、すべてが奇跡的に調和した時、ぞくぞくするような魚のインパクトに全身がシビれます。今回のヤマメがまさにそうだったように。
そしてさらに今シーズン、ニューモデルのプロトでもいいヤマメが出ているので、そちらも後ほど紹介したいと思います。どうぞお楽しみに。


 













「日々、開拓」 伊藤大祐  
2010年9月3日、岩手県
写真と文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 33/ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Balsa Emishi 50S[ITS]/ITO.CRAFT



 夜明けを合図に斜面をくだる。一切の無駄を省いてスピーディーに川を歩き、手返し良くミノーを弾き飛ばしていく。タイムリミットは、ケータイのアラーム音が鳴るまでの2時間半。それが鳴ったら大急ぎで仕事へ引き返す。そんな忙しない朝駆けの釣りと、川を開拓することについて。今年9月初旬、伊藤大祐が手にした36cmのヤマメの話。

―― 朝駆けのときは、必ずケータイのアラームをセットしてるよね。

大祐 うん。夢中になるとつい時間を忘れちゃうし、かと言って時計をちらちら気にしながらやっても釣りに集中できないから。ここで引き返さないとヤバイっていう時間を、きちんと計算してセットしてる。それと朝駆けの必需品と言えば、強強打破(笑)。

―― ああ、眠気覚まし用のドリンクね。そういえば車のゴミ箱によく空き瓶が入ってたもんね。それじゃあ本題というか、まずはこの川についてだけれど。

大祐 ここは去年も一昨年もやってはいたけど、自分なりに本格的に開拓しようと朝駆けで通い詰めたのは今年が初めて。魚の性質も含めて、この川を理解したい、極めたいと思って、水のいい日はもちろん、渇水して条件の悪いような日も、だいぶ通った。8月に釣ったギリギリ尺のヤマメがすごく太くて、そのヤマメの特徴が魅力的だったのも通うきっかけになったと思う。もっとスゴイのがいるんじゃないかって、さらに欲が出た。

―― 開拓と言っても、今や釣り人のいない未開の釣り場なんてまずないし、他にもこの川を攻めてる人はいるわけだよね。情報を得るだけなら、自分で歩く以外にも方法はあると思うけど。

大祐 それはやっぱり、ナシなんだよね。どこそこにいいポイントがあるよって人から聞いて、それで行って釣れても、心の底からは満足できないものだと思う。せっかく釣っても自分で釣った感がないっていうか。達成感がない。ようは自分が本当に満足できるか、納得できるかが大事だから。みんなが知っている川だけど、そこは何も触れないで、自分のなかだけでストーリーを組み立てて、釣りを完成させたい。それに今はもう、一級ポイントを知ってるだけでは釣れないよね。下流にどれくらいの淵があるのかとか、上流はどうなってるのかとか、支流からどれくらい水が出てて、雨が降るとどうなるのかとか、川全体のことを理解してやってる人のほうが、やっぱり釣るよね。そういう人になりたい。

―― 渇水時も足を運んだっていうのは、川をより深く知る意味で?

大祐 そう。単純に水が少なければ、川底の様子や底波の走り方も分かりやすいし、この水位から10cm、20cm水が増えたらここに着くな、とかね。次に繋がる。渇水してるからこそ分かることってあるし、川を知るチャンスでもあると思う。

―― もう調査目的だね。

大祐 釣りたい気持ちも当然あるけどね。水がないときは余計に開拓心のほうが強いかな。粘ることもないし。ヒラを打たせるピッチの細かさを調節して、魚の反応を見るだけとか。魚がいることを確認できれば、それでOK。そういう状況で掛けても獲るのは難しいなっていうのは頭にあるからね。ケース・バイ・ケースではあるけど、掛けたい気持ちをぐっと抑えるっていうか。ただ、この川に限らず、自分の場合は本当の意味で知ってる川はまだまだ少ないし、常に開拓、調査っていう意識は強いよね。川だって大水が出たりして1年でガラっと変わることもあるから。

―― 朝駆けの釣りと丸一日の釣りでも、釣りのスタイルは変わると思うけど。

大祐 朝駆けのときはほんとに時間がないからね。すべての行動をハイギアに(笑)。ルアーも、大まかな水深、流れ、その日の水量とかに合わせて1つ選んだら、ほとんどそれで通す。

―― というと、朝駆けのほうが粘らない?

大祐 それがそうとも言えないんだよね。そこはもう、昔から直感で。ここで粘ったほうがいいよとか、ここは粘んなくていいよとか、そういうのが自分のなかにあってそれに従う。このヤマメもそうやって粘って釣れた。基本的に1投、2投で切り上げるということはまずないよね。

―― 粘らないと出てこない魚を釣りたいっていうか。

大祐 うん、そう考えたほうが、ゲーム性があって自分は面白いと思う。

―― で、当日の話だけど、このときは探りの釣りじゃなく、始めから本気で掛ける釣りだったよね。

大祐 そうだね。とにかく魚がスレてるし、攻め方としては1つのポイントでもあちこちに投げるんじゃなくて、狙った1つの筋を正確に何度も通す。魚をあおるような、挑発するようなアクションで、攻撃的にミノーを操るイメージ。

―― そこをもうちょっと具体的に聞きたい(笑)。

大祐 いつも意識してるのは、その流れで、そのトレースラインのなかで、ミノーに何回ヒラを打たせられるか?ということで、魚を意識しながらも、そういうゲーム感覚が気持ちのなかにあるんだよね。自分はどれだけやれるのか、っていう。短い距離で、より多くヒラを打たせたい。きちっとミノーの背中を倒して、ちゃんと左右交互にヒラを打たせられてるか。右右とか、左左って行ったらそのぶんロスが生まれるし、細かいピッチで刻めなくなる。そういうことを考えながら釣りしてる。

―― あのときは、いったん粘ったポイントを見切って、その後またそこに戻ったよね。

大祐 上流の別のポイントを攻めてるときに、なんか引きずるものがあったんだよね。引っ張られるっていうか。だからそのポイントに戻って、さっきと同じ筋をまた通し続けた。

―― そういうことって、よくあるの?

大祐 ないことはない。あらかじめその可能性も考えて、釣り上がるときはざぶざぶ川を渡ることはないし、なるべくポイントにプレッシャーを掛けないよう静かに通り過ぎるよね、いつも。次のために。

―― ポイント的には、岸に当たった流れがほぼ直角に曲がって、押しの強い流芯と、脇の巻き返し、そのちょうど間にある筋をアップでしつこく攻めてたよね。

大祐 うん。チェイスが見えたのはそこから5mくらい下手なんだけど、その辺りは流れもなくてヤマメが着く場所じゃないから、きっとその筋から追ってきたんだと思う。

―― 狙い通りというか、勘が働いた通り、だね。

大祐 ただ、魚の追い方は微妙だったでしょ? 明らかに何かを疑っているような感じで、スピード感もないし、ここで勝負していいものか迷ったの。でも、ゆっくり引いてきたバルサ蝦夷をさらに減速させて、一瞬止めるようにしてタタンっと左右に1回ずつヒラを打たせたときに、ぐんっとヤマメが加速するのが見えた。とっさに、ここで食わせなきゃ!と思ってすぐにもう一度止めて、タタンっとヒラを打たせたらさらに突っ込んできて、最後にトンっと軽くミノーを倒したときに、反転しながらくわえてった。その反転した瞬間だね、コイツはふてえ!って思ったの。

―― 確かにこのヤマメは太かった。36cmというサイズもリッパだけど、完全にそれ以上の風格があった。がっしりと筋肉質で、背中の盛り上がり方も半端じゃなかったよね。

大祐 自分のなかで、ひとつの理想形ではあったよね。こういうのがあるから止められないんだよね。釣りしてると、くじけそうになるときも絶対あるでしょ。でも、頑張ってよかったなあとか、怠けなくてよかったなあとか、そんなことを考えてたら、達成感がわいてきた。自分なりの開拓が報われたし、さらに次に繋がる、希望を持たせてくれるヤマメだった。

 そして、この一週間後、開拓と朝駆けがまたも実を結び、さらに素晴らしい雄のヤマメがネットに収まったのだった。その紹介はまた後ほど。
 












「6分の1」 伊藤大祐 
2009年6月1日、秋田県
写真と文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Certate 3000/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
lure:Yamai 95S[AU]/ITO.CRAFT
 

1.
 岩手県雫石に暮らし、繊細な手仕事に日々せっせと励む伊藤大祐は渓流のヤマメ釣りが何よりも好きで、シーズン中は多くの週末を捧げている釣り人だ。その彼が今年初めて6月1日の秋田サクラマス解禁に臨み、そして、玉川の河原にほろ苦い思い出を残した。
 5月31日の午後3時過ぎ、橋から流れの様子をうかがう。今年の解禁日は平日で、朝の始業時間までに会社へ戻るためには玉川以外の選択肢は思いつかなかったし、距離のある下流域も捨て、なるべく雫石に近い中流のポイントをいくつか見て回った。
 ぱっと川を見て、「なんかゾクゾクした」と言う。確かに、川のコンディションはすこぶるいい。ヤマメ的にみて、少なからず多からずの水は魚の活性の高さを保証してくれている、ように思えた。これは朝の1投目から来ちゃうかもしれない……、と想像すると期待と興奮で息苦しくなった。
 経験あるベテラン釣り師に言わせれば、すでに釣りは始まっているわけだけれど、釣り人としての直感とヤマメ釣りの経験をもとに目の前の川を解いた結果、とあるポイントのとある立ち位置にわずか数時間の、初めての秋田解禁を賭けることにする。
 その夜は意識が冴えまくって全く眠れなかった。仕方なく、友達に電話を掛けたりして時間を潰した。

2.
 夜が明けて6月1日。同じサクラマス釣りでも、解禁日の緊張感はやはり特別だ。
 薄暗い河原に立ち、先客1名を横目にもう少しだけ明るくなるのを待っていると、1人、2人、3人……とロッドを手にした釣り人が続々と河原に降りてくるのが見えたが、目をつけていた立ち位置は確保しているので、まずは自分の釣りに集中する。
 そこは長さのあるトロ瀬で、最後に川底がカケアガってその先はさらっとした流れが浅く広がっていくのだが、前日の下見で特に魅力的に感じられたのは、そのカケアガリだった。
 1投目。山夷95シンキングを、ブロックが並ぶ対岸のキワへ静かに着水させ、そのキワをなぞるようにドリフト気味に流していく。ミノーをしっかりと沈ませて、狙いのカケアガリに差し掛かったところで止める。そして、ジャークで跳ね上げるようにアクションさせる。跳ね上げたら落とし、また跳ね上げて、落とす。もちろん、ルアーがディープ系のプラグではなくショートリップのシンキングミノーであることには、ロッドワークによって激しくフラッシングさせるにしても、また必要なタナまで沈ませるにしても、それぞれに要するミノーの横方向への移動距離を最短に留めることで、狙うライン上、つまりカケアガリの上にミノーをできるだけ長く止めておきたいという意図があったわけだが、ミノーがカケアガリに差し掛かってすぐ、ゴンっ、と魚の重みが乗った。
 下見の段階で彼の頭に浮かんだ推理は、結果的に、このポイントの核心をこれ以上ない精度で突いていた。けれど、実は重大な問題も隠れていた。
 問題は、彼の装備のひとつにあった。

3.
「そのカケアガリには5本も6本も着いていると思ったから、なるべく暴れさせないように、静かに静かに寄せてこようと思って…。そこまでは上手くいったんだけどなぁ」
 やはり、1本では終わらなかった。5本だ。信じられないことに5本のサクラマスが、まるで絵に描いたように、彼ひとりのミノーへ次々とアタックしたのだ。
 フッキングは確かに決まった。場荒れを最小限に抑えつつ、ヒットしたサクラマスを足元まで寄せることもできた。上手く事が進んでいるように思われたが、その後が悲惨だった。冗談ではなく、悪い夢でも見ているような光景だった。
 手を差し出せば届く距離で、銀の魚体がユラユラしている。心臓は破裂寸前だ。ランディングの瞬間。左手でインスタネットのグリップを握り、ケースから引き抜く。そして、玉川の重い流れにバネ板のフレームを差し込んだところで、あれ?と思った。一瞬、頭が真っ白になった。
 そう、彼はインスタネットを腰に下げていた。それもずいぶんと年季の入ったやつ……。
 これまでサクラマス釣りの経験といえば、知人に誘われて何度か行ったことはある、という程度であったし、彼にはサクラマス用のランディングネットを購入する余裕もなかった。だから、秋田へ出発する直前、家で偶然見つけたこのインスタネットを彼は躊躇なく手に取り、車に積んだ。あとで聞いたところによると、持ち出したネットは25年ほど前に伊藤秀輝が購入し実際に愛用していたものだそうで、まさかそれが悲劇を招こうとは誰も想像していない。
 インスタネットの、あの金属製のぺなぺなのフレームはもともと流れに弱い。そのうえ、長年使い込まれたことによりフレーム素材の復元力が失われ、とても本流のサクラマスと対等に渡り合えるシロモノではなくなっていたことに、その瞬間になって初めて気づいたのだった。
「流れに入れると、フレームがグニャンってなって、サクラマスが入る隙間なんて全然ないの。何回やっても、どうやってもダメ。流れも強かったしね。1本目、2本目は、まだ余裕もあったんだけど、3本目以降は、もう消えてなくなりたい、皆さんこっちを見ないで……ていう感じ(笑)」
 釣り人がまごまごしている隙に、サクラマスは口に深く突き刺さっていたはずの針から逃れ、流れへと帰っていった。5本すべて同じパターンである。川が腰の位置に来るまで立ち込んでいたし、左右は同じく立ち込んでいる別の釣り人に挟まれていた。河原も遠い。身動きが取れず、どうしてもネットで掬わなければいけない状況だったのも不運のひとつだった。
 その間、周りで釣れている様子はなく、彼だけが掛けては掬い損ねてを繰り返していた。まるでヤマメ釣りのような賑やかさだったが、条件が揃って読みがハマれば、サクラマスもこうなるのだという貴重な体験を彼はした。
 気持ちを立て直して、また重い流れに立ち込んでいく。こうなったら是が非でも釣りたくなった、というより、釣らなければならなくなった1匹のサクラマスに向けて、じっと集中を高める。きっと時合いだったのだろう、釣りを再開して間もなく、上流の釣り人が1本掛けた。
 そして午前6時、(もう何が起きても驚かないが)朝イチから使い続けている山夷のアユカラーに、カケアガリの6本目のサクラマスがヒットした。ファーストテーパーのロッドがサクラマスのトルクを捉える。流れに乗った魚の重みが、腕にズシリと伝わった。最後はどうにかこうにかネットにねじ込んで、ついにその魚体を掬い上げた。
 でっぷりと重量感のある、パワフルで逞しいサクラマスをじっと眺めていると、一部始終を見ていたらしいひとりの釣り人が近寄ってきて、優しく祝福してくれた。握手を交わし、ようやく嬉しさがじわじわと込み上げてくる。
「不完全燃焼ですよ、やっぱり。せめて半分、6本の内、3本でも獲れていればまた気持ち的にはちょっと違ったよなぁ、とは思う。だって、来年はアタリすらないかもしれないんだし」
 初めての秋田解禁はこうして幕を閉じたのだった。

4.
 さて、6分の1の満足と、6分の5の悔しさを抱えながら仕事場へと戻っていった大祐だが、いま現在、彼が取り掛かっている仕事について少し触れておこう。
 11月下旬現在、イトウクラフトのルアー部門では来る2010年のシーズンに向け、サクラマス用のミノーおよびスプーンの製作が進められており、その中でのひとつのニュースとして、ミノー5色、スプーン6色のニューカラーがそれぞれのチャートに加わることが決まっている。
 ルアーにしろロッドにしろ、全体の指揮を取り、また最終的な決定を下すのは無論社長である伊藤秀輝だが、今回のニューカラーに関して言うとそのアイディア、色の選択や組み合わせは大祐の仕事に依るところが大きい。
「自分の欲しい色、好きな色を塗った感じです。例えば、紫と言ってもいろんな紫があると思うけど、自分にとっての紫はコレ、みたいな。他にもやりたいことはあるんだけど、自分だけじゃなくて、ここで働いている他の人たちにも同一のクオリティーで塗れるカラーリングを今回は選びました」
 スプーンにはアユカラーも追加されている。玉川で6本のサクラマスを立て続けにバイトに持ち込んだ思い入れのあるカラーを、スプーンに吹いた。
 この先イトウクラフトが展開していくアイテムの中にこれまでとは違う新しい「何か」を感じることがあるかもしれない。きっとその影には彼の仕事がある。高みを目指す若きクラフトマンの手仕事にぜひ注目してほしい。








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