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FROM FIELD TOP>大和博 Hiroshi Yamato
PROFILE
やまとひろし。 岩手県雫石町で、濃密な自然に囲まれて生まれ育った山の釣り人。御所湖ができる前の驚異的に豊かだった頃の雫石川を知る。山菜やキノコといった山の恵みにも明るく、釣りだけでなく季節ごとの楽しみを探しに忙しなく森へ出入りしている。川歩きと、そして山歩きの長い経験が彼の釣りのベースになっている。


「山の人」大和博
文=丹 律章

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
lure:Yamai 50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 マンチェスターシティというサッカーチームの監督をするジョゼップグラウディオラは、「僕はサッカー監督であること以前に人間なんだ」といって、スペイン・カタルーニャ州の独立騒動で政治家が投獄されたことに対して抗議する態度を示した。
 そういった意味で、大和博はルアーマンである前に、さらには釣り師である前に、山の人なのである。
 山の人であるから釣りも山の中だ。大和の釣りは、開けた本流よりも山深い上流部であることが多い。
「だから俺は、ヤマメよりもイワナを釣ることが多いんだよ」
 2017年の7月の休日、大和はいつも通り川へ向かった。愛妻の握ったおにぎりを持ち、途中のコンビニで飲み物を買って川に着いたのは、7時頃だった。
 支流の上流エリアでは、2~3日前に降った雨の影響はすでになく、やや減水気味の状況で、大和はペットボトルのお茶を一口飲んでから、釣りを始めた。
 彼の釣りは、いつも山菜採りやキノコ狩りを兼ねることが多い。釣りをしては周囲の斜面を眺め、めぼしい山菜を見つけると斜面を這い上がって採りに行く。時には川を離れて藪の中に潜り込みキノコを探す。
 釣りは3月から9月まで。それと並行して春には山菜、秋にはキノコ狩りが山での興味の対象だ。
 山菜は5月に始まる。しどけ、うど、タラの芽。こごみは、大和自身好んで食べないのであまり採らないという(マヨネーズつけて食うと旨いと思うけどな)。6月にはわらび、7月にかけてネマガリタケを採る。9月から10月にかけてはアミタケ、ハツタケ、ナラタケ、コウタケ、マイタケ。山ぶどうが採れるのもマイタケの時期だ。
 イワナを釣りながら山の幸も狙うのだから、ルアーのフックを確認しながらもキョロキョロと周囲の観察を怠らない。大和の釣りは忙しいのだ。


全ては山歩きの一環

 7時の釣り開始からしばらく、イワナの出は芳しくなかった。小さいのがたまにチョロチョロと釣れるだけ。もちろん視線はあちらこちらへ飛ぶ。
 ここで、矛盾に気づいた方がいるだろうか。そう。季節は7月。山菜はすでに終わり、キノコにはまだ早いハズなのだ。
 何を見ているのでしょう?
「下見っていうのもあるのよ。もう食べられる時期じゃないけど、成長した山菜があれば、その太さとかを見て、次の春にはどんな山菜が生えるか予想できるでしょう」
 斜面に生えているシドケを見つけて、次の春の収穫を思う。その斜面がウェーダーを履いたままでも登れるかどうかも、頭の中にインプットする。たとえオフシーズンであっても、山の人には次のシーズンへの準備がある。
「夏に釣りの途中でブナの倒木を見つけてさ。これはキノコが生えそうだなと思って、秋に行ってみたら木の肌が見えないくらいムキタケが生えていたことがあった。その時はカゴに入りきれないくらい採ったよ」
 宅急便って知ってますか? 送ってくれてもいいですよ。


42㎝のイワナから学ぶこと

 川の流心からそのイワナが食ってきたのは、9時ごろのことだった。42㎝あった。
「ヤマメと比べるとイワナは釣りやすいと言われているでしょ。それはそれで正しいと思うんだけどさ、でもイワナも頭いいよね。性格はおおらかだけど、野性的な賢さはある」
 そういうところが彼は好きなのだ。豪雨が降って山の斜面が小さな沢のようになったとき、その斜面を登るイワナを、大和は何度か目撃している。
「小さな支流の伏流した部分の上流に魚がいたりするのは、そうやって移動してきたってことだと思うんだ。野性の本能なんだろうね」
 雫石で長く暮らしながら、大和は山から多くのことを学んでいる。僕ら普通の釣り人も自然から学ぶことは多いはずだ。
「熊は秋に食いだめをして冬眠するでしょ。で、春になって冬眠から覚めると水芭蕉を食うんだよ。水芭蕉は毒があるから、クマにとっては天然の下剤で、そうやって秋に食った古いものを体外にフンとして排出する。彼らはそうやって体の調整をしてるんだよね。野生動物の本能って凄いなって思う」
 山の人・大和博は日常的に山に入る。山にいることは呼吸をすることのように自然なことなのだ。
 42㎝のイワナをリリースした後、さらに上流部まで詰めて、その日の釣りを終えた。帰路は当然山の中を歩く。
「動物は常に食べ物を探しながら歩いていると思うんだ。それと同じで、俺もこっちに行けば山菜がありそうとか、地形を見てこっちがいいとか考えながら歩くわけ。磁石とか持っているわけじゃないから。あとは野生のカンだよね」
 周りにどんな山菜があるか、キノコが生えそうな倒木がないか、視線は常に周囲を探査している。
「もしオレがさ、東京とか都会に住んでいたら大変だろうな」と大和は笑う。
 確かに渋谷のスクランブル交差点を渡る大和は想像しにくい。表参道を歩く姿も。代官山のカフェにたたずむ大和も。
「山の生活が無かったら俺なんかどうなるんだろう」
 都会人の呼吸は酸素。大和の呼吸は山。
「死んじゃうかもしれないよね」
 かもね。











「懐かしのイワナ谷、淵の番人」 大和博 
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
lure:Yamai 50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



「この淵、昔はもっと深くて、底なんてぜんぜん見えなかったんだよ」
 今は薄っすらと小砂利の底が見えるその淵で、ミノーが何事もなく竿先に戻ってくると、大和さんは朝もやに煙る河原をさらに上流へとすたすたと歩いていく。
 まるで水道水のように冷たく透き通った流れが、細かく蛇行しながら瀬と淵を繰り返している。普段より、いくぶん水が高いらしい。
「イワナを釣りに、けっこう通ったなぁ」
 この川は地元雫石の水系ではなく、大和さんがその昔、エサ釣りを嗜んでいた頃にずいぶん足を運んだという渓谷。ヤマメも釣れるが型は小さく、そのかわり、いいイワナを釣った思い出がたくさんある川だ。しばらくご無沙汰していたそうだが、ここ最近、また様子を見にたまに入っている。
 山菜やキノコの他、山野草にも造詣が深く、釣り以外でも山に入ることが多い大和さんは、ヤマメよりもやっぱりイワナの似合う釣り人だ。
「イワナのほうがずっと触れ合うキッカケが多いからね」
 大和さんにとっては山そのものがフィールドであり、そこで目にする自然の恵みとの付き合いこそ彼のライフワークと言える。
 イワナ釣りについては「魚の大きさに関わらず、イワナと戯れてるだけでも楽しい」と笑う大和さんだが、もちろん、大物を狙うこともやぶさかではない。この日の朝も、まずは目の覚めるような大イワナを釣りたくて、比較的フトコロのある里にほど近いエリアを探ってみることにした。
「源流まで詰めれば、天然の本当に綺麗なイワナが釣れるし、このへんのポイントであれば里川っぽい個性のイワナで、型を望むなら断然こっち」

 そうこうしている内に、朝露に濡れた木々の隙間から幾筋もの朝日が差し込み、両岸の緑が鮮やかに輝いている。
 通っていた頃の記憶と重ね合わせながらテンポよく釣り上がっていくと、もうひとつ大きめの淵が現れた。
 ここもやや浅くなったが、水が高いこともあり、複雑な流れが水面をざわざわと波立たせ、押しの強い流芯が通っている。こうした流れの中でもバランスを崩さず、なお且つ浮き上がらない、安定性に優れたミノーが山夷50SタイプⅡだ。それをスナップにセットし、トレブルフックの針先がなまっていないか慎重に確かめる。
「この淵には、いつもデカいイワナが入ってるイメージがあるんだよなぁ」
 大場所だから、ひっきりなしに攻められて魚はスレているものの、毎年大きなイワナが育って着く要素がこの淵には間違いなくあるということだろう。
 対岸のキワに落としたミノーが流れに押されながら流芯に紛れていく。キラキラとアピールしながらゆっくり流芯を抜けてくるミノーの後ろで、ぶわっとひるがえるイワナの尾ビレが見えた。いたっ! 案の定、いいサイズだ。
 戻ってきたミノーを大和さんが間髪入れずキャストする。流芯のど真ん中で、今度はドシンッと重さが乗った。アワセが決まると、明らかに40cmを超えるイワナがもんどりうって暴れ始めた。それをなだめるように、そしてまた下流の瀬に向かわれないようにいなす。フッキングは完璧。ガボォ!と水面で最後の抵抗を見せたイワナを大和さんが難なく取り込んだ。
 紫色に鈍く光る太い魚体、メジャーを当てると44cmあった。
「んー、もうちょっと大きいのが入ってると思ったけどなぁ(笑)」
 そう言いつつ、懐かしい川で再会した立派なイワナに、大和さんの頬は緩んでいる。

「本当は地元で釣れれば一番嬉しいんだけどね」
 イワナを撮影している間、大和さんがそんな言葉を口にした。
 というのも、子供の頃からの遊び場でずっと慣れ親しんできた雫石の水系は、2013年8月に起きた豪雨災害により甚大な被害を受けた。至る所で河川が氾濫し、土砂が崩れ、道路も陥没し、改めて自然の恐ろしさを思い知らされる災害となった。
「雫石はもともと暴れやすい川ではあるんだけど、あれだけ川も魚もダメージを受けたのは初めてのこと。今までになかった。水の量だけを見れば過去にもっと出たことはあるけど、今は年々、間伐や杉の造林が原因で山の土砂が崩れやすくなってる。その影響で深い淵とかカーブとか、川のフトコロがどんどんなくなって、大水が出たときにその勢いにブレーキが掛からない。で、ますます川が平らになっていく、という悪循環」
 今この国は、どこで何が起きてもおかしくないほど異常気象や自然災害が多発し、その猛威にさらされている。雫石に限らず多くの釣り人が、大好きだった川が壊れ、魚もすっかり減ってしまったという悲しい経験をしていることだろう。
 しかし、そうした状況の中にも、野生の生き物たちは息づいているのだ。たくましく種を繋ごうとする彼らの力強さに驚かされ、感動させられる。
「水害前に比べればポイントはさらに減ったけどね、また以前のように、心おきなく釣りが楽しめるように川が復活することを信じてるよ」
 地元の川が育んだ素晴らしいイワナを手に、満面の笑顔を浮かべる大和さんをカメラのファインダー越しに眺める日を、僕は楽しみに待つことにしよう。












「雫石のヤマメとイワナを巡って」 伊藤秀輝 大和博 
2012年7月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
●Hideki Ito
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance sight edition 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie50S/ITO.CRAFT

●Hiroshi Yamato
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Yamai50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 日本全国どこの川もそうかもしれないが、雫石川水系では年々いいヤマメが釣れなくなってきている。もちろん自然が相手の釣りだから、いい時もあれば悪い時もあるのだけれど、雫石に生まれ育ち、長年このフィールドを深く見続けてきた大和博はその事実を誰よりも肌で感じている。
「例えば5、6年前と比べても、釣れる魚の数もサイズも明らかに落ちてるよね。尺ヤマメなんて本当に貴重な存在になってしまったよ」
 単純に魚が少なくなっているということは、釣られる数に対して魚の成長や供給が追い付いていないことが考えられる。魚が釣れないのはまず第一に放流をきちんとしていないからではないか、と誰もが一度は考えたことがあると思う。確かに現在のフィールドは放流事業なくしては成り立たない。
 以前も紹介したように、私達は伊藤秀輝が中心となって「雫石渓流会」という組織を作り、放流事業への関わりの他、違法な密漁、投網やヤスの使用などを取り締まるパトロール活動を行なっている。放流活動に関して言うと、稚魚の運搬と放流だけでなく、どうしたらもっと効果的な放流ができるのか、放流場所や時期、放流量など様々な論点から問題を提起し、漁協と話し合いを設けている。
 そうした活動を通して伊藤と大和が口を揃えるのは、「雫石の川にはヤマメが定着しづらい」ということだ。推測できる理由はいくつかある。まずひとつに放流されるヤマメの系統が、雫石の環境にマッチしていないのではないかということ。これに関して伊藤は、やはり雫石の川で生まれ育った、地着きのヤマメから採卵してその系統を放すのが最も望ましいと語る。もしそれが可能になれば、環境の厳しさに負けない強い系統のヤマメが他の河川の放流事業にも活かされるかもしれない。その実現に向けて、岩手県内水面水産技術センターと連携を図りながら、DNA鑑定を取り入れた天然種の実態調査を進めるなど、伊藤はすでに動き始めているわけだが、こうした活動が結果として実際の放流事業に反映されるまでにはまだまだ時間を要するのが実情である。
 ヤマメが定着しづらい理由は他にもある。河川工事によって淵という淵が次々と埋まり、川全体が浅くなっていること。深みや流れの緩急がなくなることで、魚やそのエサが安定してストックされる場所が目に見えて減っている。加えて毎年鉄砲水が出やすく、そのたびに魚やエサが下流へと流されてしまう。それによって死んでしまう個体も少なくないだろう。またヤマメ釣りを難しくしている要因として考えれば、本流の釣り場が多くのアユ釣り師に占有されポイントが空かないこともそのひとつに挙げられる。場所取りが過熱し、朝の早い時間帯からポイントが埋まってしまうことも少なくない。
 それらの要素が複合的に絡み、いいヤマメを釣ることがどんどん難しくなっている雫石の川だが、より良い釣り場環境を将来へ残していくために、雫石渓流会として今できることを地道にやっているところだ。その活動に関してはまた追ってレポートしたいと思う。

 さて、ここに紹介している写真は、伊藤と大和が釣り上げた雫石のイワナである。年々いいヤマメが少なくなっている雫石だが、ではイワナはどうなのか。以前にも触れたように、雫石を含む岩手や秋田の一部河川に放流されているイワナに関して伊藤は、ブルックトラウトとの交雑を指摘している。しかし、数は少ないながらネイティブを感じさせるワイルドで美しいイワナがまだ雫石にいることも、二人が手にした魚を見れば分かるだろう。
 普段、伊藤と大和が一緒に釣行することはほとんどないのだが、この日は偶然釣り場で顔を合わせた。二人ともイワナ狙いで同じポイントに目を付けていたのだ。渓流とは言えそこそこキャパシティのある区間だったため、「久々に一緒にやるか!」と相成ったのである。
 まずは大和が先行して釣り上がっていくと、ひとつめの大場所が現れた。上流からの瀬の流れが対岸にぶつかり、その絞りから徐々に流れが開いている。流れは複雑で底からの湧き上がりも強い。
 大和は迷わず、山夷50SタイプⅡをブッツケの白泡にキャストし、複雑に絡み合う流れをサイドクロスでゆっくりと探った。ミノーが川の中ほどに差し掛かった時、ギラリと魚影が翻った。ミノーをくわえた魚が全身をよじらせ、激しくのたうつのが見えた。「おっ、尺はあるな!」と伊藤の声が掛かる。大和が慎重にランディングしたのは険しい顔付きをした雄イワナ。サイズは37cm。野性味に溢れ、燻されたような渋い体色が印象的だった。
「じゃあ、次は俺の番だな」
 そう言って伊藤が上流のポイントを探り始める。瀬脇の小さな弛みを見逃さずボウイ50Sを通すと、ギラギラとヒラを打つミノーにこれまたいいサイズの魚が口を使った。伊藤のネットに収まったのは、なんと先ほど大和が釣ったイワナと同寸の37cm。これもいかつい雄のイワナだ。立て続けのヒット、しかも仲良く同じサイズのイワナを釣り上げるという何とも幸せな結末に気を良くして、ワイワイと撮影する。大和のイワナに比べ、伊藤が釣り上げたイワナは体色が明るく、華やかな印象を受ける。共通しているのは薄っすらとオレンジに色付いた斑点が浮かんでいることで、伊藤のイワナについては胸ビレの一部にも濃いオレンジが飛んでいるのが興味深かった。
 雫石の川を知り尽くす伊藤と大和の顔には、清々しい笑顔が浮かんでいる。
「ヤマメだけじゃなくこのイワナ達も、絶対に残していかなければいけない雫石の財産だよ」
 美しいイワナを見つめながら、二人がそう締めくくった。















「本流を切り開く蝦夷65S 1st タイプⅡ」 大和博 
2011年4月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC600ULX /ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 6Lb /VARIVAS
lure:Emishi 65S 1st Type-Ⅱ proto model /ITO.CRAFT



 少しずつ春らしい陽気が増えてきた4月下旬の雫石。大和さんは雪シロ絡みで押しの強まった本流のポイントを、点々と釣り歩いていた。狙いは御所湖上がりの湖沼型アメマス。遡上が本格化するにはまだ春が浅いけれど、きっと気の早い個体がこの太い流れのどこかに潜んでいるはず。本流でのトルクフルなファイトを求めて、アメマスの大物狙いに没頭するのが大和さんの毎年欠かさない春の楽しみだ。
 山から吹いてくる冷たい風を切って、6フィートのシャープなロッドを振る。キャストしているのは蝦夷65Sファーストの赤バリ仕様、つまりタイプⅡだ。(この時点ではまだプロトだったが)この新たなヘビーシンキングが、大和さんの心を躍らせていたのは言うまでもない。
「流れの中で溜めを作りやすくて、上波の下層レンジで誘いを掛けながらゆっくり引いてくることができる。ファーストならではの強烈なフラッシングも格別だし、水深のあるポイントで使ってるとさ、底からブワっとデカイ魚が出てきそうでワクワクするよ。今日は全体に流れの押しが強いけど、ウエイトアップした分、サイドで流れを横切らせた時の安定感も増したね」
 もちろんアメマスに限らず、本流に潜むスーパーヤマメやサクラマス、サツキマスといった大物トラウトの鼻先で、魚のテンションを一気に盛り上げるヒラ打ちを自在に演出するためのセッティングだ。

 足場の高い所から見下ろすように水中を眺めていると、深トロの中層辺りで、65Sファースト・タイプⅡが量感のある水をかき分けるようにして軽快にヒラを打っている。淡い太陽光を扁平ボディが目いっぱい拾って、ギラギラと水中に拡散しているのが見える。大和さんはニューモデルの泳ぎにすこぶるご機嫌な様子で、とても楽しそうにロッドを操作しているのだった。
 朝からめぼしいポイントを丹念に叩いていき、そして遂に衝撃的なバイトがあったのは、降り注ぐ陽射しに暖かさを感じるようになった午前10時過ぎのこと。
 直線的に走ってきた瀬の流れが対岸のブロックにぶつかり、白泡を立てながら一度その勢いを緩め、恰好の深みを作っていた。じりじりと下流側から立ち込んでいって、開きの肩から細かく探っていく。少しずつ上流へ足を進めアップクロスのアプローチから、流芯の通る最深部にミノーを投げ込んだ。タイプⅡの自重がスッと上波を突き破り、中層の厚い流れに入ったところで竿先を弾きアクションを加える。流下するスピードをぎりぎりまで抑え、できるだけスローに、その場で溜めを作るようにしながら1つ、2つ、3つと大きくヒラを打たせた。立て気味に操作していたロッドが、ぐわんっと押さえ込まれた。反射的にアワセを入れ、さらに素早く糸フケを巻き取りバットパワーを使って鋭く追いアワセを入れる。ビンッと張ったラインの先に、巨大な獲物の重さをはっきりと捉えた。「でかいぞ!」。明らかな大物の手応えに大和さんの表情が一瞬にして厳しくなった。
 一拍置いて、魚が『グンッ、グンッ』と重々しく頭を振り始めた。アベレージサイズのものとはまったく異なるトルクが、ラインとロッドを介して手元に伝わる。
 流れに乗って魚がゆっくりと下ってきた。今度は下流へ吸い込まれていく流れの押しを見方につけて、さらにロッドを絞り込む。ものすごいパワーだった。ベリーとバットで持ちこたえると、大きな身体を持て余すように激しくのたうちまわった。水中で銀色の魚体が翻るたび、緊張が高まった。
 しかし必死の抵抗を続けた魚も、慌てずやり取りする大和さんに徐々に体力を奪われていき、遂に途轍もないアメマスが、本流の岸辺にでんっと横たわったのだった。
 まるでワニのような威圧感をたたえた厳つい雄。釣り上げられてなお、ギリギリとこちらを睨んでくる。メジャーを当てると53cmもあった。力のみなぎった堂々たる魚体。これが釣りたいがために大和さんは春の本流を毎シーズン駆けているのだ。
 アメマスの口元には、65Sファースト・タイプⅡが誇らしげにきらめいていた。
「本当に、このルアーがあったからこそ攻め抜けたね。大場所の分厚い流れをとらえて、大物の捕食範囲内でじっくり誘いを決められる。絶対に手放せないルアーがまたひとつ増えたよ。今回釣った53cmっていうのは、ここのアベレージから言えばマックスに近い大きさだけど、釣れてないだけで60cmというのも必ずいると思うんだ。もっとすごいアメマスを、俺はやっぱり地元の雫石で釣りたい。この65Sファースト・タイプⅡが出来たことで、夢の魚にまた一歩近づいたよ」
 今年もまた、雫石にアメマスの季節が巡ってくる。ルアーケースに新たな武器を加え、大和さんのアメマス熱はさらに高まっている。まだ見ぬ大物を追って本流に挑む季節がもうすぐやって来る。












「早春の渓を歩く」 大和博  
2010年3月18日、岩手県
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Yamai 68S[AU]/ITO.CRAFT



 雪の斜面をくだり、薄い流れの続く川に降りると、大和博はぶるっと身震いをひとつした。
「今年の春は、ずいぶん冷え込む日が多いね。ちょっと異常だよ。そりゃあ30年前とかに比べたら、ずっと雪は少なくなったし、春先の気温も高くなったけどさ」
 今年は山の季節もだいぶ進行が遅れているらしい。
 さて今日のお目当ては、この川に暮らす居着きのイワナだ。まだ起きだしたばかりの魚が溜まっていそうな深みを選んで、さっそくミノーを投げ入れていく。なかなか反応はないが大和は気に掛ける素振りもなく先を急ぐ。その足取りからしてどうやら目指す場所があるようだ。
 一度岸に上がり、これといった懐のない区間をショートカットしてさらに進んでいくと、高さ1mほどの古い堰堤が現れた。堰堤下には、河川規模から見れば「大きな」プールがあった。
「この川のイワナは23cmとか、アベレージで言ったらそれくらいで、あんまり大きいのはいないよ。ただこのプールは、たまに尺上のいい魚が出るんだ。今年はどうかな…」
 季節が季節なので1本の川をとことん攻め切るのではなく、頭の地図に書き込まれている、淵やプールといった早春のポイントを点々と拾い釣っていく作戦で臨んでいた大和にとって、この川のメインディッシュが、この堰堤下のプールというわけだ。

 大和は釣りも魚も好きだが、何より、地元の川と、その周囲の自然が大好きなのだ。しかしヨソの街からやって来た者には驚異的に映る豊かな雫石の自然も、やはり少しずつ変化してきていると言う。
「釣り人目線で言えば、魚がまず減ったよね。サイズに関わらず川から抜かれてしまうことも影響してるし、淵が浅くなって魚の溜まる場所そのものも少なくなった」
 また河川環境の悪化によりネイティブに近い自然産卵の個体が減っていることで、魚の質が落ちてきているのも疑いようのない事実だし、美形と呼べる魚を維持していくには、何と言っても漁協の放流事業の質が大きな鍵を握っている。どのような魚をどんな方法で放流するのか、放流事業のあり方がこの先どんどん重要度を増していくことは言うまでもない。
「まあ、ちょっと寂しい状況の川も確かにあるけど、もちろんまだ楽しめる川もある。探せば、昔に見た魚と同じような個性を持ったイワナやヤマメが数は少ないながらも、まだいる」

 川には降りず、大和は岸の上から静かに身を乗り出すようにしてミノーを投げこんだ。水に立ち込んで魚を警戒させるよりは、きっとこの方が確率は高い。
 落ち込みの白泡に着水させた山夷68Sをその自重で沈ませ、リトリーブを開始。どうして山夷なのか?という質問には、「どんな流れでも安定して泳ぐから使っていてラクだし、なおかつ強いアピールで誘うこともできる」といった答えが返ってきた。
 白泡を抜けてミノーが泳いでくる。魚の活性は低いだろうから、ゆっくりゆっくり、時間を掛けて引いてくる。しかし、ミノーの後ろには何もついてこない。
「あれ、いないのかなぁ…」
 2投目。白っぽい魚影が、ミノーとほぼ同じ速度で追ってきた。いた! 足場が高いためにどうしても足下まできっちり誘い切れず、魚は興味を失ったように堰堤下の深みへと戻って行った。すかさずミノーを投げ入れアクションを加えると、今度はごつんっと躊躇なくアタック。
 水面でバシャバシャと暴れるイワナは、思ったよりいいサイズだ。ぴんと張ったラインを介して春の躍動を手元に感じながら、そのまま抜き上げるのはちょっとこわいし、それにシーズン1匹目の良型を岸の上でバタバタさせるのも気が進まない…と思案した結果、大和はラインのテンションがフリーにならないよう注意しつつ、川に降り、大事そうにイワナを取りこんだ。
「よしっ」
 ネットに収まったのは、ぴかぴかの34cm。水は手を切るような冷たさだが、大和の顔はほころんでいる。当たり前の場所に、当たり前の魚がいることが嬉しいのだ。
 イワナにヤマメ、それから山菜にキノコ。今年も、山を愛する釣り人の季節が始まった。
 










「御所湖のアメマス」 大和博  
2009年4月9日、岩手県
写真と文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC600ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance VEP 6Lb/VARIVAS
lure:EMISHI65S/ITO.CRAFT



 例年3月1日に解禁する雫石川水系だが、春の遅い北国のフィールドにあって、シーズン初期からサイズの狙える有り難いトラウトが「アメマス」である。御所湖の水で育った30cm後半から40cm台の美しい魚体が、上手くタイミングとポイントを読むことができた釣り人の手に収まるのだ。
 地元釣り師のひとり、大和博は4月9日、御所湖の岸辺でロッドを振っていた。毎年欠かさず春のアメマスを狙う彼の頭には魚を釣り上げるまでの道筋がかなり明確に浮かんでいるのだが、逆に言うと、こういう広大な釣り場では何か確信めいたものがないとなかなか集中力が続かない。
「各ポイントには居着きの魚もいて、それらは35cm位までかな。でも、ワカサギを追いかけて回遊してるヤツらはサイズがいいんだ。ポイントはその年の貯水の状態によっても変わってくるし、今年みたいに水が多いときには、せっかく魚を掛けても水没した柳に逃げられるようなこともあるからそうした場所をきちんと頭に入れておくことも大事だよ」
 大和のタックルについては、ロッドがエキスパートカスタムEXC600ULX。例えば小規模河川でのサクラマス釣りにもぴったりハマるモデルで、トルクのあるパワフルなブランクに、高いキャスタビリティとミノーの軽快な操作性を与えたシングルハンド・グリップの6ftだ。それにセットするカーディナル3には6Lbラインを巻き、蝦夷65や山夷68といった中型ミノーを手返し良くキャストする。
 釣り場の規模だけを考えればもっとヘビーなタックルで広く探りたい気もするけれど、アメマスのアベレージサイズや釣りのテンポを考えると大和のタックルバランスがちょうどいい辺りと言えるし、なにより彼は、このタックルで十分ルアーの届く範囲まで、つまりすぐそこにあるカケアガリまで、アメマスの群れが回ってくることを知っている。

「ワカサギが寄ってくると、水面の波紋でわかるんだよね。それを待ってる感じ」
 そのポイントに大和が入ったのは午前10時頃。アメマスからの反応はないまま時間が過ぎ、彼の言う波紋が見え始めたのは夕方近くになってからのこと。
 水面でワカサギを捕食しようとする数匹のアメマスの姿も見えた。そしてそのうちの1匹か、それとも違う魚か、それは不明だが、雫石で長く釣りをしてきた大和にとって最大のアメマスとなる魚が底の方から突然現れ、すぐそこのカケアガリで躊躇なくミノーにアタックした。
「竿先から2m位のところでドンっと来た。いままで釣ったなかでは51cmが一番大きなアメマスなんだけど、それとは全然パワーが違ったよ。ものすごく強かった」
 激しく暴れる魚を必死になだめながら、どうにかこうにか釣り上げたアメマスは55cmのトロフィー。いかつい表情をした雄のアメマスだった。
 以前の記事でも触れているように、御所湖がまだ存在しなかったころの雫石川にはとてつもない大きさのアメマスが海から上ってきていた。おそらくそれは確かだ。
 そしていま、御所湖ではどれほどのアメマスが育っているのだろう。
 55cmの次に浮かぶのは、やはり「60cm」の可能性だ。大和は、「いるとは思う」と言う。それが自分のルアーに食いつくかどうかは別の話だとしても、その瞬間を思い浮かべながらルアーをキャストする。ヒットした60cmがラインの先で盛大に水飛沫をあげて暴れる光景が、これまでにないリアリティーを帯びたことは間違いない。











「8月の3投目のタイプⅡ その①」 大和博
2007年8月5日、岩手県
写真=伊藤秀輝
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510UL
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンス 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/蝦夷50SタイプⅡ AU



 北上川の一大支流である雫石川。その雫石川を盛岡市の西方で堰き止めたのが御所ダムであり、それによってできた人造湖が御所湖である。
 その御所湖には、ぐるりと周囲を囲む山々から大小多くの川が流れ込み、そのほとんど全ての川、全ての支流に、ヤマメやイワナが生息している。
 大和博が48センチという、渓流域ではあまり聞いたことがないサイズのイワナを釣り上げたのは、その中のひとつの、どちらかというと小さな渓流だった。
 発端は、2007年の7月後半。伊藤秀輝の釣りにあった。
 その日、いつものように釣りに出かけた伊藤は、その川の大きな淵で、大ヤマメを見つけた。淵の底から姿を現し蝦夷を追ったヤマメは、しかしながら、横から現れたふた周り小さなヤマメに、そのターゲットを奪われてしまった。ヒットしたのは27~28センチのオスヤマメだった。横取りされたでかい方のヤマメは、35~36センチだと伊藤は推測した。
 そして数日後、伊藤は大和博を誘って、その川を再訪することになる。
「もっと早くあの場所に行って、あのヤマメを釣り上げたい気持ちもあったんだけど、ちょうど、蝦夷のタイプⅡが完成するところだったんだ。だから、どうせなら新しいルアーで釣りたい、そう思って、釣るのを先延ばしにしていたんだ」(伊藤)
 タイプⅡを持って、2人は川へ向かう。
 そして伊藤は、「大和さんがそのシーズン、あまりいいヤマメを釣ってなかったから」と、その大ヤマメの淵を譲った。
 大和が足音を殺して、慎重に淵に近づく。
「いるのは分っているわけでしょ。だから攻め方を間違えなければ、そのヤマメが釣れる確率は高い。その淵は深さが3mくらいはある場所だから、タイプⅡをある程度沈ませて、流れに乗せながらアクションを掛けて手前に引いて来たのさ」
 そして3投目、巨大なイワナが姿を現した。ヒットの瞬間、その魚がヤマメではないと大和には分ったという。
「ヤマメならヒットした直後に、ガバガバって暴れるんだけど、イワナだとそれがワンテンポ遅れる。最初の瞬間は重さが乗るだけっていう感じ」
 ヤマメではない。イワナだ。「ヤマメじゃないのかぁ」と、一瞬落胆に近い感情を抱いた大和だったが、次の瞬間には、違う感情に襲われる。「これはでかい!」と。
「湖とか、北海道の遡上アメマスとかならともかく、渓流域のイワナっていうのは、せいぜい40センチ弱がいいとこなの。37とか38なら、簡単とは言わないけれどまあ釣れるから、当然驚くようなサイズじゃない。でも、40センチを越すイワナは渓流では少ないし、45となると、さらに少なくなる。手ごたえから、これは、普通に釣れる次元のサイズではないことが、すぐに分ったからね。ちょっと緊張しなければならないイワナだぞ、と」
 徐々に寄せてきて、姿が見える。50センチ近いサイズが確認される。「これはばらせないぞ」。ヤマメを狙っていた意識は、大和の頭の中からとうに消えていた。
 慎重にやり取りして、取り込んだイワナは48センチあった。渓流域では、最大級といって差し支えないサイズだ。
「多分、湖には下りた個体だと思うよ。だけど釣れたのは渓流域で、自分としても渓流では最大魚だし、このサイズには大満足している。本流とか湖で、でかい魚を狙ってダブルハンドルで釣る場合とは、ちょっと違うね。渓流で、シングルハンドのウルトラライトロッドでこのサイズの魚を捕れたことは、正直、かなり嬉しい」
 初使用となったタイプⅡだが、使ってみた印象はどうなのだろう。
「その当日は、ホレって、タイプⅡを3つ渡されてさ、プロトでの泳ぎは見ていたが初めて使うタイプⅡだから、わくわく半分、大事なタイプⅡを無くしたらどうしよう、根掛りなんてさせられないという気持ち半分、そんな心持ちでその淵に行ったのさ。実際使ってみると、飛ぶし、沈みが速いし、沈みがこれだけ速いくせにちゃんとヒラも打つし、流れに対して逆らわないし、オレの技術では届かないところに入ってくれる」
 渓流域の、懐のある深い淵などでは、特に使いやすいわけだ。
「そうだね。だから、この日、タイプⅡを使わなかったら、このルアーが仕上がる前だったら、どうなったんだろうって思うよ。この48センチは、もしかしたら、釣れていなかった魚なのかもしれないから」  FIN









「雫石川のアメマス」 大和博
2006年4月、岩手県
写真=伊藤秀輝
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510ULX
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/山夷50F



 大和博とアメマスとの付き合いは長い。
「中学校3年の夏なんだけど、葛根田川に友達とカジカ捕りに行ったのさ。川に入って水中眼鏡でのぞいたら、でかい魚の尻尾が見えてね。でかい石の間に頭を突っ込んで、尻尾だけ見えていたんだよ。誰かサケの尻尾を川に捨てたんだと思って、尻尾を引っ張ってみたら、その魚が暴れたのよ。こりゃ生きてるぞってことになって、手づかみにしたの。ヤマメは触るとすぐ逃げちゃんだけど、イワナ系は触っても逃げないから大丈夫なんだよね。そーっと手をアメマスの身体に這わしていって、エラ蓋の中に指を突っ込んで捕まえたんだけど、これが78センチあった」
 当時、御所ダムはまだ出来ていない。北上川を通じて雫石の山々が、太平洋と直結していたころだ。
「もちろん大きいアメマスだけど、それほど珍しいサイズじゃなかったよ。実際にこの目で見たアメマスの最高というのは、親戚の人が捕ったので90センチだったね」
 もちろん現在も彼とアメマスとの付き合いは続いている。釣りが解禁になった後の3月4月は、まだ雪が多くて渓流釣りというわけにはいかない。だからその時期は本流のアメマスを狙うことになる。
 4月。雫石川の本流で大和はルアーを投げていた。そして太い流れをターンしたミノーに37センチがヒットした。
「多分この魚は、本流に居ついていたアメマスなんだと思うよ。御所湖からの遡上アメマスにしては時期が早すぎるから。普通は5月くらいなんだよね、遡上ものは」
 エサ釣りの時代にも大和はアメマス釣りをしていた。もちろんその時代にも大きなアメマスを彼は仕留めている。
「御所湖っていうのは冬にはワカサギ釣りが盛んな場所なのさ。冬の間は氷の穴釣りだけど、氷が解けてくる頃になると、橋の上からワカサギ釣りをするんだよね。だいぶ昔には、オレも橋の上からワカサギをやっていたの。それで、3月になるとトラウトが解禁でしょ。だからワカサギが釣れたら、そのまま泳がせて、ワカサギをエサにしてアメマスを狙ったりもしたんだよね。それで釣ったアメマスの最大が68センチかな。そうやって釣りをしていたら、ある日、ちょうどオレがでかいアメマスを上げたときに、観光バスが通りかかったんだよね。そしたらそのバスが止まって、乗客が降りてきちゃった。大きい魚が珍しかったんだろうね。それで、記念撮影用に釣ったアメマスと軍手を貸してあげたことがあるよ。それからしばらくして、橋の上からの釣りが禁止になったんだ」
 大和はそれ以外にも観光バスを止めたことがあるという。
「雨の日にさ、黒い雨合羽を着て、黒い長靴をはいて、頭もフードをかぶって、樹に上って山ぶどうを採っていたの。そしたら、下を通りかかった観光バスが止まって、ガイドさんが木の上にクマが居ますよなんていうわけ。そしたら何人かバスから降りてきて、写真なんか撮ってシャッターがピカピカって光る。そりゃ、降りられないでしょう。バスが行ってしまうまで木の上から降りなかったね。でも、オレがバスを止めたんじゃないんだよ。バスの方が勝手に止まったの。その辺をはっきりさせておかないと、いつの間にかオレが何か悪さをして、バスを止めたって話になるからさ」
 地元の人なら、誰かが山ぶどう採っているんだろうと思うだけだけど、都会の人にはそういう想像力がないから、バスが止まってしまうのである。山育ちの大和博の行動が、都会から来たバスを止めたといってもいい。

 それはさておき、そういう大きなアメマスを育てる御所湖だが、御所ダムによって分断される前の雫石川は、今では考えられないほどの魚影だった。
 海と繋がっているから、もちろんアメマス以外の魚も遡上してきた。サクラマス、カラフトマス、それにもちろんサケ。サケ以外の大きな魚は、単にマスと呼ばれていた。しかも上ってきたマスたちは、種類によって遡上する支流が違っていたという。
「カラフトマスは黒沢川が多かった。平出に上るのは全部サクラマス。住み分けていたんだね。それにこの地には、昔、イトウがいたという話もあるんだよ」
 地元の老人の中には、大きなアメマスを見て、「イドウ」と呼ぶ人がいるらしいのである。
「春に身体を赤く染めた大きな魚を見たことがるっていう知り合いもいるし。信用できる人だよ」
 それがイトウであったかどうかはさておき、当時の雫石川が、今とは比べ物にならないほどのスケールで巨大魚を育み、多種多様な魚種を大きな腕で包み込んでいたことは間違いないだろう。
「オレが物心ついた頃はさ、川なんていうのは町の中を流れていて、生活の川だったわけ。大根洗ったり、洗濯したり、そういう流れの中に大きなヤマメがいて、春にはマスが上ってくる。それが雫石川の本当の姿だと思う」
 その当時とはこの川は変わってしまった。それでもまだ、この川にはヤマメがいて、アメマスがいる。
「自分が生活している町の中を流れる川に、ヤマメがいてアメマスが釣れるっていうのは、それだけでも素晴らしいことだと思うんだ。これで御所ダムがなかったら、たとえば、世界遺産に選ばれるくらいの自然の多様さ、豊かさ、大きさがここにはあると思うよ」
 その昔、雫石は今より山も豊かで、川も周りの自然も数倍豊かだった。我々は、その姿を取り戻すことは出来ないだろうか。それは本当に無理な話なのだろうか。たとえば御所ダムを取り壊すことによって雫石川は昔の姿を取り戻すことが出来ないのか。
 ダムを壊す。とんでもないことのように聞こえるが、アメリカでは不要になったダムを壊すという事業がすでに始まっている。
 ダムがなくなり、雫石の流れが太平洋と繋がる。支流で生まれた稚魚が北上川を下って太平洋に下りていく。春にはサクラマスが、夏にはカラフトマスが、秋にはサケが雫石川の支流に上っていく。ありえない話ではない。
 よく考えてみれば、大和博が巨大なアメマスを手づかみしたのは、わずか、30~40年ほど前なのである。 FIN








「大和博の竜川」 大和博 
2005年8月21日、岩手県
写真=伊藤秀輝
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510ULX
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/山夷50F(YMO)



「ここは竜川の支流の中でも大きな方で、でかいヤマメが出るんだよね。下流部は完全にヤマメの川。上流に行けば山岳渓流のイワナ釣りになるんだけどね。3年位前には40アップをばらしているんだ。ヒットして足元まで寄せて、そこですぐに取り込めば良かったんだけど、余裕を見せて同行者に見せてやったのさ。どうだって感じで。そしたらフックがポロっと外れて、魚はさよなら~。マジで40はあったね」
 その支流に大和博が入ったのは8月の後半。そろそろ産卵を意識したヤマメが支流へ上ってくる時期だ。
 本流から支流に入って最初の堰堤。まずはそこに狙いを絞る。
「堰堤の2キロくらい下流かなあ。そのあたりから流れに下りて堰堤までの区間をアップで探り始めたんだよね。そしたらすぐのポイントで30センチジャストが出た。釣り方は普通のミノーのトゥイッチング。支流に入るタイミングにちょうどはまったんだね。それからしばらくして、もう1匹ヒットした。それが31センチ」
 秋のヤマメ釣りは、ヤマメの移動を読む能力と水の状況に左右される。エサ釣りを含めた長い渓流釣りの経験が、このヤマメと大和を出会わせたのだ。
「でもその先は全然ダメだったね。堰堤までノーバイト。いないとこには何もいないね」
 大和は雫石の山と川で育った。子供のころから遊びといえば山か川だった。山を駆けずり回り、川では雑魚釣りをした。当然のように大人に連れられて山菜採りやキノコ採りも学んだ。
「そういった野山の関係は何でもしたね。だって、他に遊ぶところが無いんだから」
 野山で育った大和少年は、大人になっても野山で遊ぶことをやめなかった。山菜やキノコはプロ級、エサの本流釣りもかなりの腕前になっていたという。
 その時である。大和はテレビで伊藤秀輝の釣りを見ることになる。
「伊藤君とは、夢やで前から顔をあわせていたんだけどね」
「夢や」というのは竜川の支流、志戸前川へ向かう林道沿いにある食堂であり山菜やキノコの直売もしている店だ。そのマスターは夢やを開く前には雫石町内でパン屋を経営していて、お互いにマスターと友人だった大和と伊藤は、彼の店で頻繁に顔を合わしていた。
「その伊藤君がテレビに出ている(地元テレビ岩手のローカル番組『夢見るピノキオ』に伊藤秀輝は数年前に出演し、ルアーフィッシングを披露している)でしょ。彼が釣りをしていることも知っていたんだけど、でもルアーっていうのは知らなくて、オレもやってみたいなと思ったわけ。その後ひょんなことで伊藤君の釣りを直接見ることができたんだけど、このときは驚きだったね。何しろキャスティングがきれいなんだよね。オーバーハングの奥でもどんなとこでもルアーはスパンスパン入るし、どうしたらあそこまで自由自在に操れるのかと不思議に思ったね」
 そして大和はルアーフィッシングを始めた。それから5~6年、シーズン中は毎日フィールドに出るという。仕事の前、後、途中。途中というのはどうかと思うが、しかしその情熱は半端な熱さではない。
 堰堤の下流で2匹の尺ヤマメを釣った大和は、次に堰堤の上に移動する。
「この区間は入渓点が分かりにくくてね。だからヤマメの反応はいいんだよね。いいときに入ると足元までヤマメが追って来るからね。3回4回って反応する日もあるし。エサ釣りの頃は、魚の反応っていうのは目印が止まるとかそんなとこでしょ。ヒットする前の水中の魚を見ることは無いわけ。でもルアーは見える。チェイスが見える。ルアーに食いつく直前から食いつく瞬間も見える。これは楽しいね。もちろん魚がいれば、の話だけど。それで、今回は狙い通りいたってわけ」
 そしてまた30センチジャストが大和のネットに納まった。
「雫石の川では、入っていない支流は無いよ。エサ釣りの頃から全部の支流に入っている。道路沿いの入渓しやすい区間もあるけど、道路から離れているとことかもあるから、まだまだ奥が深い水系だと思う。それに獣がいるでしょ。クマとか。マムシも多いし。そういう獣たちにここいらの川は守られている気がするな」
 大和は今、ちょっと後悔していることがあるという。
「伊藤君に教えてもらうのが遅すぎたな。あと10年早くルアーを始めていれば、と思うんだよね。そうすればもっといろいろなものが見えているはずだから。でもそれは仕方ないし、なんにせよ今からでも遅過ぎるということはないと思うから」
 遅れてきたルアーフィッシャーマンは、まだまだ先を目指している。 FIN




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