spacer
Media / Contacts
HOME RODS LURES LANDINGNET ACCESSORY FROM FIELD CRAFTSMANSHIP NEWS MOVIE
FROM FIELD TOP>吉川勝利 Katsutoshi Yoshikawa
PROFILE
よしかわかつとし。 長年、地元である福島県浜通りの河川を舞台に、数々の大ヤマメを釣り上げてきた超現場主義の釣り師。サクラマスの経験も長く、まだ釣り人がほとんどいなかった時代の赤川中流域を、自分の足で開拓してきたひとり。東日本大震災および原発問題によりホームリバーは失ったが、これまでの濃密な経験を糧に新たなパターンを構築している。

「最後の、6月1日解禁日」 吉川勝利 
2014年6月、秋田県
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC780MX/ITO.CRAFT
reel:LUVIAS 2506/DAIWA
main line:Avani Sea Bass PE 1.5/VARIVAS
lure:Wood 85・14g /ITO.CRAFT



「サクラマスが釣れて、俺も相当興奮してたんだね。タックル一式を川に置き忘れて、そのまま家に帰っちゃったんだから(笑)」
 吉川にもそんな初々しい時代があったのだ。1997年6月のこと。初めて挑んだ秋田解禁は、初日、2日目と空振りに終わり、3日目の正直で遂に米代川のサクラマスが微笑んでくれた。それはもう、買ったばかりのロッドやリールが頭から消し飛ぶくらい嬉しくて、その感激に浸ったまま釣りの疲れも忘れ、タックルのことも忘れ、高速道路をひた走り福島の自宅へと戻ってしまったのだ。
 それから20年近くの間、吉川は6月の秋田解禁釣行をほぼ毎年続けてきた。
「もちろん解禁の遅さに不満はあったけど、サクラシーズンの最後の砦、最後のお祭りって感じで、思い出もいっぱいあるよね」
 例年、山形を中心に遠征を繰り返し、新緑の時期の岩手にも足を伸ばしながら慌ただしく過ぎていく吉川のサクラシーズン。その締めくくりとして臨んできたのが秋田解禁である。

「6月にもなれば、群れを離れてすっかり淡水に馴染んだマスが相手だから、海からの遡上期とは着き場も狙い方もやっぱり違うよ。感覚としては、でかいヤマメを狙う時のイメージに近いかな。一気にプレッシャーが蓄積する解禁2日目以降は特にそう」
 時間の許す限り、解禁前日から川をしっかりと見て、自分の経験を糧に、自分の目を信じてポイントを絞り込んでいく。サクラマスはとても希少な魚だが、吉川は『何となく釣れちゃった』というのでは満足できないと言う。
「確信を持って、自分の釣りで釣れた、っていう釣りがしたいんだよね。解禁日のポイント選びにしてもさ、毎年魚が着く所、高実績のポイントも確かにあるけど、川の流れは毎年変わるわけで、その時のベストなポイントを探し出したい。その作業が面白いんだ。釣りをしてる時も、魚の反応がなければないなりに、常に何かを試みる。その場のひらめきや工夫を大切にする。一番の手掛かりは何と言っても魚の反応だから、それを目指して何かしらのトライを重ねる。そうやって結果に結びつけることが、釣りを進化させていくってことじゃないかな。確率の低い釣りではあるけど、こういう時はこうだったな、っていう経験の引き出しを少しずつ増やしていくことが大事だと思うし、自分で答えを導き出すのが楽しいんだよね」

 淡々と釣りを続けているように見えて、経験豊富な釣り人ほど実は一投一投にきちんと明確な意図が込められている。あえて同じ誘いを再現し続けることもあれば、ヒラの打たせ方、リズム、スピード、あるいはアプローチの角度を細かく変えながらひとつのポイントを攻め続けることもある。そんな吉川のマス釣りは『攻める』という表現がぴたりとハマる。
 2014年の6月1日も、そうして彼は秋田のサクラマスを釣り上げたのだった。
 釣り上げた本人がひょうひょうとしているから簡単に釣っているようにも見えるが、その1本のサクラマスの背後には濃密な経験と無数の試行錯誤が生きている。
 ネットに収まり、まだWOOD85をくわえたままのサクラマスにメジャーを当ててみると、河原がなくて半分水没した草の上だから魚体がユラユラとして正確には測れなかったが、62か63cmといったところ。
 サイズに関しては人それぞれに考え方があるけれど、いつも吉川はプロポーションのいい65cmをひとつの目標として思い描きながらロッドを振っている。
「太さはないけど、顔がいいな、このマス」
 きりりとした顔付きの格好いい雄だった。吉川が笑みを浮かべる。
「振り返ってみると、秋田解禁はずっと相性がいいんだよね。6月解禁は時期的に後がなくて、一発勝負に近い状況だからどうしても釣り場が過剰に混雑するし、それによって魚との勝負というより人との戦いになりがちだけど、解禁さえ早まってくれれば魚のコンディション的にも活性的にも、楽しみがもっと膨らんで、釣り人的にはいい事尽くめだと思うんだけどな」
 その解禁日については遂に今年2015年、そうした多くの釣り人達の願いが叶う形となった。ご存知の通り、秋田のサクラマス解禁日が4月1日に変更されたのである。

 他の地域からみれば当たり前の時期に釣りができるようになったに過ぎないし、雪シロの影響を考えるとどうせならあとひと月くらい前倒ししてくれてもいいのに…とも思うけれど、4月解禁になり、良いシーズンを長く楽しめるようになったのは大変喜ばしいこと。
「やっぱり、太くて大きなマスが釣りたい。その欲望が尽きないからやめられない。秋田の解禁が早まって、その可能性が広がったことは確かだよね。赤川のマスも釣りたいし、閉伊川にも行きたいし、そこに秋田も加わったわけだから、盛期は忙しくなるよ」
 これまで味わうことができなかった、秋田のサクラマス河川が秘める本来のポテンシャルとはいかほどのものか。答えを出せるのは川に立った者だけだ。
 いま、新たな夢が川辺に広がっている。









「川で過ごした時間」 吉川勝利 
2013年5月
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC780MX/ITO.CRAFT
reel:LUVIAS 2506/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・18g/ITO.CRAFT




■赤川での経験

 吉川さんにとってサクラマス釣りは、100%遠征の釣りだ。
 古くからの主戦場である山形県赤川にしても、あるいは岩手や秋田の川にしても、福島からの遠征者である吉川さんの釣りには常に制約が付きまとう。
 例えば、確実に魚をストックしているだろう一級ポイントに足繁く通い詰めることは出来ないし、また刻一刻と変化する川の状況にぴったり合わせて釣行することも出来ない。
 遠征の釣りには、「効率の良さ」という意味でどうしても限界がある。それを言っても仕方がないのだが、活性の高い魚との遭遇に頼ってばかりではなかなか勝負にならないのだ。
 吉川さんがマス釣りを始めた頃から大事にしてきた経験は、もっと地道なものだった。
「赤川で言えば、人が集中する下流域だけじゃなくて、とにかく川全体をいろんな角度から見ることに徹したね。せっかく片道5時間も掛けて釣りに行ったのに、増水とか濁りで竿が振れない日もあったよ。そんな時でも、川を見て歩く時間が経験になる。そう信じてとにかく川に行った。赤川に通い始めた頃は川の地形を見るために、わざわざ正月に出掛けたりね(笑)。冬は渇水してるし、水も澄んでるでしょ。いろんな状況でじっくり川と魚を観察して、マスの着き場や習性を学んで、遠回りかもしれないけどそういう経験の積み重ねで少しずつ魚に近付けるものだと思うんだ」
 吉川さんの釣りを見ていて改めて感じるのは、価値あるサクラマスを手にするのに、都合のいい近道はないということだ。
 河口からゼロ段堰堤を抜け中流域へ向かうと、赤川は途端に釣り人の影がまばらになる。当然魚の気配も薄くなるわけだが、それでも吉川さんは周囲の実績や情報にとらわれず、川を読む目と足を頼りにサクラマスを探し、そうして釣り上げた価値ある1本に心底感動してきた。
 そして、そんな地道な遠征釣行を長年繰り返してきた経験があるからこそ、どこの川に遠征しても決して釣りがブレない。赤川で過ごした時間が、吉川さんのマス釣りを支える土台となっているのだ。


■サクラマスのスイッチ

 さて、写真で紹介している魚も吉川さんがとある遠征先で釣り上げた1本である。
 2013年5月、舞台は新緑の輝く中規模河川。遡上したサクラマスが広く散らばって、どのポイントにも可能性がある半面、早春から続くプレッシャーの蓄積が釣りを難しくしている。
「どうしたってサクラマスは、ルアーにスレやすい魚だからね」
 水の条件や時期にも左右されるとはいえ、もしプレッシャーの掛かっていない手付かずの状況であれば、サクラマスはルアーに対してもっと積極的に反応する魚だと言う。もともとサクラマスには攻撃的な性質が備わっていると、吉川さんは経験的に感じている。しかし、あっという間にスレてしまうのだ。水中の異物に対する敏感さが見切りの早さにも繋がっているのか、まるでスイッチが切れたように一気に反応が鈍くなる。それがサクラマスという魚の悩ましい所だ。
 では、プレッシャーのきつい川で吉川さんがイメージしている攻め方とはどんなものだろう?
「絶対に口を使わない魚も少なからずいるわけだけど、かと言って食い気満々の魚だけを探していても釣りにならない。着き場をしっかり読むことは大前提で、スレている魚にもどこかにスイッチがあると考えて、それを探るように誘いを掛けるよね。こうやってこうやれば釣れる、っていう単純な答えはないよ。流れによっても、魚一匹一匹によってもそれは違う。いいポイントであるほど大事に、目先を変えながら、いろんなヒラの打たせ方でトライしてみる。WOOD85ならそれができる」
 サクラマスが本来持っているはずの攻撃性を少しでも引き出す。そのためのスイッチをWOOD85のヒラ打ちで探す。脳裏にあるイメージは、賢くて警戒心の強い大きなヤマメを釣る時と一緒だと言う。それが吉川さんのひとつの経験則。
 長いチャラ瀬の下流にあった、ちょっとした深みにマスの気配を感じた吉川さんがWOOD85の18グラムを送り込んだ。水深や押しの強さを見て、やるべき操作はすでに体が知っている。ロッドワークとリーリング、リップの水噛みや糸フケの量、様々な要素を組み合わせて、思い描いたパターンを正確に当てはめていく。頭に入っている知識だけじゃなく体が覚えている操作にも経験が凝縮している。時に同じ誘いを繰り返し、時に誘いの表情を変える。水中のミノーを完璧にコントロールしているからこそ、狙い通りの誘いが表現できるのだ。
 神経を研ぎ澄まし、そのピンスポットで絶妙にステイさせながらヒラ打ちを操作すると、ドシンッ!という重々しいアタリが吉川さんの手元に伝わった。
「川で過ごしてきた時間は嘘をつかない。その努力は必ず報われるんだよ」
 全てのヒットの陰には、これまでマス釣りに費やしてきた長い年月が生きているのだ。
 自分の経験を信じた先に、サクラマスは待っていた。


【付記】
サクラマスを釣るのに分かりやすい攻略法はないけれど、コンスタントに釣り上げている人は確かに何かを知っているのだと思います。川で過ごしてきた長い時間のなかで、川と魚からじかに教わったこと。言葉にできるのはほんの一部かもしれませんが、釣り人自身にとってこれ以上信じられるものはありません。吉川さんには吉川さんだけの経験則がある。だからこそ釣れるサクラマスがいる。
その経験と情熱を糧に、今シーズンはどこの川でどんな鱒を釣り上げるのか楽しみです。











「自分だから立てる場所」 吉川勝利 
2012年6月1日、秋田県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC780MX/ITO.CRAFT
reel:LUVIAS 2506/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・18g/ITO.CRAFT



 写真で見ても伝わるかもしれないが、実際に向き合ってみると改めて吉川さんは背が高い。185cmもあるのだ。赤川の三段とか、混み合うポイントでもその姿はすぐに発見できる。
 そして彼は、川歩きがとても達者だ。一緒に本流の釣り場へ出掛けると、ディープウェーディングを駆使しながら次々とポイントを叩いていくその背中が、どんどんと遠ざかっていく。ついていくのに何度も冷や汗をかくのだ。
 その身長の高さと川歩きの経験をフルに生かして、他の釣り人が行きたくても辿り着けない立ち位置を彼は平然と確保してしまう。ルアーをキャストする以前の、ポイントに立つというスタート地点からして大きなアドバンテージを有していることは間違いない。

 そんな吉川さんだからこそ釣れる魚が当然いる。
 2012年、秋田解禁で釣ったサクラマスもそうだった。

 多くの釣り人が行き交う解禁日の川は、朝が過ぎるとあっという間にハイプレッシャー河川へと変貌してしまう。だから朝、どのポイントの、どの位置に立つかがとても重要であることは言うまでもなく、そのポイントに辿り着くまでの過程にこそ僕はドラマがあると思う。
 今、ルアーに口を使うサクラマスはどのスポット、どの筋に入っているのか。この短期決戦で毎年コンスタントに結果を出している釣り人は間違いなく、「川を見る目」に長けている。
 川と魚を読む。ポイントを探しながら吉川さんはその推理を純粋に楽しんでいる。
「同じ場所でも、川の流れはその時その時によって違うんだから、マスの着き場だって変わるでしょ。それに水量が前年とほぼ変わらないにしても、その2週間前、3週間前からの推移の仕方でも状況は違ってくる。もちろん、毎年魚の着くポイントもあるにはあるけど、そこにばっかり立つっていうのもそれはそれでつまらないんだよね(笑)」

 解禁日の朝、吉川さんが選んだのは瀬絡みのポイントだった。
「大場所ではないけど、解禁日の秋田であれば十分にマスの着く流れに見えた。それとまあ、解禁の朝でもここなら混雑しないかなっていうのも、この場所を選んだ理由ではあるけど」
 おそらく普通の釣り人からしたら、このポイントには大きな問題が見て取れるに違いない。裏を返せば、それが吉川さんにとっては「混雑しない」と判断できる根拠になっていた。その問題とは、このポイントを釣るためには対岸に渡らなければならないということ。吉川さんだからこそ渡れる押しの強い瀬の流れが、他の釣り人を固く拒んでいたのだ。

 建前なしに、釣りは安全第一である。絶対に無理をしてはいけない。
 しかし、吉川さんは普通の釣り人とはちょっと違う。いや、だいぶ違うのだ。
 彼の上背と川歩きの経験があればこそ可能な選択だった。僕だったら断固お断りの瀬の中を、吉川さんは慎重に、しかし臆することなく一歩一歩進んでいった。
「まず俺ぐらいの身長がなきゃ、ここは渡れないよね。水面の波の微妙な光り方を見ながら、川底の状態や水深を判断して、より安全な所を選んで進んでいく。それも経験さ。ただ、やっぱり無茶をしてはいけないよ。どんなに慣れてる人にとっても、川がとてつもない危険をはらんだ場所であることには変わりないんだから。どんな時でも過信は絶対に禁物」

 瀬を渡り終え、対岸の河原に足を乗せた時、すでに吉川さんの秋田解禁はクライマックスを迎えていた。頭にあるのはヒラを打たせたWOOD85にサクラマスがガツンっとバイトしてくるイメージだけ。だからこそ、このきつい瀬を渡ったのだ。
「トロ瀬になっている部分を30分くらい叩いたところで1本目が来て、で、2本目が釣れたのは、俺からしたら渡れるくらいの水深の瀬。流れの速いさらっとした瀬だけど、ちょうどいい大きさの石が点在してて、それに着いてた。まあ、狙い通りだね(笑)。遡上期のマスと違って、ほぼ単独でポイントに居着いてる個体に関しては、もうヤマメを釣る時とポイントの見立て方は一緒だから」
 川を読み、魚の着き場を推理する。釣り師としての経験を集約し、勘を働かせて勝負する。そんなマス釣りを愛する吉川さんの解禁日は、心からの満足と共に幕を閉じたのだった。


【付記】
今回は、吉川さんの身長の高さとそれを生かした川歩きにスポットを当てましたが、何度も言うように、皆さん絶対に無理はしないでください。魚釣りで何よりも優先されるべきは、やはり『安全』です。自分の技量も含め、状況を冷静に判断し、時には退く勇気も大事です。
特に今年の秋田解禁は例年になく水が高いので、いつも以上に安全面へ配慮しながら、とにもかくにも無事に帰宅することを最優先でマス釣りを楽しみましょう。











「増水の赤川、スプーンの威力」 吉川勝利 
2012年5月、山形県
文=佐藤英喜
写真=大谷武

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC860MX/ITO.CRAFT
reel:LUVIAS 2506/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
lure:Emishi Spoon 65・21g/ITO.CRAFT



「昔は良かった、というのは、その人間がそこで止まっているだけ」
 誰かがそんなことを言っていたが、確かにその通りだと思う。
 吉川さんの大好きな赤川の中流域も、ここ数年で随分と様変わりした。河川工事が進み、表情豊かで健康的な川の姿は徐々に失われつつあると言う。
 赤川で、僕が初めて吉川さんと会ったのは今から11年前のこと。
 周りには同志とも呼べる赤川フリークが各地から集まり、それぞれが真剣に超大物との遭遇を夢見て竿を振っていたわけだが、そのなかでも吉川さんは、当時から中流域の釣りに面白さを見い出している珍しい釣り人だった。もちろん三段堰堤を中心とした下流域もやるけれど、群れが散らばる中流域で魚を探す楽しさを、僕は吉川さんに教わった。
 赤川のサクラマスと言えば、ひたすら投げては巻く、えんえんと粘る、そんなツラいイメージばかりを抱きがちだが、吉川さんの釣りは次々と自分の読みを試すテンポの良さが楽しい。そして河原に上がればいつも笑いがある。いつだったか中流のポイントを探索しながら薮を漕いでいたとき、「うわ、これはすごいぞっ」とタラノキの群生地帯を発見して二人で大興奮したことも忘れがたい思い出のひとつだ。
「ポイントは減ったし、あのタラノキがあった林も、きれいさっぱりなくなっちゃったよ」
 それでも吉川さんは、こだわり続けてきた赤川中流域に昨年も立った。

 2012年の赤川は、「過去最低」と言われるほど全体の釣果が上がらなかった。要因としては単純にサクラマスの遡上数が圧倒的に少ないというのが大方の見解。
 吉川さんが釣行日にあてたその日は、それまでずっと高かった水位が落ちてきてタイミング的には悪くないはずだった。しかし前夜のうちに、状況は一変してしまったのである。
 朝早く、車中泊をしていた吉川さんが起き出して川を見てみると、そこには想像とは全く違う、再び水かさを増した分厚い流れが轟々と走っていた。ダムが放水したのだ。
「これは致命的かも…」
 期待していただけに、かなりショッキングな光景だった。前日の下見で5、6か所リストアップしていたポイントもすべて白紙。
 しかしガックリ肩を落としたままではいられないのだ。せっかくここまで遠征してきたのだから、自分の釣りを、出来る限りのことをしなければ。すぐに釣り支度を済ませ、車を走らせた。狙っていたトロ瀬はガンガン瀬へと変貌し、とても手が付けられない。
 下流域も含め、何とか釣りになりそうなポイントを探しながら点々と釣り歩いていた吉川さんが、とある場所で足を止めた。
 押しの強い流れがストラクチャーに当たり、トロンとした畳2枚ほどのスポットができている。ワレットから、蝦夷スプーンの21グラムを取り出した。
 軸となる武器は言うまでもなくWOOD85だが、この蝦夷スプーンも長年吉川さんのマス釣りを支えてきた絶対に欠くことのできないルアーである。
「スプーンなら、こういう押しの強い流れでもしっかりボトムを探れて、じっくり誘える。昔からマス釣りをやり込んでる人にとっては必需品だよね。雪シロが絡むシーズン初期とか、今日みたいに川が増水してるときはスプーンがないと攻め抜けない。特に蝦夷スプーンは回転しにくいし、なお且つ浮きづらい。そしてフォールでもアピールできるし、立ち上がりもいい。もちろんテールをきちんと振って泳ぐ。使い込めば使い込むほど、このバランスの絶妙さに気付くと思うよ」
 底波をドリフトさせながら、リフト&フォールで縦の誘いを織り交ぜる。わずか1投で勝負が決まった。吉川さんの操るスプーンにゴンッ!と力強くサクラマスがアタックした。
 すかさずロッドを立てアワセを入れると、カスタムのハチロクがきれいな弧を描き、水底でごんごんと頭を振るサクラのトルクをがっしり受け止めた。その引きを味わいながらそのまま太い流芯の底を引きずるように強靭なバットパワーで魚を寄せ、ネットにすくい上げた。
「困ったときのスプーン頼み。このスプーンがなかったら、本当にこの魚は獲れなかったよ。まあ、赤川のマスにしてはちょっと細いけどね(笑)」
 以前の面影が薄まりつつある赤川で、昨年も彼はサクラマスを釣った。川は変わっても釣り人が大好きな釣りに情熱を燃やし続ける限り、魚はこうして応えてくれるのだ。「昔は良かった」というのは、その人が過去のその地点で止まっているだけ。吉川さんは止まっていない。










「閉伊川のマスに想う」後編 吉川勝利・小田秀明 
2012年4月、岩手県
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
●Katsutoshi Yoshikawa
rod:Expert Custom EXC780MX/ITO.CRAFT
reel:LUVIAS 2506/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 10Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・14g[AU]/ITO.CRAFT

●Hideaki Koda
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Stella C3000HG/SHIMANO
line:Super Trout Advance Big Trout 10Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・14g[RS]/ITO.CRAFT



 桜の花がほころび始めた春の閉伊川でサクラマスを追った伊藤秀輝、吉川勝利、小田秀明の3人。まずは伊藤が鮮やかに口火を切り、それに吉川が続く。

 吉川のマス釣りと言えばまず思い浮かぶ舞台は山形県赤川だが、この閉伊川も、赤川とほぼ時を同じくして知ったサクラ河川のひとつである。
「15年位前かな、その頃は、山形、秋田、岩手、マスの釣れる川をほとんど手当たり次第に巡り歩いてた時期で、まだ閉伊川もマイナーな存在だった。ポイントがわからなくて、ただウロウロしてる時間も長かったけどね、当時からの印象としては赤川よりも難しいと思った」
 一応補足しておくと、赤川でサクラマスを釣るのも難しいのである。極めて難しい。しかし、吉川にとって閉伊川で手にする1本は、それを超えて遠い存在だったのだ。もちろん、地元である福島からそう簡単には出掛けられない距離の問題もあるが、何より閉伊川は魚の数が少ないと感じた。
「川の雰囲気は、閉伊川の方が好きだね。いまの赤川はさ、中流域でさえ、河川工事なんかでどんどんポイントがなくなって、『川らしさ』が失われつつある。上ってくるマスは太くて立派でも、釣りをしててやっぱり淋しい感じはある。それに比べると、閉伊川はまだ自然の川の姿が残ってると思うんだ。渓流釣りの延長で攻められるのが面白いし、釣りをしてて気分がいいでしょ」
 距離が距離だけに、吉川が閉伊川に足を運ぶのは年に一度か二度だが、決まって閉伊川に来れば菊池功さんと落ち合った。そこで川の状況を教えてもらったり、時には一緒に竿を振ったり、また釣りを終えた後はお酒をくみ交わしながら、それはそれは楽しい時間を過ごした。
「川沿いの桜の木の下で、よく飲んだなぁ。ほんと楽しかったよ」
 閉伊川に来ると蘇えってくるのは、やはり功さんとの思い出なのだ。
 この日サクラマスを手にしたのも、以前功さんが教えてくれたとある淵でのことだった。渓流のヤマメを誘うように、軽快にヒラを打たせたWOOD85に淵のサクラマスがガツッ!と喰いついた。
「初めてこの淵に連れてきてもらった時に、功君がここで1本いいマスを釣ったんだ。ここも浅く埋まってはきてるけど、やっぱりいいポイントだよね」
 当時の光景が脳裏にオーバーラップし、懐かしい思い出がまた胸に流れ込んでくる。冷たい水に手を浸してネットに収まった魚体を支えると、じんわりと嬉しさがこみ上げてきた。近くで釣りをしていた伊藤が駆けつけ、グッ!と力強く握手をかわし喜びを分かち合った。

 この時点ですでに出来過ぎとも言える釣果なのだが、これで話は終わらないのだった。
 撮影を終え、吉川が小田秀明に連絡を取った。すると、なんと小田も今さっきサクラマスを釣り上げたところだと言う。

 岩手県久慈市に暮らす小田にとって、岩手沿岸河川のサクラマスは昔馴染みの魚だ。そしてなかでもこの閉伊川は、とりわけ思い入れの深い釣り場だ。脳裏に焼き付いて離れない強烈な1本のサクラマスが、この川を特別な存在にしている。
 それは2008年4月26日、菊池功さんが釣り上げ、小田が写真に収めた67cm4.2kgのビッグワン(この魚は功さんの特設ページ内、『ALBUM』の中に掲載されている)。この時の出来事が、閉伊川に賭ける情熱の大きな源となっている。
 その朝、狙っていたポイントを上流から釣り下っていくつもりで小田がスタート地点に立つと、背後の葦の中からガサガサと物音がした。ん? と思って振り返ると、功さんがひょっこり顔を出した。
「小田君、やっぱりここからだよね」
 功さんも閉伊川に来ていることはもちろん知っていたのだが、まさかここでばったり出くわすとは思わなかった。互いに健闘を誓い合って、功さんはそこから上流へと向かった。
 その2時間後だ。小田の携帯が鳴った。
「小田君、釣ったよー!ってね。ものすごく興奮してる様子が電話越しに伝わってきました。タダ事じゃないテンションで、『ヤバイの釣っちゃったよ』って。もう俺もだいぶ釣り下ってたんですけど、そこから大急ぎで走って向かいました。実際に見てみたら、本当にすごい魚だった。大きくて、太くて。すぐに、おめでとう!って握手をかわしたんですけど、でもその時の功は、もう握手する手にも力が入ってなくて、興奮を通り越して何かフワフワとした夢見心地のような感じでした。あの表情は忘れられません。もう完全に魚に魂を持っていかれたような雰囲気でしたね」
 このサクラマスが今もずっと小田の心の中で、目標の魚として生き続けている。サクラマスが上る川はたくさんあるけど、この魚は閉伊川にしかいない。そう小田は語る。

 昨年の釣行に話を戻すと、小田はとある深瀬にいた。押しの強い流芯が手前にあり、対岸側のシャローからその流芯へと向かうカケアガリを、WOOD85・14gの軽やかなヒラ打ちで攻めると、狙い通りにサクラマスがヒットした。
 小田も、閉伊川の難しさを身をもって知っている。
「流程が短い分、魚がスレやすいっていうのは当然あると思うんですけど、なかなかスイッチが入りきらないというか、例えチェイスはあってもバイトには至らないケースが多い。これが閉伊川のマスの大きな特徴だと思います。水がクリアな時は特にそう」
 言うまでもなく、閉伊川のサクラマスを知る者にとって今回の伊藤、吉川、小田の3キャッチは、にわかには信じがたい事実なのである。
「3人で行ってみんなが1本ずつ釣れるなんて、本当はそういう川じゃないんだよな」と伊藤が言う。
 その時の閉伊川には、特別な時間が流れていた。
 いつもは単独で動く彼らがこうして一緒に釣行するのは珍しいことだが、同じ思いでロッドを振る3人に、天国にいるサクラマスの神様は確かに微笑んだのだった。














「深淵の底からヤマメが湧いた理由」 吉川勝利 
2011年9月
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance series 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st/ITO.CRAFT



 振り返ると、蝦夷50Sの初期型が発売されたのは2002年、今からもう10年も前のことだ。2004年に一度姿を消したのち、2008年に蝦夷50Sファーストとして復刻されてから現在に至るまで、このミノーが今なお渓流のヤマメたちを魅了し続ける理由は、一体何だろう。

「これ、すっげえルアーだなあ…」
 2002年の発売前、初期型蝦夷のプロトを地元河川で使った吉川さんは、心底驚いた。
「当時は蝦夷みたいに薄くて体高のある、フラッシング面積の大きなミノーはなかったし、何より実際に使った時のアクションが、本当に理にかなってると思った。ヤマメの反応がさ、他のルアーを使った時とまったく違ったからね」
 吉川さんのかつてのホームリバー、福島沿岸を流れる高瀬川にはドン深の淵がいくつも連続してあった。そして、大きな口を開けて釣り人を待ち構えるその深淵には、スレッカラシの手強いヤマメがいた。大物の雰囲気を漂わせる渓相は魅力たっぷりだが、それだけに人為的プレッシャーがきつく、そこにいるヤマメたちは強い警戒心を抱いていた。素晴らしい渓相の割に、魚は釣れない、それが高瀬川を訪れた多くの釣り人の率直な感想ではなかっただろうか。
「それが初期型蝦夷を使ったらさ、淵の底から、ヤマメがブワッ、ブワッと湧くように出てきたんだ。とんでもない高活性時は別として、ああいうヤマメの反応は見たことがなかったよ。その日は特別活性が高いわけでもなかったし、他のルアーを使って全然釣れない淵でも、蝦夷を使うとヤマメが出てくる。明らかに、蝦夷の動きにヤマメが興奮してるのがわかった」
 その後吉川さんは同じような経験を何度もした。
 なぜ、それほどまでにヤマメの反応が変わったのか?
 つまりその理由が、初期型蝦夷に与えられた性能にあったのだ。
「初期型蝦夷、今で言うファーストの最大の特徴は、やっぱりあのヒラ打ち、フラッシングだと思うんだけど、アップストリームで『ビラッ、ビラッ、ビラッ』と派手にヒラを打たせることができて、なおかつ、狙ったスポットにルアーを長く置いておけるんだ。大きくヒラを打たせつつ、止めておける。まあ実際には止まってはいないんだけど、ワンアクションごとの移動距離を短く短く抑えられる。感覚的には、ミノーがヒラを打った時に体高のあるフラットボディが水の抵抗を受けることでブレーキが利いてる感じ。だからヤマメの目の前で効果的にルアーをアピールして、じらすことができる。それが、このミノーが多くのヤマメを引き出す一番の理由だよね」
 ブレーキの利いたヒラ打ちで、ヤマメの目の前で大きなフラッシングを連発させる。初期型蝦夷のこのアクションが、渓流のヤマメ釣りを大きく進化させたのは言うまでもないけれど、では蝦夷が登場する以前、吉川さんはどんな釣り方をしていたのだろう。
「蝦夷を使い始める前は、ヒラ打ちじゃなく、トゥイッチでミノーを無理やり左右にダートさせて誘いをかけてた。当時のルアーはそれしかできなかった。それに、魚の目の前でできるだけ長く、時間を掛けて誘うことが有効だってことは知っていても、そういう釣りができるミノーがなかったから、必然的にクロスの釣りになることが多かった。少しでもリップに流れを絡ませて、誘う時間を稼ごうとしてたんだ。でもね、これも初期型蝦夷を使ってハッキリ分かったことだけど、アップストリームじゃないと反応しないヤマメって、やっぱりいるんだよ。何かヤマメの中にそういうスイッチがあるんだと思う。アップで投げても、ミノーが手前に寄って来るのをぎりぎりまで抑えながらヒラを打たせられる蝦夷だから釣れる。手前に押し流されてくるミノーを、できるだけ我慢させて、糸フケを利用しながら微妙なラインテンションの操作でヒラを打たせる技術も、初期型蝦夷を使って学んだね」
 あれから10年。高瀬川を沸騰させた初期型の蝦夷は、蝦夷50Sファーストとして今なお素晴らしいヤマメを吉川さんにもたらしている。ミノーの形状やアクションが魚にとって新鮮だから、という理由だけではこれほど長くヤマメたちを魅了し続けることはできない。年々シビアになるフィールドで結果を出し続けているというのは、それだけヤマメの性質を理解し、核心をズバリ貫いた性能を有しているからこそに他ならない。そしてまた、進化を続ける釣り人の技術に追従し続ける奥の深い対応力も、初期型蝦夷には備わっていたのだ。
 ここに写真を紹介しているヤマメたちが、その事実を証明している。
 今シーズンもきっと蝦夷50Sファーストの強烈なフラッシングは、流れの中の狡猾なヤマメたちを誘い出してくれるに違いない。


【付記】
道具というのはもちろん使い手の操作次第、ではありますが、アップストリームであるにも関わらず流れの中で止まっているようにして、ドバッ! ドバッ!と大きくヒラを打つ滞流時間の長い独特のフラッシングが、ファーストモデルの根強い人気の源だと思います。「あのヒラ打ちはヤマメを強く刺激する」と吉川さんは言います。
ちなみに今回紹介しているのは昨シーズンの釣果の一部で、山形の渓流で手にした尺ヤマメです。「初めての川だから、内容的には満足だよ」と吉川さん。川読みも含めた釣り人の純粋な技量と、道具の性能を如実に表す釣果だと思います。それにしても、一日に4本の尺ヤマメって…、1本ぐらい僕に分けてほしいんですけど。













「未知なる川で、本流マスを釣る」 吉川勝利 
2011年7~8月
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC600ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU  Luvias 2506/DAIWA
line:Super Trout Advance series 5Lb, 6Lb/VARIVAS
lure:Yamai 68S Type-Ⅱ, Emishi 50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 初めての川を釣る時、釣り人の経験というものはよりくっきりと浮かび上がるものだと思う。魚の着き場を見極める目、理想的な立ち位置、その魚に口を使わせるためのルアーの操作の仕方など、それまで身に付けてきた知識や技術が浮き彫りとなって現れる。
 昨年の夏、吉川勝利は未知の本流に立っていた。

 吉川は手始めに、釣り場の全体図を把握するために一通り川を歩きながら、ざっとポイントを見て回った。そして、経験の引き出しを開ける。これまで攻略してきた数々の川の中から近似した釣り場を思い浮かべ、その川へと当てはめてみる。モデルとなる釣り場がたくさん頭の中にあるからこそ、吉川は初めての川でも全くまごつくことがない。魚が入っている流れ、その攻め方がぱっと思い浮かぶ。経験の明かりが見知らぬ川の闇の中で、魚までの道筋をはっきりと照らしてくれるのだ。
「まず一通り川を見たら、エリア的に川を区切って釣りを組み立てるね。今回の川でいうと始めに、堰堤とかの人工構造物や渓相によって、大きく5つのエリアに区切って考えた。そのそれぞれのエリアを、地元河川のどこかのエリアと重ね合わせてみる。ここはあの川の、あの区間と似てるな、とかね。過去に釣ってきた川からヒントを拾っていけば、ただ闇雲に探るよりもずっと効率がいいよね」
 もちろん、全く同じ川は存在しない。川の状況も刻一刻と変化する。だから、現場での状況判断、川を見たまさにその時の直感を加味しながら釣りを微調整していく。そうやって新しい川を解読していく作業がたまらなく楽しいのだと吉川は語る。

 最初の釣行時、吉川はひとつのエリアが気になった。ある区間でヒットした1匹が、この川へ通い詰めるきっかけになった。
 それはすっかりギンケした大物で、40㎝を優に超えたサイズ、魚体の太さ、そして押しの強い流れで繰り広げられるその強烈なファイトに無性に惹きつけられた。
「やっぱり、でっかい魚を釣りたいっていう気持ちは釣りをしていれば常にあるわけでさ、その欲望を刺激されたね。最初の1匹を釣って、この川と魚をもっと深く知りたい、攻略したいって思った。ロッドはEXC600ULXを使ったんだけど、ロクマルでサクラマスと同じようなトルクのファイトを楽しめるんだから、そりゃあ面白いよね。もちろん、そんな大物が掛かってもロッドはぜんぜん負けてない。渓流ロッドのような軽快なブランクでありながら、じっさい50㎝オーバーの魚がダウンでヒットしてもバットはピタッと止まって持ちこたえてくれるんだ。しなるんだけど、そこからの強い粘りでロッドが魚を寄せてくれる感じ。このロッドがあるからこそ余裕を持って大物とのファイトが楽しめるんだよね」

 吉川は何度も釣り場へ足を運びながら、着実に川と魚の特徴を把握していった。
 まず、最初に釣れた1匹が、偶然の魚ではないことがわかった。その後吉川は、とてつもない太さをした40~50㎝超の驚くべき大物を俄かには信じがたいペースで釣り上げていったのだ。
 一体この魚達は、どのようにしてそれほどの魚体を持つに至ったのだろうか。
 吉川はこう推測する。
「そこそこ流程のある本流とは言っても、これだけのサイズが育つポテンシャルはこの川自体にはないと思うよ。川を一通り歩いてみて気付いたのは、河川規模の割に懐が少ないってこと。魚を大きく育てて、なお且つ魚をストックできる場所が少ないし、そのエリアも限られる。ただこの魚達は、下流からの遡上系ではあるとして、いわゆる海上がりのサクラマスとも異なる個体群なんだ。この川が流れ込む大本流に下って、そこで巨大化した魚。それが、自分が釣った範囲内での結論。根拠のひとつとしては、釣った後に口からエサをはき出した魚が何匹か確認できたんだ。ドジョウとかヤゴを食ってた。それにルアーの食い方も川に居着いたサクラマスとは明らかに違う。例えば俺の地元の沿岸河川には、河口周辺の汽水域や海水域で大きくなる戻りヤマメがいるでしょ。系統的にはそれと同じ。この川の場合は下流の大本流が魚を育てる器になってる。これは推測だけど、もともとはサクラマスの多かった川だったんじゃない? それが川のあちこちに堰堤なんかが出来たりしてさ、そういう環境の変化に順応した結果、ド本流の大場所でマス化する個体群になったんだと思う」
 海を回遊してくるサクラマスとも違い、またもちろん居着きのヤマメとも異なる、こうした本流の大きな懐で巨大に成長した個体を吉川は「本流マス」と呼んでいる。
「マスというくくりと、ヤマメというくくりがあるとしたら、あくまで自分達の感覚としては、この本流マスも戻りヤマメもマスの部類に入るよね。やっぱりヤマメって言ったら、もっと色彩が豊かで、写真に撮った時にパーマークがちゃんと見える魚をヤマメだと思いたい。そういうこだわりはある。でも、魚の価値がどうこうじゃなく、今回釣ったような本流のギンケした大物も別の意味で楽しんでるよ。でっかい魚とやり取りしながら体に伝わってくる重々しい首振り、それを釣り上げた時の満足感っていうのは、ほんと時間を忘れて夢中になるものだからね。いかにも本流らしい、これはこれで魅力的な魚だよ」
 本流の気持ちいい開放感、着き場を一人で絞り込んでいくプロセス、そしてヒットした後は押しの強い流れに乗って疾走し、極太の魚体がもんどりうつスリル満点のファイト。確かに面白くないわけがない。
 そんな大物トラウトをネットに収めた瞬間の胸がスカッとする爽快感を、吉川はこの本流で、自らの経験を頼りに何度も味わった。またひとつ、魅惑の川を吉川は見つけたのだった。














「とある支流のサクラマス」 吉川勝利  
2011年6月上旬、山形県
文=佐藤英喜
写真=吉川勝利、佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC780MX/ITO.CRAFT
reel:Stella 2500 /SHIMANO
line:Super Trout Advance Big Trout 10Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・14g[AU]/ITO.CRAFT



 吉川さんは有名なサクラマス河川をいくつも抱える山形県の、とある支流を釣り歩いていた。例えば同じくらいの河川規模を持つ鮭川などに比べ、その支流はサクラマスの遡上量はあまり多いとは言えない、どちらかと言えばマイナーな川のひとつだ。
 過去に何度か竿を出したことはあったが、吉川さんが腰を据えてこの支流に取り組むのは昨シーズンが初めてのことだった。
「まずは実際に川を歩き通して、川全体を把握することから始めたね。まあヤマメ釣りの延長のような渓相だから、魚の着き場自体は分かりやすいよ。それとこの川のマスは、堰堤を除いては常に上流へ動いている感じだから、その移動を読みながらエリアとポイントを絞っていく作業だね」
 丹念に川を歩き、ルアーをキャストしながら、吉川さんは魚に辿り着くまでの道筋を少しずつ踏み固めていった。相手がサクラマスだけにそう易々と答えは出てくれないが、そうして川で過ごした時間は決して無駄にはならないと言う。
「川の規模が規模だから、5月後半にもなれば当然マスは警戒してスレてくるし、いても簡単には口を使わなくなる。そうなったら、どこで見切って、どこで粘るかってことも大事になるよね。例えば、マスだけじゃなく、そこにいるヤマメの反応の仕方も判断材料のひとつになるんだけど、ヤマメの反応がすごくいいからと言って、マスも食ってくるっていう単純なものでもない。ヤマメとマスとでは、活性がピークに達する条件が微妙に違うからね。100%読み切れるものではないけど、水の条件も含めて総合的に状況を判断しながら釣りを組み立てていかなきゃいけない」

 東北のサクラマスシーズンも終盤を迎えた6月上旬。すでに吉川さんの引き出しには、この支流全体の見取り図とそこに点在するサクラマスの居場所が収まっていた。
 早朝からWOOD85の14gを流れの中に打ち込んでいく。
 ロッドはEXC780MX。赤川中流域や米代川の各支流など、中規模河川のサクラマス釣りに愛用しているこのナナハチについては、カスタムのサクラマスロッドの中でも最もシャープな取り回しと高い操作性が特に気に入っていると言う。
「WOOD85の14gとはベストマッチだと思う。狙ってる魚はサクラマスだけど、このタックルだと釣りスタイルはほとんどヤマメ釣りだよね。水中のミノーを積極的に操作して、思った通りのヒラ打ちをばんばん決められる。これは面白いねえ。それとこのナナハチは、飛距離を稼ぐ遠投からバックハンドまで、どんなキャストもストレスなくこなせる。大物を獲るパワーを持ちながら、渓流モデルのフィーリングをイメージさせる軽快さだよ。張りのあるファーストテーパーだけど曲がって欲しい時にはきちんとしなってくれるし、1本でいろんな仕事をしてくれて、ほんとに使い勝手がいい」

 さてこの日、水の条件的に高活性を望めるタイミングではなかったが、かと言って全く勝負できない水でもない。あらかじめ頭にリストアップしたポイントをひとつひとつ丁寧に打っていく。吉川さんのサクラシーズン、そのフィナーレを飾る魚がすぐそこに待っていた。
 瀬の流れが一度すぼまって対岸に当たり、徐々に開いていく。その流れの開きっぱな、白泡の切れ目に大石がゴロンゴロンと沈んでいる。深さもあるし、申し分のない懐だ。
 アップクロスにキャストし糸フケを巻き取りながら、ルアーが大石に近づいたところでギラン、ギランと大きなフラッシングで誘いを掛けた。軽いトゥイッチで、WOOD85の14gが機敏に反応して軽快にヒラを打っているのが見える。
 同じ攻めを20分ほど続けた。
 吉川さんの目がサクラマスのチェイスを捉えたのは、ミノーが逆引きに入った時だ。底からフワッと青白い影が浮いて出て、また元の着き場へと戻っていくのが見えた。一気に気持ちが高ぶるシチュエーションだが、釣り人の心は冷静だった。やはり何らかのプレッシャーを抱えているのか、ルアーをひと息にかっさらう勢いではないけれど、そのチェイスを見て、吉川さんは確信した。
「WOOD85のヒラ打ちに確実に興味を示した。この魚はあと一押しで食うと思ったよ。Uターンの仕方も、ルアーを見切ったり、釣り人に気付いたりした様子ではなかったから」
 余計な小細工はいらない。自信を持ってさらに同じ誘いを続けた5投目、吉川さんの手にグンッとサクラマスの重みが乗った。まさに釣るべくして釣ったサクラマスだった。
「尾ビレのでかいマスでさ、コイツはとにかく引いたね」
 吉川さんは充実感いっぱいの笑顔を浮かべた。文字通り自分の足でこの1尾に辿り着いたことが彼は嬉しい。丁寧に川を歩き続けた釣り人のネットに、ひとつの答えが収まった。


【付記】
サクラマス釣りと言えば、じっと我慢してアタリを待つ…というツラそうなイメージもありますが、このナナハチを使った釣りは見ていて実に楽しそうです。しかも昨年登場したWOOD85、特に14gの超レスポンシブな泳ぎとの相乗効果で、そのヤマメ釣り的面白さはさらに倍増(吉川さんの場合、体がでかいのでナナハチがナナサンくらいに見えてさらに軽快ですけど)。表情豊かな中規模河川を手返し良くトゥイッチでがんがん攻めていくスタイルは、言わば渓流釣り師のためのマス釣りですね。












「普通の生活」 吉川勝利  
2010年9月、福島県
文=丹律章
写真=吉川勝利

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC560ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance Sight Edition 5Lb/VARIVAS
lure:Yamai 50S Type-Ⅱ proto & Emishi 50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 2010年は9月になっても夏が居座り、いつまでも暑い日々が続いた。吉川勝利と杉沢栄治さんは、8月から9月にかけて、何度か連れ立ってヤマメ釣りに出かけた。
「どうだよエージ君」
 40センチをはるかに越えるヤマメを釣り上げ、吉川勝利の声が谷に響く。
「凄いですねえ」
 6歳年下の釣り仲間である杉沢栄治君は、素直に釣果をほめた。
 またあるときは。
「やるじゃねえの、エージ君。釣り、上達したんじゃね?」
 杉沢さんが釣った35~36センチのヤマメを見て、吉川がいう。
「オレがこないだ釣ったやつよりは、ふたまわり小さいけどな」
「僕にとっては、十分にでかいですよ」
「でも、もっとでかいの釣りたくねえか?」
「そりゃ、釣りたいですけど」
「じゃあ、行くか? とっておきの川に」
「行きます行きます」
 その場にいたわけじゃないから、そんな会話が交わされたものかどうかは分からない。でも、概ね、そんな調子で彼らは大ヤマメを釣ったのだろう。2010年秋。わずか1年前のことだ。
 しかし、その川は今は遠い。今でもそこにあるのだけれど、心の中では遥か彼方に遠ざかってしまった。

 杉沢さんは、南相馬市でバーテンダーをしている。15年ほど前、その頃少しずつ釣り雑誌に出始めて、顔が知られるようになっていた吉川を地元の飲食店で見かけ、話しかけたことから親しくなり、それ以来一緒に釣りに行ったり、杉沢さんのお店を吉川が訪ねたりという関係が続いている。
 杉沢さんと吉川の関係については、2003年春に発売された「トラウティスト9号」の「2000字のフィールド」というコーナーに掲載されている杉沢さんの原稿「理不尽な王様」を読めばさらに詳しく分かる。今、手元にある人は、すぐに取り出して読んで欲しい。何を隠そう、この文章の中で「すじこ、ねーのか?」と言った理不尽な王様ことKさんが、吉川なのである(KはKatutoshiの頭文字。そしてついでに言えば、Kさんと川原に止めた車の中で酒を飲んで酔っ払い、Kさんの隣で酩酊していた釣り友達というのは僕、これを書いているライターの丹です)。
 そんな彼らが頻繁に通っていたホームリバーは、福島県の浜通りにあった。つまりそのほとんどは、福島第一原発から30キロ圏内にある。立ち入り禁止区域内の川も多い。立ち入ることが可能なエリアでも、今、気持ちよく釣りができる川ではない。

 僕らは、テレビが映ること、電気がつくこと、水道から水が出ること、ガスが通っていることなどを当たり前のこととして生きている。自分を取り巻く環境が、明日無くなることなど、想像できる人は少ないはずだ。
 たとえば高瀬川。吉川も良く通い、関東の釣り人にも名の知れた大ヤマメの川であり、アユの名川でもあった。
 シーズンになれば、吉川が毎朝のように様子を見て回った川のひとつだ。水の量、水色、釣り人の数、竿を出す日もあれば出さない日もあった。それが、吉川にとっての「普通の生活」だったのだ。しかし、その高瀬川の河口は福島第一原発から3キロちょっとしか離れていない。大ヤマメが釣れた中流部も6キロ圏内。「理不尽な王様」の翌日に釣りをしたのも高瀬川であり、あの日に車を止めて酒を飲んだ駐車スペースも、5キロくらいの距離だ。
 高瀬川で釣りをすることは、今後しばらくの間不可能だろう。いつまで? その予測は専門家でも難しい。1年なのか5年なのか、10年なのか30年なのか。吉川や、杉沢さんが生きているうちに、行けるような状態になるかどうかすら不透明だ。

 先週あなたが釣りに行った川が、来週そのままの姿である保証はない。
 山菜やきのこをとる山も同じ。泳ぎに行く海。友人と遊び歩く町や、友人そのものですら例外ではない。3.11は、それを僕らに強烈な形で示した。
「でも、なくなってしまったものはしょうがないから。前に戻れるものじゃないし」
 吉川は、自分のホームリバーが失われてしまったことを正面から受け止めつつ、釣りを続けながら次のホームリバーを探している。釣りとともに生きていた彼にとって、これからも釣りとともに生きることは必然だ。たとえ、そのかたわらに、かつてのホームリバーがなかったとしても、釣りができるだけ幸せだと吉川は言う。
 僕らにできることは、前を向くことだ。
 ならば、僕らルアーマンにできることは、ヤマメを釣ることだろう。












「釣りを支えに」 吉川勝利  
2011年5月26日、山形県
文=佐藤英喜
写真=菅原吉春、佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC860MX /ITO.CRAFT
reel:LUVIAS 3000 /DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 10Lb/VARIVAS
lure:Wood 85 /ITO.CRAFT



1. 『赤川中流』
 吉川さんにとって赤川中流域は、三段堰堤を中心に釣り人が集中する下流域を尻目に、古くから自らの足と読みを頼りに開拓してきた思い入れの深い釣り場だ。もちろん三段で竿を振ってきた長い経験もあるが、群れが散らばる中流域は、より魚の居場所を探して釣る面白さが大きいと言う。ここにいる、ここで釣れる、という確信を持って釣れるからこそ釣りは面白いのだと言う。
 福島からの遠征者である吉川さんは、まったく驚くべきことに片道5時間もの道のりを走破してほぼ毎週平然と赤川に立っていたほどの筋金入りの赤川フリークなのだが、一時イスやライトによる場所取りの問題が見られるようになったり、また改修工事による河川環境の変化で著しく釣趣を欠くようなってから、吉川さんの足は次第に赤川から遠ざかっていった。
 それでも、赤川のサクラマスには心のなかでずっとこだわっていたのだ。どうせ釣るなら赤川で釣りたい。たとえ宝クジのような確率だとしても、あの赤川らしい太くて体高のある強烈なインパクトを備えたサクラマスをネットに収めたい。吉川さんに限らず赤川のサクラマスは東北に暮らす古くからのマス釣り師にとって、やはりひとつのブランドのようなものなのである。とにかく1本、ではなく、価値ある1本が釣りたい。それが吉川さんのマス釣りにおいては赤川の、それも中流域で読み通りに釣り上げた1本なのだ。
 そんな赤川中流域のとあるポイントに吉川さんが立ったのは、5月26日早朝のこと。
 天気のいい爽やかな朝。吉川さんは顔を出した美しい朝日にそっと手を合わせた。
「功君、頼むぜ」

2. 『俺がやらなければ』
 この春、大切な仲間のひとりを失った。津波の犠牲となってしまった岩手県釜石市のフィールドスタッフ、菊池功さんへの思いが吉川さんを奮い立たせていた。
 悔しくて、つらくて、しばらくは何も手に付かなかった。けれど大好きなサクラマスを誰よりも熱く追いかけた功さんを思えばこそ、仲間として沈んだままではいられなかった。
「もう、考えれば考えるほど悲しくてしょうがないけど、功君のぶんまで頑張らないと。俺がやらなきゃ誰がやるんだっていう気持ち。正直ここ数年、俺はマス釣りに関して、ちょっと惰性になってた気がするんだ。最初の10年位は熱かったけども、やっぱりタイミングだよなあ、とか、だんだんと分かってきた気がしてね。でも今回は違った。そんなことは関係なく、絶対に釣ると思って川に立った」
 そう語る吉川さんもまた被災者のひとりなのだ。
 原発問題に大きく揺れる地元の南相馬市を離れ、現在山形で避難生活を強いられている吉川さんは、まったく先の見えない現実に苛まれ、一時はそのストレスで声が出なくなった。
 吉川さんは以前の仕事柄、原発事情に詳しく、それだけに現状の恐ろしさや難しさを強く感じているのだ。地元へ戻りたくても社会がまともに機能していない。経済が回っていない。昨年立ち上げた商売が上向いていたまさにそのときの出来事だった。
「ずっとずっと遠くに、針の穴ほどの光でも見えればそこに向かっていける。それも見えない暗黒の世界に叩き落されたよね。現在、未来、生活、仕事、全て奪われた。何を信用していいか分からない状況で、自分で情報を得て、自分の判断で動くしかない。例えば地元にある、警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域、それとどの区域にも設定されてない所、その線引きや根拠が曖昧でみんな訳が分からなくなってる。これから先どうしていいのか分からなくなった。まあ、否定とか非難することは簡単なんだけど、それにしてもとにかく原発の問題が終息しないかぎり地元へは戻れないと思ってるし、ついこないだまでは本当に、大袈裟じゃなく暗闇しか見えなかった」
 そんな吉川さんの心を復活させたのが伊藤秀輝の言葉だった。
「電話で何度も話してるうちに、いままでの俺の人生観をだんだんと思い出すことができた。そうだよな、俺はそうやっていろんなことを乗り越えて生きてきたんだよなって考えるようになった。前を向いて行くしかないなって。新しく住む場所と仕事を探そうって、ようやく思えるようになったんだ」
 自宅へ戻り釣り具一式を車に積んで、吉川さんは川に立った。
 釣りをしている間は全部忘れられると言う。
 釣りが、文字通り生き甲斐だと言う
 釣りがなかったら、釣り仲間がいなかったら、絶対に立ち直れなかったと吉川さんは言う。
 僕は、想像し得ない恐怖や不安と戦っている吉川さんが竿を振りながら優しい笑顔を向けてくれるたび、何も出来ない自分が歯がゆくて仕方ない。いまだに慰めの言葉も思いつかない。頑張ってくださいとも言えない。ただ、うんうんと頷きながら話を聞くことしか出来ない。

3. 『WOOD85』
 その朝、目星をつけていたポイントには先客が2人いた。しかし吉川さんの頭のなかには他にもいいポイントがたくさん書き込まれた赤川地図がある。
 すぐさま上流へ移動し向かったのは、程よく押しの効いたトロ瀬。
「マスの流れだよね」
 流れに立ち込んでいると足がジンジンしてくるほど水が冷たい。
 この朝一のポイントで、WOOD85の18gが吉川さんにサクラマスをもたらした。
「WOOD85は最終プロトでも完璧だと思ったんだけど、さらに出来上がった製品を使ってみたら泳ぎも飛距離ももっと凄くなってたもんだからビックリした。あれから伊藤さん、また何かやったんだね(笑)。これはもうミノーの観念を超えたルアーだよ。スプーンでも、ミノーでもない、WOOD85っていう新しいジャンル。それくらい他のルアーとは違う。あり得ないと思った。スプーンが逆引きに入ったときのような、あのギランギランと腰を振る動きがタダ巻きで演出できるし、とにかくゆっくり引けるでしょ。で、トゥイッチを掛けると、大きくヒラを打ってそこから起き上がる速さ、動きのキレがとんでもない。ピッチが細かいのに、ヒラ打ちひとつひとつのアピール力がでかいんだ。引き抵抗も軽いし、手首の軽いトゥイッチでヒラを打つから誘いの展開がすごくラク。タダ巻きでもしっかり誘えて、さらにトゥイッチで3倍、5倍のアピール力を簡単に出せるよね。ウッド素材の特性もあるんだろうけど、ウッドのなかでもこれは究極だと思う。飛距離もぶっ飛びだしね」
 ポイントの水深は最深部で1m50cmほど。対岸に向けてクロスにキャストしたWOOD85を底からおよそ3分目のレンジまで沈め、チョン、チョン、と軽くロッドアクションを加えながらドリフト気味に流して、狙ったスポットでゆっくりとターンさせる。ここで食うぞ。と身構えたが、無反応。吉川さんはリーリングをほとんど止め、ターンし終えたWOOD85をその場に置いておくようにして誘いを続けた。止めながら、トゥイッチを掛けて派手なヒラ打ちで刺激した。するとココンっと来た。すかさずアワせると、ゴンっとサクラマスの重みが乗った。
 最初にスプーンを4投した同じトレースコースに、WOOD85を投げ込んで一発でヒットした。ネットに収まったのは腹フックをがっぷりとくわえた60cmのサクラマスだった。
 吉川さんは伊藤に電話をかけ喜びを分かち合ったあと、コンビニ弁当を手に河原に腰を下ろした。
 川風が頬をなでる。ふっと気持ちが緩むと同時に、両目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「なんか、突然込み上げてきちゃってさ。釣らせてもらった魚だなって。ありがとねって。それとね、開き直ったつもりでもやっぱり仕事のこととか、頭のどっかに残ってたんだ。いろんな思いが一気に溢れ出て、もう涙が止まらなかった。鼻水もズルズルよ(笑)。でもまたそこで気合を入れ直してさ、このマスは功君のぶんだから、次は俺のぶんを釣ろうってね」

4. 『二本目』
 夕方近く、吉川さんは朝に入れなかったポイントへもう一度車を走らせた。朝とはまた別の2人組の釣り人がちょうど川を上がったところで、挨拶をかわしてその場所に入った。
 サクラマスはきっといる。流れを見てそう確信した。しかしルアーにスレているのも明らかだった。今度はWOOD85の14gを結んだ。より優れたレスポンスを活かして、追い気のない魚の攻撃性や好奇心を引き出す作戦だ。
「大きいヤマメもそうなんだけど、食性以外のスイッチを押して、興奮させて、そんで口を使わせる釣り。WOOD85であればそういう誘いが100%演出できるんだ」
 着き場は完全に絞り込んでいる。そのスポットを集中して、細かく、且つハイアピールなヒラ打ちで攻める。およそ15投目。ドンっ!と力強いバイトがあった。反射的に鋭くアワセを決めた吉川さんの顔に、会心の笑みが浮かんだ。
 一瞬とはいえ、全てが忘却の彼方に吹っ飛んでいった。
 2本目の赤川サクラはまたもや腹フックを口にくわえた57cmだった。
 これが、吉川さんのぶんの魚だ。
「うーん、いや、これも功君の魚にしよう。自分のぶんはまた6月に釣るから。頑張ってもっと釣るから。1匹2匹じゃ功君に怒られるよ。吉川さん、何やってんのーってね(笑)」













「切り札としての50ディープ」 吉川勝利  
2010年6月下旬、福島県
写真=吉川勝利
文=丹律章

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance Sight Edition 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50 Deep[BS]/ITO.CRAFT



 福島県浜通りを流れる高瀬川は、大物ヤマメが釣れる川として関東にも名を轟かせる名川であり、吉川勝利のホームリバーのひとつである。
「以前に自分で紹介した記事が釣り雑誌に載ったりしたもんだから、責任は自分にもあるんだけど、10年前に比べると相当釣り人の数が増えたんだよね」
 ここ数年、高瀬川を訪れる釣り人は激増した。福島県内各地から訪れる人に加え、関東圏からの釣り人も目立つという。
「高瀬っていうのは、中流域に渓相が凄くいいところがあって、その区間は3キロくらいしかない。上流でも下流でも魚は出るんだけど、この3キロに人が集中しがちなもんだから凄く混むんだよ。アユ師もエサ釣りも、ルアーマンもフライマンも集結するからね。車を停める場所がなくなるくらい」
 しかし高瀬を訪れる釣り人のほとんどは、思うような釣果をあげられていないのではないかと吉川は想像する。
「なにせ激戦区だから。人が入ればそれだけで魚はすれるから。それでいて、でかいやつはフトコロの深い淵とかに溜まるから、それを攻略できなきゃ手も足も出ないんだ。ボウズで帰る人も、相当いると思うよ」

 6月下旬。吉川はこの川を訪れた。狙うのは、もちろん大ヤマメである。
「ヤマメっていってもね、オレはこの川には3種類いると思っているんだ。まず1種類めは一生を川で過ごすヤマメ。パーマークがあって頭と体のバランスが取れている個体。いわゆる普通のヤマメで、これがオレの狙っているやつ。もともとサクラマスも多い川だから、山奥の渓流のヤマメに比べるとパーマークは薄めなんだけど、それでもヤマメらしいパーマークではあるんだ。2種類めはいわゆるモドリって呼ばれるやつだね。戻りヤマメともいうけど、小さいうちに海に下って、でもサクラマスのように遠くまで回遊せず、河口周辺とかそのへんをうろうろしてから川に戻ってくる個体ね。これも結構いる。そして3種類めが短期降海型っていうのかな、オレは半サクラとか勝手に呼んでいるんだけど、これは海に行くんだけど戻りともサクラとも違う個体なんだよね。春先に川の下流部にいるんだ。結構サイズが良くて尺近かったりするけど、それが、季節が進んで水温が上昇すると、ちょっとの間いなくなる。上流にいっているのかと思うとどうやらそうではなくて、海に出ているようなんだ。で、2ヶ月くらいして、8月9月になると、本能的に産卵に参加したいから、川に戻ってくるわけ。特徴としては、海で豊富なエサをたくさん食べて急激に成長するもんだから、頭とか尾びれが小さくて体がパンって太っている」
 以上は、あくまでも吉川の仮説だ。
「でもね、去年の9月に46センチの半サクラを釣ったんだけど、それにシーライスが着いていたんだ。シーライスって海で着く寄生虫でしょ。しかも淡水に入ると1~2週間で落ちちゃう虫だから、つまり、それくらい前までその魚は海にいたってことの証明になる。8月に海にいるとなると、オレの仮説を強く裏付けることになると思うんだよね」
 モドリにせよ半サクラにせよ、銀毛が強くてパーマークはうっすら見えたり、見えなかったり。見えるにしても、浮き気味のウロコの裏側にうっすらある感じだという。
「川で過ごす普通のヤマメとは、全然パーマークの感じが違う。やっぱりオレは川のヤマメを釣りたいと思っているんだ」

 入渓する場所を考えながら車で小移動を繰り返し、川を覗いてまた移動する。何箇所めかのポイント。吉川は道路から堰堤を見下ろしていた。すると、1匹いいサイズがジャンプした。
「それが釣れそうなジャンプだったから、すぐに川に下りたんだよ」
 吉川によると、ヤマメのジャンプにも釣れるものと釣れないものがあるという。
「確かめたわけじゃないけど、大体当たっているとは思っているよ。真上に飛んで尻尾から落ちるようなジャンプはまず釣れないね。遡上がらみの堰堤を越えようとするようなジャンプとかそういうの、これは難しい。逆に流れのゆるい場所で、変な方向に飛んだりするのは釣れるね。イルカみたいに半分くらい水面にモコッて出すのとか、頭からジャンプして頭から水面に落ちていくような、そういうやつも釣れる」
 そのヤマメは、白泡が消えるあたりで下流に向かってジャンプした。これは釣れると吉川は判断した。
「最初はファーストのタイプⅡを投げたんだけど、堰堤下って流れが複雑で、上方向の流れっていうのもあるじゃない。あれにつかまるとタイプⅡでも沈まないから、それでディープに交換したんだ」
 タイプⅡよりも下のタナを狙うために吉川は蝦夷50ディープを使い、そしてその読みはずばり的中した。
「ディープは、まず最大深度まで潜らせてやることが大切。だから、ヤマメが着いている場所より相当遠くに投げて、アクションをくわえずにぐりぐり巻いて潜らせちゃう。MAXまで潜ったら、ヤマメに近づかせながらジャークしてイレギュラーな動きをルアーに与えてやる。これはヤマメから大体3mくらい距離があった方がいいと思う。この動きでヤマメがルアーに気づくんだと思う。アピールのためのジャークでルアーは少し浮いてくるから、もう一度潜らせつつ今度はトゥイッチングを入れて、その合間に微妙な食わせのタイミングを作ってやる。この瞬間に食うことが多いね。ジャークは見せてやるアクション、トゥイッチングは食わせのための仕上げのアクション、わずかなポーズが食わせの間になる」
 狙い通りの展開で、40センチのオスヤマメが吉川のネットに納まった。パーマークこそ薄めだが、モドリでも半サクラでもない川のヤマメだった。
「深く潜ることはもちろんだけど、このルアーの最大の特徴はダートとヒラウチ。多くのディープミノーは深く潜らせることばかり考えて、リップが水を掴みすぎるんじゃないのかな。そうなると、ロッドアクションを加えても抵抗を逃がしてくれないからルアーが反応しない。でも、蝦夷50ディープの場合は潜りつつも水流を逃がしてくれるようなリップ設計になっているから、ダートさせたりヒラを打たせたりできるんだ。そのロッドアクションへの追随性能が、ヤマメ釣りには必要なんだよ」
 使ったロッドは5フィート1インチのULXだ。
「ディープを扱うのにULXの張りがあるシャフトが必要だっていうのは、前にも言ったと思うんだけど(本ウェブサイト「夏の終わりに」にてULXとディープの関係を解説している)、一番適したロッドは6フィートのULXだと思うんだ。なんて言うのかなあ、ディープのヒラウチのリズムと、トゥイッチを入れたときのロッドティップの返りのリズムが合うっていうか、そこが絶妙にマッチする。絶対的に優れているというわけではなく、6フィートの方が楽に扱えるっていう感じ。だから、何の制約もなければオレは6フィートのULXを選ぶんだけど、今回は場所が狭くて6フィートじゃ取り回しが大変そうだったわけ。だから立ち位置とか魚の着き場なんかを考えて、あえて5フィート1インチのULXにしたんだ」

 長い間その川に通いこんだ実績と経験、的確なロッドの選択、ルアーを思い通りに操作する技術、それに加えて、臨機応変に細やかな微調整を加える応用の瞬発力。これら総合力が大ヤマメの釣りには必要になる。僅かなトレースラインの違いやタナの相異、ルアーに与える動きの差を、釣り人がどれだけの慎重さで感じ、見ることができるか。大ヤマメを手にできるかどうかは、そこに掛かっている。













「道具と共に釣りが進化する」 吉川勝利
2007年9月30日、福島県
写真=山村佳人
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510ULX
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/蝦夷50Sタイプ2、バルサ蝦夷45S



 2006年の秋、大きな淵で粘って立て続けに40アップのヤマメを釣り上げたとき、吉川勝利は言った。
「これは、去年までは釣れなかった魚だ」。その年に発売になった蝦夷ディープがあったからこそ、そしてそれを操作するULXというシャフトがあったからこそ釣れたのだ、と。
 吉川の釣りは常に進化していて、それは川を歩くことによっても鍛えられるが、年々変わる道具の進化によるところも大きいのだ。
 そして2007年もまた、道具の進化が彼に巨大ヤマメをもたらした。
「たとえば10年前と比べると、オレが釣る尺上のヤマメの数って2倍くらいにはなっているんだよね」
 しかもさらに巨大な40アップとなるとその傾向は顕著になる。
「5年くらい全然釣ってなかったの、40アップは。でも、2006年からまた釣れ始めて、2007年は8本釣ったからね、40アップを」
 もちろん河川状況は毎年変化するわけで、そんなフィールドの好不調というファクターもある。だが、2006年からのブレイクスルーは、道具の進化を抜きには語れない。
 2007年に吉川のルアーワレットに追加になった、50Sタイプ2と、バルサ蝦夷が、そのキーを握ったミノーだった。

 伊藤秀輝もそうだが、吉川もまた、その水域にいるヤマメに対して、ルアーを何度も見せ続けることでやる気を出させ、ルアーに反応させるという釣りを得意とする。伊藤はそれを「怒らせる」と表現し、吉川は「ワラワラさせる」という。魚は見えている場合もあるし、見えていない魚に対して、いるべき場所を推測してルアーを投げる場合もある。
「でね、魚のタナまでルアーを沈めてやって、トゥイッチングしながら目の前を何度も通してやるんだよ」
 これには、着水後すぐにアクションをし始める立ち上がりの早さと、ヤマメを誘う派手な泳ぎが必要になる。そして、タナの有る深いポイントでは魚のいる場所までルアーを沈めるために、通常の蝦夷よりも重量があるタイプ2と、プラ製に比べると薄くて抵抗が少ないバルサ蝦夷が有効だと彼は言う。確実にタナを捉えることができ、カウントダウンの時間を節約できるために手返しも良くなる。
「流芯に投げても沈む間に手前に流れてきちゃうから、流れが止まっているような場所にルアーを落として、カウントダウンしてルアーを落とし込むんだ。水深が5m以上あるような大きな淵だと結構な時間沈めることもあるけど、普通の淵ならまあ数秒だね。ヤマメがいる深さまで沈んだら、ヤマメのいる場所までアクションをさせながらルアーを泳がせる」
 流れを読む力と、キャストの正確性、ルアー操作の技術が必要であり、それ以上に魚のちょっとした動きで「ワラワラ度合い」を読み取る能力も必要となる。
「川にたくさん通って、ヤマメをたくさん釣ることからしか、その能力はつかないと思うけど」
 2007年9月末。渓流の禁漁が間近に迫ったある日、吉川はカメラマンの山村佳人とともに、福島浜通りのホームリバーを訪れた。
 そして、40センチを1匹、39センチを2匹釣り上げることに成功した。
「1匹目はスタイルがいいオスで、2匹目と3匹目がメスなんだけど、この2匹目と3匹目は、見えている魚をワラワラさせて釣った2匹だったんだよ」
 魚を見つけたのは、カメラマンとして同行した山村だった。その魚を見て、吉川は1時間くらい掛かるかもしれないけれどこの魚は釣れるといい、山村はそれを待つことにした。
 浅い流れの底に見え隠れするヤマメを確認し、何度も目の前にルアーを通してやる。近くを通るルアーにヤマメは興奮してきて、少しずつ反応するようになる。1匹目は30分ほどでヒットした。
 そして数分後に2匹目も釣り上げられた。
 誰が使っても、大型のヤマメがヒットするわけではない。だが、タイプ2やバルサ蝦夷が、プラの蝦夷よりも沈みが早いというのは、誰が使っても同様である。
「こういうルアーがあったらもっとヤマメが釣れるんだけどなって、オレはずっと思っていたんだよね。タイプ2やバルサ蝦夷は、そういう意味でも驚きのルアーなんだよ」
 そういえば数年前、僕が伊藤秀輝と共に和賀の支流を歩いたとき、スプーンを使ってもミノーを使っても、そのプールの底に定位するいいサイズのヤマメを掛けれなかったことがある。何度かルアーを追ったが、結局食いつかなかった。そのとき、伊藤はこう言っていた。
「ジグのように沈んで、ミノーみたいにトウィッチングができるルアーがあったらな」
 その時の発想や言葉を具体化したのが、このタイプ2なのかもしれない。やはり、ヒントは川にあるのだ。  FIN









「夏の終わりに」 吉川勝利
2006年8月31日、福島県
写真=吉川勝利
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC560ULX
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/蝦夷50FD(YTS)



 今年に入って12番目の台風がはるか太平洋上で生まれようとしているころ、吉川勝利は2匹の大きなヤマメを釣った。
 1匹はオスで44センチ、2匹目は43センチのメス。おそらくペアリングしていた2匹だろう。
「これはね、去年までなら釣れなかった魚。今年は蝦夷の50ディープが出たでしょ。あれのおかげだよこの魚は。それとカスタムのULXね」
 50ディープとULX。
 現在の吉川勝利の渓流釣りは、これらの道具たちとともにある。

 仕事に少しでも隙間があると、吉川は釣りに出かける。
 暇なら1日中、仕事があっての半日、忙しければ朝イチだけでも。
 そうして毎日のように川に出て、釣り場をチェックし、短い時間でも川を歩く。そうして集めた情報は、全て貴重な経験となり、彼の渓流釣りの確固たる背骨を形成していく。
 8月31日、その日もいつものように彼は川へ出かけた。
「最初は違う川に行ったんだ。川を見ながら上流の方まで行って見た。でも、全然雨が降ってなかったからひどい減水で、とてもヤマメが釣れるような水には思えなかった」
 そこで彼は隣の川へ移動する。
「そっちの川は上流にダムがあるから、水の増減が比較的少ない。だから釣りになるかもしれないと思ったんだよ。魚の個体数は少ない川だけど、たまに大物が釣れる川でもあるしね」
 ウェーダーを履いてベストに袖を通す。ロッドは強めに設定されたウルトラライトである560ULX。黄緑色のラインには50ディープを結ぶ。
「その場所は長さが20mくらいある淵で、一番深いところは5mくらいあるんじゃないかな。もちろん大物が着く場所。最初にその淵の吐き出しの方を探ったら31センチのヤマメが出た。そして真ん中ぐらいで35センチくらいのヤマメをバラしたんだ。その2匹でオレは思ったよ、間違いなく、この淵にはまだヤマメがいるって。しかも、もっとでかいのが」
 吉川は釣りをしていて、そういうカンみたいなのが働くことがあると言う。しかもそう直感したときは高確率で的中する。
 だからここで粘れば必ず釣れる。彼はそう思った。
「それで、時期が時期だからそろそろ産卵を意識した釣りをしなければならない。それにはダウンとかクロスではなく、アップの釣りじゃなければダメ。だから流れを見て、魚の着き場を推測して、それから逆算して自分の足場を決める。そして……」
 そして1時間、彼はひたすらミノーを投げ続けた。
 自分の直感に従って。信念を心の中心に保持して。
 そして1時間後にルアーのテールフックをくわえたのが、44センチのオスだった。
「もちろん、自分がここだと読んだ場所に魚がいなければどうにもならないけど、そこに魚がいて、目の前を何度も何度もルアーを通されると、ヤマメの方がワラワラしてくるのさ。ワラワラって分からない? 気になって落ち着かなくなるっていうか、伊藤さん流に言えば怒ってくるってことになるんだけど」
 婚姻色が出て、鼻が落ちて、産卵期独特の表情になったヤマメが吉川の顔をにらむ。そこでさらに彼は確信する。オスがこの状態でいるなら、メスが必ず一緒にいるはずだ、と。
「それから1~2投で、43のメスが掛かった。その後に、もう1匹尺ヤマメが釣れたよ。そっちは測りもしなかったけど」
 1日で、ひとつのポイントで40オーバーのヤマメを2匹、おまけのように尺ヤマメを2匹。会心の釣りだった。
「40オーバーのヤマメっていうのは、個体数が極端に少ないわけ。毎日のように釣りをしているオレでも、毎年1匹か2匹しか見つけられないの。でもやっと見つけたその魚だって、テールフックをちょんと突付くだけのバイトだったり、50センチくらい追いかけて、Uターンしたりだから、そう簡単に釣れない。今までも悔しい思いをしてきたんだ」
 去年も吉川は、水深1mほどのボトム付近にいる40ヤマメを見つけたのだと言う。
「最初に蝦夷を投げたら、気がついてちょっとルアーに振り向くだけ。そして、蝦夷よりちょっと深い層を泳ぐ山夷に替えたら1mくらいチェイスしたの。あの時ディープがあれば食ってたね、間違いなく」
 今回のヤマメはディープのおかげだと吉川は言う。
「ディープは最高だよ。今まで攻められなかった層を泳いでくれるわけよ。しかもトゥイッチングすればヒラを打つの。それまでそんな深い場所でビラビラとヒラを打つミノーなんて存在しなかったんだから」
 そして、流れの抵抗が掛かったボトム付近でルアーをアクションさせるには、ULXというロッドパワーが必要なのだと言う。
「510にせよ560にせよ、ULXというロッドを強すぎると感じる人はいると思う。でも、このシャフトを使いこなして、張りのあるブランクでキビキビ動かしてやらなければ反応しない魚もいる。特に抵抗の大きなミノーならなおさらだよ。ULではちょっと弱い。ディープという未知のエリアを探れるルアー、そしてそのルアーを操作できるロッド。この組み合わせでなければ、間違いなくこの魚は釣れなかったよ」
 未到のエリアが現実のものとなる。今まで釣れなかったヤマメがミノーに反応する。
 この夏、ディープとULXという組み合わせは、福島の浜通りで新しい地平を開いたのだ。

『吉川さんと出会って6年。当時から今まで地元河川の大山女の熱い話を聞いていた。今期見事手にした40オーバー鼻曲がり。パーマークも見事な個体に心より、おめでとう。』談 伊藤






「有名河川と、忘れられていた川」 吉川勝利
2006年6月5日・17日、宮城県・福島県
写真=吉川勝利
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC560ULX(白石川)、イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510ULX(浜通り)
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド



 吉川さんは、物事をすぐ忘れる。
 僕ら釣り仲間の間では、それはひとつの定説となっている。
 以前一緒に白石川で釣りをしたとき、僕は彼に尋ねたことがある。
「初めて白石川で釣りをしたのはいつ?」
 その問いに対し、吉川さんは少し考えながら言った。初めてきたのはねえ、うーん、えーと……。そして答えた。
「ずいぶん前だよ」
 要するにちゃんと考えるのが面倒なのである。
 その吉川さんから今年の白石川はいいと連絡が入った。
「今年は雪が多かったから、1ヶ月くらい季節が遅れたような感じなんだけど、6月に入って好調だよ。40アップももう出ているって言うし、オレ個人で言えば、6月5日にはヤマメが34と30、それに36~37のニジマスが釣れたんだよ」
 6月5日。遅れ気味とはいえ、そろそろいいだろうと、吉川さんはスーパーヤマメの釣り場として全国的に有名な、宮城県の白石川へ向かった。
 雪シロが治まり、川の水位はかなり減少していた。水位だけで言えば、もうちょっと高い方が良かったが、それまで低かった水温が上昇するという好条件もそこにはあった。
「もちろん狙っているのはデカイやつだからさ、下流の大場所を中心にやったんだよ。実際には松川合流あたりからアツギ裏とかあのへん」
 その日、ヤマメの反応は悪くなかった。上記の3匹以外にも、25センチクラスのヤマメが10匹ほど、ルアーに食いついたのだという。
「34はね、ガンガン瀬があって、その下にプールがあるんだけど、プールのちょっと上に、ちょっとしたたまりがあるんだよ。流れの緩い場所が。そこで出たね。カケアガリに着いていて、ルアーに反応してきたんだ」
 反応がいい日にはまったんだよと、吉川さんは言う。そして付け加える。でも、と。
「でも、この日の流れはせいぜい33~34止まりなんだよね。そのサイズの魚が反応する流れ。もうちょっとタイミングが早くて、日数にしたら4日とか? 川の水が落ちきる前で。それでいて水温もそれなりにある日だったら、38とか、40近いサイズが食ってきたかもしれないね。あくまで可能性としての話だけど」
 これから、夏本番。
 雨が降って川が増水し、その増水が収まるころ。その可能性は高くなる。

 吉川さんのウェーダーは異臭がする。
 それも、僕ら釣り仲間の間では有名な話だった。
 釣りをした後、彼がウェーダーを乾かすことはなく、プラスチックの衣装ケースに濡れたまま丸めておく。それを5年続けると、異臭ウェーダーが完成する。
 あまりの臭さに鼻がもげそうになったとか、臭いのでちょっと離れて釣りをしたとか、虫が彼に寄っていくので、かえって都合がいいとか……。
 そんな彼から連絡があった。
「新しいウェーダー買ったよ。それにでかいヤマメも釣った!」
 6月17日のこと、彼は地元福島県浜通りの小さな川に向かった。
 その川は、20年位前によく釣りをした川だと言う。
「その頃はもっと水量があってさ。倍とはいわないけれど、それに近いくらい水量があるいい川だったんだよ。オレが20歳くらいで、人生の中で2度目にルアー釣りに燃えていた頃で、あの川ではたくさんヤマメを釣ったよ。浜通りの川は、山が低いもんだからイワナが少なくてヤマメの川が多いんだけど、この川も例外じゃなくて、ヤマメの数釣りができる川だった。でも、型はたいしたことないんだよ。大きくてもせいぜい尺。オレのこの川のレコードも、今回釣るまで尺そこそこだったはずだから」
 ヤマメの数釣りができたその川も、全国の点在した「いい川」の例に漏れず、その後衰退していった。
 水量は減り、魚は激減し、吉川さん自身もあまり足を向けなくなっていった。
「頻繁に行っていたのが、あまり釣れなくなってその回数が減り、そのうち年に何度か様子を見に行く程度の川になっていたんだよ。行って釣りをしてみて、やっぱりダメかとため息をついて帰ってくる。そういう川になった。だから最近は3年くらい行ってなかったね」
 そんな時、友人がその川で小さなヤマメを2匹釣ったと連絡をくれたのだそうだ。
 いるのか。まだいるのか。もしかしたら……。
 そしてその川へ向かうことにしたのだ。
 20年前によく釣った川。15年ほど前までは結構頻繁に通った川。3年ほど様子も知らなかった川。
 入渓からすぐに25センチほどのイワナが釣れ、20センチほどのチビヤマメが続いた。そしてミノーに大物が掛かった。
 ミノーをくわえて、小さなプールを走り回り大暴れしたヤマメは37センチあった。
「いやあ、嬉しいねえ。サイズもそうだけど、この川が復活したっていうのがさ。復活と呼ぶにはまだ早いかもしれないけれど、このサイズの魚が釣れたのは事実だから。これからもチェックしてみるよ」
 臭くないウェーダーをはいた吉川さんはそういった。
「今はさ、ちゃんと乾かしているからもう大丈夫、来年も再来年もオッケー牧場だよ。臭くなるわけないよ」
 僕は信じない。
 彼が釣ったと言う魚のサイズや数は、たとえ写真がなくても信じるが、ウェーダーを乾かすという作業は、秋まで続かないはずだ。
 たとえば3年後、大ヤマメを釣ったと僕に電話してくるとき、彼は完成した2代目異臭ウェーダーをはいているはずなのだ。  FIN





specer
CATEGORY
FIELD STAFF
OTHERS