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FROM FIELD TOP>小沢勇人 Hayato Ozawa
PROFILE
おざわはやと。 長野県茅野市在住のトラウトアングラー。見るものに凄みを感じさせる刺激的な魚を追って、広大な本流域から小渓流まで、シーズンを通して戦略的に釣り歩いている。鋭い読みと現場で鍛えた技術で素晴らしい魚達と出会っている。ヤマメも好きだが、やはり少年時代からの遊び相手であるアマゴに対してはこだわりが強い。1966年生まれ。
 

「本アマゴへの旅」小沢勇人


文=丹 律章
写真=小沢隼人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Cast Away PE 0.8/SUNLINE
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S/ITO.CRAFT


朱点のある魚

「赤い点が無いと物足りないんです」
 そう小沢隼人は言う。
 赤い点とは、アマゴの体に散りばめられている朱点のことだ。
 岩手で生まれて東北で釣りを覚えた僕にとっては、できればあの赤い点はない方がいい。無い方が自然に思える。つまり、アマゴよりもヤマメの方が慣れ親しんだ魚であり、平たく言えば好きなのだ。
 しかし、小沢は朱点が無いと物足りないという。育った環境が違うのだから違うのは当たり前で、ヤマメやアマゴよりもイワナが好きな人もいるだろうし、北海道民ならばニジマスが一番かもしれない。
 小沢の故郷は長野の茅野である。
 長野には、日本海へ流れる犀川(信濃川の支流)もあって、日本海側の川のネイティブはアマゴではなくヤマメなので、ヤマメにも近い環境にあるのだが、茅野周辺は太平洋へ注ぐ天竜川の上流部にあたり、太平洋側の河川は神奈川県の小田原に河口がある酒匂川を境に、東がヤマメ、西がアマゴと棲み分けがなされているので、静岡の浜松の東に河口がある天竜川水系はアマゴの川ということになる。
「子供の頃、近所の川にアマゴがいたんです。釣りを覚えたのは小学校3、4年でしょうか。最初はもちろんエサ釣りです。ヤスで突いたり、網ですくったりという遊びもしていましたね」
 時代的な背景を考えると、その時のターゲットであるアマゴが、天然の種類である可能性は高い。だが、もちろんその時の小沢少年は、それが天然ものか放流の魚かという次元でアマゴを認識してはいない。天然、本アマゴという概念を得るのはもっと後のことになる。


本ヤマメと本アマゴ

 天竜川の源流部にあたる小沢のホームリバーは2月16日が解禁だが、その時期は水温が低くてまだ釣りにならないという。
「実質的には4月下旬くらいがスタートで、5月中は本流の釣りがメインになります。6月から渓流域の釣りを始めて、6月下旬からが渓流の本番。標高が高いので真夏でも釣りになって、9月いっぱいハイシーズンが続きます」
 8月のお盆前くらいから9月にかけては、アマゴのサイズも上がり、なにより魚も狡猾になってくるので、より難しく、奥深いゲームが楽しめるという。
「難しいから好きという部分は少なからずあります。自分でこうやったからこそ釣れたんだという満足感を得られるのが、この釣りのいいところです」
 現在小沢が狙っているのは、天然のアマゴ、つまり本アマゴだ。しかし、以前はそうではなかった。サイズを求めて本流へ通っていた時期もあった。
「24、25の頃は、とにかくでっかいアマゴが釣りたくて、でっかいのを求めるとどうしても本流になるから、そういう釣りばかりしていました」
 転機は20年ほど前。「トラウティスト」という雑誌に掲載された「本ヤマメへの旅」という記事を読んだことだという。
「衝撃的でした……子供の頃に釣り師だった祖父に連れて行ってもらって山奥でアマゴと釣ったことがあるんですが、その時の記憶がよみがえってきて、ああ、あの時のアマゴが、もしかすると本アマゴなのかなと思っちゃったんです。その結果として、本流ででっかいのを狙う釣りから、山奥で本アマゴを探す釣りへと、自分の釣りの方向が変わったんです」
 手前みそになるが、「トラウティスト」は1998年に僕が立ち上げた雑誌で、「本ヤマメへの旅」は伊藤秀輝に協力を得て毎号掲載した人気企画だった。
 放流のヤマメと比較して、色合いやパーマークの形など個性が強く、野性的なヤマメを取り上げた企画であり、パーマークが縦に伸びるトラヤマメや、小さな黒点が異常に多いマダラ、ヒレが金魚のように赤い紅ヤマメなど、企画内で名称をつけて(つまり、正式な呼び名ではない)紹介した。
 僕の記憶では、当時そんな企画は他になかった。だからこそ、読者からの反響もよかった。
「本ヤマメへの旅」という、伊藤と僕が放り投げたボールは、日本全国で多くの人に届いたはずだ。そのうちのひとつが長野に落ちてきて、小沢がしっかりとキャッチしたということなのだろう(その小沢が、今はイトウクラフトのフィールドスタッフとなっているのだから、縁というのは不思議なものである)。
 それ以来、小沢のメインターゲットは本アマゴになり、20年に渡ってその旅は続いている。


獰猛で攻撃的、かつ臆病

「地元の川は、アマゴの川としてはあまり適していないように感じています。上流に行くとすぐイワナの川になってしまうんです」
 茅野は海抜800m程度の場所にあり、町自体の標高が高い(蛇足だが、茅野市役所は日本で一番高い場所にある市役所である)。標高が高いからこそ本流域にもアマゴはいるのだが、小沢が狙うような渓流エリアに入ると、さらに標高がぐっと上がり、落差のあるイワナの渓相になるのだ。
「だから、渓流域でアマゴを狙える区間が短いんです。伊藤さんが住んでいる雫石を訪ねて釣りをしたとき、こういう川がヤマメの川なんだなと実感しましたね」
 長野では、こんなところにもいるの? というくらい、意外な場所にも、街中の本流にもアマゴは生息しているが、本流アマゴは姿かたちが都会的だという。
「それに比べて、山奥のアマゴはグロいんです。それがいいんですよね、力強くて」
 たとえば秋になって、オスアマゴの鼻が曲がってきた個体を比べても、本流のアマゴは猛禽類みたいだが、山のアマゴには爬虫類的な印象を受けるらしい。
 性格も大きく違う。
「本流のアマゴは攻撃性が少なくて、だけどスレが取れるのも早い。だから釣りやすい面がある。それに比べると、山の本アマゴは獰猛で攻撃的なんですが臆病な面もあって、一度警戒心を持ったら、スレが取れるのに時間が掛かります。だからこそ、シーズンが進むにしたがってどんどん釣りが難しくなる。それがまた楽しいんですが……」
 山の本アマゴを狙う小沢は、地元では少数派だ。周囲の釣り人の多くは本流のでかいアマゴを狙っている。
「たまたま俺はこっちに来たけど、サイズ狙いの釣りも全然否定しないし、その楽しさも分かっているつもりです。でも、やはり俺はこっちの魚の方がいい」
 ルアー、フライ、エサ釣り。本流、渓流、源流。釣りのスタイルはそれぞれであり、そのどれにも独特の楽しさがある。小沢はたまたま渓流域の本アマゴに出会って、のめり込んでしまっただけの話だ。
「さらにいえば、天竜川水系ではなく、木曽川の水系で本アマゴ系の魚を釣ったこともありますけど、グロさでは地元の山奥のアマゴの方がグロい。だからこそ貴重だし、大切にしなければと思っています」
 グロテスクなアマゴを捜して山を歩きながら、警戒心の強い魚との駆け引きを楽しむ。それが小沢の釣りであり、彼にとっての本アマゴへの旅なのだ。
「トラウティスト」の「本ヤマメへの旅」と出会ってから20年。そしてそれは、これからも続いていく。











「情熱の結晶」 小沢勇人 
2016年9月、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Cast Away PE 0.8/SUNLINE
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S/ITO.CRAFT



 禁漁も押し迫った9月下旬の、とある日、とある川でのこと。
 昔からよく通っている地元河川のひとつに小沢勇人は入っていた。
 この時期にもなれば、すでに居場所を突き止めている魚を狙いに行くとか、ある程度目星のついた川に時間を費やしたいところだが、そういう意味で言うとあまり期待できる川ではなかった。実際たまに様子を見に行っても、状況は良くないのだ。
「今はどこの川もそうだけど、この川もやっぱり釣り人は多いよ。それに加えて、魚を育てる貴重なプールが水害で埋まってしまったことも大きく響いてるね」
 それでも、いつのシーズンも小沢はこの川のアマゴが気になっていた。聞けばこの水域にアマゴの放流はなく、今も息づいているのは天然種の系統だ。
「ここのアマゴは特にオレンジが強い。ボディはそれほど赤くならないんだけど、各ヒレと朱点に特徴が出る。朱点については、夏まではあまり目立たないあっさりタイプで、婚姻色が出る頃になると、徐々に朱点が際立ってくる。サイズは大きくて27cmとか28cmとか。尺が出れば万々歳の川だよ」
 数字的な大物は狙えないけれど、自分自身が心から満足できる、ワイルドで格好いい居着きのアマゴが釣りたい。だから毎シーズンこの川に足を運んでいる。
「釣り人のプレッシャーが影響して、魚の着き場もちょっと普通じゃない。他の川でも最近はあることだけど、ちょうどいい押しの流芯とかヒラキじゃなく、流れの脇の物陰とかね、そういうエサを取る場所というより、釣り人から少しでも隠れられる所にいる。特に水がクリアな時は、なかなか流れに出てこない。その魚をいかに引っ張り出せるか、だよね」
 その日訪れた千載一遇のチャンスも、まさにそんなシチュエーションだった。

 瀬のざわついた流れが左岸にぶつかっている。岸には柳が被さり、上流から流されてきた木の枝がこんもりと堆積している。ポイント全体の構成、流れ、周囲の状況から、ここは!と思わせる場所だった。
 ブッツケの下流右岸側からキャストしたボウイを、きらきらと細かくヒラを打たせながら左岸寄りの流芯に沿わせて流下させてくる。
 すると、ブッツケのエグレに隠れていたアマゴがミノーを追ったのだ。口を使うには至らず、その魚は元の着き場へと戻って行った。
 小沢の目に映ったアマゴは、この川では珍しいほどの大きさであり、明らかに尺を超えていた。水中でアマゴがUターンする瞬間、ヒレに浮き出た強烈なオレンジが、ぼわっと流れに滲んで見えた。
「これはどうしても手にしたいぞと。その魚にさほど警戒した様子はなく、リラックスした動きで戻ったし、次また来たら食うぞっていう雰囲気だった」
 二投目、さっきと同じコースを通すも、やはりチェイスのみで口は使わない。
 そして三投目、またもやエグレから追ってきたアマゴを見て、小沢はミノーの軌道を微妙に変えた。流芯から右岸側に軌道をずらし、隣の緩い流れにミノーを入れる。そこで、より確実に口を使わせるためのわずかな余裕を作った。そのアマゴはついにボウイのテールフックをくわえたのだった。
「同じコースを続けても釣れたかもしれない。でも、あの時ああしてればなぁ…っていう悔しい経験は今までいっぱいしてきたし、いい魚を手に出来るか、あと一歩のところで釣り逃してしまうか、ほんのちょっとしたことがその分かれ目になったりする。だから、その時のベストな選択は何かを、いつも考えてる」

 小沢は、ネットに収まった素晴らしい迫力の雄アマゴを眺め、そして写真を一枚二枚と撮りながら、胸がジーンと熱くなったと言う。
「俺って、ほんとにアマゴが好きなんだなあってシミジミ思った(笑)」
 もちろん釣り自体の満足感も大きかったけれど、魚そのものに感じる価値が、このアマゴは特別大きかった。こういう魚を釣りたいと思って釣りに行っている。昔見たアマゴの記憶と今の理想にある魚、それを地元の川で釣ることができて最高の幸せだと語った。
 そのアマゴのサイズは34cm。さしてフトコロのない小さな渓流では大物と言っていい魚だが、釣り人を心から喜ばせたのは言うまでもなくその数字ではなかった。
「いかつくて、グロテスクで、顔も大きい。顔だけ見たら完全に30cm後半の魚だよね。地域的に冬の寒さが厳しくて春も遅い。そういう厳しい環境でゆっくりと育った魚だよね。パーマークも濃くて個性的だし、ヒレのオレンジとか、腹のほうが金色に色付いた感じとか、原始的な雰囲気があって、ほんと、たまらないよなぁ(笑)」
 心底好きだからこそ、情熱をずっと燃やし続けてきたからこそ、出会うことのできる魚がいる。その時小沢のネットに収まっていたのは、彼の心そのものだ。













「4年ぶりの再訪」 小沢勇人 
2014年9月
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Cast Away PE 0.8/SUNLINE
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S, Emishi 50S 1st/ITO.CRAFT



 4年ぶりにその渓谷を訪れると、豊かな森の風景は何も変わっていなかった。周囲の山々は相変わらず急峻で、手付かずの濃密な自然が潤沢に残っている。
 しかし、こんな辺境の山奥まで入り込んでも、今や釣り人のいないパラダイスなんて皆無に等しいのだ。それは小沢も重々分かっている。
 前回ここを訪れたのは2010年9月。その時の模様は過去の記事をさかのぼれば出てくるが、そこで小沢が釣り上げたのは、44cmの遡上タイプの大アマゴだった。
「今回は一泊二日の釣行予定で、初日に遡上タイプ、二日目に居着きのアマゴを狙う計画。特に前回は、急に天気が崩れて上流の滝上を攻め切れなかったから、そのエリアをじっくり攻めて居着きを狙いたい」
 他にも行きたい川がたくさんあって、4年の時間が空いたけれど、この川のことはシーズン中、たびたび気になっていた。そう簡単に行ける所でもなくなかなか都合がつかなかったが、ようやく今回再訪する機会が巡ってきたのである。

 初日。まずは滝より下流で、遡上タイプの大物を探す。
 アマゴのタイプによってそれぞれ特徴があり、シビアな状況になるほどケースバイケースの対応が求められるのは当たり前として、その前に、釣りのベースとなる部分をミスなくやり切ること。その意識は常に変わらないと言う。
「アプローチや立ち位置の重要性、あるいは、正確にキャストするとか、着水したルアーを素早く立ち上がらせるとか、ミノーを左右交互に綺麗にヒラ打ちさせるとか、そういう渓流釣りの基本はいつだって大事。その先にさらに奥深い難しさがあるわけだけど、まずはベースがしっかり出来てないと応用もアレンジもきかないからね」
 遡上タイプについて言うと、遡上のタイミングにハマって、まだスレていない状況であれば確かに反応はいい。ただそれでも、そのチャンスをどう生かせるかは釣り人次第である。
「本当にベストな釣りができたかどうかは、単純な釣果では判断できないと思う。攻め方によってはもっと釣れてたかもしれない。その可能性を釣りから帰るたびにいつも考えてる」
 この日は2本の遡上タイプを流れの中に見つけ、どちらも思い描いた通りにボウイに口を使わせた。ミスなく釣れた満足感があった。
「先に魚を見つけて、細かいシナリオとイメージを明確に描いて釣るっていうのは、やっぱり醍醐味のひとつだよね。魚に気配を悟られないギリギリの間合いの緊張感とか、その中で魚の反応をじかに見ながら、ルアーの動きを細かく操作して口を使わせる面白さとか、自分の釣りで『釣った感』が大きい。毎回毎回、ほんと興奮する(笑)」
 小沢が釣り上げたのはどちらもいかつい雄の個体で、サイズは39cmと36cm。明らかに遡上タイプではあるが、パーマークも確認できる。
「自分が釣った印象では、この川の遡上タイプは、マスの血は入ってるんだけど、どちらかと言えばアマゴ寄りの個体が多いと思う。個体差もあるとは言え、遡上タイプらしい迫力を持ちながら、全体の色合い、パーマーク、雰囲気に、アマゴらしさが多く入り混じってる。写真を見て分かる人には分かると思うけど、36cmのほうは特にそう」

 二日目。いよいよ滝を越え、さらに上流を目指す。
 滝を越えると、流れにいるのは釣り人のプレッシャーが蓄積している居着きの個体であるため、人の気配やルアーに対する警戒心をよりハッキリと感じさせられた。同時に、相当数の魚が抜かれていることも想像できた。
 上流へ進むにつれ、次第に流れが薄くなった。蝦夷50Sファーストでテンポよく探っていくと、時折7~8寸のアマゴが神経質な反応を見せながら姿を現す。
 流れが川幅いっぱいにほとんど満遍なく広がるポイントに出た。川底には岩がゴロゴロと転がり、そこかしこがアマゴの着き場になっているが、やはり人為的なプレッシャーが影響しているのだろう、そのアマゴは岸際のボサ下にいた。
 ファーストのヒラ打ちに反応した魚が、ぐわっと水中で動くのが見えた。滝を越えてからは一番のサイズだ。
「このアマゴは何としても釣り上げて、じっくり眺めたいぞと」
 通す筋とミノーのアクションを微調整し慎重に攻め続ける。
 すると、突然スイッチが入ったようにアマゴがミノーをしっかりと追ってきた。アップで釣るには流れが速かったけれど、若干流れの押しが弱まるスポットまでミノーの後に付かせ、そこで抜かりなく口を使わせた。
 念願だったこの谷の、美しい居着きの尺アマゴが小沢のネットに収まった。
「前日に釣った遡上タイプに比べれば、迫力やサイズでは劣るけど、でもやっぱり、魚の価値ってそれだけじゃないなって改めて思わされる魚だった」
 濃紺のパーマークが鮮やかに浮かんでいる。きめの細かいアイボリーの肌が空気に触れるにつれ、はかなく黒ずんでいく。釣り上げた瞬間は、まさに宝石の輝きに包まれていた。
「この谷のアマゴは、ほぼ間違いなくネイティブ。そういう意味でも貴重な魚達だし、エサも少ない厳しい環境でここまで育った個体に感動したよ。同じ居着きタイプでも、里川の居着きと山岳渓流の居着きとでは、また自分の中で微妙に違うんだよね。今回出会ったような山の天然種には、より野生的で、原始的な魅力を強く感じてる」
 ひとつ言えるのは、積み重ねた経験によって、価値観が研ぎ澄まされていくということ。
 魚の価値は釣り上げた本人にしか分からない。
 小沢は心から満足し、山を下りたのだった。















「朱点の記憶と価値観」 小沢勇人 
2014年9月、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX & 510PUL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Cast Away PE 0.8/SUNLINE
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S/ITO.CRAFT



「いいヤマメが釣れればもちろん嬉しいんだけど、やっぱり朱点がないと、何か足りない気がするんだよね」
 長野には、アマゴの川とヤマメの川がある。天竜川や木曽川の水系だったらアマゴ、信濃川水系だったらヤマメが本来は棲んでいる。
 小沢勇人はアマゴ釣りもするしヤマメ釣りもするけれど、よりこだわりがあるのは子供の頃から川遊びの相手として、ずっと慣れ親しんできたアマゴの方だ。
 ヤマメにはなくてアマゴにあるもの。それが朱点。しかし小沢に話を聞くと、その朱点も、ただあればいい、というわけではなく、釣り上げたアマゴに対して必ず「どんな朱点か?」という視線を無意識の内に向けている。
 同じひとつの魚種でも、その中に様々な個性をたくさん見てきた釣り人ほど、自分の本当に釣りたい魚が狭く絞られているものだが、小沢にとってはアマゴの朱点も重要な価値基準のひとつなのである。
「昔からずっとアマゴを釣ってきてる人だったら、結構そうなんじゃないかな。人それぞれに朱点の好みがあると思うよ」と小沢は言う。
 アマゴの魚体に浮かぶ朱点は、大きさ、数、色合いなど、地域やそこに棲む系統によって特徴があるし、その中に個体差もある。
「朱点は、小さくて数が少ない、しとやかなタイプが好き。自分が釣り歩いてきた範囲の経験で言うと、それがアマゴ本来の美しさだと思う。子供の頃は地元の川にも普通に天然種がいたわけだし、その頃からの記憶だよね。昔はそういうアマゴばっかりだったから。逆に朱点が大きくて派手なタイプの魚を見ると、どうしても人工的っていうか、作られた感じがするんだよね。地域によって例外はあるかもしれないけど、この感覚は大体共通するんじゃないかな。もうちょっと厳密に言えば、天然に近い個体ほど、傾向として側線より下には朱点が少ないんだけど、個体差もあるし、自分の理想に完璧にハマる朱点のアマゴはなかなかいない。少なくとも、毎年出会えるような確率ではないよ」
 朱点の鮮やかな養殖魚の系統が放たれることで、本来その川に棲んでいた、控え目で上品な朱点をまとうアマゴ達が激減したり消えてしまった川は少なくない。現場で魚を見続けてきた釣り人は、アマゴが静かに姿を変えていることに気付いている。朱点の派手なアマゴを見てどう感じるかは人それぞれだが、小沢的にはやはり違和感があると言う。

 今回掲載した3本の尺アマゴは2014年シーズンの釣果の一部で、小沢がそれぞれ別の日に、別の渓流で釣り上げた魚達だ。
 これまで素晴らしいアマゴを数多く手にしている小沢にとっても、魚の警戒心が釣り場を問わず日常的に強まっている現在、尺アマゴの難易度は年々上がっている。
「これだけたくさんの釣り人がくまなく川に入ったら、スレてる魚はもう絶対に避けて通れないよね。特に去年は魚の数自体も少なくて、31、32cmっていうサイズを釣るのに例年以上に苦労したよ。本当に難しかった」
 そんな状況で出会った尺アマゴだから、どの魚にも喜びが詰まっているわけだが、しかしアマゴが大好きで、自分なりに深く追求することに楽しみを見い出している小沢は、サイズだけでなく一匹一匹の複雑な個性に目を向けている。
 朱点の出方ひとつにも、それぞれに違いが見て取れる。
 1本目の尺アマゴは、朱点の大きさについては大きすぎることもなく、この川に棲む本来の系統の特徴が出ていると言う。
「贅沢を言えば朱点の数が多いんだけど、これは放流魚の影響が表れたもの」
 2本目に関しては、もう写真でも一目瞭然。大きな朱点が目立ち、強烈に主張している。これを毒々しく不自然だと感じるか、あでやかな美しさとして捉えるか、皆さんはどうだろう。
「ただ、朱点の数はそれほど多くないし、背中の黒点の出方とか、側線より下に朱点がほとんどないところは天然系の特徴も受け継いでると思う」
 3本目の尺アマゴは、比較的あっさりとした朱点で3本の中では最も天然種寄りの印象を受ける。1本目よりも朱点の数が少なく、大きさは2本目よりもずっと小さい。
 そして最後に、2012年9月に釣り上げた、小沢が「自分の中で理想的なアマゴ」と語る34cmの写真も掲載した。以前も釣行記で取り上げた個体だが、滑るようなシルクの肌に朱点が軽やかに浮かぶ。朱点の間隔はまばらで、側線より下にはほとんどないのも特徴的だ。小沢の思い描く個性がこの魚体に表れている。

 何でも小沢にとって、アマゴの朱点の出方、その重要度はパーマークの濃さや形にも匹敵するものらしい。さらに朱点やパーマークの他にも、プロポーション、顔付き、肌のきめの細やかさなど、様々な視点から一匹のアマゴを眺めている。
「魚にこだわればこだわるほど、釣りは難しくなるよね(笑)。でも、そうやっていろんなタイプのアマゴを見て、本当に自分の好きな個体と出会うことに喜びを見つけたから。そのためなら苦労も努力も惜しまないよ」
 もちろん趣味趣向は人それぞれで、だからこそ面白いのだけれど、一匹の魚を注意深く観察することでこの釣りはもっともっと奥深いものになる。それは間違いない。











「アマゴ谷の化け物イワナ」 小沢勇人 
2013年8月下旬、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st[ITS]/ITO.CRAFT



 山間の小さな渓流を釣り登っていた。もともと流れが薄くフトコロの少ない川が、あいにくの渇水でさらにポイントの数を減らしている。この沢筋には、ネイティブを感じさせる野生的なアマゴが棲んでおり、小沢勇人は1シーズンに一度か二度、その美しい魚体を求めてここへ足を運んでいる。
 厳しい暑さに見舞われていた夏のある日、やはり渇水とプレッシャーの影響だろう、あからさまにアマゴの反応は渋い。
 しばらく釣り進んでいくと、岩盤のエグレが腰丈ほどの深みを作っていた。薄っすらと底が見えるくらいの深さでも、この状況では期待せずにいられない大場所である。
 そこで、半分は期待通り、もう半分は想定外の出来事が起きた。
 アップストリームでギラギラとヒラを打たせた蝦夷50Sファーストに、エグレの奥から想像もしていない大きさの細長い魚影が、ぶわりと浮いて出た。そしてミノーに触れることなく悠々たる動作で体をひるがえした。
「普段は、ほとんどアマゴしか釣れない川なんだよ」
 だから一瞬だけ、思考が混乱した。何かケモノのようなものが暗がりから出てきた。
「胸がザワザワっとしたね。とんでもない魚がいるぞと」
 エグレに潜んでいたのは頭の片隅にもなかったイワナ。しかも破格の大きさである。水量の乏しいこの小渓で、そのチェイスしたイワナは50cmを完全に超えていた。さらに魚体のシルエットや色合いから察して、アメマス化した遡上系のイワナではなく、ここで育った居着きの個体のようだった。これはぜひとも釣り上げ、じっくりと拝みたい。

 ミノーをピックアップし、すぐさま二投目。
「最初のチェイスは食いに来たというよりも、明らかに様子を見に来ただけ。サイズがサイズだし、動きもスローだし、とても追わせて食わせるようなスペースはなかった。だから意識したのは、まあ当たり前のことなんだけど、ヒラ打ちで魚を興奮させつつ、見切られることなくしっかりと食わせのタイミングを取って、確実にミノーをかじらせること。アマゴとは捕食の仕方も俊敏性も違うから、当然食わせ方も変わるよね」
 予想外の魚だからこそ釣り人としての経験があらわになる。目の前の状況を瞬時に判断し、ヒットまでの筋道をはじき出すのは、紛れもなく経験だ。
 着水したファーストをトゥイッチで派手にぎらつかせると、さっきよりもヤル気を見せて、再びエグレから大きな影が現れた。小沢はヒラ打ちのピッチを調節しながら食わせのタイミングを計り、そしてミスバイトさせないよう慎重に操作して口を使わせた。
 ミノーをくわえたイワナが大蛇のようにのたうった。川が小さいから寄せてくるのにそう時間は掛からなかったが、川の規模とはあまりに不釣り合いな大イワナが小沢の目の前に横たわった。…と思ったら、グネグネとはうように脱走を試み、岸辺で何度も大暴れ。
「取り込んでからが大変だったよ。ちょっと落ち着いたかなーと思っても、またすぐにヘビみたいにはい回って、ぜんぜん写真を撮らせてくれない。かといって魚を弱らせたくもないし、でかいイワナはほんとに、釣ってからも大変(笑)」

 普段イワナが釣れることは稀なアマゴの谷で、ひっそりと生きていた大イワナ。三つ口になった猛々しい雄で、正確にメジャーを当てると55cmもあった。こんなイワナを見たのは写真でも初めてだ。まさしく山イワナの巨大化した姿。でかい顔に、でかい目と口、でかいヒレ。山の色とも言うべき濃い体色をまとい、腹の黄色もしっかりと残っている。どう考えてもエサの量には恵まれていない環境だから痩せてはいるけれど、沢住まいのイワナがそのまま大きくなった、見るからに居着きの個性を浮かばせるイワナだった。単純なサイズで魚の価値を数値化するのは馬鹿げているが、この個性で55cmというのはやはり凄い。
「グロテスクな迫力があって、個人的にはこういう魚にイワナらしさを感じる。これは長く生きてそうだよね。7、8年くらい生きてるんじゃないかな」
 確かに、一般的に言われているイワナの寿命の限界近くまで、この渓谷で生きてきた風格が漂っている。エサを飽食して太く成長したイワナとは、また別のいかつさがある。
「本流で50cmなら特別珍しくはないけど、こんな小さな谷で、しかも居着きの個体で55cmというのは驚いたし、よくぞここまで生きてきたなぁっていう敬意もある。何より、今もこういう魚が身近な渓流にいてくれたことが嬉しい」
 写真を撮らせてもらって流れに戻すと、人知れず息をつないでいた川の主は、元いた棲み家に静かに帰って行った。


【伊藤秀輝の付記】
 これほどの山イワナになると、魚というよりもう獣の迫力。山の魚が陸に上がろうとしている、そんな佇まいに見える。どんなに釣りたいと願っても釣れない魚だと思うよ。だって、存在そのものが奇跡のようなものなんだから。釣り師として大きな勲章だよ。












「ネイティブの谷」 小沢勇人 
2013年8月、9月
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人


TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX, 510PUL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S/ITO.CRAFT



 今回は小沢勇人の、アマゴの天然種に対する思いをテーマに話を聞いた。
 小沢は「ネイティブかどうか、完璧に言い切れるわけじゃないけどね」と言ってから、魚体の魅力より先に彼らのひたむきな生命力に深く感じ入っていた。
「今も天然種がいるような川はエサも水量も少ない、厳しい環境であることがほとんどだし、ここ数年は自然災害も多いよね。例えば川が壊れるくらいの大雨に見舞われた時とか、そういう過酷な条件下でこそ、天然種が持つ力強さをまざまざと感じる。もちろん現在の渓流釣りは養殖魚の放流がなければ成り立たないわけで、天然種の残っている川自体が希少だけど、その生き様みたいなものを目の当たりにすると、やっぱり心から感動する。毎シーズン会いに行って、元気をもらいたいって思うんだよね」
 生物の進化のメカニズムについては様々な論争があり、何が科学的に正しいのかは分からないけれど、より環境に適応した個体が種をつないでいくことで進化の道筋ができる、つまり何が生き延びて繁殖するかは、自然環境が決定する、という説は広く受け入れられている。
 そこから結び付けるのは安易すぎるかもしれないが、その川でずっと昔から世代交代を繰り返してきたネイティブの個体群には、やはりその環境を生き抜くための性質や特徴が蓄積されているものと考えられないだろうか。
「かつても大きな災害はあっただろうし、その危機的状況を何度も乗り越えてきた魚達の末裔だとすれば、当然ツワモノだよね。警戒心の強さはもちろんのこと、台風が近付いてるのを察知して産卵のタイミングをずらしたりとか、生きて種を残すための術が初めから本能に組み込まれてる感じがする」

 ここに掲載している写真は天然種と思しきアマゴ達で、過去の放流など川の歴史をできる限り調べ、なおかつ自分の足で地道に開拓してきた川で小沢が釣り上げた魚である。
「これらの川に共通して言えるのは、まあ、ボサが多くて釣りづらいっていうのもあるけど、何より環境が素晴らしい。自然の厳しさ、山の荒々しさや豊かさを本当に実感できる場所。歳を重ねるごとに、こういう川で釣りをすること自体に喜びを感じるようになった」
 写真を見ると、どの魚も野性味に溢れ、実に個性的だ。
 例えば一枚目の写真。これは見るからに居着きの個体である。
「このアマゴは9月下旬に釣った魚で、それにしてはまだ魚体もヒレも黒ずんでなく、透明感があって、最も綺麗なタイミングで出会えた一匹。今でも鮮明に覚えてるよ」
 淡いオリーブとベージュの体色に、パーマークをくっきりと浮かべている。背中の黒点が多いのも特徴的で、頭までびっしり覆われている。顔や目が大きく独特のいかつさがあり、サイズ的にはちょうど尺位だがそれ以上の存在感がある。いかにも、ゆっくりと時間を掛けて成長したバランスが見て取れる。
「天然種の川は大抵、釣り人がひとり歩いたらしばらくは釣りにならないような川だから、足を運んでも年に1回かな。釣り人に対するスレ方も、天然種はやっぱり普通じゃない。ささいなことであっという間に警戒してしまうし、いったんスレたら元の状態にはなかなか戻らない。そういう魚が相手だからこそ、川の歩き方、アプローチ、立ち位置、極端に言うと川にいる間の動作すべてにいつも以上に神経を使ってる」
 そして小沢は、『一投目』の重要性を常に考えている。
「仮にギリギリ勝負できるくらいの警戒心を魚が抱いてたとして、最初のキャストで、さらに警戒される方向へ持っていくのか、あるいは興味を抱かせる方へ持っていけるか。どっちに転ぶかは釣り人次第だと思って挑んでる。もし失敗したら何がダメだったかを考える(笑)」
 そのシビアな駆け引きが毎シーズン、小沢の釣りを磨き、神経を研ぎ澄まさせている。もともと野生の渓流魚を釣り上げるとはどんなに難しいことなのか。それを写真のアマゴ達は今も教えてくれている。
「もちろん天然種だけを狙って釣りをしてるわけじゃないけど、たとえ1シーズンに一匹でも出会えれば、その一匹に勇気付けられる。そういう存在。今もいて欲しいっていう願いもあるし、その存在を信じられるからこそ渓流釣りが好きなんだよね」















「スレッカラシの本流差し」 小沢勇人 
2013年8月、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie 50S[PYG]/ITO.CRAFT



 夏の早朝、とある支流にて。
 ポイントへ向かう車中、小沢が思い描いていた魚は本流で大型化し支流へと遡上してきた、いわゆる本流差し。居着きの魚が見せる豊かな色彩や鮮明なパーマークに強いこだわりを持ちつつ、それとはまた別の魅力を本流育ちの個体に感じている。
「ヒットした瞬間の、あの衝撃だよね。水中でギランッ!と反転したときの迫力、そしてファイトの強さ。サイズや魚体の太さはもちろん、魚の持つパワーも本流育ちならでは。しかも、ショートロッドでやり取りするわけだからね。それはもう理屈抜きに興奮するよ」
 ではこの朝マズメ、小沢が狙ったポイントを見てみよう。
 浅く広がっていた流れが一気に集束して、テトラの入った対岸にぶつかっている。ポイント的にはその押しの強い絞りそのものよりも、白泡が切れて、ゆったりと流れが開いていく20mほどの区間が魚の着き場として最高のフトコロに見える。
 しかし期待とは裏腹に、丹念にキャストを繰り返すもチビヤマメの一匹すら反応しなかった。これはどうしたことか。
 時期的に考えられるのは、やはり人為的プレッシャーによるスレのせいだろうか。アユ釣り師も含め釣り人の多い支流であり、また、本流差しの個体が最もそのアグレッシブさを発揮する遡上期のピークはとっくに過ぎている。初めから分かっていたことではあるけれど、遡上したての頃は本流でベイトを追い回していた勢いそのままにルアーへ襲い掛かっていた魚達も、ひと月、ふた月と支流の強烈なプレッシャーにさらされて、すっかりヤル気を失っているのかもしれない。
「朝イチの時間帯なら、オープンな開きでもまだ勝負になると思ったんだけどね」
 小沢がもう一度、冷静に流れを観察する。
 どんなにプレッシャーが高くても、いい魚は必ず残っている。そう考えなければ何も始まらない。今や、どこの釣り場も同じなのだ。こんな状況は珍しくとも何ともない。この状況を踏まえた上で、どんな手が打てるのか。いい魚を手にするためには魚を読む力とそれを釣り上げるための一歩二歩先を行く発想と工夫が常に求められている。

 果たして魚達は完全にスレ切って口を使わないのか。それとも、着き場を変えたか。
 上流の絞りに視線を向ける。広い川幅が急にそこで絞られるため、やはり押しが強い。いつもなら手を出さないスポットだが、プレッシャーを感じた魚がそこに逃げ込んでいる可能性はある。現に最高のフトコロに思われた開きはもぬけの殻なのだ。
 その絞りを狙うにはロングキャストで、アップストリームで攻めるしかないシチュエーションだった。小沢がここで選んだルアーはボウイ50S。絞りの頭に沈んだ崩れテトラの、ほんの小さな弛みに着水させた。ボウイは、ラインの角度やテンションの操作によってフォールで誘うこともできれば、素早く落とし込むこともできる。なお且つ、流れの中で即座に立ち上がってヒラを打ち、アップストリームでも圧倒的に長く、細かくルアーを躍らせることができる。ようするに、水中での自由度が極めて高いミノーなのだ。
「こんな所に入ってる時点でめちゃくちゃスレてる魚だからね、やっぱりそう簡単には口を使ってくれない」
 そこにいる魚をじらすように同じ誘いを繰り返す。と、ざわついた水面下で魚の影は見えなかったが、PEラインを伝って『クッ』と何かがフックにアタった感触があった。ショートバイトに神経を研ぎ澄ましていた小沢が反射的にアワセを入れると、明らかに大物の反転する重みがドンっとロッドに乗った。
「この魚はなかなか浮いてこなかった。フッキングを決めた所で、グオン!グオン!って大きく頭を振ってさ。何とか浮かせて見たら、テールフックが一本、上アゴに刺さってるだけ。口を自由に動かせるからか、ぜんぜん弱らない。もちろん遡上したての頃はもっとガンガンに引いたんだろうけど、この魚もほんと強かったよ」
 テールフック一本でのやり取り、しかもクッションのないPEだ。わずかなミスも許されない緊迫感にシビれつつ、魚の動きを読みながら慎重に事を進めた。

 ふーっと息をつく小沢のネットには、40cmの見事な本流差しが収まっている。でっぷりとした太さではなくシャープな体躯が印象的であるのは、きっとエサを取ってカロリーを得ることよりも、身を隠すことを優先していたのだろう。だからこそ生き残った。
「狙っていた魚、ということ以上に、釣るまでの過程に自分としてはすごく満足できた」
 いい魚を釣るのに鉄板の法則なんてない、と小沢は言う。その一匹の魚を釣るために、目の前の状況を読み、あれこれ考えを巡らせて、川と魚に答えを聞く。この積み重ねが釣りを磨き、釣り師と魚との距離を近付けていくのだ。










「信濃鱒、怪物再び」 小沢勇人 
2013年9月、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC560ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 65S 1st Type-Ⅱ[HYM]/ITO.CRAFT



■ファーストのポテンシャル

 蝦夷のファーストモデルは50も65も、小沢勇人にとってとても思い入れの深いミノーだ。ルアー操作の基本やヒラ打ちの有効性をファーストから学んだと語る小沢は、その性能を100%引き出すために技術を磨いた。2002年の発売以来、新たなモデルも加わりながらファースト・シリーズは今なお、多くの素晴らしい魚をもたらしている。年々いい魚を釣り上げることが難しくなっている状況にあっても、まったく色褪せないファーストならではの性能、ヒラ打ちの威力は小沢の釣果が十二分に証明している。
 とりわけ2013年のシーズンは、本格的にPEラインを使い込むことでファーストの持つポテンシャルをより強く実感できたと言う。
「単純に言うとナイロンに比べてレスポンスが良くなる分、チェイスした魚をもっと興奮させたいなって時に、ナイロンならあと1回のヒラ打ちが限界のところで、PEなら2回ヒラを打たせられる。よりファーストの性能を引き出しやすくなったし、いろんな小技が使えるようになって誘いのバリエーションも増えた。プレッシャーのきつい今時のシビアな状況では、その違いがものすごく大きいんだよ」
 もちろん、ロッドワークがそのままルアーの動きに反映されるので、繊細な操作ができてこその効果ではあるけれど、言ってしまえばPEラインのデメリットを操作でカバーすることができれば、その細く伸びのない特性はメリットでしかないのだ。
「それとPEの場合は、ルアー操作にしてもアワセにしても、それから魚とのやり取りにしても、何か上手くいかなかった時の原因が曖昧じゃない。すべて自分の中にある。だから、ひとつひとつをしっかりと突き詰めることができるし、それがPEの面白さでもあるよね」


■怪物との出会い

 小沢勇人が長年追い求めてきた系統、信濃鱒。以前の釣行記で2011年に釣り上げた61cmの信濃鱒を掲載した際、小沢は「これほどの個体はもう釣れない」と語った。
 しかし2013年9月、その言葉を覆す魚が姿を現す。
 こんな魚がいるのかと思わずにはいられない個体が現実に存在し、それがまた小沢の手に収まる、この巡り合わせを何と言えばよいのか。全体的に釣れる鱒は小型化の傾向にあり、なお且つ他の多くの釣り人も頻繁に狙っている釣り場なのである。
「経験から来る読みもあるし、第六感みたいなものが働くんだよね」
 そう当の本人は言うが、伊藤秀輝がよく口にするように、いい魚の匂いを嗅ぎ取ってその間合いに入ることに関して、やはり小沢は異能の釣り人だ。こればかりは誰にも真似できない。
 特に2013年は小沢の知る範囲で個体数が極めて少なく、その中で釣行前夜、とある場所がぱっと脳裏に浮かんだと言う。
「ポイントはたくさんあるんだけど、もう、あそこしかないって感じだった」
 釣り師としての勘は、信濃鱒の怪物を直撃していた。流れの速い瀬、対岸際の岩裏の弛みにその魚は身を潜めていたのだった。
「長く信濃鱒を追ってきて感じるのは、60cmを超えるような大物になると賢さや用心深さがケタ違いになるってこと。それは間違いない。身の危険を察知する能力が圧倒的に高いし、一度警戒させたら絶対に口を使ってくれない。あれはもう忍者だよ(笑)」
 朝、狙い澄ましたポイントで慎重に立ち位置を決め、小沢がキャストを始める。


■信濃鱒、究極の姿

 ルアーは蝦夷65SファーストモデルのタイプⅡ。警戒心の強い鱒の狭いナワバリの中で、じらすように時間を稼ぎつつ派手なフラッシングで誘えるミノーだ。動きの細かさだけを求めれば5cmミノーだが、そこはPEラインによるレスポンスアップで補う。また、PEであれば遠い距離からでもダイレクトに水中のミノーを操作することができ、且つ狙った筋でより長く止めながら誘うことができるのも大きなアドバンテージ。
 アップクロスの立ち位置から、様々な誘いを試みながらキャストを繰り返す。流れに立ち込んで行けば完全なアップストリームで狙うこともできたが、逆にプレッシャーを与えてしまうリスクが頭をよぎった。最悪のミスだけは冒したくない。
「流れに立ち込まずに出来るだけアップの角度を作りたかった。警戒心をあおらず、いかにヒラ打ちで鱒の気持ちを高ぶらせるか。ぎりぎりの駆け引き」
 ピンクの太い魚体がぐわっと動くのと同時に、ドンッとルアーが止まった。フッキングを決め、ぐんぐん頭を振る魚の動きをロッドのトルクと溜めで封じると、とてつもない重量感がラインを通して伝わった。鱒は流れを一気に下り、その走りをバットパワーで止めると今度は対岸の薮へ突進。反転する魚体の強烈な幅と太さが目に入る度、焦る気持ちを押さえつける。浅瀬に寄って来たかと思えば盛り上がった背中を震わせてまた流れの芯へと戻る。興奮する鱒を何とかいなし、遂にランディングへと持ち込んだ。
 その鱒の姿に、小沢も圧倒された。
「釣り上げるまでは冷静だったんだけど、ハッキリと魚体を見たら何だか胃が痛くなって、気持ち悪くなってきた。一気にアドレナリンが出すぎてオカシくなったのかな(笑)。今までこんな鱒は見たことがないし、魚を釣って具合悪くなったのも初めてだよ」
 これまで数多のいい魚を手にしてきた小沢をしてそうなのだから、釣り上げた時のこの鱒のインパクトはものすごかったに違いない。65cmの雄。いかつい顔、極太のボディ、そして艶やかな色合い。もう魚の枠を超えていると言っても過言ではない強烈な威圧感。
「前に釣った61cmのほうが綺麗さでは上だけど、迫力で言ったら今回の魚が上。顔つきも体高も凄いけど、個人的には尾ビレの付け根の太さがこの魚の全てを物語ってる」
 果たして、これ以上の個体が存在するのだろうか。
「前回の61が最高だと思ってたのに、この65が釣れたからね。いるかいないかで言えば、いるんじゃないかな。可能性はゼロじゃない。でも、それが自分に巡ってくる可能性となると限りなく低いだろうね。『魚がいる』ということと『釣れる』ということの間には、それがいい魚であるほど途方もない隔たりがあるんだよ」
 いい魚というのは、ポイントさえ知っていて最高の条件でそこに入ることができれば誰でも釣れる、と言う人もいる。しかし現実に釣っている人ほどそうは考えていないのだ。小沢がそうであるように、いい魚と何度も出会い、何年何シーズンと釣ってきているからこそ、その本当の難しさと喜びを知っているのだ。











「蝦夷50SDに得た確信」 小沢勇人 
2013年6月、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC560ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX /ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
leader:Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi50SD proto model/ITO.CRAFT



 蝦夷50FDが発売されたのは2006年のシーズン。念のために言っておくと、Fはフローティング、Dはディープダイバーを意味する。このルアーの登場によって、深場の底に潜む大型魚をより効果的に攻略できるようになったと小沢勇人は振り返るが、発売から今日に至るまで蝦夷50FDが数多くの大物をもたらしてきた理由はどんな所にあるのか。
 蝦夷50FD以前にも、世には5センチクラスのディープダイバーがあるにはあった。
「でも思い出してみると、魚との駆け引き以外の所ですごく神経を使わなければいけないルアーがほとんどだった。流れやロッドワークによる抵抗の変化で、いとも簡単に水面から飛び出したり、もしくはトゥイッチしてもまったくアクションしなかったり」
 もちろんそもそもがショートリップのミノーとは違うから、リトリーブスピードやアクションの加え方にはディープダイバーなりの注意を払いつつ操作を試みたが、それでも釣りにならなかった。
 そこに現れたのが蝦夷50FDだった。
「他のディープと違ったのはまず何より、自分の意図した通りに、『操作して釣る』っていう感覚。やっぱりそこに釣りの面白さがあるんだよ。もちろんショートリップとは操作の加減に違いはあるにせよ、それまでのディープにはなかった安定性と、深く潜ってなお且つトゥイッチを掛ければギラッ!とヒラ打ちしてくれる操縦性。その二つの性能が共存してるディープは蝦夷50FDだけだった。タダ巻きでも誘えて、さらに狙った所で止めてヒラを打たせられる。それが今のシビアな状況でも釣れる理由だよね」

 そうして蝦夷50FDを使い込んできた小沢は2013年、つまり昨シーズン、新たな武器となるもうひとつの渓流ディープを手にした。蝦夷50SD、シンキング・ディープがそれだ。
 そのプロトモデルを使って、小沢が嬉しい驚きと共に確信したのが、「この蝦夷50SDだからこそ釣れる魚が必ずいる」ということ。
 釣果が理論の確かさを証明する全てではないけれど、改めて言うまでもなく目を向けるべきはその時その状況で効果を発揮した戦略。昨シーズンの釣行から、ひとつ例を挙げてみよう。
 爽やかな初夏の渓流。「居着きの魚はまだ小さいだろうな」ということで本流差しの個体に狙いを定めて釣り歩いていたその日、小沢がとあるポイントに着いたのは午前10時頃。
 実績の高い人気ポイントだが、水深のある大場所であること、そして仮に先行者がいたとしても増水気味でいつも以上に押しが強いため完全には攻め切られていないだろうという読みから、十分にチャンスありと見込んでそこに立った。
 流れの押しは強かったが、ダウンよりもあえてアップクロスの角度で誘うことを考えた。流れと魚の着き場を読み、そこから逆算して立ち位置をとった。
「特に立ち位置が制限されるポイントだと、引いて潜るだけじゃなくルアーの自重によってもう少し送り込みたいっていうケースがあるでしょ? それと、流れのヨレが複雑で底からの湧きが強いポイントでも、暴れずに安定して誘える性能が必要だった。そこにシンキング・ディープがばっちりハマった。蝦夷50SDならディープとは思えない繊細な操作が可能だよ」
 むろんフローティング譲りとも言えるヒラ打ちの切れ味も申し分なしで、狙い澄ましたスポットでギラリとフラッシングを決める。
 しばらく同じ誘いを繰りかえすと、水底でゴツッとルアーが止まった。すかさずアワセを入れ、じわじわと負荷を掛ける。ヒットした魚は底に張り付いたようになかなか浮いてこなかったが、ULXの強靭なシャフトで徐々に釣り人が主導権を握り始めた。いきなり始まったパワフルな首振りをベリーのトルクで抑え込みながら、流れの押しを計算しつつあらかじめ思い描いていた通りに魚を誘導し、落ち着いてネットにすくい上げた。本流で猛然とベイトを追い回していたんだろう、とてつもない太さの雄が小沢のネットに収まった。
 さらに、それから粘ってもう1本を追加。サイズは37センチと36センチあった。
「新しいルアーの性能を生かして狙い通りの釣りができたことに満足だし、魚も本流育ちらしい太い魚体で、めちゃくちゃ引いてくれて楽しかったよ」
 イメージした魚の着き場にルアーをコントロールし、アップクロスで少しでも長く誘う。そこでシンキングの利点が生きたわけだが、当然アップクロスに限らず、蝦夷50SDは6グラムという自重を生かした水中でのコントロール性によって様々な操作が可能になる。
「確かにフローティングタイプのレスポンスも素晴らしいけど、より進化したシンキング・ディープの登場によって、攻めの幅が確実に広がった。…でもその分、みんながこれを使ったら、魚がスレて釣りがもっと難しくなるよね(笑)」
 2014年、小沢は胸を躍らせながら渓流シーズンを待ちわびている。
「蝦夷50SDは飛距離が出るのも特長だからね、今年はさらに使い込んで、ロクマル(EXC600ULX)との組み合わせで本流域も攻めてみたい。このルアーは本流でも威力を発揮するから。今度は太い流れの芯で、強烈なやつを掛けたいね」


【付記】
魚に口を使わせるまでの過程はもちろんですが、こういうバレやすい魚をきっちり獲る辺りがさすがだなぁと改めて思います。毎年コンスタントに釣る人の絶対条件、そのひとつが極端にバラシが少ないこと。小沢さんはその典型ですね。バラした話なんてほとんど聞いたことがありません。以前伊藤も「魚をバラすのには必ず理由があって、釣り人側に何らかの落ち度がある」と言っていたし、どんな状況でもバラさない人というのは「食わせるまでのイメージがしっかりできていて、水中のルアーを思い通りにコントロールできている人」だと言う。そしてもちろん、完璧にフックアップさせるアワセの技術も不可欠。それらを支えているのが、つまり釣り師としての『経験』です。
…とまあ口で言うのは簡単ですけど、僕にはできません。なかなか深くバイトしてくれないシビアな魚が増えている今、これを克服しないことには確実に獲る人との差が大きく開いていく一方ですね。










「猛暑と渇水の渓で」 小沢勇人 
2012年9月、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX proto model/ITO.CRAFT
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie50S/ITO.CRAFT



 2012年の渓流シーズンは、本当に苦しかった。「思い出したくない」という人が大多数ではないだろうか。長引く夏の猛暑と少雨による渇水に、各地の釣り人達が心底あえいだシーズンだった。
 しかし、人によっては全く希望が持てないようにも思われた状況でも釣る人はもちろんいて、例えば小沢勇人。今回紹介している尺超えのアマゴ達はシーズン終盤戦の彼の釣果の一部だが、実際これだけの魚がひとりの釣り人のネットに収まっていた。
「まあ、簡単にたくさん釣れるシーズンなんてないわけだけど、去年のあの暑さと渇水は確かに異常だった。ちょっと記憶にないくらい悲惨な状況だったよ」
 そう振り返る小沢だが、そんな状況でどう思考を巡らせ、どう魚を釣り上げたのか?
 もちろんそこには何か都合のいい秘策めいたパターンがあったわけではなく、魚に気配を悟られないアプローチであったり立ち位置であったり、またはより遠くから正確にキャストを決めることだったり、まずはそうした基本的なことにいつも以上に注意を払って小沢は釣りに臨んでいた。
 平水時よりポイントの数は少ないにしろ、魚の着き場は確かにあった。
「特にでかい魚は、身の危険を察知した時にとっさに避難できる安全な場所にいるわけだから着き場そのものは絞りやすかった。当然そこは他の釣り人からも集中的に攻められて、魚はスレて神経質になってる。もともと高水温と渇水の影響もあるし。だからこそ釣りの前提として、アプローチや立ち位置にはものすごく神経を使った。誘いや食わせ方にも難しさはもちろんあるけれど、まずは魚に違和感を与えずにルアーを届けること、これができないと土俵にも立てない感じ。それくらい魚はシビアになってたよね。もし集中力が散漫になって雑に釣ってたら、そこにあったはずの小さな可能性をみすみす潰してしまうことになるし、さらに余計なプレッシャーを与えて次回の釣行に残されてたかもしれないチャンスまで失うことになる。実際、魚はいたわけだから」
 そんなことはみんな重々承知しているかもしれないが、昨シーズンのあの状況で、それを集中して継続できた釣り人はきっと多くない。それほどまでに、いま振り返っても本当に厳しいシーズンだった。魚が釣れる釣れない、その間には実にさまざまな要素が複雑に入りこんでいるわけだが、いかに実直に釣りに取り組めたか。それが昨シーズンの明暗を分けた大きな要因のひとつだった。
 また昨年は、これまでの釣りを通して何を学んできたかがシビアに問われるシーズンでもあった。好条件の一等地で魚を釣るだけでなく、条件的に恵まれないシチュエーションでどんな釣りをしてきたかがハッキリと浮き彫りになった。
「昨シーズンはああいう状況だったからこそ、これからの糧になるものをたくさん学べたと思う。いつまで経っても勉強だと思うよ、釣りは」
 そうしたスポンジ精神が小沢の釣りを支えているのは言うまでもない。

 さて、今回写真を掲載している中でとりわけ目を引くのは、パーマークを鮮明に残した39センチの雄アマゴだろう。禁漁差し迫る9月下旬の釣果だ。
 そこは太い流れがどんっと落ち込むポイントで、小沢によれば普段は一面白泡だらけで、底から湧き上がる流れが強すぎてまともに探れない場所らしい。しかしこの時は渇水のおかげで、その白泡の面積も平水時の5分の1程度まで狭まっていた。
 気配を殺し、十分に距離を取って静かにアプローチする。すでに勝負は始まっている。落ち込み下の白泡に向けて、アップストリームでボウイ50Sをキャストした。ミスの許されないシビアな状況での飛距離とコントロール性、それらを支えているのがボウイであり、カーディナルに装着した軽量化パーツ、マウンテンカスタムCXだ。
 キャストを繰り返すもそう簡単には反応してくれない。川の中央に一抱えもある大きな岩がゴロンと沈んでおり、その岩陰にぴたりと着いているのかもしれない。岩の脇、ぎりぎりのところをトレースした。流下スピードを抑えながら、細かく細かくピッチを刻んで誘いを掛けると、5投目くらいにドンッ!と重々しいアタリがあった。ルアーを追った様子は見えなかったがイメージ通りのバイトで、アワセも完璧に決まった。ゴーイチULXがきれいに曲がり、ラインの先で大きな魚体が暴れる。
 青みがかった背中にびっしりと黒点を浮かべた雄のアマゴがネットに収まった。
「厳しいシーズンを考えても、ほんと嬉しい魚だったよ。去年はその時期でもまだまだ暑かったから、魚の顔付きも色合いも夏の気配を残してた。いつもの年だったら9月下旬に釣れる魚じゃないよね。欲を言えば、もっと太かったらなあとか、もっと野性味が欲しいなあとは思うけど(笑)。贅沢だよね」
 小沢は何より、あきらめないことが大事だと言う。
「その人の、思いの強さじゃないかな。特に去年は居着きのいいアマゴが釣りたかったというのと、その刺激の源として、伊藤さんから頻繁にケイタイに送信されてくる野性的なヤマメの画像がほんとに日々のエネルギーになった。こんな魚を釣りたい!自分も負けずに頑張らないとなっていう思いが途切れることなくあったから、自分を奮い立たせて厳しいシーズンを何とか乗り切ることができたんだよね。心のどこかにあきらめの気持ちがあったら、そこで終わりだったと思う」
 強い意志の力が体を動かす燃料となり、思いを実現させる原動力となった。意志の強さがなければ、集中力を維持する力は生まれなかった。
 意志の力は偉大なのだ。


【付記】
釣りは決して勝ち負けではないけれど、同じ価値観をもった人との切磋琢磨、よい意味での競争心のようなものも小沢さんの驚くべき釣果にはやっぱり大きく関係しているのです。だからこそ、大抵の人が挫けてしまうような昨シーズンのあの悲惨な状況でも心が折れることなく、これだけの素晴らしい魚達と出会えたのだと思います。














「完璧な道具と全力の釣り」 小沢勇人 
2012年9月、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX proto model/ITO.CRAFT
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie50S/ITO.CRAFT



 いい魚を釣るのに、「こうしてこうすれば釣れる」という絶対的なキラーパターンなど存在しない。いい魚は出会えるチャンスが少ない。だから、いかにミスをしないかが大切。そう小沢は考えている。
「その貴重なチャンスが巡ってきた時のために、常に完璧な道具で全力の釣りを心掛けてる」

 小沢の釣りを支える完璧な道具。そこに、新たに2つのアイテムが加わった。
 1つはカーディナルに装着される軽量化パーツ「マウンテンカスタムCX」である。すでに詳しく紹介しているが、サイドプレートや各スクリューなど計7つのパーツを換装することでカーディナルを約20グラム軽くすることできるカスタムパーツだ。
「去年のその時点ではまだプロトだったけど、部屋で装着して軽く試し振りしてみたら、もうぜんぜんフィーリングが違う。20グラムの違いでこんなに軽快になるのかって驚いたし、さっそく次の日、川に行って実際にルアーをキャストしたら余計にその効果を実感したね。特に一番メリットを感じたのはキャスティングの面で、とにかくブレずに安定する。こんなに変わるのかと思うほど、精度も高まって飛距離も出しやすくなる。疲れないし、もちろん今まで以上にミスを減らすこともできて、キャスト以外の部分に意識を張り巡らす余裕も生まれる。一度使えば、その有利さはハッキリ分かるよ」
 カーディナルの良さはそのままに、タックル全体のパフォーマンスをさらに向上させるという軽量化パーツの本領を小沢は現場ですぐに実感した。

 そしてもう1つ、昨シーズンから小沢の渓流釣りをさらに進化させているのがボウイ50Sだ。
 ボウイについてもまずはそのキャスティング性能の高さを、強力な武器として挙げる。
「ブレのないライナーキャストが簡単にできるよね。単純にルアーの重さで飛ばすのではなくて、リリースしてからポイントに届くまでの空中での直進性が、飛距離と精度を安定して高めてくれる。だから、あれだけ飛んでコントロールもしやすいのに、泳ぎをまったく犠牲にしていないっていうそのトータルバランスが凄いなと思った。大ちゃん、ほんとこのバランスは常識外だよ。バルサならではの軽快なヒラ打ちを維持しながら、レンジのコントロールも容易だし、キャストも思い通りに決まる。さまざまな状況にストレスなく対応できるメリットはとてつもなく大きい。それに、いろんなことが自由自在にできるっていうのは、それだけで釣りがより楽しくなるよね」

 さて、この日の釣行についてだが、小沢がマウンテンカスタムCXを装着し初めて釣りに行った日、彼は「こんな魚が釣りたかった」と言う素晴らしいアマゴに出会った。サイズだけで言えばもっと大きな魚も手にしているが、サイズだけではない魚体の魅力が琴線に触れた。
 ポイントは川が急角度にカーブして、岩盤に当たった流れがほぼストレートに瀬となって続くところ。そのブッツケの下だけが少し掘れて深くなっている。そこをアップストリームで攻めた。
 ボウイをキャストし4投、5投と探ったところで底の方でギラリとアマゴが反応した。静かにキャストを繰り返し、より強い反応を引き出すようにトゥイッチでヒラの打たせ方を微妙に変化させていく。
「何だかよく分からないうちに釣れちゃった、というのじゃなくて、誘いのバリエーションがすごく豊富なミノーだからこそ、自分でしっかり操作して釣った、っていう満足度が大きい」
 誘いの意図がぴたりとハマった瞬間、そのアマゴは再び反応を示し、遂に小沢のボウイに口を使った。ヒットしたアマゴを寄せてくると、足元に近づいたところでガバガバッ!と激しく暴れ、そして、ぐるっと横に反転した時の魚体を見て小沢はドキリとした。大きさは30センチ台の中盤で体高のあるプロポーションも素晴らしかったが、何よりその質感の美しさに一瞬で目を奪われたのだ。
 ランディングしたのは、淡いアイボリーの地肌にくっきりとイビツなパーマークを浮かべた34センチの雄のアマゴだった。
「釣った直後は肌が透き通るような感じで、本当に綺麗だった。それでいて顔付きはいかつい。アマゴは秋になると黒くなりやすいから、出会えたタイミングも良かったんだ。これは心の底から感動したね。ずっと見ていたくて、リリースしてしまうのが惜しかった。伊藤さんがいつも見せてくれる本ヤマメとか居着きのヤマメをきっかけにして、魚の本当の魅力、サイズ以外の価値を知ったし、それに対する憧れがこのアマゴに繋がったと思う」
 艶に溢れた滑るような肌、まるで水と溶け合っているかのような透明感。時間と共にどんどん陰っていく、ほんの一時の美しさに小沢は惚れ惚れとした。
 この川ではこの辺りのサイズが限界だと思う、と言う小沢にあえて聞いてみた。こんな見事な質感を身にまとった40クラスの大アマゴもいるのかと。
「いたとしても、出会える確率を言ったら限りなく低いよね。でもそんなアマゴが、どこかに必ずいるはずだと信じて、今も釣りをしている」
 完璧な道具と神経を研ぎました全力の釣り。すべてはその時のために。













「合理性の追求」 小沢勇人 
2012年7月、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 今、渓流というフィールドを見渡してみると、あらゆる情報の伝達、釣り道具の進化、あるいは強烈な人的プレッシャーなど、さまざまな要因によって渓魚がナーバスになり、いい魚を釣ることがどんどん難しくなっている。そんなシビアな状況をいかに打破するか、スレっからしの魚にどう口を使わせるか、が釣りの結果を左右する大きな鍵となっているのは紛れもない事実だ。
 しかしそんな中でも、ふと魚の活性が高まる時もあるし、気難しい神経質な魚を釣り上げた時の満足感もあれば、その一方で血気盛んにルアーを追ってくれる反応のいい魚を釣る楽しさも、まだフィールドにはわずかながら残されている。昨年7月のある朝、川におりてルアーを投げ始めた小沢勇人は、すぐにその幸運に気が付いた。
「タイミング的に、今日はいい釣りができそうだなとは思ってたけどね。若干スレは残ってるにせよ、それを補って余りある活性があって、ポイントごとにアマゴが飛び出してきた」
 稀にこんな日もあるのだ。昨シーズンを振り返って、この日がイチバン魚の反応が良かったと語る小沢は、まさに年に一度のチャンスを目いっぱい楽しんだのである。

 もちろん、魚の活性が高いからと言って、誰もが同じようにいい釣りができるわけではない。まずはいつも通り、アプローチから始まる一連の流れをミスなくこなすこと。
「それとこれも当たり前のことだけど、効率よく大きい魚を釣りたいから、できるだけポイントを荒らさないように小型の魚を避けていく。すべての魚の食いが高まってる状況で、いかに大物に狙いを絞れるか。あとはそうだなぁ、限られた時間で長い距離を釣り上がるために、釣りのテンポを悪くしないこと。それは意識するね」
 効率とテンポを重視し、この日小沢はほぼ一種類のルアーで釣りを通した。
 川全体に流れが厚く、深いポイントが多いこと。そして、淵、瀬、速い流れ、緩い流れ、さまざまなスポットにアマゴの着き場が散っていること。それらを踏まえ合理性の追求として小沢が選んだのが、蝦夷50SタイプⅡだった。派手なヒラ打ちアクションを生み出す薄型扁平ボディのファーストモデルに比べ、蝦夷50SタイプⅡはよりキレのあるピッチの細かいヒラ打ちで、高い汎用性を持っているのが強みだ。
「複雑な流れの中でも泳ぎをコントロールしやすいし、アップからダウンまでいろんな攻め方ができる。ひとつのルアーで、あらゆるポイントをテンポよく探っていくには打って付けだよね。ちょっと水が高くて、あっちもいいしこっちもいいっていうこの日の状況に、バッチリはまった」
 また、ピッチが細かく、綺麗な泳ぎをキープしやすい蝦夷50SタイプⅡの性能は、チェイスした魚にルアーを見切られたり、あるいは最後の最後にミスバイトを招いたり、というリスクがとても少ないのも大きな利点となっている。

 渓谷に日が差し込み、川面にわだかまっていたモヤがすっきり晴れると、ルアーを追う魚影がよりハッキリと浮かび上がり、余計に反応が良くなった気がした。
「活性の良さもあるけど、やっぱり7月という季節的なものもあったと思う。この時期ならではの捕食に対する貪欲さが、食い気をさらに加速させたんだ」
 興奮する魚につられて小沢のテンションもどんどん上がっていくが、ここぞという所でミスをしないよう慎重さを携えながらポイントを打っていく。9寸から泣き尺までの良型は数が出たし、それらを丁寧に釣っては放し、午前10時過ぎ、長い深瀬をアップクロスで探ると立て続けに2本の尺アマゴがヒットした。さらに午後1時頃、大岩の裏にできた白泡をダウンクロスで釣って3本目の尺アマゴ。そしてシメの4本目は西日に照らされた夕方近く、川がカーブする淵でほぼ純粋なアップストリームでバイトに持ち込んだ。なんとこの日、小沢は4本もの尺上を手にしたのだった。
「渋い魚をじらしてじらして、何とかして口を使わせる釣りももちろん面白いけど、こういうヤル気満々の魚を相手にさ、川のポテンシャルをストレートに楽しむ釣りもたまんないよね。まあ、こんな日は1シーズンに1回あるかどうかだけどね(笑)」
 アマゴのチェイスに何度も興奮し、尺上のヒットに四度も歓喜した素晴らしい一日。
 心ゆくまでアマゴ釣りを楽しんだ小沢は、河原で一人、満面の笑みを浮かべた。


【付記】
ここ数年の渓流はなかなか厳しい状況に直面することが多くて、いい魚に出会えない日が続くとどうしても気持ちが後ろ向きになりがちですけど、やっぱりそれでも、川に行ってみないと分からないことってありますよね。そういう自然相手の、100%読み切ることなんてできない部分が釣りの面白さであり魅力だなと、今回あらためて思いました。
千載一遇のチャンスは現場にいてこそ巡って来るもの。それは確かです。











「蝦夷50Sファーストの衝撃」 小沢勇人 
2012年7月初旬
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance sight edition 5Lb /VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st[YMP]/ITO.CRAFT



 初期型の蝦夷50S(現モデル名、蝦夷50Sファースト)が世に出たのは2002年。現在に至るまでの渓流ミノーイングというジャンルの進化は、このミノーによって道筋を付けられたと言っても過言ではない。「アップストリーム」「ヒラ打ち」「シンキングミノー」という現代の渓流ミノーイングには欠かせないキーワードを確固たる根拠のもとに提示し、初期型蝦夷は新たな常識を作り出した。

 当時、初期型蝦夷を地元のアマゴ相手に使ってみた小沢勇人はこう振り返る。
「とにかく、それまで体験したことがないくらい魚が釣れた。魚が釣れる数にただただ驚いたね。正直、これは市販して欲しくないなって(笑)」
 他にはない薄型フラットボディ、その大きなフラッシング面積を最大限に生かしたド派手なヒラ打ちアクションが、渓魚を誘い出すのに非常に有効であることは一発で分かった。
「それまでも自分なりにトゥイッチはしてたけど、蝦夷のようにヒラを打つミノーはなかった。ワンアクションごとの移動距離が短くて、その場でギランッギランッと背中を倒してヒラを打つアクションが、こんなにもアマゴやヤマメに効くのかと、ほんと衝撃だったよ」
 その絶大な効果を小沢はどんどん試したくなり、様々な川に積極的に出掛けた。とあるヤマメの川と出会ったのもその頃である。
 その川のヤマメはもともとの系統によるものなのか、とにかく太く、パワフルな魚体が目立ったのだが、初めての釣行で小沢は、初期型蝦夷を使って38cmのヤマメを釣り上げた。「めちゃくちゃ体高があって、鏡餅みたいだった(笑)」と言うほどインパクトのある極太のヤマメだった。

 それから時が流れ、昨年7月初め、小沢からものすごい太さのヤマメの画像が届いた。すぐに電話で話を聞くと、釣り場は初期型蝦夷で38cmを釣った、あの川だと言う。
 その日のヤマメ達はいつもと違っていた。いつもなら格好の着き場となっている流れの芯は小型が反応するばかりで、良型のヤマメは決まって瀬の肩に着いていたのだ。狙い澄ましてミノーにヒラを打たせると、9寸~泣き尺の驚くほど肥えたヤマメがヒットしてくる。いち早くこのパターンを把握した小沢は胸を躍らせた。ざっと思い浮かべるだけでも大物の出そうな場所があと3ヶ所はこの区間にある。
 釣り上がっていくと、その3ヶ所の内のひとつ、深瀬のいい流れが続くポイントに出た。流芯付近はヤマメ的にちょうどいい押し具合で流れが通っている。その瀬が終わり、ガンガン瀬へと変わる一歩手前の肩の部分を小沢は迷うことなく慎重に狙った。釣り人によってはそこに立ってしまいそうな狭く浅い流れだが、その日の核心部は間違いなく瀬の肩にあった。

 すぐ下流はガンガン瀬になっているので、ルアーを追わせて食わせるのではなく、アップストリームでルアーを魚の目の前に、つまり捕食の範囲内に出来るだけ長く止めながらヒラを打たせて、一気に興奮させる。そのための性能が蝦夷50Sファーストには与えられている。
 ヤマメの着き場をきちんと見極め、そのスポットを完璧なシナリオ通りに小沢は釣った。ファーストにヒットしたのは35cmのヤマメ。筋肉質で背中が盛り上がり、豊富なエサを物語るように胴回りもとてつもない太さをしている。薄くパーマークを浮かべた雄のヤマメだった。
「この川らしいヤマメだよね」
 うだるような暑さの中、見事なヤマメがネットに収まった。渓魚を魅了するファーストの性能は、どんどんシビアになっているフィールドで今なお証明され続けている。10年前の衝撃は今も続いている。
「10年前に比べれば、釣り人が増えたり道具が進化したりして魚がすごく賢くなってるわけだけど、それでもやっぱりファーストのヒラ打ちは効果的なんだよ。それだけのポテンシャルがもともと備わってたってことだし、自分にとって言えば、このファーストは渓流アップストリームの原点だね。本当の意味でアップの有効性とか面白さを知ったのはファーストの存在がきっかけだった。きちんと左右交互に綺麗にヒラを打たせられるか、1トレースの中でどれだけ数多くヒラを打たせられるか、そういうルアー操作の基本も、このひとつのミノーから学んだ」
 今は状況によっていろんなルアーを使い分けるけど、とした上で、小沢は蝦夷50Sファーストを「やっぱり一番好きかもしれない」と語る。それほど彼にとっては思い入れの強いミノーであり、決して手放せない勝負ルアーのひとつなのである。









「遡上アマゴと山夷50SタイプⅡ」 小沢勇人 
2012年春から初夏にかけて
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX,600ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance series 5Lb /VARIVAS
lure:Yamai 50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 小沢さんの住む長野県茅野市の冬は、まさに冬らしい厳しい寒さに見舞われる。雪はそれほど多く降らないのだが、そのぶん放射冷却による冷え込みがきつい。当然、山は氷の世界になる。
「毎年2月16日に渓流釣りは解禁するんだけど、初期の釣りは魚を狙いに行くっていうよりは、川や自然に浸かりに行くっていう気分だよね」
 解禁当初はまだ川も魚も冬の眠りから覚めていない感じだ。
「イワナは別として、大きなアマゴほど動き出すのが遅いから」
 小沢さんが本格的にいい魚を狙い始めるのは4月半ば頃。雪シロは少ないので、ひとまず暖かくなれば状況は次第に上向いていく。
 そしてその時期に狙うのが、遡上系のアマゴ。
「シーズン序盤にいいサイズを狙うとしたら、やっぱり遡上系の個体になると思う。本当なら、遡上してきたタイミングとか水の条件が合えばそれほどシビアな釣りではないし、実際以前はそういうラクな釣りもできた。でも今はね、釣り場の様子がその頃とは全く変わった」
 釣り人の数が劇的に増えたのだ。
 長年通い慣れた地元河川でも、堰堤下のプールや綺麗に筋の通ったトロ瀬、そういう誰もが攻めやすいポイントには簡単に入れなくなった。タイミング的に好条件であればなおのこと釣り場は混雑する。
「だから、ちょっと攻めづらいようなポイントをいかに釣るかが重要になるよね。流れがすごく複雑だったり、押しが強かったり、食わせづらいスポットに魚が着いてたり、そういう難しさを克服しながら釣っていかないと、なかなか釣果には結びつかない」

 シーズン初めの渓通いが徐々に熱を帯び始めてきた昨年5月、ルアーケースには新たな武器が入っていた。山夷50Sのウエイトアップバージョン、山夷50SタイプⅡだ。昨シーズン、これが小沢さんの圧倒的な釣果を支えたルアーのひとつになった。
 山夷50SタイプⅡの性能についてはこのウェブ上でも動画をまじえながら度々紹介しているが、どんな流れにも対応する高い安定性が、釣りの展開を非常にラクにしてくれる。
 小沢さんも、その点を現場で強く実感したという。
「川の流れはポイントによって本当に千差万別で、特に増水気味の流れをサイドクロス~ダウンで探る時っていうのは、1トレースの中でいろんな強弱の流れをミノーがもろに受けるよね。山夷50SタイプⅡはそういう複雑な流れに揉まれても、着水からピックアップまで、コケたり浮き上がったりしないで綺麗に泳ぎ切ってくれる。だから、どんな流れにも邪魔されず思い通りの誘いを展開できるのが強み。例えばチェイスしてきた魚に対して、あと1回ヒラを打たせて止めれば食う、という所でちょうど押しの強い流れがぶつかってミノーがバランスを崩してしまう…っていうこともない。そして、それだけの安定性を持ちながらトゥイッチに対するレスポンスもいい。これは絶対に重宝するよ」
 また加えて、飛行姿勢が良く飛距離も稼げるため、渓流域から本流までいろいろな釣り場でオールラウンドに使えるのも大きな特長だ。川で出会う様々なポイントをテンポ良く探り、効率良くバイトを拾っていくには打って付けのミノーである。
 5月下旬のある日、山夷50SタイプⅡを手に小沢さんはとあるポイントに目を付けた。
 ガンガン瀬から続く流れが絞られるようにまとまって対岸にぶつかっている所。流れは速く複雑で、底からの湧き上がりも強い。魚がいるだろう場所に狙い通りにルアーを持っていくのが難しい流れで、ルアーが浮き上がりやすく、泳ぎも殺されやすい、という攻めづらいポイントだった。山夷50SタイプⅡの安定性とレンジキープ力を最大限に生かして、底波に入っているだろうアマゴを誘う。
 2、3投しても反応はなかったが、そのポイントに確かな気配を感じ取っていた小沢さんが丁寧に攻め続けると、およそ10投目、トゥイッチでアクションを加えたミノーに『カツンッ』と軽いアタリを感じた。アワセと同時に魚が猛烈に抵抗を始め、「40クラスか?」と思わせるトルクフルなファイトを繰り広げた。もちろんフッキングは完璧。イメージ通りの展開でネットに太い魚体が収まった。
「釣り上げてみたら40cmはなかったけどね、体高があって顔付きもカッコイイ。この川の遡上アマゴは自分にとって馴染み深い魚だし、毎年ここから本格的な渓流シーズンが始まる。この魚を見て、さらに気合いが入ったよ(笑)」
 ハッとするほど見事なプロポーションで、サイズは37cmだった。
 そしてこの魚の他にも、昨年小沢さんは山夷50SタイプⅡを駆使して何尾もいい魚を釣り上げた。
 昔に比べれば、ひっきりなしに訪れる釣り人の猛攻により魚の反応は渋くなった。思うようにポイントも選べなくなった。それでも魚と出会うチャンスは今もみんなに平等にあるのだ。それを手にできるかどうかは、いつだって僕ら釣り人にかかっているのである。










「さらなる高みを目指して」 小沢勇人 
2011年9月30日、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st/ITO.CRAFT



 昨年の渓流最終日、とある支流でのこと。
 仕事前の朝駆けということもあり時計を気にしながら、あらかじめ頭でシミュレーションしていたポイントを足早に探っていく小沢さん。そして、ここが最後と決めた場所に着いて辺りを見渡すと、すでに四駆が1台、近くに止めてあるのが見えた。リアゲートを開けて釣り人が二人、立ち話をしている。
 これから釣りを始めるのかもしれないし、あるいは、このポイントを攻め終えて移動先の相談をしているのかもしれない。
 向こうもこちらの存在に気づき、どちらからともなく挨拶を交わした。
「これからここに入るんですか?」そう小沢さんが尋ねると、「いや、朝イチにここから釣り上がって、今さっき戻ってきたところです」とのこと。
 最後に良い釣りができるといいですね、と声を掛け合い、別の川へ移動すると言う二人は車に乗り込んで、先を急ぐように走り去っていった。
 釣り人の多さ、それによって高まるプレッシャーは、今やどこのフィールドでも釣りを難解なものにし、いい魚と出会うためには必ず越えなくてはならない壁になっている。ポイントに覆い被さる木の枝と同じように、それを避けていては釣りにならないのである。
 特にこの日は9月30日、渓流シーズンを締めくくるべく多くの釣り人が、思い思いの釣り場に足を運んでいるに違いなかった。
 釣り人が攻めた後ではあるけれど、残された時間はもう少ないし、今日はここで勝負する。渓流シーズン最後の朝、そう小沢さんは腹を決めてポイントにおりた。

 そこは落ち込みから続く淵になっていて、川幅7~8m、最も深い所で1mほどの水深がある。葦のなかを流れる小さな川にあって、割と広い開けたポイントだ。いい懐だが、一方で橋の上からも丸見えで目に付きやすく攻めやすい場所だけに、普段からポイントに掛かっているプレッシャーは相当なものだ。
「この状況だからね、セオリー通りの攻め方、先行者と同じ釣りでは難しいと思った」
 普通このポイントを訪れた釣り人は、淵の真ん中、つまり一番水深のあるスポットを主に攻めるだろう。小沢さんは、上流を見て左岸側に立ち位置をとり、アップクロスで対岸のキワにミノーを投げ入れた。狙いは淵の最深部ではなく、対岸に入っている岩盤のエグレ。先行者に散々叩かれただろう最深部にいる魚よりも、プレッシャーを感じて2級スポットの岩盤に身を隠しているアマゴの方がルアーに反応しやすいと考えた。だから余計なプレッシャーを与える前に、1投目から対岸の岩盤のエグレを狙った。
 そこにあるわずかな可能性を見い出し、いかにしてポイントから魚を引き出すか。ちょっとした不注意やミスで、自らその可能性を失うこともある。どこまでシビアにポイントを見ることができたか。全ては釣り人の判断に委ねられているのだ。
 岩盤のキワをなぞるようにミノーをトレースした。ルアーは蝦夷50Sファースト。体高のある薄型ボディを生かした派手なフラッシングで誘う。
 さすがに渋く、すぐには反応してくれないが、自分の読みを信じてキャストを続けると10投目の誘いにようやく、ふわっと体を動かすアマゴが見えた。
 小沢さんの読みは当たっていた。そこに、口を使う尺アマゴが着いていた。
 さらにキャストを重ねると、徐々にルアーを追う距離が長くなってきた。激しくヒラを打つミノーに対して、魚の興奮が高まってきているのは明らかだった。あとは食わせのタイミングを上手く入れられれば釣れる、そう思った。
 しかし。
「ここで食うだろうっていう食わせのタイミングで、そのアマゴは口を使わずに、そのままミノーに付いてきて足下近くまで寄ってきてしまった。あっ、ヤバイなぁと思いながらミノーをピックアップすると、目の前のザラ瀬の石裏に着いた。今まで蓄積したプレッシャーだよね。ミノーのアクションで、ある程度までは興奮させることができても、ギリギリのところでまだ警戒してる」
 えてして岩盤のエグレは底から湧く複雑な流れが絡んで、ルアーのレンジをキープするのも難しい。単純に水深も含めて考えればヘビーシンキングのタイプⅡも選択肢のひとつだった。
「でも、この魚のスレ具合を考えると、より長く止めておけて、その場できめ細かくヒラを打たせられるファーストだからこそ、あそこまで魚を興奮させられたんだと思う」
 アマゴは目に見える所に定位した。
「釣り人の存在にすでに気付いてるとしたら終わり。ゲームオーバー。人に気付いてても逃げない魚っているでしょ? まあどっちにしろ、一発勝負だなって思った」
 小刻みにヒラを打たせながら魚の鼻先にミノーを持っていき、最後はルアー自体の泳ぎで口を使わせた。
 釣り上げてみると、居着きの魚らしい色の濃い尺アマゴで、険しい顔付きの雄だった。
「試合に勝って勝負に負けた、みたいな釣りだった(笑)。最初の食わせのタイミングで食わせられなかった時点で、自分の負けなんだよね。納得のいく釣りをするためには、ここをもっと突き詰めていかないと。今は道具の性能で釣らせてもらってる部分も大きいけど、その道具の性能を完璧に引き出す技術がともなわないと、本当に納得のいく魚は釣れない。磨く部分がまだまだあるってことだし、やればやるほど課題が出てくる。この釣りはやっぱり、果てしなく奥が深いよね」

【付記】
こういう小沢さんの、「もっと、もっと」と常に上を目指す姿勢や気持ちが、魚との距離を縮めているのだと思います。それが最も色濃く表れたのが、まさしく今シーズンです。特にシーズン後半は壊滅的とも言えるほど多くの釣り人が猛暑と渇水に苦しむ中、小沢さんは居着きの個体に狙いを絞って数多くの素晴らしい尺アマゴをその手に収めました。その中には彼自身が「今まで釣った中で最高のアマゴ」と語る魚もいます。渇水というマイナス要素を打ち消すだけの確かなプラスアルファが小沢さんの釣りにあったわけですが、詳しい釣行の模様は後ほど改めてレポートします。どうぞお楽しみに。








「信濃鱒と出会って」 小沢勇人 
2011年9月、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX, 600ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 65S 1st, Balsa Emishi 50S/ITO.CRAFT



 長野県は、海のない土地だ。そこに生まれ育った小沢さんは、当然海から遡上してくる鮭もサクラマスもその存在を身近に感じることはなく、それらは全てテレビや雑誌の中での出来事だった。
 釣りの対象魚といえば地元の渓流で釣れるアマゴやイワナ。それが常で、だから例えば50~60㎝というサイズの魚にはまるで現実味がなかった。今から20年ほど前、1990年代前半のことだ。
 しかしある時、そんな小沢さんに大きな転機が訪れた。
 友人の誘いで、同じ長野県内ではあるが地元からちょっとばかり離れたとある川に車を走らせた時のこと。そこで彼は、釣りに対する世界観をガラリと一変させる魚に出会った。
「初めて信濃鱒を目の当たりにした時は、ほんとに衝撃的だった。海外のサーモンでも見てるような感じ。ただデカいだけじゃなくて、そのスタイルといかつさに一発で虜になった」

 信濃鱒、というのは、のちに伊藤秀輝が名付けたもので、それがどんな魚であるかは昨年小沢さんが釣り上げた61㎝の写真を見てほしい。これが信濃鱒の究極の姿。長くこの個体群を追い求め、そして実際に手にしてきた小沢さんをして「これほどの個体はもう釣れない」と言わしめるほどの魚だ。
 20年前に話を戻すと、初めてその川を訪れた時、小沢さんが目撃した信濃鱒は落ち込み下の白泡で惜し気もなく魚体を見せつけて、しきりにジャンプを繰り返す魚だった。
「当時は釣り人が少なくて魚の個体数も多かったから、なかには警戒心の薄い魚もいて、比較的簡単に魚の姿は見れたんだ。それでも、その時はどんなに頑張っても釣れなかった」
 その頃はトラウトのルアーフィッシングといえばサイドやダウンクロスの釣りが当たり前の時代で、それはそれでもちろん有効なケースもあるのだけれど、信濃鱒には全く通用しなかったのだ。
「完敗(笑)。まるで相手にされなかった」
 しかしその魚体は、脳裏に焼き付いて離れなかった。
「寝ても覚めても、だよね。魚体の素晴らしさに完璧に魅せられてしまったし、何より、歯が立たないからこそ熱くなった。それからはもう、この魚のことばっかり考えてた」
 どうしたら口を使ってくれるのか。小沢さんは信濃鱒と出会って、釣りをより深く探究していった。そしてこの魚を追い求める過程で、技術だけではなく、釣りには絶対的に必要不可欠な釣り師としての嗅覚やひらめきといったものも自然と養われていった。よく伊藤が、「小沢さんはいい魚に歩み寄る能力がズバ抜けている」と口にするが、それに対し本人は、「自分にそういうものがあるとしたら、この魚に鍛えられたものだと思う」と語る。
 小沢さんが遂に初めて信濃鱒を釣り上げたのは1995年のことで、その時は興奮のあまり足がガクガク震えたという。
「ほんとに嬉しかった。何としても釣りたかったから。魚釣って足が震えたのなんて、あれが初めてだな。60cmのかっこいい雄でさ、1本釣ったらもっと釣りたいって、さらにのめり込んだね」
 最初の1本を手にしたあとは、それから5年連続で信濃鱒を釣ることに成功した。この魚の性質を着実に理解し始めていたことが少しずつ釣果となって表れていった時期だと小沢さんは振り返る。
 その後は川自体の不振がしばらく続いたことと、渓流のアップストリームの釣りそのものの面白さに興味が向かい様々なフィールドで腕を磨くようになったことで、次第に小沢さんと信濃鱒のあいだには距離ができるようになっていたのだが、再び熱がぶり返すまでそう時間は掛からなかった。

 そうして信濃鱒と出会い、現在に至るまで深く関わってきた小沢さんの釣り人生、そのひとつのハイライトが昨年9月、61cmを釣り上げた瞬間だ。
「同じ信濃鱒でも、40cmと60cmの魚とでは警戒心の強さが全然違う。もうずっと見てきたから、それはハッキリと言える。60クラスになると、ルアーを追って食うってことがまずないし、一度でも人の存在に気付いたら絶対に口を使わない。だから、そのクラスの個体を狙うなら必然的にアップの釣りになる。釣り人もどんどん増えて魚がとんでもなくシビアになってるから、そういう意味での難しさは以前より確実に増してる。ただその反面、道具の面ではずいぶんと狙いやすくなった。信濃鱒を狙い始めた頃は、操作性のいいライトタックルであのサイズの魚を獲れるロッドがなかったから。今はカスタムがあるし、それに、アップでのヒラ打ちをばんばんこなせる蝦夷がある。このアドバンテージは計り知れないよ」
 ガンガン瀬の岸際に大きな岩があり、その裏側に弛みができていた。下流側から見て、岩の右脇にルアーを送り込める筋があった。小沢さんは蝦夷65Sファーストを結んだ。
「その弛みにいる魚を誘うには、もうその筋しかなかった。ミノーを着水させたら吸い込ませるようにして送り込んで、タナに入った途端にギラッ、ギラッとヒラを打たせる。とにかく、通すラインとタナが少しでも外れると反応しないね」
 およそ15投目、薄ピンク色に染まった魚体が、フッと頭を振って口を使うのが見えた。アワセを入れると魚は猛然と首を振ったあと、流れに乗って足下まで寄ってきた。そして釣り人の姿を見たところで、ぐるっと反転し今度は上流に向かって走り始めた。
「その反転した瞬間だね、こいつは太い! すっげえ幅だって思ったの」
 暴れる魚をいなして、何とかネットに収めた。必死だった。釣り人生の転機となった運命の魚とも言える信濃鱒、その至高の姿が目の前にあった。
「自分にとってはパーフェクトな魚体」
 写真に収めようとネットに横たえた魚体に、パーマークの名残が見て取れた。貴重なものだが、しかし、だからといってこの魚をアマゴと判断するのは早計である。伊藤によれば、こうしたパーマークの名残は降海型のマスにもウロコの下に見られることがあるという。アマゴなのか、マスなのか、それはパーマークの有無だけでなく、棲息環境や系統を含め総合的に判断していくべき、というのが現在の伊藤の考えで、信濃鱒はもちろん「マス」なのである。
 長く信濃鱒の系統に惹かれ続けてきた小沢さんにとって、間違いなく一番の個体。サイズ、プロポーション、顔のいかつさ、色合い、コンディション、どれを取っても非の打ちどころがない。
 釣りに完結ということはないけれど、ひとつの夢が叶ったと、小沢さんは静かに語った。


【付記】
すごい魚、いい魚の定義はさまざまあるけれど、僕もこの信濃鱒を初めて生で目にした時は、モノの違う迫力に鳥肌が立ちました。あの強烈な印象は今でもはっきりと残っています。あれは今から9年前、トラウティストvol.11「究極のマス」の取材で伊藤がカメラの前で釣り上げたのが信濃鱒でした。数時間、アップでひたすら誘い続け、異常なまでの警戒心を持った鱒が遂に口を使った時には頭が真っ白になりつつシャッターを切りました。見事な雄を手にした伊藤が、魚を見ながら「この鱒はニッポンの財産だよ」と言っていたのを覚えています。今回の小沢さんの魚もまさに一生モノでしょうし、伊藤は写真を見てこう言います。「これを超える個体は、もうきっと出ないだろうな。魚に感謝だし、やっぱり小沢勇人はすごい」。長年の熱い思いが結実した素晴らしい魚だと思います。















「雄アマゴの引力」 小沢勇人 
2011年9月、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS
lure:Balsa Emishi 45S /ITO.CRAFT



「ずっとあの朱点を見て育ってるからね」
 小沢さんの抱くアマゴに対する強い思いは、川遊びをしながら地元の自然に深く慣れ親しんできた少年時代からの体験や記憶とつながっている。
「子供の頃は、川遊びの相手といったらアマゴだったから、魚には朱点があって当たり前というか、今でもやっぱりヤマメとは別の思いがあるんだよ。自分の魚っていうかね。特に鼻曲がりの雄には、カッコいいなあ!って子供ながらにすごく憧れたし、それは今も変わんない。あの感覚って、クワガタとかカブトムシを採る時に、立派なツノをもった雄を採りたいっていう気持ちと一緒じゃないかな。いかつくて力強いものに対する憧れ。鉄砲をやる人だったら、でっかい雄鹿の四段ヅノを仕留めたい、みたいなさ。男だったら誰でも潜在的にそういう本能があるんじゃない? 魚の場合はさらに、美しさとかパーマークとか、スタイルとか、いろんな価値観が他にも加わってくるけどね」
 そんな見る者を威圧するような迫力とカッコよさを備えた雄のアマゴを追い求めて、小沢さんは昨年秋、とある渓谷に足を運んでいた。
 事前に小沢さんが調べたところによると、その山深い谷にはネイティブの血筋が今も残されているらしく、それもこの釣り場に惹かれた理由のひとつだった。
 そこは当然車の通れるような道もなく、薄暗い山中をしばらく歩かなかければいけない立地条件になっているので、万が一に備えて食料などの荷物をザックにパンパンに詰め込んでの釣行だ。もし予想外に貧果だったら心底ガッカリするしそれまでの疲れも倍増するけれど、失敗を恐れていては何も始まらない。「とにかく強い気持ちを持って行動することです」と小沢さんは笑う。そんなリスクも含めて彼は釣りを楽しんでいるのだ。話を聞くと正直あまり気の進まないかなりハードな行程だが、この先に待っているだろう出会いに胸を膨らませて、小沢さんは険しい道のりを踏破した。

 奥地の山深い谷というと、手付かずのパラダイスを連想してしまいがちだが、いまの時代、実際にはそんなこともない。この時もお約束のようにテンバ跡をいくつか発見した。
 しかしそれでも、谷の清冽な水、ありのままのダイナミックな地形、そしてすぐそこに迫る雄大な山を見ていると、みるみるうちに身体に精気が満ちていくようだった。いい魚を釣りたいのはもちろんだけど、彼らの住む環境にも小沢さんは心底惹かれているのだった。
 冷たい水で顔を洗って一息つき、パックロッドを継ぐ。これまで数々の苦楽を共にしてきた小沢さんの山釣りの相棒がEXC510PULだ。
「パックロッドにありがちなフィーリングのぎこちなさが全くないから、思う存分攻め抜ける。アクション的には、シャープなブランクでありながらティップには適度なしなやかさがあって、バルサとか軽めのミノーも操作しやすいし、キャスト時もリリースポイントが掴みやすい。それでいて、バットの強い反発力を引き出して投げればバルサでもぶっ飛ぶ。それとフッキング性能、大物をいなすトルクの面でも、全く不安がないパックロッドだよ」
 ひときわ警戒心の強い魚を想定し、バルサ蝦夷45Sを使って普段の間合いよりも意識的に遠くからポイントを攻めていく。
 そして、クライマックスはいきなり訪れた。
 7、8mの瀬が続くポイントで、熊笹がせり出した対岸に流れの芯が当たっている。アップクロスの角度でその流芯を通すと、オーバーハングした笹の奥から、グワンッ!と大きな影が現れて消えた。
 興奮のあまり思わず我を忘れてしまいそうなシチュエーションだが、小沢さんは至って冷静に立ち位置を少しずらして、アップストリームに近い角度から、すぐさま熊笹が続くラインをよりタイトに通した。細かくヒラを打たせながらゆっくりと流下させたバルサ蝦夷を、さっきの魚が30㎝ほど追い、食った!一発でしっかりフッキングを決め、ガッガッガッと頭を振る激しい抵抗をロッドの粘りとトルクで溜めながら慎重に寄せる。
 あっという間のできごとだった。
 小沢さんのネットに収まったのは、背中の盛り上がった雄のアマゴ。サイズは43㎝。
 鼻曲がりのアマゴが、グッと釣り人に睨みを利かせる。ずっと憧れを抱き続ける勇ましいアマゴの風貌に見入り、小沢さんは谷底でひとり感激に浸ったのだった。
「サイズもでかいけど、何よりこのいかつさ、力強い姿に感動した。こういう出会いがあると思うから、ツライ道のりも乗り切れちゃうんだよ(笑)。パーマークもはっきりと見えたし、頑張った甲斐があった」
 山を歩いた疲労感が、一瞬にして心地よさへと変わる瞬間だった。
 
 素晴らしいアマゴとの対面を果たし、気を良くしてさらに上流へ釣り上がって行くと、パーマークを色濃く浮かばせた個性的なアマゴが姿を見せてくれた。サイズは8寸クラスがメインだが、ネイティブの血筋を感じさせる野性味あふれるアマゴたちに小沢さんの顔はほころんだ。
 しかし、ある地点からパタッと魚の姿が見えなくなったので、あれ?と思い周囲を見渡すと、すぐそこの地面に真新しい釣り人の足跡があった。上流へ進むと2人の釣り人の姿が見えた。同じ谷を目指した釣り人同士、話を交わすと、さらに上流にもルアーマンが入っているらしい。これはさすがに厳しい。小沢さんはそこで竿を畳んだ。
「なかなか思うようには行かないのも釣りだよね。でもまあ、山と川と魚に元気を一杯もらったよ。さらにこの谷の上流に、どんな魚がいるのか。また次回の楽しみだね」










「憧れの聖地」 小沢勇人 
2011年8月上旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb /VARIVAS
lure:Balsa Emishi 50S /ITO.CRAFT



 長野県に暮らす小沢勇人には、毎年のように東北遠征を行なっていた時代がある。秋田県のサクラマスが解禁になる6月1日、米代川でロッドを振るために小沢は休日を捻出し、遠路はるばる車を走らせていた。今から15年ほど前のことだ。
 当時の小沢は、九頭竜川や米代川のサクラマスに猛烈に熱を上げていたが、こと渓流のアマゴやヤマメに関しては今ほど深くのめり込んではいなかった。
 渓流釣りの魅力に心惹かれていくきっかけとなったのは、ほかでもない伊藤秀輝との出会いだった。
 小沢が伊藤と初めて顔を合わせたのは恒例の米代川遠征時のことで、その翌年、二人は長野の渓流で再会している。たまたま所用で長野を訪れた伊藤は、それまで電話で交流を深めていた小沢を誘って短い時間ではあったけれど一緒に渓流釣りをしたのだ。
 その時の印象が小沢の中には今も鮮烈に残っている。
「もうキャストもトゥイッチも、釣りの動作全部がね、なんだこりゃっていう感じ(笑)。魚に気配を悟られない川の歩き方をしてたし、当時の自分の感覚ではずいぶんと遠い位置から、バックハンドでビュンッとミノーを飛ばしてボサの下に正確に入れる。で、水中のミノーは常に踊りまくってる。しかも釣りの一連の流れが見入ってしまうくらいスムーズだった。もちろん魚の反応の仕方もすごかったしさ、こんな釣りがあるのかと思った。自分の全く知らない世界。ひと言でいえばショッキングだったよね。ルアーをだいたいの所に投げて、ただそのまま引いてくるっていうのが当たり前だったから。こんなふうに釣りができたら楽しいだろうなあって、俺もこうなりたいなあって思った」
 伊藤の釣りを目の当たりにして、小沢は渓流釣りの面白さに完璧にはまった。確固たるココロザシが生まれ、地元のアマゴを相手に自分の釣りを必死に磨き続けた。
 そして、このウェブサイトでも紹介しているように数多の素晴らしい魚を手にしてきた小沢だが、しかしそれだけでは満たされないひとつの思いが、心の中にずっとあった。
「伊藤さんの釣りが培われた岩手の渓流、それと、そこに棲む本ヤマメへの憧れが強くあった。エキスパートカスタムや蝦夷は本来、岩手の本ヤマメを釣るために生まれた道具だと言えるだろうし、今はそれを使ってアマゴを釣ってるけども、いつか、カスタムと蝦夷で本ヤマメに挑んでみたいと思ってた。自分の釣りがどれほどのものか、岩手で確かめてみたいっていう気持ちだよね」

 うだるような暑さが続いていた昨夏のある日、小沢は岩手にいた。
 仲間みんなで雫石に集まった時のこと。久し振りに伊藤やフィールドスタッフのメンバーと再会を果たすことができ、安堵の時間を過ごした。そして、みんなが寝静まっている夜明け前、小沢はひとり釣り支度を整えて車に乗り込んだ。せっかく岩手に行くのだから、この機会に少しでも岩手の渓流で釣りをしたいと考えていたのだ。
 昼前には雫石を発つ予定になっていたので、釣りができるのは朝のわずかな時間だけ。
 林道をしばらく走り、薄暗い広葉樹の森をさらに奥へと向かう。
「やっぱり山が深くて、森が見るからに豊かだよね。地元にある山とは、また雰囲気が違う」
 小沢が目を輝かせて言う。憧れの場所に初めて足を踏み入れている高揚が眠気を吹き飛ばしていた。
 車一台分の小さな駐車スペースを見つけ、川に降りる。
「文句無しにヤマメの川だね。普段やってる地元の川は、ちょっと山に入るとすぐに斜度がキツくなってイワナの渓相になるんだけど、ここはヤマメの好みそうななだらかな渓相が、山の奥まで続いてるんだね。こういう川、なかなか地元にはないよ」
 あらかじめ伊藤から話を聞いて予想はしていたが、川のコンディションは良くなかった。というより、最悪に近かった。悲惨なほどの大渇水である。それに加え、つい最近のものだろう釣り人の足跡も見える。しかしそんな悪条件を全く気にする素振りもなく、小沢は興奮を抑えながら静かに釣りを始めた。
 大量のアブに囲まれ30分ほど釣り上がると、状況はさらにハッキリとした。
「1投目勝負だね。一発でベストな着水点にルアーを落として、一番のラインを通さないとダメ。1投目に少しでもミスって2投目以降の勝負になると、もともと低い可能性がさらにずっと低くなってしまう。それと、ヤマメの着き場近く、つまり魚にとっての安全圏で口を使わせることだね。長い距離を追うような活性はあまり期待できないし、むしろ長い距離を追わせたくもない。こういうシビアな状況では、ルアーを追ってる間に魚が急に警戒してチェイスをやめたり、無理やり追わせてバイトに持ち込んでも浅掛かりですぐにバレたりするから。ヤマメの目の前に長くルアーを留めても、なおかつ見切られないアクションで食い気を引き出す。レスポンスに優れたバルサの出番だね」
 小さなヤマメでさえ、フック一本、皮一枚のきわどいバイトがほとんどだ。そんなぎりぎりの駆け引きを楽しみつつ速いテンポでどんどん釣り上がっていくと、岩盤伝いに広がる淵が現れた。流芯の通る一番のラインにぴったりとバルサ蝦夷を送り込み、細かくヒラを打たせる。
 狙い通りにヤマメがチェイスを始めた。無理に追わせることはせずその場で一気に魚を興奮させるアクションで、ヤマメはたまらずテールフックをくわえた。
 この時の釣りとヤマメを、いま小沢はこう振り返る。
「憧れを抱いてた本ヤマメ。ほんとうに嬉しい魚だった。あの厳しい状況で釣れた魚でもあるし、なにより魚体に心が奪われた。くっきりとパーマークが浮き出て、まだ夏真っ盛りなのにオレンジの発色もすごく鮮やかだったし、顔つきにも野性が滲み出てたよね。大物じゃなくても感動できる魚だった。ただ、本ヤマメの素晴らしさには満足させてもらったけど、まだまだですな!って言われた気もする(笑)。もっと釣れたんじゃないかってね。まあ、新鮮な気持ちで釣りができてさ、貴重な経験になったよ。地元でもっと精進して、またいつか岩手の本ヤマメに会いに行きたいね」
 
 













「天然アマゴを追って」 小沢勇人  
2010年9月15日、中部地方のとある谷
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st & Balsa Emishi 45S・50S/ITO.CRAFT



 釣り具にウェーダー、テント、食料、火器などをバックパックにギュウギュウに詰め込んで、車止めから約3時間半、道があるのかないのか分からないような道を踏破し、小沢さんはとある水系の源流部に辿り着いていた。目的は放流魚の血が混じっていない、ネイティブのアマゴに会うこと。純血を保ち続ける野生のアマゴを釣るべく、山の奥深くへと分け入っていた。
 谷に降りてすぐ、小沢さんは河原の砂地部分にクマの足跡を見つけた。そして遡行途中、あやしい獣の匂いを感じ取った直後、すぐそこの林のなかで真っ黒い大きな影がサッと動くのを見た。そんなクマの気配が濃厚な渓谷で、小沢さんは胸を躍らせていた。
「もちろん魚は釣りたいんだけど、それだけじゃなくて、山奥の厳しい自然のなかに身を置きたい。どういうわけか、そういう気持ちが年々強くなってきてるんだよね。人の手が入ってない山と川があって、もちろんクマとかも普通にいてさ、今の時代、そういう場所自体が貴重でしょ。そこにいれることがすごく嬉しかったし、そんな場所で天然のアマゴが釣りたかった」

 今や誰もが知っていることだが、苦労して辿り着いた辺境の水域だからといって、そこにいる魚たちがみな無邪気にルアーを追ってくれるかというとそうじゃない。今も天然種が残っているような簡単には人を寄せ付けない場所にも、やっぱり釣り人はいるのだ。この日の小沢さんもそのひとりだし、源流まで詰めたとしても完全にピュアな魚は皆無に等しいのが現状だ。
「テンバの跡もいくつかあったし、なにより魚の反応が見るからにシビアだよね」
 透き通った流れにミノーを泳がせると、ぱっと姿を現したアマゴがチェイスを始めても、ミノーとの距離がなかなか詰まらず、途中で興味を失ったようにUターンしてしまう何とも歯がゆい状況が続いた。ルアーを完全に見切られているように感じた。
 左右へ交互にヒラを打つミノーのわずかな「間」を見切っているのかもしれない。そんな魚を見て小沢さんは、よりピッチの細かいヒラ打ちを演出するためにバルサ蝦夷をメインに釣りを組み立てた。バルサの持つ最高のレスポンスで、その一瞬の「間」を埋めるのだ。
「スレた魚には、やっぱりバルサが効くよね。インジェクションの泳ぎを見切ってる魚に対しても、バルサならまだ勝負ができる。これまでの経験上、それまで無反応だった魚がバルサに替えた途端、ルアーに興味を示してチェイスし始めるということが確かにあるから」
 思惑通り、神経質な8~9寸ほどのアマゴがバルサ蝦夷に口を使った。
 釣れるアマゴはさすがに個性豊かで、険しい顔つきや地元の川ではなかなかお目にかかれない面白い形をしたパーマークに野性味を感じた。これがネイティブの証であるかどうかは分からないけれど、見慣れた放流アマゴとは明らかに雰囲気が異なった。
「ここの魚を見てると、厳しい環境を生きてるんだなって、そんな感じがするね」
 そして、なかにはギンケの強いタイプも見て取れた。
「完全な居着きのアマゴもいるし、マスの血が濃いような個体もいる」
 アマゴを釣っては放し、上流を目指す小沢さんの頭には大物の予感も膨らんでいった。

 段々の瀬が続くポイント、水深70~80cmの瀬頭でそれは起こった。
 小沢さんいわく、秋の魚が着くにはあり得ないくらい速い流れ。2投目、白泡の切れ目をミノーが通過するとき、魚の影がわずかに動いた。
「反応はするけどやっぱり渋い感じ。同じ筋を通し続けると、3、4投に一回くらい、またスッと動く。速く複雑な流れのなかで、魚はもうその筋しかないっていう所に定位してた。右隣の筋は流れが緩すぎるし、反対に左は上波が強すぎる。1本の細い筋でしつこく誘い続ける釣りだよね」
 決してその筋を外すことなく、狙い通りの誘いを刻み続けるバルサ蝦夷に、徐々に高まっていた興奮が限界点に達したのか、ついにそのアマゴはハッキリとミノーを追った。
 アップストリームでヒットした魚が一気に流れをくだる。どんっと水面に身を投げ出すようなジャンプを披露して、釣り人の脇を駆け抜けていった。魚体の大きさにハッとしたが、同時にフッキングがきちんと決まっていることも確認できた。あとは落ち着いてやり取りし、ちょうどいい弛みを見つけて魚を誘導する。慎重に差し出したネットにするりと魚を滑り込ませた。その魚体を覗き込んで、小沢さんは息を飲んだ。
「ネットに入れるまで、こんなにデカいとは思わなかった」
 ひゅっと鼻先の伸びた、まさにキツネ顔の大アマゴ。メジャーを当てると44cmもある。堂々たる魚体がネットに収まった。サイズがサイズだけに、ランディングした瞬間、小沢さんがもっとも気になったのがパーマークの有無だが、ややギンケしたボディには薄っすらと青いパーマークが浮かんでいた。
 冒険釣行の結末として、果たしてこれ以上のものがあるだろうか。情報のほとんどない読みと勘だけを頼りに辿り着いた川で、こんな魚が一本釣れたら普通は完璧と言っていい結末だ。
 しかし、釣りや魚に対する価値観は本当に人それぞれなのである。
 当の釣り人小沢さんは、こう言った。
「とんでもない大物だし、顔もいかついし、もし天然種だとしたらその意味での価値もあるし、もちろんすごく嬉しかったよ。でも、ゼイタクをいえば目指してた魚とはちょっと違うんだよね。ここまでサイズは望まないから、もっと山の魚の雰囲気を持ったワイルドで綺麗な魚が見たかった。狭く限られた流れのなかで育った、自然の厳しさを感じさせるアマゴが、やっぱり自分の理想。まあ自然のなかでのことだから、これも釣りの面白さだよね」
 これまでも紹介してきたように数々の素晴らしいアマゴを釣り上げ、その一匹一匹をじっくりと観察してきた釣り人だからこそ話せる言葉だ。川と魚を知れば知るほど、釣りはもっと面白くなり、さらなる奥深い魅力が生まれるのだ。

 44cmを写真に収め、小沢さんはさらに谷を釣り上がった。
 すると上流に大きな滝が現れた。実は山で一泊し、翌日はその滝の上流を攻めるつもりだったのだが、急に天候が崩れ出し、しまいにはドシャ降りとなった。小沢さんは、その日のうちに大急ぎで滝上を探ってみることにした。
 雨のなか、滝の上流では、思い描いていた一際野生的な「山のアマゴ」が顔を見せた。
「小さかったけどね。あの魚たちに会えて感動したよ。次はこのタイプの、もうちょっと大きなやつを釣りたいな。またいつか、チャレンジだね」
 いっこうに弱まらない雨足を見て、やむなく翌日の釣りは断念することにした。当然未練はあっただろうし、仮に翌日も釣りができればもっといい魚に出会えたかもしれない。しかし釣りや魚も大事だけれど、それ以上に優先されるべきことがある。魚が釣れても釣れなくても、無事に家へ帰ること。それが何よりも大事なこと。険しい山に入るのも勇気が必要だが、時には退くのも勇気だ。
 下山の道すがら、山の斜面から谷底を見下ろすと凄まじい濁流がゴウゴウと走っていた。自然の恐ろしさ、源流の怖さを改めて肌に感じた。
 谷で過ごした濃密な時間を胸に、小沢さんはずぶ濡れになりながら山を下りたのだった。


【付記】
釣りをしない人にとって、例えば山に潜むクマは、漠然とした恐怖の対象でしかないのかもしれません。きっと本当の恐ろしさも知らない。小沢さんの抱くクマや厳しい自然に対する憧れのような気持ちは、山を愛する釣り人なら共感できるものだと思います(が、もちろん無茶は禁物ですね)。
それにしてもいつも伊藤が言うように、大物を引き寄せるというか、そこに歩み寄るというか、小沢さんの釣りには言葉で説明できない部分のすごさが凝縮しています。かといってサイズのみにこだわることはなく、野生的でそして綺麗なアマゴを釣りたいという価値観がまた小沢さんらしいなと思います。













「見えない魚、見える魚」 小沢勇人  
2011年6月9・10日、長野県
文=佐藤英喜
写真=小沢勇人

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50Deep & Emishi 50S 1st /ITO.CRAFT



 6月上旬、新緑の渓流。
 小沢さんはこの日、ほんとうは本流を釣るつもりだったのだが、季節外れの台風が梅雨前線を刺激し、強烈な大雨に見舞われた本流の釣り場は水が高すぎてどこも釣りになりそうになかった。そこでいくつか支流を回った後、とある川が不意に思い浮かんだのだった。
「渓相が良くて、魚もそれなりには釣れるけど型は期待できないんだよ。まだ時期も早いし、尺が出ればもう御の字だね」
 釣りを始めた頃から知る川のひとつだが、竿を出すのは久し振りのこと。ジンクリアの冷たい水に磨かれた綺麗なアマゴを目当てに小沢さんは川に下りた。

 川に入ると、まだここも水が高い。アップストリームの釣りを展開するにはポイントが限られたが、もう夕方近くで時間もなかったので良さげなポイントだけを拾い釣っていく。狙うサイズはとりあえず尺。季節的にも、また川のポテンシャル的にも妥当な目標に思えた。
 これといった反応もなく、落差のある落ち込みに着いた。
 懐があって大物が着きそうなポイントだけれど普段より水の多いこの日は、落ち込み下から流れ出しまでほぼ一面白泡。底からの湧きも強く、ひどく攻めづらい流れになっていた。
 でもきっとアマゴはいる。ここには尺アマゴがいる。
 感じた気配を信じて小沢さんは蝦夷50ディープを結び、サイドの立ち位置を取った。
 小沢さんはキッパリとこう言う。
「この50ディープじゃないと釣れない魚が絶対にいる。特に、こういう湧きの強い白泡のポイントでは無敵だと思う。立ち位置にもよるけど、クロスの釣りではてきめんに効くよ。対岸に向けてキャストして着水させたらまずはストレートリトリーブで潜らせるわけだけど、底のタナまで持っていく間の泳ぎも誘いになってる。これだけ水噛みが良くて深く潜りながら、タダ巻きでもギラギラ泳ぐディープなんてないよね。そして最も深く潜った核心部で止めておける。そこでトゥイッチでヒラを打たせられる。この性能、操作性があるからこそ、底で動かない魚を効果的に誘う展開ができる。もちろんキャストしたらきちんとサミングして、ミノーの頭をちゃんと釣り人側に向けて着水させるとか、そういう基本的な操作も大事だよね。着水時のミノーの姿勢が悪いと、通すラインや深度が致命的にズレてしまうから」
 白泡のなかに、ルアーを泳がせられるわずかなスポットが見て取れた。潜らせた蝦夷50ディープが狙い通りの軌道で、その弛みの底波に到達した。そこでワンアクション。そして次のトゥイッチへ移ろうとしたロッドが、ゴツッと重々しい手応えに押さえ込まれた。イワナもいる川だが、川底でぐんぐん頭を振る動きから相手はアマゴだとすぐに分かったし、何よりその大きさに、小沢さんは驚いた。尺アマゴどころではない。魚はまったく浮いてこず、白泡の下で激しく身をよじって暴れている。しかしフッキングは完璧で、さらにどんどん潜るように突っ込む予想外の大物を小沢さんが慣れたロッドワークでいなすと、徐々に魚体が浮いてきた。やはりアマゴだ。
 思わぬサイズに一瞬困惑したが、最後のひと暴れをかわしネットにすくった魚を見て、すぐにその答えが分かった。
「この川のアマゴにしては大きすぎるなと思ったけど、魚を見たら居着きじゃなくてさ、遡上系の、たぶん本流差しの個体なんだよ。普段本流の魚はここまで上ってこないんだよね」
 白銀のまぶしいボディに薄っすらとパーマークを浮かばせたそのアマゴは、メジャーを当てると37cmあった。おそらく今回の大水で本流から上ってきたのだろう。
「台風がもたらした出会いだね。ほんとうは居着きの魚を狙って来たんだけど、こういう本流差しがいるのが分かって、明日もこの川を探ってみようと思ったね」

 そして翌日。仕事があったが、朝駆けでその川に入った。
 昨日は押しが強すぎて飛ばしたポイントを、アップストリームで探る。10cmほど水が落ちたようだったが、それでもまだ普段より水は多い。水温も低く、手を入れるとキンキンに冷えている。
 ルアーは蝦夷50Sファースト。アップストリームで釣り上る小沢さんのパイロット的ルアーで、使用頻度の高いミノーだ。
「インジェクションのなかではアップでのヒラの打たせやすさはピカイチだし、中層をゆっくり引きながら、トゥイッチをかければ止まってる感覚でヒラを打たせられる」
 サイズは小さいながらも、悪くない反応でアマゴが出てきた。それを何匹か釣ったところで、前日から気になっていた水深のある淵に着いた。
 人によってはタイプⅡやディープを選ぶだろう深いポイントだが、小沢さんはこうした所でもあえて50Sファーストを使うことが少なくない。
 つまり、アマゴの「目の前」ではなく、「頭上」で誘うのだ。
「魚にある程度、食い気が見られるときだよね。通す筋を定めて、そこを正確に何度も通す。しつこくヒラを打たせながら。すると、ドンッと下から食い上げてくる。これがやっぱり面白いんだよね。バイトの瞬間が見えるっていうのが。駆け引きができるし、すごく勉強にもなる。ルアーがどんな動きをしてるときに魚が口を使うのか、とか。そういう目で見た情報の積み重ねが、タイプⅡやディープの、魚が見えない釣りに生きてくる。食わせのイメージがより鮮明に湧いてくる」
 朝マズメの流れにギラギラと光を撒き散らしながら流下してくるミノーに、淵のアマゴがたまらず食い上げてきたのは3投目のこと。腹フックをがっぷりとくわえ込んだのが見えた。
 トレースラインが1投ごとにズレてしまったり、連続してきれいにヒラを打たせられなかったりすると、魚はなかなか出てきてくれない。キャスト、ルアーの操作、基本をシビアに突き詰めた先に、最高にスリリングな瞬間が待っているのだ。
「蝦夷・山夷には、5cmクラスのいろんなタイプのミノーがあって、それぞれに楽しみ方があると思うんだけど、俺はファーストを使ったこの釣りが一番好きだね」
 40cmの雄の本流差しをネットに収めた小沢さんは、もっと幅があればなあ、とか、もっとパーマークが濃ければなあ、とか言いつつ、素晴らしい朝のひと時を過ごしたのだった。











「本流で、パーマークに思うこと」 小沢勇人 
2010年6月22日・7月9日、長野県
写真=小沢勇人
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC600ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Yamai 68S & Emishi 65S 1st/ITO.CRAFT



1.
 ヤマメやアマゴのパーマークについて、小沢勇人はこんなことを考えている。
「本流の魚って、基本的にパーマークが薄いでしょ。それに大型化するほど見えづらくなる。でも最近思うんだけど、その水域で飛び抜けて大きく育った個体、本流でもナワバリ意識を強く持った魚は、パーマークが割と鮮明に残る気がするんだよね」
 確かにヤマメやアマゴのパーマークは、周囲にその存在を溶け込ませ外敵から身を守るためのカモフラージュである一方、ナワバリ意識の象徴であるとも言われている。とすれば、小河川や源流部など、外敵の目に付きやすく且つエサも少ない厳しい環境下では、パーマークが濃く、成魚になってもしっかりとパーマークを残す個体が多いのも納得がいく。
 では、本流の魚はどうか。ダム湖や大規模な堰堤プールにも当てはまることだが、広範囲に移動しながら捕食活動を行なう魚達は、ナワバリ意識を捨て、それに伴いパーマークが薄れていく。また水量が豊富なため、パーマークでカモフラージュする必要性も少ない。
 もちろんそれは分かるんだけど、と小沢は話す。
「本流育ちの魚のなかにも、広くナワバリを持ち続ける個体がいるんじゃないかな。特にここ数年、そう感じるんだよね。例えば、37cmとか38cmっていうサイズだとほとんどパーマークが見えないのに、40cmを軽く超える飛び抜けてデカい魚に、パーマークがちゃんと残ってる。友だちが釣った魚を見たりしても確かにそういうことがあって、このパーマークはナワバリ意識の表れで、強い個体の証なんじゃないかって自分は思うようになったんだよね。そして決まってそういう個体は雄が多いんだよ。いまはそれが釣りたい。昔は正直、単に魚が大きければそれで満足だったけど」
 本流に通い、多くの魚を見ることで、パーマークについて深く考えるようになった。それがいま小沢の価値観の、重要な部分を占めているのだ。

2.
 2010年6月22日、とある本流でアマゴを狙っていた。
 その本流はアマゴの放流がなく、釣れる魚のほとんどは支流から下ってきた個体だ。それぞれの支流にそれぞれの特徴を持ったアマゴが棲んでいる。そのなかで、できるだけパーマークの濃いアマゴが期待できる支流を糸口にしてエリアをざっくり絞っていく。
 しばらく河原を歩いて、「おっ」と感じたのは、流れの強い瀬が川幅一杯に走っている場所。ぱっと見た感じではとても魚の定位する流れではないが、瀬のほぼ中央にドンっと直径1mほどの石が沈んでいる。その石の下手に、小さなカガミのスポットが出来ている。
「遡上してきた魚が小休止するポイントだね」
 ルアーケースを開け、迷わず山夷68Sを選んだ。
「こういうポイントで考えるのは、カガミのなかで食わせられなかった場合だね。緩流帯から一気に強い流れに入っても、浮き上がりを抑えつつ綺麗にアクションし続けるミノーじゃないとワンチャンスはモノにできないと思う。そのための山夷68S。流れに負けて上ずってしまうミノーでは上手くバイトに持ち込めないし、例え表層付近でバイトさせてもそういう魚はバレやすいよね。流れに強くて、レンジをキープしやすい山夷がここではベストだと思った」
 予想通り魚はカガミのスポットから出て、強い流れのなかでヒットした。「よし!」。気持ちは高ぶっても慌てることはない。ファイトはさすがに強かった。流れも強いし魚もデカい。無理にリールは巻かず、バットでしっかり溜める。強烈な首振りをなだめ、走りをかわし、魚をいなす。小沢が意識するのは、焦って魚を浮かせないこと。主導権は完全に釣り人だ。EXC600ULXの追従性と粘りが、緊迫した場面でも心に余裕を与えてくれると言う。
 銀色の太い魚体が危なげなくネットに収まった。すぐにパーマークを探す。つまり、探さなければ見えないほどパーマークは薄かった。角度によって見えたり見えなかったり。魚が落ち着いたところでメジャーを当てると、39cmのアマゴだった。
「いい魚だけどね。雄だし。ピンポイントで狙い通りに釣れたという意味でも嬉しかった。でも、もうちょっとパーマークがハッキリしてればねえ(笑)。思惑通りには行かないのが釣りだよね」

3.
 7月9日、また別の本流で。
 崩れ堰堤の下流。堰堤から落ちた水が複雑な流れを作っている。幾本の押しの強い筋があり、その筋と筋の間にある、わずかな弛みに目がとまった。
 隣りの速い流れにミノーが拾われないよう、その弛みをアップストリームで探る。
「ここはこの攻め方しかない」
 使うミノーは蝦夷65S 1st。体高のあるフラットボディで派手なヒラ打ちを演じ、アップストリームや止水域の釣りで強いアピール力を発揮するミノーだ。
 イメージは出来ていた。魚はきっと流れ出しの石の頭に着いている。アップでトゥイッチを掛けながら魚の興味を誘い、石の頭で食わせのタイミングを作るのだ。流下速度を抑えながらミノーにヒラを打たせ、魚の捕食圏内に入ったらさらにスローダウンさせて口を使わせる。そうした頭のなかのイメージを忠実に再現してくれるルアーが、ここでは蝦夷65S 1stだった。
 読みに狂いはなかった。思い描いた通りの場所で、ギランッと幅広の魚体が反転した。咄嗟にアワセを決めると、魚を流れに乗せてそのまま下らせた。その場でやり取りすることもできたが、小沢はすでに次の魚のことを考えていた。まだいるだろう残りの魚に余計なプレッシャーを掛けないよう、ガンガン瀬を越えた下流でランディング。この冷静な判断が2本目のヒットにつながった。
 ハタからは簡単に魚を釣っているように見えるかもしれないが、そうではない。大切なのは、とにかく川を歩くこと。そのなかで、なぜ釣れたのか、なぜ釣れなかったのか、必死に考えを巡らせてきた濃厚な経験が、ポイントの読み、ルアーの選択や使い方、魚とのやり取り、その1つ1つに凝縮しているのだ。一尾の背後には数えきれない試行錯誤があることを、僕らは忘れてはいけない。
 結局小沢は、その小さな弛みから37cmのヤマメと40cmのイワナを引き出した。
「このヤマメも、パーマークが薄いんだよねえ(笑)。去年この川で釣った42cmはパーマークがバッチリ見えたでしょ。あれがここの大将っていうか、ナワバリを持った魚だと思う。まあ本当に数が少ないからこそ、自分としては価値があるんだけど」
 その42cmのヤマメはこのウェブサイトで紹介しているが、確かに驚くほど鮮明なパーマークを浮かべていた。それが果たしてナワバリ意識の表れなのかは分からないが、ギンケの個体群の中でも、突き抜けた魚はパーマークが残りやすいという小沢の考えを裏づける一尾だ。
 自分にとって価値ある魚を追い続けたい。と、小沢は考えている。釣り人のロマンを掻き立てるのは魚のサイズだけではないのだ。











「本流開拓」 小沢勇人  
2010年6月8日・17日、長野県
写真=小沢勇人
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX & 600ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S & Emishi 65S 1st/ITO.CRAFT



 とある本流で新たなポイント開拓に汗を流していた6月のある晴れた日、小沢の目に最高に魅力的に映ったポイントがあった。
 そこはそもそも魚影の濃い川ではなく、いい魚が着くだろうポイントを絞り込む必要があるのだが、なかでもそのポイントが小沢には抜きん出て良く見えた。目標の魚が目に浮かんだ。この本流を歩く小沢の目標は、ずばり40cmを超える雄のアマゴ。まだ、この川では出会ったことがない。

 ところが、結局小沢のランディングネットに収まったのは31cmのアマゴだった。

 断固としておかしい。
 釣り上げたアマゴと目の前のポイントを交互に眺める。本流育ちらしい太さのある魚だったが小沢は納得がいかない。このポイントから伝わってくるただならぬ気配と、31cmというサイズの間には大きなギャップがあった。
 小沢が立っていたのは、いったん絞られた瀬の流れが下流のプールへと開いていく場所で、水深は深い所でも1.5~2m程度。極端に深いポイントではないけれど、そこから上流と下流を見渡した時に、「ここしかない」と断言できるポイントだった。
「そのポイントの中でも、一番いい魚はやっぱり一番いい流れに着いてると思うから、そこをしつこく攻めてみたんだけどね。まったくの無反応。ナンにも出ない。で、あれー?と思いながら、完全に流れが開き切った所の脇、ハヤがいるような場所を通してみたら31cmが出た」
 ただ、この31cmが釣れたことでこんな希望的観測を抱くこともできた。一番の流れにはまだ一番強い魚が抜かれずに陣取っていて、だから一等地に入れないヤツがそんな所に着いていたのではないか。少なくともその可能性はある。小沢はこのポイントにこだわることにした。自分の読みと予感を信じて、また近いうちにここへ来ようと決めた。きっと一度の釣行で顔を見せてくれる相手ではないのだ。

 再訪する時間が取れたのはそれから9日後のこと。
「ここにいないわけがない」
 ポイントに立った小沢は改めて思った。ビンビンと感じるものがあった。天気はまたもや快晴だが水の条件は悪くない。
 アップクロスにキャストした蝦夷65Sファーストをドリフトさせながら、トゥイッチでギラギラと躍らせる。もちろん、必要以上に激しくティップを振ることはなくロッドワークは至ってソフトだが、蝦夷は大きく、なお且つ細かい間隔でヒラを打っている。ミノーを引く力にも放す力にも、全く無駄がないのだ。流れにミノーを乗せながらティップを揺らし、ヒラを打たせるための必要最小限の圧だけをミノーのリップに与える。そして、前回の釣行時からずっとイメージし続けている一番の流れでターンさせる。
 果たして、いるのか、いないのか。

 時折、誘いのリズムに変化をつけている。
「止めて、弾く、とか。そういう変化で反射的に口を使う魚もいるからね」
 アタリは、コツッ、という小さなものだった。まさにターンの最中、わずかに止めたミノーを再び跳ね上げた瞬間。迷わずアワセを入れるとズシリとした重みがロッドに乗った。
 ヒットした魚が太い流れの中層付近で必死にもがく。サーベルのような銀ピカの魚体を激しくギランッ、ギランッとくねらせてハリから逃れようと試みている。
 しかし、やり取りの主導権は完全に釣り人にあった。ヒットに持ち込んだ貴重な大物を確実にランディングする上で、改めてEXC600ULXの存在が大きいと小沢はいう。
「でかい魚が掛かった時も安心して、余裕を持ってファイトが楽しめるよね。とにかく追従性が抜群にいい。例えばさ、魚が水面近くまで浮いてくると、ダバッダバッダバッ!って頭を振ってよく暴れるでしょ。最後のひと暴れ。その時に一瞬糸フケが出て、それで外れるケースが多いよね。それをオートマチックに回避してくれるのがロッドの追従性で、機敏に曲がって、なお且つ戻りも早くないと魚の暴れる動きには対処できない。このロクマルはそれを完璧にこなしてくれるよね」
 重い流れに乗って魚が下流へ向かった時も、バットがどっしりとそのトルクを受け止めた。小沢は力強いファイトを堪能しつつ、大アマゴをネットへと導いた。

 手にしたアマゴは41cm、雄。これを釣りたいがために、この本流を歩き続けたのだ。

「この魚、よっぽど何かを警戒して生きてたんじゃないかな。腹が薄いでしょ。想像だけど一回誰かの竿に掛かってバレたとか。そんな経験があって、エサすらまともに食ってなかったのかも」
 確かにエサをたらふく食べてパンパンに太っているかと思いきや、この時期の本流の魚にしては腹の膨らみが足りないように見える。旺盛なはずの食欲を、警戒心が上回っていたんだろうか。とはいえ、鼻の先から尾ビレまで、十分に感動できる美しい魚体である。
「この川で釣る40cmの雄っていうのは、どうしても自分の中でクリアしておきたい魚だったし、それを自分の足で釣ったことに満足、だよね」
 小沢の釣りは地道な釣りだ。自分の足を目一杯使って魚を探す。釣りの度に学んで、また歩いて、考えを巡らせる。いつもそうやって少しずつ魚に近づいてきた。だから、釣れる。
 広大な本流を納得いくまで歩いて、読みを働かせて小沢は目標のアマゴに辿り着いた。こういう魚こそ、価値ある一尾、と呼ぶのだと思う。











「ファースト・タイプⅡと4本のアマゴ」 小沢勇人
2009年9月、長野県
写真=小沢勇人
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 昨年秋、小沢勇人は蝦夷50Sファースト・タイプⅡを使って、4本の見事なアマゴを釣り上げた。他にも釣ったけれど、今回紹介するのは4本。
 アマゴはアマゴでも、小沢は秋のアマゴが特に好きなのだと言う。鼻が落ちて、背中のぐっと盛り上がった最高にワイルドなアマゴが、彼は釣りたい。
 舞台はシーズン終盤の渓流。当然、釣りはシビアになる。
「ルアーに対する反応はどうしたって悪くなるよね。状況にもよるけど、秋は遠い位置から吹っ飛んでくるような魚は期待できない。食性がどんどん薄れていってるし、プレッシャーも溜め込んでるからね。何とかルアーを追わせても、上にも横にも追い幅がすごく短い」
 アプローチやキャストやルアー操作の、ちょっとした落ち度であっという間にゲームオーバー。見た目のカッコ良さだけでなく、そんな神経質で手ごわい相手だからこそ熱くなるのだ。

■9月3日の36cm
 その魚は落差のある落ち込み下の、深いツボに入っていた。深く、小さく、そして底からの湧きも強い難しいポイントだった。
「追い幅の短い魚を想定すれば、魚とルアーのタナを合わせることはもちろん重要だし、このポイントは水深がある上に、ルアーを引ける距離も短かったから、素早く落とし込めて、なおかつ泳ぎ出しの早いルアーが必要だった。タナを合わせた時に、間髪入れずにレスポンス良くヒラを打ってくれる立ち上がりの良さも、蝦夷の特長だよね」
 ルアーを追わせる距離のないポイントでは特に、ルアーの立ち上がりが大きな意味を持っている。水平に近い姿勢を保って沈む蝦夷はヘビーウエイトのタイプⅡであっても、竿先のトゥイッチに機敏に反応して素早く泳ぎ出してくれるのだ。
 着水と同時にミノーを落とし込み、しっかりとタナを合わせてから派手なヒラ打ちでアピールさせると、その2投目。艶かしい婚姻色を浮かべたアマゴが、たまらず口を使った。
 ちなみに、5cm蝦夷には50SタイプⅡとこのファーストのタイプⅡ、2種類のヘビーシンキングがあるけれど、その違いについてはどう感じているか小沢に聞いてみた。
「ファーストの方がヒラを打たせた時のひとつひとつのフラッシングが大きくて、アップでの使い勝手はやっぱりこっちの方がいいと思う。タナが深くてルアーが見えなくても、グッグッグッて、ちゃんとヒラを打ってるテンションが竿先に伝わってくる。50SタイプⅡはサイドとかダウンの釣りでよく使うかな。両方ともいろんな状況をカバーできるルアーだけど、それぞれに得意な場面ってあるよね。ファースト・タイプⅡをいくら通してもダメで、50SタイプⅡの細かいアクションに変えた途端、魚が反応することも普通にあるから。それぞれ刺激するツボが違うんだと思う」
 複雑で速い流れの中でも、安定して細かくアクションを刻む蝦夷50SタイプⅡが有効な状況もたくさんある。同じタイプⅡでも流れの攻め方が変わるのだ。その違いを理解しそれぞれの性能を引き出すことで、攻略できる場面はぐんと増す。

■9月7日の37cm
 川の右岸側、川幅の3分の1ほどがちょうどいい流れになっていて、左岸側には勢いの強い流れが瀬となって走っている。右岸は濃密なブッシュに覆われているため、ぱっと見の釣りやすさでは左岸側からのアプローチを選択したくなるが、小沢は冷静に一歩先を考えていた。
「左岸側からでは手前の流れがどうしても強過ぎて、ルアーを追わせることはできても最後の最後でルアーを止められずに食わせ切れない可能性が高いと思った。だから、右岸側の木の根元に無理やり立って、枝と枝のちょっとした隙間からロッドを出してルアーを入れたんだよね」
 アップストリームでキャストしたミノーに大きな影が反応した。
 水深は1m弱。流れの押しは強めだが、タイプⅡでなくても魚を誘うことはできたかもしれない。しかし小沢はその立ち位置にこだわっていたから、狭い空間で、ティップのしなりだけで飛距離を稼げるルアーを選んだ。安易なキャストはしない。常に先の展開を読んでポイントに立つ。だからこそ、貴重なワンチャンスをものにできるのだ。
 ネットに収まったのは厳しい顔付きの雄、37cmの太いアマゴだった。

■川を変えて32cm
 迫力満点のアマゴを写真に収めて、小沢は川を変えることにした。
 向かったのは初めての川。小さな渓流だ。車をとめ、とりあえず釣り上ってみると小さなアマゴが釣れてきた。魚はいる。問題はサイズだ。
 さらに釣り上っていくと途中から水量がなくなり、ポイントもなくなってきたが、構わず上流を目指す。するとしばらくして、おあつらえむきの大場所が現れた。
「直径6mくらいの円い淵で、水深3mはあるかなぁ。快晴の真っ昼間で水質もクリアだったから、充分に距離を取ってしゃがんでキャストしたら、1投目にスーっと追ってきたんだけど、ルアーとの距離が開いてて、もちろんそれでは食わなかった。やっぱり活性は低い感じだったね。そこからはもう集中攻撃。初めの内はうんともすんとも言わなかったけど、20投くらいしたら、白泡の切れ目にちらちらとルアーを追う姿が見えるようなって、さらに通していったらだんだんと白泡から出てくる距離が長くなってね、最後は足もと近くまで追ってきた」
 至近距離でヒットしたそのアマゴは、今回紹介している中で小沢が最も嬉しかった一尾。釣り上げる過程もまさに会心と呼べるものだったし、何より、魚体が素晴らしかった。
 超のつく大物ではないけれど、色合いといい、顔の大きさといい、体高のある寸詰まりのバランスといい、常々理想としているアマゴの容姿がそれだった。
「色が最高に綺麗で、なおかつワイルドな魚。こういうアマゴの40cmオーバーは、もう夢の魚だね。それが一番釣りたい。昔、ウチのお爺さんが山奥でアマゴを釣ってよく持って帰ってきてさ、その時に見せられたアマゴがちょうどこんな感じだったんだよ。ずいぶん前の話だけど、ボディとヒレのオレンジ色が特に印象に残ってるね。それもあって、自分の中でアマゴと言ったらピンクでも赤でもなくて、やっぱりこのオレンジ色なんだよなぁ」
 写真を見ると分かるように、小沢の釣った32cmも美しいオレンジ色を浮かべていた。このタイプの40cmが毎年の目標なのだ。

■9月30日の40cm
 渓流シーズン最終日のこと。
 水深70~80cmの深瀬が続いていて、その開きの少し上にユラユラと定位している魚が見えた。下流に大きな堰堤があり、その上のプールで育った魚が前日の雨で動いた。そう思われた。
「ルアーを通しても最初は完全無視で、これはだいぶ粘ったよ」
 同じアップストリームでも、魚を下流から見て右の筋なのか左の筋なのか。すぐそばなのか、ちょっと離れた筋なのか。小沢は、魚が反応を示す筋をミノーで探りながら粘った。
 ルアーがノーマル蝦夷ではなくタイプⅡであるのは、川が増水しているため。そして小沢が言うようにファーストのタイプⅡは、アップで大きなヒラ打ちアクションを連続して決められるミノーだが、この状況で求められるのは狙った筋を崩さずに、正確に通せる性能でもある。釣り人の意に反して食い波の筋を外してしまうようなミノーでは釣りにならない。
「意図した所でヒラを打たせて、意図した所できちんと食わせのタイミングを作れるミノーじゃないと、こういう魚はまず無理だよね」
 探るようにミノーを通している内、顔をフッと動かすくらいの反応が見て取れるようになり、その筋を正確に、しつこく攻め続けると、徐々に頭の振り幅が大きくなってきた。明らかに魚の興奮が高まっているのが分かった。
「ミノーが顔の横を通り過ぎた瞬間、振り向きざまに食ったね」
 魚を見つけてから約40分。持てる経験を総動員して釣り上げた大アマゴが、昨年の渓流シーズンを締めくくったのだった。

■最後に
 これらの釣果について、「フィールドに恵まれてるから」と小沢本人は至って控え目だが、きっとそれだけではないだろう。
 伊藤秀輝が、こう言う。
「テクニックうんぬんより、大事なこともあると思うんだよ。魚の匂いを嗅ぎつけて、魚に歩み寄る能力っていうかな。小沢さんはそれがずば抜けてるんだよね。仮にさ、5、6本の川に合計100のポイントがあったとして、口を使う大物がいるのは3箇所。小沢さんは、その内の最低1箇所をパシッと選択できるんだよな。もちろん読みの鋭さもあるんだけど」
 確かにいまの時代、テクニックや理屈だけではいい魚は釣れないのかもしれない。釣り人のいない川でもあれば話は別だけれど。
 今年も小沢がどんな釣りをして、どんな魚を釣るのか、とても楽しみである。















「夏の本流を駆ける」 小沢勇人
2009年7月16日・8月6日、長野県
写真=小沢勇人
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC600ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance Sight Edition 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi50S Type-Ⅱ Emishi50Deep Emishi50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 朝。小沢勇人は釣り支度を済ませ、山並みの向こうに太陽が顔を出すのを今や遅しと待っている。今日はスーパーヤマメを狙って、とある本流に朝駆けをしていた。すぐにでもルアーを泳がせたいところだが、ここは焦らない。深く息を吸い込んで気持ちを落ち着かせた。
 本流の釣り場では特に、川の状況が把握できないまま不用意にキャストすることを小沢は避けている。なぜかというと、流れの筋、ヨレをしっかりと見て、そのポイントの一番のラインを通したいから。本流の大場所を釣るからといって雑な釣りはしないのだ。
「同じポイントでもちょっとした水量の違いで、魚の着く筋は変わってくるからね」
 空が明るくなり川の様子がハッキリと見渡せる時間になった。天気は晴れ。気持ちのいい朝だ。
 この日この朝、ここへ車を走らせたのはひとまず正解に思えた。本流は数日前に増水した流れが平水へと戻る、ほんの少し手前の状態にあった。水色は薄く濁りが残っている。
 朝イチのポイントは水通しが良く、且つ水深のある大淵。確実に大物が着くだろう大場所だ。流れ込みの筋をひとつひとつじっくりと見定めてから、小沢がミノーをキャストする。

 ロッドはEXC600ULX。本流のアマゴやヤマメを釣るうえで、この取り回しの良いロクマルが小沢にとって欠かせない存在になっている。不意にサクラマスがヒットしても、がっちりフックアップして問題なくランディングまで持ってくるトルクと、キャストやトゥイッチを渓流感覚で軽快に行える、シャープな操作性がデザインされた6フィートだ。
「30cm後半~40cmクラスの魚を釣って一番楽しいロッドだと思う。本流で、ゴーイチ感覚で振れるから、面白いし疲れないよね。それと、とにかく魚がバレない。フッキングが決まるし、溜めも利くから。でかい魚を掛けたときは特に違いが出るよ」
 ラインはナイロン5Lb。その先には蝦夷50SタイプⅡを結んでいる。それをアップクロスにキャストし、中層よりも深く沈めて、ぎらぎらとヒラを打たせる。
 5投目。そのヤマメは突然火が点いたようにミノーをチェイスし、釣り人の足下でヒットした。ギリギリのところでうまく口を使わせた。バレやすい掛かり方だが、これまたうまくロッドの溜めを生かして、暴れる魚をいなした。ネットにすくったのは38cmの、文字通りスーパーヤマメ。活性に関わらず大きい魚はやっぱり賢いと小沢は言う。そうでなければ1投目に、もっと簡単に釣れたはずだから。その5投は正確に、ぴったり同じラインを通したのだった。
 まだ時間がある。次に向かったのも、いかにもな大場所だった。瀬から続く流れが絞られ、1本の太い流れになっている。厚みはあるが、ルアーを横切らせる幅がない。しかも大きな岩が立ち位置を制限し、ダウンの釣りしかできない。
 ルアーケースから蝦夷50ディープを取り出した。ダウンで送り込んだミノーを、ロングリップで一気に潜らせ、底のレンジをキープしながら派手にアクションさせるための選択。
 白泡が切れる辺りに狙いを定め、潜らせたディープがそこでもっとも魅力的な泳ぎを演出するよう操作する。そうして小さなスポットを丹念に、しつこく攻めると、ロクマルにドンっと重さが乗った。またしても大物。2本目のスーパーヤマメは37cmあった。
 まだ朝の爽やかな空気が残るなか、ひとかたならぬ情熱を燃やして、ひとり黙々と川を歩き続ける釣り人のネットに、2本の素晴らしいヤマメが収まった。ポイント、タイミング、タックル、ルアー、アプローチからヒットに至るまでの過程。狙う魚へ辿り着くまでの道筋が、ハッキリと見えていた釣り人のまさに会心の2本だった。

 また後日。別の本流で、小沢勇人はさらにとてつもないヤマメを釣り上げていた。「いままで釣ってきたヤマメのなかで一番かもしれない」と言うその本流ヤマメは、なんと42cm。鼻が曲がり、いかつい顔をした雄だ。体高や太さにも目を見張ったが、なにより、この大きさにして鮮明に浮かんだパーマークが釣り人を興奮させた。
 釣ったのは8月6日。ルアーは翌月に発売を控えていた蝦夷50Sファースト・タイプⅡ。圧倒的な飛距離と、本流の分厚い流れを突き破る沈下速度、そして狡猾な大物に口を使わせる、ファースト特有の強烈なヒラ打ちアクションを併せ持った新型ミノーが、威力を発揮した瞬間でもあった。
「この魚は2週間位前に見つけてた。目の前で3回ジャンプしたんだよね。そのときにパーマークもばっちり見えてさ。でもルアーには反応しなくて次のタイミングを待った。釣ったのは、最初に見つけた場所よりも上流のポイントで、長いトロ瀬が終わるカケアガリ。最初、すかすかっと抜けるような前アタリがあって、それから粘ったんだけど、20投目位かなぁ。ミノーにジャレついているのか、反転したときに起きる水流によるものなのかは分からないけど、また同じ場所で、すかっとテンションが抜けた」
 咄嗟に、その場にミノーを止めるようにして竿先を激しくトゥイッチした。もう一段興奮させて、すっと送り込んだ直後、ミノーにかじり付く魚の手応えが伝わり、遠くの水中で銀色の魚体が翻った。
 小沢は最高の魚で夏の釣りを締めくくった。しかし彼の渓流シーズンはここから秋に向けて、さらにヒートアップする。夏の本流とは別の難しさと面白さが詰まっている秋の渓流。そこにもぞくぞくするような魚との熱い駆け引きがあったわけだが、その話はまた次回。










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